今回は、問いかけでスタートしてみます。以下に、ブラック・ミュージックの10大ジャンルを羅列した上で、1曲のyoutube音源をご提示します。その音源が以下に並べたどのジャンルに属するかお考え頂きたいところです。


ヒント的な情報としましては、以下に10分類の中に、実はひとつだけ仲間はずれが混ざっております。その「仲間はずれ」こそが問いの正解となります。



Blues【wikiウィキ

Ragtime【wikiウィキ

Jazz【wikiウィキ

Gospel【wikiウィキ

Stomp【wiki

Boogie Woogie【wiki

Rhythm and Blues【wikiウィキ

Soul Music【wikiウィキ

Funk【wikiウィキ

Hip-Hop【wikiウィキ




Michell Willimams "Never Be the Same"【2004】。

ミッシェル・ウイリアムスは1990年代末から2000年代前半にビッグ・ヒットを連発したR&BグループDestiny's Child【wikiウィキ】の元メンバー。グループ解散後はソロ・ッシンガーとして活動し、この曲は2ndアルバム"Do You Know"【wiki】収録曲でした。


ミッシェル・ウイリアムスのwiki、"Do You Know"のwikiをチェックして頂いても解りますが、問いかけの正解は"Gospel"です。音源を聴いて「えっ!?そうなの?どう考えたってR&Bかソウルじゃん・・・」とお感じになられた方もいらっしゃるはず。私もR&Bかソウル・ミュージックと呼ぶのが適当ではないかと思います。実はその感覚も正解だったりします。


先ほど提示したヒントの中にその鍵があります。当然、ゴスペルが「仲間はずれ」ということになるのですが、その理由は、唯一ゴスペルだけは音楽的な理由による分類ではないとされております。その他のジャンルは、基本的にリズムの種類など音楽的技術/演奏法によりカテゴライズされているのに対し、ゴスペル・ミュージックは歌詞また曲タイトルによって、ゴスペル・ミュージックと定義されることになります。音楽的な観点からすればR&Bやソウル・ミュージックであっても、歌詞がゴスペル要件に適っていれば、それはゴスペル・ミュージックと定義されうるということです。


ゴスペル・ミュージックとは、ご存知のように教会音楽のこと。教会とはもちろんキリスト教のものを指します。聖書に記述のある出来事を題材に、キリスト教徒の集う教会で唄われる曲をゴスペル・ミュージックと呼んでいる訳です。"Jesus"ですとか、"Lord"などイエス・キリストを直接示す言葉もありますし、ゴスペル曲で"He"ですとか"Him"という言葉が使われる場合、ほとんどの場合イエスを指すと考えて差支えありません。つまり、ゴスペル・ミュージックの主役はあくまでも"He"、つまりはイエス・キリストということになります。ジャズの主役はソロ演奏者、ソウル・ミュージックならヴォーカリストであるのとは対照的です。


ですので、先ほどのミッシェル・ウイリアムスの曲は、音楽的にはR&Bかソウル・ミュージックと呼ぶのが相応しいのですが、歌詞の内容を優先すればゴスペルということになります。ちなみに、アルバム"Do You Know"はBillboadのR&B/Hip-Hopチャートでは28位だったそうですが、ゴスペル・チャートでは2位、クリスチャン・アルバム・チャートでは3位だったとのこと。


ここから本題に入りますが、なぜゴスペル・ミュージックの定義をわざわざ確認したかというと、今回紹介するアルバムに大いに関係しているから。今回は、ジャズ・ギタリスト界を代表するグルーヴ・マスター、Grant Greenの"Feelin' the Spirit"【1962】を取り上げます。







Grant Green "Feelin' the Spirit"【1962】
グラント・グリーン 「フィーリン・ザ・スピリット」【1962年】


タイトルの"Spirit"が意味するものは、「ファイティング・スピリット」のように使われるカタカナ英語の持つ一派的な意味とは少々異なります。我々日本人は「スピリット」というと、「精神」ですとか「根性」のような意味で使っておりますが、このアルバム・タイトルでは明らかに別の意味持たせております。この場合、ゴスペル・ミュージックや霊歌【ウィキ】を意味すると考えることになります。つまり、英語話者からすれば、"Feelin' the Spirit"というタイトルを見ただけで、グルーヴ・マスターGrant Greenによるキリスト教を題材にしたゴスペル曲集なんだ、と解るということになります。


ゴスペル・ミュージックというと、基本的には真面目な音楽。リスナーに伝えたいのはキリストの教えであり、その「正しさ」を伝える手段と考えられております。他のブラック・ミュージックのように、ノリですとか楽しさを追求する目的の音楽ではありません。


ですが、ジャズ愛聴家、グルーブ愛好家のみなさまならご存知のように、グラント・グリ−ンにノリが悪く、楽しくない音楽を演れ!というのは無理な注文。グルーヴ・マスターはゴスペルですらグルーヴィーにしてしまうことになります。


パーソネルは以下の通り【参照:wiki Feelin' the Spirit】。


g:Grant Green

p:Herbie Hancock
b:Butch Warren
ds:Billy Higgins
tambourine:Garvin Masseaux


珍しいタンバリン奏者が入ってはいるもののあまり目立たず、実質的にはギター+ピアノ・トリオ構成と考えて良いと思います。ハービー・ハンコックは理論派というイメージが強いのですが、こういったソウル・ジャズを弾かせても輝きます。



1曲目収録"Just a Closer Walk with Thee"。

明るく楽し気にスタートしますが、この曲【wiki Just a Closer walk with Thee】ももちろん著名なゴスペル曲。"Thee"とは、古語で「汝」の意。一般的なゴスペル楽曲のイメージとは異なる明朗な印象を受けるはずです。グリーンのギターは快調。冒頭から3:00までグリーン。力の抜けた、とでも言えば良いでしょうか、気分よく弾いているようにしか思えません。3:00からはハービー。ハービーのソロもまた快調。ソウル・ジャズ的で、良い意味でハービーらしからぬ楽しいプレイを聴かせてくれます。4:45から再びグリーン。






ここでちょっと話が逸れます。ゴスペル・ミュージックと言えば、真っ先に思い浮かべなくてはならない伝説的なシンガーがいるのはご存知のはず。ホームランと言えば、ベーブルース。ボクシングと言えば、モハメド・アリ。戯作家といえばシェイクスピア。アメリカ文学といえばヘミングウェイ。浮世絵と言えば葛飾北斎。同じように、ゴスペルと言えばMahalia Jackson【wikiウィキ】を思い浮かべてしかるべきです。この点に関して異論はあってはならないと個人的には確信しております。


マヘリア・ジャクソンは比類なきゴスペル・シンガー。「比類なき」という表現は文字通りの意味。彼女の名声を揺るがすライヴァルはゴスペル・ミュージックの歴史上存在しません。おそらくこれからも出てこないはず。


ここでマヘリア・ジャクソンが1970年のNew Port Jazz Festivalに登場し、歌った"Just a Closer walk wirth Thee"を紹介します。是非とも心して聴いて下さい。実はサッチモも登場しますが、今回に限っては彼の事は忘れてください。マヘリアのヴォーカルのみに注目して頂きたいところです。度肝を抜かれるはずです。冒頭の1分間はサッチモへの賛辞。1:00過ぎから曲が始まります。おそるべき5分間となるはずです。


ピアノとオルガンによる鍵盤楽器2奏者による伴奏というスタイルも興味深いのですが、それは今回の本題ではありません。注目はやはりマヘリア。ゴスペルらしい静かな立ち上がり。が、だんだんマヘリア自身が高揚していくのが手に取るように伝わってくるはず。3:40以降の彼女は、何かが憑依しているかのごとき。絶叫しているのに全く不快感がありません。気の毒な病気に苦しんでいる風にすら思えるほどの神がかり的な雰囲気すら感じます。5:00からはマイクの存在すら忘れての絶唱。超常現象的なものを全く信じておりませんが、このマヘリアには霊的な何かを感じてしまいます。


その後サッチモが登場し、再びマヘリアも登場しますが、彼女はほとんど抜け殻状態。最初の5分で精根尽き果てた印象。マヘリアはこの翌年、病気を理由に引退。1972年にこの世を去ります。


私は『ベン・ハー』【1959年/ウィキ】という映画が大好きでこれまで20回ほど観ておりますが、観終えると毎回キリスト教に入信してしまおうかと検討しちゃうほど。同じように、この映像を観る度に私はキリスト者になろうかと一瞬考えてしまいます。それほど説得力があると思います。

 





5曲目収録"Sometimes I Feel Like a Motherless Child"【wiki】。

ねっとりとしたブルーズ。9分間、終始淡々と刻まれるリズムに乗せて、グリーンとハービーがブルージーなソロを聴かせてくれます。



4曲目収録"Go Down Moses"【wiki】。

ソウル・ジャズ・テイストの強いゴスペル。グリーンのソロに続き、2:50からハービー。ハービーのソウル・ジャズ適性の高さをうかがい知ることができるはずです。


このアルバムは超有名盤ではないかもしれませんが、堅実なリズム陣に支えられ、名手グリーンとハービーの軽快なソロを堪能できるゴスペル楽曲集として、かなり面白い内容ではないかと思います。