ソチ冬期五輪の開幕が1週間後に迫りました。冬のオリンピックはいまひとつ盛り上がりに欠ける印象ですが、今回はある日本人選手を応援したくなっております。


TVニュースなどでも取り上げられましたのでご存じかと思いますが、今年2014年1月14日にオーストリアのW杯大会で葛西紀明選手【ウィキ】が10年振りに優勝を決めた特大ジャンプです。

葛西選手と言えば大変有名ですが、実はオリンピックの金メダルを持っていません。1998年長野五輪のジャンプ団体で金メダルを獲得した時のメンバーだったとばかり私も思いこんでおりましたが、実はあの時は不調でメンバー落ちしていたそうです。その前の1994年リレハンメル五輪の時、H田選手の壮大な失敗ジャンプがなければ金メダルだった時はメンバーでした。結果、銀メダル。リレハンメルの失敗ジャンプと長野の挽回ジャンプ・シーンはしばしば美談として流されることがありますが、個人的にはイラッとします。かつて「ドーハの悲劇」【ウィキ】のシーンがTVで流れるとチャンネルを速攻変えたものです。現在は日本サッカー界は躍進期にありますので、イラク人選手のあのヘディングを見ても「あんな時代もあったよな」的に余裕綽々で傍観できますが、H田選手の笑顔を見ると未だにイライラします。

その後も葛西選手は競技生活を続け、今度の五輪が実に7回目の参加。現在41歳。先日のW杯優勝ももちろん歴代最年長での優勝者だったそうです。優勝が決定的となった次のシーンで各国のコーチ陣がまるで自分のことのように喜ぶ姿がチラっと映りますが、それは彼らがかつて葛西選手と凌ぎを削った同世代選手だったからだそうです。41歳となった今も現役を続けており、しかも二回りも離れた若手を蹴散らす葛西選手の姿は、引退しコーチとなった元同僚たちにとっても我がことのような歓びだったのでしょう。東日本大震災直後に開催されたチャリティマッチでカズ選手が日本代表相手にゴールをブチ込んだ時と似た感覚を覚えました。あの時もザッケローニさんは「ゴールを決められるのは嫌いだが、今回だけは別だ」とおっしゃいました。

ほぼ同世代の私は早くも老いを痛感し、かつては簡単にこなした階段を一段飛ばして降りることすら怪しくなっているというのに、葛西選手が未だ第一線で活躍している姿はあまりにも眩しく映ります。かつて取り逃した栄光を追い続け、41歳になっても飛ぶ求道的な姿は荘厳にすら思えます。その姿は、もはや金メダル獲得よりも美しいとすら思えます。

W杯で1勝したからと言って、ソチ五輪で葛西選手に金メダルを期待するのはあまりにも酷なのは解っております。ですが「もしかしたら・・・」と思わなくもありません。外国の放送でも葛西選手の偉大さはきっとアナウンスされることでしょう。素晴らしいジャンプで世界中のスポーツ・ファンに葛西選手の偉業が記憶されれば、それは金メダル以上の価値があるように思えます。葛西紀明という男の美しい生き様を見届けたいと思います。

ここからが本題になります。

今回紹介するコールマン・ホーキンスは、このカテゴリの前回記事「94枚目:Ben Webster "Soulville"【1957】」で紹介しました、アーリー・ジャズ期から活躍し1940年代以降のモダン・ジャズ期にも多くの作品を遺した「旧世代サックス奏者のビッグ4」のひとり。葛西選手と同じベテラン選手です。

「旧世代サックス奏者のビッグ4」を簡単におさらいしてみます。

Coleman Hawkins【コールマン・ホーキンス/1904-1969/ウィキ英語版wiki

1920年代にフレッチャー・ヘンダーソン楽団に活躍。同僚にルイ・アームストロング。1930年代中盤はヨーロッパで活躍。モダン・ジャズ期には、モンク、バド・パウエル、ソニー・ロリンズ、ミルト・ジャクソン、マックス・ローチらとも進んで共演し、新世代ジャズにも積極的に関わりました。

以前「68枚目:Coleman Hawkins "With The Red Garland Trio"【1959】」で紹介したことがあります。

Benny Carter【ベニー・カーター/1907-2003/日本語版ウィキ:なし/英語版wiki

サックスにみならずトランペットも演奏。1920年代末から1930年代前半、Sidney bechet、Earl Hines、James P.Johnson、Willie "Lion" Smith、Fats Waller、Duke Ellingtonらアーリー・ジャズ期のレジェンドらと共演。同時期にはフレッチャー・ヘンダーソン楽団に在籍。数々のビッグ・バンドのためにアレンジを手がけたことでも知られております。

1930年代中盤はヨーロッパで活躍。1930年代末に帰国すると、ベニー・グッドマン、カウント・ベイシー、デューク・エリントン、グレン・ミラー、トミー・ドシーの楽団の録音にアレンジャー兼ソリストとして参加。

以前「60枚目:Benny Carter "Further Definitions'"【1961】」で取り上げたことがあります。

Lester Young【レスター・ヤング/1909-1959/ウィキ英語版wiki

愛称:Prez(プレズ/President:代表者の意)。1930年代にカウント・ベイシー楽団のソリストとして大活躍。歴史的名演を多数遺しています。

以前「61枚目:Lester Young/Teddy Wilson "Pres and Teddy'"【1956】」で紹介したことがあります。

Ben Webster【ベン・ウェブスター/1909-1973/日本語版ウィキ:なし/英語版wiki

1930年代初頭、カンザス・シティを拠点に活動していたBenny Motenのバンド(若き日のカウント・ベイシーらも在籍)に参加し、注目を浴びます。フレッチャー・ヘンダーソン楽団を経て、1935年〜1943年までデューク・エリントン楽団のソリストとして大活躍。

「旧世代サックス奏者のビッグ4」世代のジャズメンが音楽家として活動をスタートさせた1920年代は、未だジャズという音楽自体が未完成で、未来あるものかどうかも定かでなかった時代でした。エリントンやベイシーらとともに、ビッグ4こそがジャズを人気音楽ジャンルとして世に知らしめた結果、ジャズはアメリカで、そして世界中で認知されるようになった訳です。後に登場するモダン・ジャズ世代のチャーリー・パーカー、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーンらが現在では最上位のジャズメンとして語られる傾向がありますが、彼ら新世代のジャズメンがキャリアをスタートさせた時点で、ジャズは既にポップ・ミュージックとしてある程度確立していました。彼らは先人たちが作った流れ、いわばエスカレーターに乗り自動的に上昇していったとも考えられる訳です。

前回の記事でも触れましたが、「旧世代サックス奏者のビッグ4」に共通して言える特色はメロディアス。そして流麗。モダン・ジャズ期のサックス奏者は、メロディアスであることを敢えて避けています。ですので、ある意味では聴きづらいジャズになっています。ですが、旧世代のサックス奏者は、ヴォーカリストが歌うかの如くメロディを奏でます。言うなればブロウ職人です。単純ですが、わかりやすさ/心地よさは抜群です。

 アーリー・ジャズ期に活躍した「旧世代サックス奏者のビッグ4」たちも、モダン・ジャズ期に入った1940年代以降も独自の活動を続けていました。スウィング・スタイルに拘り続けたプレイヤーもいれば、果敢にモダン・ジャズ的なアプローチに取り組んだプレイヤーもいました。彼ら「旧世代ジャズメン」がモダン・ジャズ期に吹き込んだ作品はシンプルが故に素晴らしく、かつ聴き心地も抜群なのですが、モダン・ジャズ期に重視された実験性/革新性という要素を欠いていることから評論本などではあまり言及されることはありません。こっちを立てればあっちがひっこむ的な論理で、先鋭性を重視するモダン・ジャズ中心史観では、オールド・スタイルの作品は例え痛快な内容ではあっても取り上げ辛いという一種のパラドクス、あるいは呪縛のようなものが生じてしまう訳です。

ですが、モダン・ジャズ黄金時代は過去のこと。現在のジャズ愛好家は、理論や革新性にそれほど拘る必要はないはず。音楽鑑賞はそもそも余暇に楽しむ娯楽です。単純に心地よいスタイルのジャズを選べば良い訳です。ただオールド・スクールはオールド・スクールと認識しておくと後々の作品選択には便利ではないかと思います。

コールマン・ホーキンスを、ひとことで言い表すと「痛快」ではないかと個人的には考えております。以前紹介した「68枚目:Coleman Hawkins "With The Red Garland Trio"【1959】」収録の"It's a Blue World"を初めて聴いたときの衝撃。オールド・スクール系のサックス・プレイヤーはあまり聴いた経験がなかったのですが、明快さにガツンとやられた記憶があります。



このシンプルさ。自然と湧き出てくるメロディをただただ吹いているように思えます。「新しいスタイルを提示してやろう!」と意気込むことなく、何のてらいもなく積み重ねてきた技術をさらりと披露しているかのごとく。モダン・ジャズばかり聴いていると、このようなオールド・スタイルが逆に新鮮に思えたりする訳です。

「旧世代サックス奏者のビッグ4」のひとり、プレズ【President:代表者の略】の愛称で知られるレスター・ヤングはホーキンスについて以下のような評を遺しています。

「私が思うに、コールマン・ホーキンスこそが(サックス奏者の)プレズなんだ。私は、二番手にすぎんよ」

マイルス・デイヴィスも以下のようなホーキンス評を遺しています。

「ホークの演奏を聴いて、オレ様はバラッドの吹き方を学んだ」

ドイツ人ジャズ歴史家Joachim-Ernst Berendtはホーキンスを歴史的重要性を以下のように定義しています。

「ホークの登場以前にもテナー・サックス奏者はいるにはいたが、当時はそれほど重要な楽器とはみなされていなかったんだ」

ジャズと言えばサックスというイメージをお持ちの方もいらっしゃるはず。ですが、ホーク登場以前の ジャズ・バンドではサックスはそれほど重要なポジションを得ていなかったということになります。1920年代前後に当時主流だったニューオリンズ・スタイルのジャズといえばトランペットやトロンボーン、クラリネットのような管楽器が主役。たしかにサックスはあまり印象がありません。

ギターがウェス・モンゴメリーらの登場で花形楽器のポジションを獲得したように、あるいはジミー・スミスによってオルガンが主役のジャズが認められたように、ホークと彼の同時代者の活躍によって、サックスはジャズ・ユニットの中で主役の座を獲得した歴史があるということになります。繰り返しになりますが、パーカーやソニー、コルトレーンと言えども発展史的に考えれば 「旧世代サックス奏者のビッグ4」の敷いたレールを歩んだということになります。

1904年生まれ(1901年説もあり)のホークは、1921年にMamie Smith's Jazz Houndsという楽団でプロ・キャリアをスタート。その後、優秀なジャズメンを多数輩出したフレッチャー・ヘンダーソン楽団へ加入。1924-1925年に同僚だったルイ・アームストロングに大きな影響を受け演奏スタイルを変えたそうです。 ヘンダーソン楽団には1934年まで在籍。スター・ソロ奏者として名声を獲得し、白人黒人混合のスタジオ・レコーディングにも参加するようになります。ホークの評判が高まるにつれ、彼がソロを取る時間が長くなっていったそうです。

1934年から1939年まではヨーロッパに滞在し、ジャンゴ・ラインハルト、ベニー・カーターらと共演。帰国後、自身のビッグ・バンド編成を試みるも失敗に終わり、1940年代初頭ニューヨークでスモール・ユニットでの活動をスタートさせます。

この時期、ホークのバンドに加入した若手たちの顔ぶれが超絶。セロニアス・モンク、オスカー・ペティフォード、マックス・ローチ、マイルス・デイヴィスらがサイドメンとしてホークと活動を共にしていました。後のモダン・ジャズ・シーンを背負うことになる若手ジャズメンがホークの下で技を磨いていたということになります。

「旧世代サックス奏者のビッグ4」の中でもホークは、時代の流れを読む能力に秀で、新しいスタイルの登場に敏感だったとされております。1940年代初頭にビ・バップが登場すると、果敢に新しいスタイルに挑みます。これはオールド・スクール派のジャズメンには稀な例。モダン・ジャズ隆盛期に入ると、旧世代のジャズメンの多くは、昔なじみの同世代ジャズメンと活動を共にすることが通常でしたが、ホーキンスは新世代の作品に積極的参加。先ほど紹介した"With Red Garland"もその中のひとつです。

以下にホークが新世代ジャズメンと共演した作品をリスト化します。

"Monk's Music"【1957/wiki】セロニアス・モンクのリーダー作 
"Thelonious Monk with John Coltrane"【1957/wiki】モンクとコルトレーンの夢の共演盤に参加
"Bean Bags"【1958/wiki】ミルト・ジャクソンと共演
"Very Saxy"【1959/wiki】エディ・ロックジョウ・デイヴィスのリーダー作
"We Insist!"【1960/wiki】マックス・ローチのリーダー作
"Bluesy Burrell"【1962/wiki】ケニー・バレルのリーダー作
"Sonny Meets Hawk"【1963/wiki】ホークを師と仰ぐソニー・ロリンズとの共演盤

これ以外にもホ−クが新世代ジャズメンと絡んだセッションはあります。この点で、レスター/ベニー/ウェブスターと比べるとホークのディスコグラフィは明らかにバラエティに富んでいます。これほど多くの新世代ジャズメンたちが御大ホークをレコーディングに招いた事実は、彼がいかにジャズ界で重要なポジションにあり、かつ音楽家としての優秀さを示していると考えて良いはずです。

今回紹介する"Hawkins! Alinve!At Village Gate"はライヴ録音盤。1962年の作品ですので、モダン・ジャズ黄金時代の中盤に録音された作品ということになります。晩年の傑作です。


Coleman Hawkins "Hawkins! Alinve!At Village Gate"【1962】
コールマン・ホーキンス 「ジェリコの戦い」【1962年録音】

HawkinsがAliveしていることにビックリマークがふたつつけられているということは、ベテランが健在であることに対する畏怖でしょうか。邦題は収録曲のひとつである"Joshua Fit the Battle of Jericho"の和訳である「ジェリコの戦い」がタイトルに採用されております。

「ジェリコの戦い」は小学校の頃だったか合唱コンクールか何かで歌ったような記憶があるのですが、旧約聖書に材を取った曲で、モーセの後継者ヨシュアによるカナンの都市ジェリコ攻略を歌ったものとのこと【ウィキ:「ジェリコの戦い」】。スピリチュアル・ソング【黒人霊歌】として定番曲とのこと。ということは、ホークをはじめとする黒人ジャズメンたちにとって子供時代から馴染みのある曲ということでしょう。

パーソネルは以下の通り。

Tenor:Coleman Hawkis
Piano:Tommy Flanagan
Bass:Major Holley【wiki
Drums:Ed Locke【wiki

英語版wikiこの作品のページは存在しませんので、もしかすると本国アメリカでの評価はいまひとつかもしれません。ですが、日本では定評があり、ガイドブックなどでもしばしば紹介されております。

ピアノのトミー・フラナガンはご存じの通りモダン・ジャズ世代の名ピアニスト。以前「6枚目:Tommy FLANAGAN"Overseas"【1957】」で紹介したことがあります。

ベースのMajor HolleyとドラムスのEd Lockeもモダン・ジャズ世代のジャズメンで、1960年代のホーキンス・グループのレギュラー・メンバー。ふたりともkenny Burrell作品などにサイドメンとして参加したキャリアを持ちます。今作でMajor Holleyは強烈な印象を残すことになります。

2曲目収録"Joshua Fit the Battle of Jericho"「ジェリコの戦い」を。5:20辺りからのMajor Holleyのソロに注目を。

ホークの扇動的なブロウから、フラナガンの抑制的なソロが続き、5:20からベースのMajor Holleyがソロを取るのですが、お解りのように彼は思わず口ずさみながら演奏。その声をマイクが拾ってしまいます。これがやけに印象に残ります。オスカーやキース・ジャレットもしばしばうなり声を上げながら演奏することがありますが、こういった”音”からは、小理屈ではないジャズ、自然体でアーシーなジャズ本来が持つ魅力のようなものを感じてしまいます。

1曲目収録のスタンダード"All the Things You are"【過去記事:名曲列伝】。



少なくとも判りにくい/小難しいといった類のジャズではありません。ストレートなジャズ。明快この上ないスタイルです。日本では特に人気のある作品のようですので、日本人の琴線に触れる何かがあるのかもしれません。

ここからはいくつかホーク関連音源を紹介します。

先ほどホークは1930年代中盤にヨーロッパに滞在したと書きましたが、彼は当地で多数の録音を遺しています。
ジプシー出身のジャズ・ギタリスト:ジャンゴ・ラインハルト、彼のコラボレーターでヴァイオリン奏者のステファン・グラッペリ【ウィキ】とのトリオで録音された"Stardust"を。グラッペリはヴァイオリンではなくピアノを演奏。



ジャズ・スタンダード曲"Body and Soul"は、1930年に英国ブルードウェイ・レビュー"Three's a Crown"の挿入歌として発表され、ルイ・アームストロングが取り上げたことで人気化。ジャズ・ヴォーカルの定番曲として知られるようになります。ホークが1939年に吹き込んだバージョンはインストルメンタルの決定版として知られております。

この録音でホークは、曲のメロディを手がかり【hint】としてのみ使用。大胆なインプロビゼーションを試みます。この演奏は初期ビ・バップの端緒のひとつとみなされているそうです【参照:wiki "Body and Soul"】。

ホークとチャーリー・パーカーの夢の共演映像。1950年収録とのこと。

ホークはゆったりと吹く一方で、なぜか偉そうに鎮座しているパーカーはさりげなく超速プレイを披露。ふたりの持ち味の差異が鮮明に伝わってきます。

ジャズ・ファンには堪らない超絶映像はその後も続き、2:52からはホークが抜け、パーカーとDrums:Buddy Rich、Bass:Ray Brown、Piano:Hank Jonesのカルテットに。死んだ目をしたパーカーの超速ソロに続き、ドラ吉バディの超絶ソロ。笑顔で見つめるパーカー。7:30過ぎからはフロントが総入れ替えとなり、登場するのはレスター・ヤング。10:40からはスウィング期のスター・トランペッター、ハリー"スウィーツ”エディソンとエラ・フィッツジェラルドまで参加。エラは代名詞であるスキャットで参戦します。なんなんだこの豪華映像。口パクかつ継ぎ接ぎっぽいフェイク感はありますが、『怪獣総進撃』的というかバトルロイヤル感というか。凄い映像です。

1958年にホ−クが同時代の盟友レスター・ヤングと共演を果たした映像。


youtubeのコメント欄から引用ですが、ラインナップは以下の通り。

Trumpet:Charlie Shavers
Tenor:JC Higginbotham, trombone; Coleman Hawkins, Lester Young
Clarinet:Pee Wee Russell
Vibraphone:Harry Sheppard
Piano:Willie "The Lion" Smith
Guitar:Dickie Thompson
Bass:Vinnie Burke
Drums:Sonny Greer

人数が多いのでゴチャゴチャ感が半端なく、レスター/ホークもソロを取りますがあまり目立ちません。レスターがソロを取る場面で背後に映る葉巻をくわえたWillie "The Lion" Smithが映りますが、ブルーズ・ピアニストとして著名な彼がこういった純粋なジャズ・セッションに参加していたことに驚きました。

ホ−クとハリー"スウィーツ”エディソンがフロントを務めるクインテット構成の"Caravan"。1964年収録映像。ですが、この映像の主役はホークではありません。

1:30からJo Jones【Papa Joe Jones/wiki】がひたすらソロをとり続けますがこれが超絶。その長さ実に5分!パソコンの前でボールドなおっさんが5分間ひたすら太鼓を叩く映像を見てニヤニヤすることになるとは・・・。

最後に以前「94枚目:Ben Webster "Soulville"【1957】」でも紹介したホークとベン・ウェブスター共演盤"Coleman Hawkins Encounters Ben Webster"【1957】収録"Blues For Yolanda"。


もしチャーリー・パーカー、ソニー・ロリンズ、ジョン・コルトレーンといったモダン・ジャズ期のサックス奏者を聴いてもピンとこなかったら「旧世代サックス奏者のビッグ4」を。モダン・ジャズ作品を聴き過ぎてどれを聴いても刺激を感じなくなった場合も「旧世代サックス奏者のビッグ4」を。もちろん、これからジャズを聴き始めてみようとお考えの方にも明快ですのでお薦めできます。






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