今回は久しぶりにヴォーカルの入ったモダン・ジャズ作品を紹介します。


スウイング系ビッグ・バンドがヴォーカリストをフィーチャーしたアルバムを録音する場合、例えばElla Fitzgerald、Frank Sinatra、Peggy Lee作品などがこれに当たりますが、楽器奏者の演奏はアンサンブルの中に埋没することになります。ソロはあってもほんの十数秒程度であるのが通常です。怪物クラスのヴォーカリストの力量やビッグ・バンド・ジャズ特有のアレンジの妙を楽しむことが出来ます。反面、ジャズ特有の魅力である楽器奏者によるガチガチのバトルは期待できません。


全ての作品に当てはまる訳ではありませんが、モダン・ジャズ系ヴォーカル作品では、ヴォーカリストも他の楽器奏者と同列の立場で参加します。ヴォーカリストだけが突出してフィーチャーされるのではなく、楽器奏者にもしっかりとした見せ場が用意されております。


これまで「First Step:どれから聴くか」では2作(のべ3作)のモダン・ジャズ系ヴォーカル作品を紹介しました。


62枚目:Sarah Vaughan/Helen Merrill With Clifford Brown 【1954】


全盛期を迎えていたClifford Brown=Max Roach Quintetが3大女性ジャズ・ヴォーカリストのひとりサラ・ヴォーン迎えて録音した歴史的人気盤と、同じくBrown=Roach Quintetが白人女性ヴォーカリスト、ヘレン・メリルをフィーチャーしたこちらも人気盤を2枚まとめて紹介しました。


クリフォード・ブラウンはもちろんウエスト・コースト系テナーの名手ハロルド・ランド、マックス・ローチのド迫力ドラムスも堪能できる名盤です。ヴォーカル愛好家のみならず楽器奏者メインのリスナーも納得させる内容になっております。


86枚目:Dinah Washington "Dinah Jams"【1954】


こちらは、当時若手ヴォーカリストとして売り出し中だったダイナ・ワシントン率いるグループとClifford Brown=Max Roach Quintetが合同して吹き込んだ大所帯ジャム・セッション盤。ヴォーカリストは楽器奏者と並列的に扱われ、やはりヴォーカル愛好家、楽器奏者メインのリスナーの両者を納得させる内容と言えるはずです。



今回もヴォーカルのみならず楽器奏者の演奏もしっかりと楽しむことのできるモダン・ジャズ系ヴォーカル作品を紹介いたします。





Abbey Lincoln "That's Him!"【1957】
アビー・リンカーン 「ザッツ・ヒム!」【1957年】


このアルバムのストロング・ポイントは驚異のパーソネル【wiki:"That's Him!"】。


Vocal:Abbey Lincoln


Tenor:Sonny Rollins【過去記事
Trumpet:Kenny Dorham【過去記事

Piano:Wynton Kelly【過去記事

Bass:Paul Chambers【過去記事
Drums:Max Roach


驚愕のオールスター・バンド。全員が多数のリーダー作を発表し、数多くの名盤を発表しているビッグネームばかり。明らかにアビー・リンカーンが一番マイナーな存在です。仮にアビー抜きのクインテットだったなら多くのジャズ愛好家が飛びつくパーソネルといえるはずです。



7曲目(CD版のみ収録Bonus Track)"I Must Have That Man(Take2)"。

アビーとローチが会話するかの如き導入部でスタート。歌いだしてすぐにアビーがビリー・ホリデイから強い影響を受けていることに気が付くはず。0:50からアビーのヴォーカルのバックでケリーの超速伴奏。1:40からドーハム。2:20からソニー。3:00過ぎから再びアビー。


アビー・リンカーン【ウィキwiki】は1930年生まれ。三大女性ヴォーカリストと称されるサラ・ヴォーン/エラ・フィッツジェラルド/ビリー・ホリデイの次の世代。ダイナ・ワシントン【1924/wiki】、ベティ・カーター【1929/wiki】、ローズマリー・クルーニー【1928/wiki】、ナンシー・ウイルソン【1937/wiki】、アニタ・オデイ【1919/wiki】らが同時代者。ビッグ3と比べると若干小粒感の強い世代に属します。


このレコーディングにも参加しているマックス・ローチのレコーディングに多数参加しており、ローチの強い政治色の影響を受け、後に結婚(1970年離婚)。


1曲目収録"Strong Man"。

ソニーをフィーチャー。歌い方はビリーそのもの。



CD版11曲目収録"Don't Explain"。ビリー・ホリデイ作。

この曲のレコーディングに際、事件が起こります。ベースのポール・チェンバースが泥酔状態に。ですので、このベースを弾いているのはなんとウィントン・ケリー。



ソニーやケリーの演奏を目的で購入すると彼らの活躍する場があまり多くないので若干のストレスを感じるかもしれません。私がまさにそうでした。その一方で、モダン・ジャズ世代がヴォーカリストをフィーチャーする作品はあまり多くないので、ある意味では実験的な取り組みと評価することも可能とも思えます。






最後に。アビー作品の特徴は、やはりバックを務めるのがモダン・ジャズ世代のトップ奏者である点。今作のみならず続けてリリースされた作品の多くにモダン・ジャズ系スター奏者が集結しております。以下、今作以降のアビー作品のパーソネルを紹介します。





"That's Him!"に続く3作目のリーダー作。




Abbey Lincoln "It's Mgic"【1958】
アビー・リンカーン 「イッツ・マジック」【1958年】


参照:wiki "It's Magic"


Tenor:Benny Golson
Trumpet:Kenny Dorham/Art Farmer
Trombone:Curtis Fuller
Baritone Sax:Jerome Richardson/Sahib Shihab

Piano:Wynton kelly
Bass:Paul Chambers/Sam Jones
Drums:Philly Joe Jones


"That's Him!"からの3作はRiverside Recordからのリリースで、プロデュースはもちろんOrin Keepnews。これほどのパーソネルを集結させられたのはキープニュースの力と考えるべきでしょう。




4作目のリーダー作。





Abbey Lincoln "Abbey is Blue"【1959】
アビー・リンカーン 「アビー・イズ・ブルー」【1959年】


参照:wiki "Abbey is Blue"


Tenor:Stanley Turrentine
Trumpet:Kenny Dorham/Tommy Turrentine
Trombone:Julian Priester

Guitar:Les Spann


Piano:Wynton kelly/Ceder Walton/Phil Wright
Bass:Bobby Boswell/Sam Jones
Drums:Philly Joe Jones/Max Roach


後にコルトレーンが取り上げたことで人気化するMongo Santamaria作"Afro Blue"を収録。






5作目のリーダー作。





Abbey Lincoln "Straight Ahead"【1961】
アビー・リンカーン 「ストレイト・アヘッド」【1961年録音】


参照:wiki "Straight Ahead"


Tenor:Coleman Hawkins/Walter Benton
Alto/Bass Clarinet/Flute/Piccolo:Eric Dolphy
Trumpet:Booker Little
Trombone:Julian Priester

Conga:Roger Sanders/Robert Whitely

Piano:Mal Waldron
Bass:Art Davis
Drums:Max Roach


RiversideからCandidに移籍し、Nat Hentoffがプロデュースした作品。スウィング世代の重鎮コールマン・ホーキンスの参戦も意外ですが、盟友ブッカー・リトルを伴ってドルフィーの参加は驚き。ドルフィーにヴォーカリストの伴奏が務まるのか。ドルフィー参加盤のコンプを目指しておりますが、今作は未だ入手できずにいますので詳細不明。










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Abbey Lincoln