先日、Kenny Burrellの"'Round Midnight"【1972/wiki】のアナログ盤を久しぶりに回してみました。聴いているうちに「これって何年頃の録音だったっけなぁ」とふと思い、ジャケット裏面をチェック。ところが録音年に関する記述がありません。そこでジャケット内部に封入されているライナーノーツをチェック。国内盤でしたので日本語のライナーつきでした。


そのライナーノーツの冒頭を読んでビックリ仰天。度肝を抜かれました。このような書き出しでした。


「黒人モダン・ジャズ・ギタリストのケニー・バレルの・・・・」


・・・・・・・・・・・マジか、となってしまいました。というのも、私は長年に渡ってバレルを白人ギタリストとばかり思っていたからです。


そこで早速Google画像検索でKenny Burrellを検索してみました。すると、更なる疑問にブチ当たります。私がバレルを白人と考えていたのはジャケット写真やスナップ写真といった情報が元になっていたはずですが、Googleが呼び出した多数の写真をチェックしても黒人かどうか判然としません。ですが、言われてみれば白人と断言できるほど典型的な白人ではないように思えます。イタリア系のような印象を受けました。


そこで今度はwikipedia/ウィキペディアをチェック。ですが、彼の人種に関する記述は見つかりません。そこで今度は「ケニー・バレル 黒人」でウェブ検索をかけてみます。すると彼は白人と黒人両方の血が流れ、「一見すると白人に見える」なんて情報も。


アメリカ社会で未だ人種主義が横行していた時代には、少しでも白人以外の血が混じっていればカラード扱いされたと聞きます。その意味では、バレルは黒人ということになるのでしょう。


とは言え、我々のような現在のジャズ愛好家からすれば黒人だろうが白人だろうがどっちでも良い訳でして。私個人としては以前「変わり種Jazz【28】Art Peppar "Meets The Rhythm Section"【1957】」(記事中ではバレルを白人として扱っております)で申し上げたように白人ジャズメン作品はあまり進んで聴いてきませんでしたが、ことギター・ジャズに関してはバレル以外にもBarney Kessell、Joe Passなどお気に入りが多数いたりします。最終的には人種の問題ではなく、演奏家の持つ力量、そしてリスナーとの相性の問題ですので人種の問題は些細な事に過ぎないのですが。


なぜこんな話題を持ち出したのかといいますと、現在イングランドで開催されているラグビーのワールド・カップに関連してふと思い出しました。ラグビーのナショナル・チームは国籍主義でなく、属地主義を採用しているそうです。サッカーやオリンピックは日本国籍保有者が日本代表になりますが、ラグビーの場合、日本国籍保有者はもとより、日本で3年以上プレーしている外国籍選手も母国チームの他に日本代表を選択することができるという興味深い制度を採用しているそうです。


その結果、日の丸を背負った日本代表に外国人選手が多数含まれるという一風変わった光景を目にすることになります。強豪南アフリカ戦を撃破した歴史的試合ですが、私は岡崎慎二選手が出場したサッカーのプレミア・ルイーグのレスター戦を優先してしまい見逃しました。素晴らしい試合だったそうですね。ラグビー日本代表を長年応援してきた方々にとっては報われた瞬間だったのではないでしょうか。おめでとうございます。



終盤、ペナルティゴールを狙えば引き分けに持ち込める場面で、大きなリスクを負ってトライを狙いに行って見事逆転という展開もさながら漫画や映画のよう。キャプテンのリーチ・マイケルを中心に「勝ちか負けのどちらかだ」と決断した結果と伝えられております。極めて日本的です。日本人の琴線に触れる決断を外国人選手がした訳です。


日本代表と名がつけば競技を問わず飛びつく節操のない私は、第二戦スコットランド戦は観戦しました。ラグビーの国際試合では試合前の国家斉唱を選手たちが全力で歌うが慣例のようです。外国籍選手たちも声を張り上げて君が代を熱唱しておりました。何事につけ単純な私は、その姿を見て「あぁ、こいつらは間違いなく日本代表だ」と思った次第です。サッカー男子日本代表は見習え!とも思いましたが。


スコットランド戦の試合結果は残念でしたが、まだまだ歴史を変えるチャンスは残っております。ひとつでも上に行けるように願っております。



ここからが本題になります。


「First Step : どれから聴くか」で紹介したような「わかりやすいジャズ」をそれなりに聴き込み、ジャズという音楽をある程度理解しているリスナー向けの次のステップとして、カテゴリ「Second Step : ジャズを探求する」では、より先鋭的なスタイルの作品を紹介していきます。挑戦的な手法を用い、「オレが新しいジャズの時代を切り開いてやるぞ!」というジャズメンたちの荒い鼻息が聞こえてきそうな作品です。あるいは、流行のスタイルなどどこ吹く風、独得で個性的なスタイルを極めたジャズメンの作品。アクの強い作品という言い方もできるかもしれません。誰にでも理解できるわかりやすさは低下するかもしれませんが、歴史的重要性の高い作品、試行錯誤/実験精神に溢れた個性的な名盤とジャズ愛好家の間では評価されている作品を取り上げていきます。


今回はセロニアス・モンク作品をはじめて紹介します。モンクに関しては以前「天才の系譜【4】Thelonious Monk/セロニアス・モンク」という記事で、特定のアルバムに絞らず彼の人物像を紹介しました。


セロニアス・モンクという人物はアクの強い面々の多いジャズ界にあって最も強烈な個性を持つジャズメンのひとり。「のひとり」なんて回りくどい英文和訳的な言い方は不正確かもしれません。最も強烈な個性を持つジャズメンこそセロニアス・モンクと断言してしまっても問題はありません。


個人的にはモンクはジャズ・ピアニストとして唯ひとり、異次元に達していると感じています。例えばレッド・ガーランドとウィントン・ケリーのどちらが素晴らしいか、あるいはどちらが好きかという点は議論としてかみ合います。意見は分かれても彼らは同列で語られるべき存在ですので議論として噛み合うという意味です。チック・コリアとハービー・ハンコックの場合も同じです。ですが、モンクとガーランドのどちらが好きかという議論は不毛に思えます。同じジャズ・ピアニストですが、次元が違います。次元の高低の問題では全く異なり、存在の次元が異なるという意味です。


解りにくい議論になってしまいましたが、ケリー、レッド、ハンコックなどが「優秀なジャズ・ピアニスト」である一方、モンクは「完全に自分だけの世界観を築き上げてしまったピアニスト」。ケリーらとは同列ではなく、全く別の原理原則に基づいて思考する異物的存在。ケリーやレッドは、スタートラインが同じでゴールも同じ。ただし、ゴールにたどり着く過程が異なるので別物の個性が生まれると考えるなら、モンクはスタート地点もゴールも彼らとは異なるといったところでしょうか。音楽に対する前提からして他のピアニスト/作曲家とは全く異なっている訳です。オスカーやレッド、ケリーが球の速さ/正確さを競う投手とするなら、モンクは変化球勝負のピッチャー。しかも他の誰も投げることの出来ない唯一無二の大変化球を持ち球にする曲者投手です。時にはスローカーブも使いこなします。例外中の例外的な存在、それがモンクです。


自分でもないを言っているのか良くわからなくなってきましたが、とにかく「モンクだけ異次元の存在」という前提で彼の作品に接するとセロニアス・モンクという怪物の魅力の理解に近づけるはずです。


ここでモンクの魅力が凝縮した演奏をひとつ紹介します。これまでも何度か紹介した映像ですが、1969年にドイツで収録されたソロ演奏でエリントン楽曲"Satin Doll"。

もしジャズに全く興味のない方が聴いたら「ヘタクソなピアノだなぁ」と思っても不思議ではありません。調子っぱずれもほどがあると考えることも可能です。ただ、逆にジャズ愛好家に詳細を知らせずに誰の演奏かを当ててもらうブラインド・テストを実施したとしたら、ほぼ100%の確率でモンクであることを的中させるはずです。それほど彼の演奏スタイルは異質で独特。つまり、ひとりだけ別の次元を行っている訳です。ミスタッチですとか調子っぱずれの概念が常識人とモンクでは異なる訳です。個人的にはこの演奏こそがモンクの本質を示していると考えております。しびれます。一度聴くとリピートを止められません。



ちなみに正統派ジャズ・ピアニストの大スターであるオスカー・ピーターソンが弾く"Satin Doll"がこちら。

端正です。ストレイト・アヘッドなジャズ・ピアノの最高峰と言うべき。


ですが、オスカーとモンクを比較する議論は全く意味がありません。どちらが良いかどうかという問題ではなく、オスカーは素晴らしく、モンクは異質。ふたりの目指すところが全く違うだけの話です。表と裏ですらありません。オスカーは過去現在の未来の「優秀なジャズ・ピアニスト」たちと切磋琢磨していたのですが、モンクは無人の荒野をただ一人孤独に突き進んでいるとでも言えば良いでしょうか。


また、演奏の異質性と同様に、セロニアス・モンクの作る楽曲も極めて独創的です。多くの場合、冒頭で展開される特異なアンサンブルを聴いただけでモンク作であることが瞬時に解ります。これもまた凄いこと。


ただし、その強烈な個性が故に聴きやすい作品はあまり多くありません。当然、ジャズを聴き始めたばかりの方にお勧めするのは難しくなります。ですのでアルバム単位での紹介が大変難しいジャズメンということになります。


今回はそんなモンクのディスコグラフィの中から、特に知名度の高い"Brilliant Corners"【1958】を紹介します。決して解りやすいアルバムとは言えませんが、モンクの異質性を前提として理解した上で聴けば、彼の作り上げる豊かな音楽性をきっと理解できると考えました。





Thelonious Monk "Brilliant Corners"【1958】
セロニアス・モンク 「ブリリアント・コーナーズ」【1958年】


パーソネルは以下の通り【参照:wiki "Brilliant Corners"】。


Piano:Thelonious Monk("Pannonica"のみCeleste【ウィキ】)


Tenor:Sonny Rollins
Alto:Ernie Henry
Trumpet:Clark Terry

Bass:Oscar Petiford/Paul Chambers
Drums:Max Roach("Bemsha Swing"はティンパニ)。


以上のメンバーが参加しておりますが、3管+ピアノ・トリオのセクステットで演奏されるのは5曲目収録"Bemsha Swing"のみ。5曲全てに参加しているのはモンクのみ。というのも、4曲目収録の"I Surrender,Dear"はモンクによるピアノ・ソロ。ソニーとローチはその他4曲に全て参加sております。


まずは伝説的なタイトル・トラックである1曲目収録"Brilliant Corners"を。モンク作。パーソネルは、Sonny Rollins/Ernie Henry/Monk/Petidord/Roachの2管クインテット構成。

冒頭モンクがピアノでリードし、ホーン・アンサンブルが後を追います。極めてモンク的で奇妙な世界観。同時期に録音された名盤と呼ばれるハード・バップ系アルバムと比較すれば、モンクの世界観のみ当時のモダン・ジャズの常識からいかに大きく逸脱しているか理解して頂けるはずです。


この曲の録音には伝説的なエピソードがあります。あまりにも複雑な構成の楽曲だったが故に、最初の4時間のレコーディングでなかなか上手くいかずに繰り返すこと25テイクまで達したそうです。あまりにも難しい構成にヘンリーはメンタルをやられてしまい、モンクとの間に険悪な空気が流れたそうです。ペティフォードとモンクは怒鳴りあいの口論をはじめてしまったとか。


とあるテイク収録中、コントロール・ルームにいたプロデューサーのオリン・キープニューズはペティフォードのベースが音を出していないことに気が付きます。音声チェックをしても異常なし。混乱したペティフォードはベースを弾くふりをするエアベースをしていたというのが真相だったそうです。


モンクはヘンリーのパートの間はピアノを弾くのを止め彼が吹きやすいようにしてみたものの、結局一度たりとも全編を通しで演奏することは出来ずじまい。結局、数テイクの上手くいった部分を繋ぎ合わせて完成テイクにしたそうです。いわゆる浜崎あゆみ方式です。



5曲目収録"Bemsha Swing"。MonkとDenzil Best【wiki】による共作曲。パーソネルはSonny/Clark Terry/Monk/P.C./Roach。

ローチはドラムスのみではなくティンパニも使用。先ほど同様、冒頭でモンクがメロディを提示し、ホーンが追随するスタイル。ティンパニが一風変わった効果を生んでいます。


0:55過ぎからモンクがしばしメロディを繰り返した後ソロに突入。1:55辺りでソニーにバトンタッチ。ソニーのソロの間、ほとんどモンクはピアノを弾きません。3:30辺りからテリー。モンクのピアノあり。4:40あたりから再びモンク。4:50からローチ。ティンパニを混ぜながらの珍しいドラムス・ソロ。5:30からチェンバース。6:30から再びソニー。その後、大団円へ向かいます。



この"Brilliant Corners"はガイドブックにも頻繁に取り上げられているはずです。私もジャズを聴き始め初期にガイドブックで知り、モンクがどんなジャズメンなのかほとんど知らずに購入しました。ですが、いまひとつピンと来ず。ソニーの「サキコロ」やマイルスの現在進行形4部作のようなシンプルな痛快さを期待していた当時の私にとってはモワっとして掴みどころのない内容に思えました。正直、あまり好きな作品とは言えませんでした。


その後、ジャズをより深く知るようになり、モンクが極めて特殊なスタイルを追い求めたジャズメンであることを理解するようになってから、このアルバムの素晴らしさを漸く知ることになります。


あくまでも善し悪しの判断は個々のリスナーに委ねられております。モンクを理解できなければジャズ愛好家とは言えない、なんてことは一切ありません。逆に「モンクが難しいなんてことは全くない」と、私とは全く異なる視点でモンクを評価する方もいらっしゃるはず。もちろん最初のジャズ作品としてモンクを聴いてすんなり受け入れてしまう鋭い音楽的感性を持っている方がいても何ら不思議はありません。


もう一点。私にはひとつの確信があります。モダン・ジャズ黄金時代である1950年代に、マイルス・グループやソニー、キャノンボールら数多くの新世代ジャズメンが王道ハード・バップの名盤を連発しました。素晴らしい作品が多数録音されました。人類にとって宝物のような作品集です。


ですが、もし王道ハード・バップ作品だけしか存在しなかったのなら、あの時代は「モダン・ジャズ黄金時代」とまで評されることはなかったはずです。モンクが一筋縄ではいかぬ"Brilliant Corners"を提示し、ミンガスが恐るべき"Pithecanthropus Erectus"【1956】を発表。マイルスは"So What"【1959】で次のステップを上がり、オーネット・コールマンが次世代のジャズを提示します。王道作品と新しいジャズを生み出そうとする実験作が組み合わさってこその「モダン・ジャズ黄金時代」と考えるべきと確信しております。


モンク、ミンガス、コールマンらがもしも存在していなかったら・・・。ジャズ愛好家にとって背筋が凍るほど恐ろしい仮定です。












iTunes Store(Japan)



セロニアス・モンク