これまで「Giant Meets Giant:巨匠、邂逅ス」で取り上げたジャズメンは、エリントン、ベイシー、ルイ・アームストロング、そしてエラ・フィッツジェラルド。モダン・ジャズ勃興以前のスウィング期から活躍していた”大物”ジャズメンが激突した作品でした。功成り名を遂げ、ベテラン期を迎えた巨匠たちが夢の共演を果たした企画盤ということができると思います。演奏する彼ら自身、肩の力を抜いてリラックスしてプレイ。リスナーもジャズ・ジャイアンツたちの作り出す穏やかな雰囲気をゆったりとした気持ちで楽しむことができました。

今回はこれまでの作品とは少し趣が異なります。録音当時、モダン・ジャズ・ムーヴメントの最先端を走っていたジャズメンたちがぶつかり合った作品です。時代の最先端を行くジャズメンがぶつかり合えば、演奏仲間同士と言えども一種のライバル。自分の力量を証明すべく、火花散るバトルが繰り広げられることになります。その結果、とんでもなく熱い名演が生まれる可能性があります。

今回取り上げる作品のタイトルは、"Jazz At Massey Hall"。1953年5月15日にカナダのトロントにあるマッセイ・ホールという会場で行われたライヴ録音盤です。名義はThe Quintet。ただの五重奏/五人組ということになります。これは正式なグループ名ではなく、このコンサートのためだけにつけられたもの。

メンバーは以下の通り。

Trumpet:Dizzy Gillespie

言わずと知れたビ・バップ期を代表する大物トランペッター。1993年に亡くなるまで精力的に活動し続け、上に曲がったトランペットと頬をふくらませるスタイルで知られています。以前「53枚目:Dizzy Gillespie conducted by Lalo Schifrin "Free Ride"【1977】」で取り上げたことがあります。

Bass:Charles Mingus

今作の収録時点では若手ベーシストでしたが、後に演奏家としてのみではなく、作曲家/アレンジャーとして数々の歴史的な作品を遺すことになるジャズ賢人。以前「65枚目:Charles Mingus "Pithecanthropus Erectus" 【1956】」で取り上げたことがあります。

Piano :Bud Powell

ビ・バップ期を代表するスター・ピアニスト。カリスマ的な人気を誇ります。以前「1枚目:Bud POWELL"The Scene Changes"【1958】」で取り上げました。

Drums:Max Roach

1940年代中盤からチャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、コールマン・ホーキンス、マイルス・デイヴィスのグループの録音に参加。1950年代には「17枚目:Clifford BROWN "Study In Brown"【1955】」を筆頭にクリフォード・ブラウンとのグループで歴史的名盤を数々発表。自身名義のリーダー作も多数発表している歴史的なジャズ・ドラマー。

そして最後に、Grafton Sax【英語版wiki】で参加するのが 、CHARLIE CHAN!

と言っても、もちろんチャーリ・チャンって誰だ?中国系か、どこのどいつだということになってしまう訳ですが、ご存じの方も多いとは思いますが、これはCharlie Parkerの変名。パーカーと言えば、言わずと知れたビ・バップの大立役者。モダン・ジャズ生みの親とでも言うべきビッグネーム。以前「72枚目:Charlie Parker "Charlie Parker With Strings"【1949/1950】」で取り上げました。

現在販売されているCDでの表記はCharlie Parkerとなっておりますが、今作発表時点では契約の問題があり、パーカーの名前をクレジットすることができませんでした。そこで、パーカーの妻Chan Parkerのファースト・ネームを拝借し、Charlie Chan名義で発表せざるえなかったそうです。ですので、下掲本作ジャケットを参照して頂くとわかりますが、ジャケットにパーカーのみ顔写真がありません。顔無しでサックスを吹いている画像のみが使われております。

以上のように、The Quintetは、チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、バド・パウエル、チャールズ・ミンガス、マックス・ローチという恐るべきメンバーが顔を揃えた超絶ユニットということができます。メンバー構成の豪華さで言えば、モダン・ジャズ史上ナンバー1ではないでしょうか。

このコンサートは、トロント・ニュー・ジャズ・ソサエティが主宰し、利益はミュージシャンと折半する約束だったそうです。しかしながら、同時間帯にロッキー・マルシアーノ vs ジャジー・ジョー・ウォルコットによるボクシングの世界タイトルマッチが開催され、会場は閑古鳥が鳴いていたとか。主催者はジャズメンにギャラが払えず、パーカーのみが現金を受け取り、他のメンバーは不払い小切手をつかまされたそうです。ディジーは後々まで「あの時のギャラを受け取っていないぞ」とこぼしていたとか【参照:英語版wiki "Jazz at Massey Hall" 】。



The Quintet "Jazz at Massey Hall"【1953】
ザ・クインテット 「ジャズ・アット・マッセイ・ホール」【1953年録音】

この音源は、録音後、ミンガスがニューヨークに持ち帰り、ベースラインを録音し直しダビングしました。2004年に再発されたCD"The Complete Jazz At Massey Hall"はミンガスがオーバーダビングした部分を削ってオリジナル音源を収録しているそうです。

また、パーカーは会場に自分のサックスを持ってこず、近所の楽器店にあったプラスティック製のサックスでこの日は演奏しました。この辺りのだらしなさはクリンント・イーストウッドが映画『バード』で辛辣に彼の人間性を描いた所以かもしれません。ですが、プラスティック製だろうが何だろうがパーカーはパーカーなんですが。

2曲目収録ディジー作"Salt Peanuts"。ディジーの「合いの手」がちょっとアレなんですが、パーカーのアドリブ・ソロが超絶。



6曲目収録こちらもディジー作のスタンダード"A Night In Tunisia"。

音質がちょっと悪いですが、CDですともう少し向上します。といっても1950年代初頭のライヴ録音ですので、50年代後半の音質と比べるといまひとつですが。

3曲目収録"All The Things You Are/52nd Street Theme"メドレー。


「超豪華メンバー」による録音ではありますが、それはあくまでもこの評価は現在的な視点から振り返った場合に限ります。といいますのも、この時期パーカー、ディジーはもちろん既に大スターでしたが、パウエルは新進気鋭のピアニスト、ミンガス、ローチは漸くリーダー作をレコーディングしはじめた若手といったポジション。マッセイ・ホールの観客もよほどのマニアでない限り、5人ともビッグ・ネームという認識はなく、パーカー、ディジー+バック・バンド的な印象を持っていたはず。我々はバド、ミンガス、ローチのその後の活躍を知っていますので凄いメンバーだ!と驚嘆してしまう訳ですが。

また繰り返しになりますが、リマスター版と言えども音質はいまひとつ。これは録音された時期が時期だけに技術的な限界の問題でどうしようもありません。そして、今作がパーカーの全録音の中で今作がどのくらいの価値を持つのかという点も議論があります。パーカーは2年後の1955年に亡くなりますが、かなり以前からドラッグやアルコールで身も心もボロボロだったとされております。この時期は既に多くの若手ジャズメンが台頭しており、ジャズ界でパーカーはもはや「過去の人」扱いだったというのが定説。メンバーは豪華ですが、演奏としては凡庸と考える向きもあります。

私見としてまして、パーカーのベストは今作ではなく1940年代の録音との考え方に同調します。音質は悪いですが40年代の超速アドリブを聴くと単純にワクワクします。今作を盛りを過ぎた大物の残り滓的に切り捨てるのは反対ですが、パーカーを聴くなら今作だ!とは間違っても言えません。パーカーのディスコグラフィ上は平凡な部類と考えるべきでしょう。

もちろん、ラインナップの豪華さなど歴史的な価値は認められます。もし今作が録音されておらず、このメンバーでライブを行われたことがあるという記事だけが残っていたなら、多くのジャズ・ファンは「なんで録音しなかったんだっ!」と激怒したはず。ですので、ベストのパーカーではなかったにせよ記録されたこと自体は評価するべきでしょう。内容的に今ひとつだったとしても、このメンバー構成ならジャズ・ファンは宿命として聴かざる得ないということになるはず。

また観客の反応も興味深く、パーカーが吹き出すとアイドルに送られるような歓声が沸くことも。日本のジャズ・ライヴでは観客は一音たりとも聴き逃さぬように静かに耳を傾けるという印象がありますが、あちらではジャズも単純に楽しむための音楽なのかもしれません。私個人は、日本のジャズ・リスナーの姿勢の方がしっくりきますが、国によって音楽に対する接し方に違いがあることが解ったのも興味深い点でした。

パーカーとディジーは盟友というべき関係。今作以前にも多数の共演盤を遺しています。ですが、ふたりの共演は今作が最後となりました。

先ほども触れましたが、ミンガスが後に加えたオーバーダビング処理をはずしたオリジナル・バージョン"Complete Jazz at Massey Hall"というヴァージョンもあります。また、パーカー/ディジー抜きのピアノ・トリオのみの演奏も加えたバージョンも販売されております。




iTunes Store(Japan)

"THE QUINTET (DIZZY GILLESPIE, BUD POWELL, MAX ROACH, CHARLIE MINGUS & 'CHARLIE CHAN')"

Charlie Parker
Dizzy Gillespie
Bud Powell
Charles Mingus
Max Roach