ジャズとはあまり関係のない話題からはじめます。松本清張氏による小説『黒地の絵』というサスペンスをご存じでしょうか。実際に起きた出来事である小倉黒人米兵脱走事件【ウィキ】に着想を得て、松本氏が書いたフィクション小説です。

日本が未だGHQによる占領下にあった九州・小倉が舞台。当時、小倉にあった米軍基地から朝鮮戦争への派兵を間近に控えた黒人兵士約250名が脱走。軍用銃、手りゅう弾をも所持していたことから、米国憲兵隊や地元警察だけでは手に負えず、最終的には米国陸軍部隊が出動し、やっとのことで鎮圧できた事件です。地元住民および日本国民の米軍に対するイメージダウンを恐れてかと思われますが、日米両政府は報道統制を敷き暴動のあった事実を発表せず。詳細は不明ですが、多数の米兵の死者を出し、地元の方々にも大きな被害があったと言われている事件です。

なぜ黒人兵士たちが暴動を起こすに至ったかについては、近々派兵されることになっていた朝鮮戦争の戦況と関係していたと言われております。当時、米国主体の国連軍は劣勢にありました。その噂は米軍内にも広まったのでしょう。朝鮮半島に向かえば待ち受けているのは死のみ。そう考えた兵士たちはパニックになり暴徒化した。これが小倉黒人米兵脱走事件が起きた理由についての一般的な解釈です。

当然です。死にたくないのは誰でも同じ。しかも、彼らにとっては縁もゆかりもないアジアの片隅。地球の裏側で起きている揉め事のためになぜ自分が死ななくちゃならないんだ。筋が通っています。動機としては十分理解できます。暴動のとばっちりを受けた小倉住民にとっては迷惑千万な話ではあるのですが。


この事件を題材に小説化するにあたって、松本清張氏はあるひとつの要素をフィクションとして付け加えました。黒人兵士たちを暴動へと駆り立てたトリガーを氏特有の文学的創造力を駆使して付け加えました。それは、基地近くの祭りで演奏されていた和太鼓のサウンドでした。

死への恐怖に怯える黒人兵士たち。遠くから聞こえてくる太鼓の音。アーシーで原始的な和太鼓サウンドが不安を抱えた黒人兵士たちの内側にある何がしかを刺激し、暴動へ駆り立てたと松本氏は暗示する訳です。あくまでもまず戦地に送られる恐怖があって、祭りの太鼓の音が引き金として機能し、これをきっかけに暴動へと発展していったというのが松本清張氏の考えた事件の筋立てでした。


松本氏のアイデアの根幹には、アフリカ人は音/リズムに対して独特な感覚を持っているという前提があり、それは行動の意思決定にまで及ぶこともありうるという推論をベースにしています。大変面白い発想に思いました。反面、「ちびくろサンボ」【ウィキ】やカルピスのトレードマークですら糾弾される現在なら、ややこしい問題が生じ『黒地の絵』が出版されたかどうか微妙な印象を受けます。

更に余談ですが、この小説に黒澤明氏が興味を持ち、映画化に動いていたと言われております。が、結局立ち消えになってしまいました。黒澤氏はサントラの使い方が上手いので、実現したら面白かったと思うのですが。








なぜこんな話を持ってきたのかというと、「ジャズ」という音楽の解説としてしばしば用いられるフレーズとちょこっとだけ関係があります。



西洋楽器を用いた高度な西洋音楽の技術と理論、およびアフリカ系アメリカ人の持つ独特のリズム感覚と音楽形式とは融合して生まれた

ウィキペディア:ジャズより引用
 


これまでも再三に渡り引用してきた一文ですが、西洋の楽器+理論 × アフリカ人固有のリズム感/音楽形式= ジャズ。ジャズを説明する上で必ずと言って良いほど使われるフレーズです。この公式は「アフリカ人は独特の優れたリズム感を持っている」との前提条件があってこそ成立します。科学的に数値化することが可能なのかどうかは解りませんが、20世紀/21世紀の音楽エンターテインメント産業で彼らが成功を収め続けていることを考えれば、「アフリカ人は独特の優れたリズム感を持っている」という理屈は正しいように思えます。


個人的には「アフリカ人は独特の優れたリズム感を持っている」というフレーズを目にする度に、トラウマのように松本清張の『黒地の絵』を思い出してしまいます。あくまでもフィクションの中ではありますが、『黒地の絵』では、彼ら独特のリズム感が、恐ろしくネガティヴな結果に繋がってしまいました。ですが、こと音楽エンターテインメントに関する限り、彼らの持つ独特で優秀なリズム感は大変ポジティヴなもので、世界中の音楽愛好家を魅了してきた歴史があります。



ここからが本題になります。


「アフリカ人は独特の優れたリズム感を持っている」。この理論を証明するのにうってつけのジャズメンがいます。それが今回紹介するJo Jonesです。別名Papa Jo Jones。マイルス第一次黄金のクインテットのドラマーPhilly Joe Jones【wiki】とは別人です。もちろんギタリストのBoogaloo Joe Jones【過去記事】とも無関係。


まずはいきなり1曲。オルガン奏者Milton Bucknerとのデュオで"Caravan"。1970年代頃のフランス撮影でしょうか。大音量で聴いて頂きたいところですが、3:06でいきなりオルガンが入りますのでご注意を。



件のフレーズ「アフリカ人は独特の優れたリズム感を持っている」。どう考えても正しいです。ドラマーひとりで何ができるのか。リズムだけで何が表現できるのか。優れたジャズ・ドラマーは、ホーン奏者がいなくてもピアニストなしでもリスナーの心を揺さぶることができると、この映像のJo Jonesは証明してしまっています。できることなら永遠にJoJoのドラミングを聴いていたとすら思えます。


加えて、ジョー・ジョーンズには他のドラマーとは異なる魅力があります。上の映像を見てお気づきかと思いますが、表情の豊かさです。彼の映像を見ると、おどけてみせたり、満面の笑顔をふりまいたりと非常に表情豊か。ジャズメンとしての力量とはあまり関係のない要素ではあるのですが、彼の表情からにじみ出てくるポジティヴな雰囲気も、ジョー・ジョーンズがジャズ愛好家の心を捕えて離さない理由のひとつでもあります。あの笑顔を見たら、彼を嫌いでいることなど不可能なはずです。ルイ・アームストロング、オスカー・ピーターソンと並び、ジョー・ジョーンズはジャズ界の3大笑顔を振りまき系演奏家と認定したいところです。


Wikipedia:Jo Jonesを参照しつつ彼のキャリアを辿っていきます。


Jonathan David Samuel Jonesは、1911年シカゴ生まれ。その後アラバマ州へ転居し、サックス/ピアノ
ドラムスなど複数の楽器演奏を学んでいたそうです。1920年代末、ジョー・ジョーンズはドラマー兼タップダンサーとして活動していましたが、ベーシストWalter Page率いるThe Blue Devilsに加入することになります。

The Blue Devilsについては、以前「変わり種Jazz【22】Jay McShann "The Last of Blue Devil"【1977】」および「Jazzと映画【4】『裸のランチ』/『カンザス・シティ』」で触れておりますが、アーリー・ジャズ/スウィング・ジャズ期にカンザス・シティをベースに活動していた歴史的なグループ。後にカウント・ベイシー楽団に生まれ変わることとなります。

The Blue DevilsおよびBasie Orchestraのリズム・セクションは以下のような構成でした。

Piano:Count Basie
Rhythm Guitar:Freddie Green【過去記事
Bass:Walter Page
Drums:Jo Jones

このリズム・セクションは、「オール・アメリカン・リズム・セクション」あるいは「理想的なリズム・セクション」と呼ばれるほどの高評価を得るようになります。

2年間の兵役を挟み、ジョー・ジョーンズは1948年の解散までベイシー楽団に在籍しました。


以前「Jazzを観る【1】"Jammin' the Blues"【1944】/"Sound of Jazz"【1957】」で紹介したTV番組「サウンド・オブ・ジャズ」の一部。カウント・ベイシー・オーケストラによる"Dickie's Dream"。もちろん、ドラムスはジョー・ジョーンズです。

ベイシー・オーケストラの同窓会的ラインナップ。これが全米最強のリズム・セクションに支えられた至高のビッグバンド・ジャズです。


wikipediaにはジョー・ジョーンズの演奏スタイルについて以下のような解説があります。




ジョー・ジョーンズは、最初にブラシを使い始めたドラマーのひとりだった。また、それまでバス・ドラム【ウィキ】を使うのが一般的だったタイム・キーピングをハイアット・シンバル【ウィキ】に変えたのも彼だった。

 


Buddy Rich【過去記事】、Roy Haynes【過去記事】、Max Roach、Kenny Clark、Louie Bellsonら後の世代のドラマーたちに多大なる影響を与えたそうです。

 


同世代のドラマー、ジーン・クルーパがバス・ドラムを途切れなく力いっぱい叩き続けたのとは対照的に、ジョー・ジョーンズはバス・ドラムを全く使わないことすらあった。その代りに、ジョーンズはハイアット・シンバルを好んで使った。ハイアット・シンバルは閉じた状態の時に叩くのが(当時は)常識だったが、ジョーンズは意図的に開いているときにも叩き、ハイアット・シンバルを中心にリズムを作った。 

ジョーンズのスタイルはモダン・ジャズ世代のドラマーたちに多大な影響を与え、彼らの好むライド・シンバルでタイム・キーピングをするという手法へ発展していった。

 


ジョー・ジョーンズはハイアット・シンバル使いの先駆者ということになります。


1964年に収録されたCokeman Hawkins-Harry "Sweets"Edison Quintetによる"Caravan"。1:20から6:20まで5分間に渡る驚愕のドラム・ソロ。2:30過ぎからのあまりにもアーシーなグルーヴ感。

冒頭でスイーツの吹くメロディに合いの手を入れるホークの素晴らしさ、Jimmy Woodeのベースのクールさは言うまでもなく。続くジョー・ジョーンズによる驚異のテクニックの品評会。明らかにジョー・ジョーンズのためにこの曲は演奏されております。おそらく彼のソロはショーの呼び物のひとつとして組み込まれていたのでしょう。しかも表情豊か。聴く者の心をガッチリと掴んで離さないこんなドラマー他にいるでしょうか。











更にもう一本驚愕の映像を。"C-Jam Blues"。1960年代ドイツ収録でしょうか。

オスカーのピアノでスタートし、スタン・ゲッツ、イリノイ・ジャケ、ロイ・エルドリッジの順でソロが受け渡されるのですが、彼らの背後で恐るべきハイ・テンションのドラムスが聴こえてきます。もちろん、ジョー・ジョーンズです。2:03からドラムスのソロがスタート。通常は地味な存在のドラマーが並み居るスター・ホーン奏者たちを完全に喰ってしまっています。ジョー・ジョーンズ、恐るべし。



もういっちょ。詳細は不明ですが、1970年代後半くらいの撮影でしょうか。

ブラシを使った超速ジョーンズ。しかも、ジョ−・ジョーンズ、唄う。



まだまだ続きます。1972年パリで収録されたオルガン奏者Milton Bucknerとのデュオ。

1:45過ぎから、Guitar:George Bensonとタップ・ダンサー、Jimmy Slideとの珍しいトリオ構成になります。


彼の映像をご覧になれば、ジョー・ジョーンズを嫌うことなど不可能であることに気が付くはずです。技術的な凄さはもちろん、彼の表情と立ち居振る舞いからからは恐るべきポジティヴな感情が溢れ出ております。生き物として素晴らしいと言えば良いでしょうか。


ここまではすべてライヴ映像の紹介でしたが、ここからはレコーディング音源を紹介します。


ジョー・ジョーンズが頭角を現したのはアーリー・ジャズ/スウィング・ジャズ期。当時はドラマーがリーダーとしてグループを率いレコーディングするという概念すらない時代でした。ですので、1930年代/1940年代のジョー・ジョーンズの演奏を聴くためには、彼がサイドマンとして参加したものを探すことになります。Count Basie/Lester Young/Teddy Wilson/Billie Holidayらの録音です。

また1950年になるとBen Webster、Leter Young、Teddy Wilsonら同世代の録音に多数参加しております。以前紹介した「61枚目:Lester Young/Teddy Wilson "Pres and Teddy'"【1956】」もこの時期にサイドマンとして参加した作品です。


1950年代後半になると、漸くジョー・ジョーンズにも自身のグループを率いてリーダー作を録音するチャンスがやってきます。wikipedia:Jo Jonesの下部にリーダー作一覧があります。Discogs:Jo JonesおよびJo Jones Trioにはもう少し詳細な情報が掲載されております。


1959年録音" Jo Jones Trio"収録"Philadelphia Bound"。音量注意。

冒頭から驚異のシンバル音。0:30から驚愕のブラッシング。Piano:Ray Bryant/Bass:Tom Bryant。ブライアントのピアノもかっこいいのですが、それを遥かに上回るジョー・ジョーンズの情熱的なドラミング。バス・ドラムを使わずにこの迫力のサウンドを作り上げちゃう訳ですから驚きです。



同じく"Jo Jones Trio"より"Jive at Five"。






Jo Jones Trio"Jo Jones Trio"【1959】
ジョー・ジョーンズ・トリオ 「ジョー・ジョーンズ・トリオ」【1959年録音】





"Jo Jones Plus Two"【1959】より"Old Man River"。ピアノ/ベースは同じくブライアント兄弟。

0:52から5:30過ぎまでジョ−・ジョーンズの一人舞台。なんというドラミング!バディ・リッチがいかさまに思えます。「アフリカ人は独特の優れたリズム感を持っている」。この解説が完全に正しいと確信できるのでないでしょうか。というよりも、「ジョー・ジョーンズは独特の優れたリズム感を持っている」と言った方が良い気がしますが。





Jo Jones Trio "Jo Jones Plus Two"【1959】
ジョー・ジョーンズ・トリオ 「ジョー・ジョーンズ・プラス・2」【1959年録音】

"Jo Jones Plus Two"は未CD化のため、ベスト盤"Essential Jo Jones"のジャケ写で代用しました。




最後に大変興味深い音源を。Jazz Artists Guild名義のアルバム"Newport Rebels"【1960年録音】収録曲"Mysterious Blues"。



Jazz Artists Guildとは、Newport Jazz Fesが商業主義重視に傾いていったことを批判するために結成され即席グループでした。玉石混交のパーソネルで録音されましたが、"Mysterious Blues"のラインナップは以下のとおり。


Alto:Eric Dolphy
Trumpet:Roy Eldridge
Trombone:Jimmy Knepper

Piano:Tommy Flanagan
Bass:Charles Mingus
Drums:Jo Jones

ミンガス・グループをベースに、世代の全く異なるエルドリッジとジョー・ジョーンズが投入されております。ドルフィー/ミンガス/ジョー・ジョーンズはジャズ史上で最も珍妙な組み合わせかもしれません。2回りほど世代が異なります。後半になればなるほどジョーンズがモダン・ジャズ的になっていくのも興味深いところ。珍品ではありますが、聴きどころの多いジャム盤です。






Jazz Artists Guild "Newport Rebels"【1960】
ジャズ・アーティスト・ギルド 「ニューポート・レベルズ」【1960年録音】






スウィング・ジャズ世代の盟友たちが次々とこの世を去った後も、ジョー・ジョーンズはコンスタントに活動を継続。先ほど紹介したMilton Bucknerとのコラボもその一例です。それほど多くはありませんが、リーダー作も時折リリースしました。


1985年、肺病により死去。73歳でした。


演奏技術にはズブの素人の聴くだけジャズ愛好家の無責任な見解ではあるのですが、史上最高のジャズ・ドラマーは、ジョー・ジョーンズではないかと考えております。なぜか。楽しいから。以上。










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Jo Jones
Teddy Wilson & Jo Jones