前回の「チュニジアの夜」に続き、今回もモダン・ジャズ世代が作曲したスタンダード曲を紹介します。Thelonious Monk【過去記事】が1944年に発表した"'Round Midnight"【wikiウィキ】という曲です。大変有名な曲ですし、人気もありますのでご存知の方も多いはず。というよりも、ジャズ愛好家でこの曲を知らない方を探すことの方が難しいかもしれません。


"'Round Midnight"は、暗鬱な雰囲気、ゆったりとしたテンポ、慟哭するかのようなサックスといったジャズに対する一般的なイメージを最も如実に反映した曲かもしれません。印象的なメロディを持ちますので、とっつき易いはず。また、人気のあるジャズメンがこぞって取り上げた曲でもありますので、ジャズの入り口としてはうってつけかと思います。


まず最初に紹介するのは、作曲者本人によるバージョンが適切であるはずですが、問題はセロニアス・モンクがこの曲を幾度となく録音し、非公式バージョンを含めれば十数バージョンが遺されている【wiki:'Round Midnight】点です。どれを雛形曲として最初に紹介するか頭を悩ませるところです。また、モンクはご存知のように異才です。ピアニストですが、普通のジャズ・ピアニストではありません。有体な言葉で表現するなら天才です。と同時に異常者でもあります。もちろん、良い意味での異常です。フツーじゃないので。


ですので、モンク本人バージョンを最初に紹介するのは後回しにして、雛形としては、マイルス版を紹介せざる得ません。理由は簡単。私がマイルス狂人だからです。以前「80枚目:Miles Davis "'Round About Midnight"【1955】」でも紹介しました。出来れば夜に聴いてください。真夜中なら最高です。部屋の電気を消して聴くとより効果的。天才モンクが「真夜中」をイメージして作ったからです。

マイルス第一次黄金のクインテット。ts:John Coltrane/p:Red Garland/b:Paul Chambers/ds:Philly Joe Jones。私にとって、ファースト・マイルスであるばかりでなく、ファースト・ジャズがこの"'Round About Midnight"というアルバムでした。1曲目に収録されていたのが"'Round Midnight"でしたので、私のジャズ人生を決定付けた曲です。個人的な理由で恐縮ではあるのですが、人気盤ですので雛形としては悪くない選択と言えるはずです。


冒頭からマイルスによる抑制気味のトランペットの音が主役。絞り出すかのごときマイルスの音は、失意を抱えつつ暗闇を彷徨する者の嘆き節/慟哭のように思えます。ところが2:40から雰囲気がガラリと変わります。陰から陽へのスウィッチとなるパッパーパー・パッパ・パッパー・パーをはじめこの曲のアレンジはギル・エバンス【過去記事】によるものとされております。その後、コルトレーンが陽を担います。5:10から再びマイルス。またもや少しだけ陰へ傾きつつ終演へ。


ジャズ・スタンダード曲でここまで陰の要素が強い曲はあまり思い当りません。たしかに暗いのですが、聴く者の心を揺さぶる魅力があります。20世紀の名曲ランキングなんていう企画があったらきっとトップクラスの評価を受けるのではないでしょうか。モンクの作る曲は少し突拍子のない部分を持つ印象が個人的にはあるので、シンプルに琴線に触れる"Round Midnight"は、彼の遺した曲の中では例外中の例外と言うべきではないかと思います。





Miles Davis "'Round About Midnight"【1955】
マイルス・デイヴィス 「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」【1955年】




もう1曲マイルスがらみのバージョンを。名演と呼ぶには若干の躊躇を感じるマイナーな録音ですが、大変珍しいパーソネルで録音されたバージョンですので紹介する価値があると考えました。Miles Davis名義で後年発表された編集盤"Collector's Item"【1953年録音/wiki】収録バージョン。

tp:Miles Davis/ts:Charlie Parker/Sonny Rollins/p:Walter Bishop Jr./b:Percy Heath/ds:Philly Joe Jones。注目せざる得ないポイントはもちろんチャーリー・パーカーとソニー・ロリンズが同時参加している点です。バードとソニーの共演はこのセッション1度だけ。しかも、チャーリー・パーカーがなぜかテナーを吹くというイレギュラーな要素もあります。さて、どのパートがバードで、どれがソニーでしょうか。当然、私レヴェルでは判別不能。是非とも聴き分けにチャレンジしてみてください。一方のマイルスは終盤かなりだらしない演奏だったり。ドラッグまみれで「マイルスは終わった」的な扱いを受けていた時期ですので。


もう1点。先ほどのバージョンと比較すると、ギルのアレンジがないだけ、最初から最後まで一本調子に思えますが、こちらがモンク・オリジナルに近いストレート・アヘッドなバージョンです。






Miles Davis "Collector's Ittem"【1953/1956】
マイルス・デイヴィス 「コレクターズ・アイテム」【1953年/1956年録音】




ここでモンク本人バージョンを。先ほども申し上げましたようにモンクは多数回この曲を録音しておりますが、1947年に初めて録音したバージョンです。"The Genius of Modern Music Vol.1"【wiki】収録。SPレコードの時代ですので短いバージョンです。

as:Sahib Shihab【wiki】/tp:George Taitt/p:Thelonious Monk/b:Bob Paige/ds:Art Blakey。モンクのピアノがメインでtp/asはアンサンブル要員として機能します。若手時代のブレイキーが参加していますが後年のような目立ちたがりなドラミングはなし。時間的な制約はありますが、管楽器奏者にソロを取らせることなく、アンサンブルに専念させ、独特なタッチのモンク節をメインにしております。これが作曲者本人であるモンクの提示する"Round Midnight"。つまり「正解」です。ただし、1947年時点での「正解」にすぎません。





Thelonious Monk "Genius of Modern Music Vol.1"【1947】
セロニアス・モンク 「ジーニアス・オブ・モダン・ミュージック Vol.1」【1947年録音】



もうひとつモンク本人バージョンです。大変人気のあるライヴ盤"At the Blackhawk"【1960/wiki】収録バージョン。12分超の長尺ですが素晴らしい内容です。

ts:Harold Land【過去記事】/Charlie Rouse【wiki】/tp:Joe Gordon【wiki】/p:Thelonious Monk/b:John Ore【wiki】/ds:Billy Higgins【wiki】。興味深い点はテナー奏者が2人参加していること。モンクは1950年代にソニー、コルトレーン、グリフィンら多数のテナー奏者を迎えて録音をしましたが、モンク・グループに定着した者はいませんでした。スター奏者ばかりですので、サイドマンとして拘束しておくことができなかったのが理由かもしれません。モンクにとってチャーリー・ラウズは漸く見つけた最良の理解者でした。1959年からモンクが活動を停止するまでモンク・グループのフロントを担うことになります。


このバージョンでモンクはメロディ・ラインをサックス奏者に譲ります。その間、もう一人のテナーはアンサンブルに徹します。ランドとラウズのどちらでしょう。2:24からテナーのソロがスタートします。私にはこちらがランドに思えますが、間違っている可能性が50%あるのはご存知の通りです。4:24からゴードン。6:24からもうひとりのテナー。8:24からモンク。朴訥で偽ミスタッチ的モンク奏法。10:24からメロディに回帰。11:30からヒギンズのアフリカン・ドラム的な太鼓で終演へ。




Thelonious Monk "Thelonious Monk at the Blackhawk"【1960】
セロニアス・モンク 「セロニアス・モンク・アット・ザ・ブラックホーク」【1960年録音】



次はホーン奏者ではなく、ギタリsトが主役のバージョン。モダン・ジャズ系ギタリストの至宝ウェス・モンゴメリーも【過去記事】"'Round Midnight"を十八番にしておりました。最初にスタジオ録音盤"The Wes Montgomery Trio"【1959/wiki】収録バージョンを。

g:Wes Montgomery/org:Melvin Rhyne/ds:Paul Parkerによるギター=オルガン・トリオ構成。最初から最後まで完全にウェスの弾きっぱなし。オルガン/ドラムスは目立ちません。全体的に少し地味な印象があるかもしれませんが、この曲とギターという楽器の相性の良さは証明しているように思います。





Wes Montgomery "The Wes Montgomery Trio"【1959】
ウェス・モンゴメリー・トリオ 「ウェス・モンゴメリー・トリオ」【1959年録音】



もうひとつ、ウェスによる素晴らしい演奏が遺されております。先ほどのスタジオ録音盤よりもグルーヴ感は数段上ではないかと個人的には感じているヴァージョンです。1965年にヨーロッパで行われたTVライヴを収録した映像付き音源です。DVD"Twisted Blues"収録。

p:Harold Mabern/b:Arthur Harper/Jimmy Lovelace。親指一本で弾く神的なウェス奏法を視覚的にチェックすることができます。


実のところ、私個人はジャズ・ギター界では伝説的なウェス作品にそれほどはまった経験がありません。特にスタジオ録音盤は端正すぎるといいますか、要はグルーヴ感が希薄のような気がしていました。ですが、このライヴ音源は素晴らしいと思います。まずウェスのギターがメロディ・ライン、アドリヴ・ソロ共に素晴らしいというよりも胸を打つレヴェル。ウェスのギターとしっかりと噛み合っているベース、ピアノとの組み合わせも完璧に思えます。無駄な音が一音もないように聴こえます。




Wes Montgomery "Twisted Blues"【1965】
ウェス・モンゴメリー 「ツイステッド・ブルース」【1965年収録】



次は、M.J.Q.バージョン。ミルト・ジャクソン【過去記事】のバイヴ音とこの曲は異常なまでに噛み合います。「真夜中」感が半端ではありません。


以前紹介したライヴ盤"The Last Concert"【1974】収録バージョン。

ジョン・ルイスのピアノでスタートし。ミルト・ジャクソンがメロディ・ラインをなぞります。静かな立ち上がりですが、2:01にルイスのピアノがスウィッチとなり小さな山場を迎えます。2:40からミルト・ジャクソンのブルージーでグルーヴィーなソロがスタート。3:40から少しづつヒートアップしていきます。4:40からルイスのソロ。





The Modern Jazz Quartet "The Last Concert"【1974】
モダン・ジャズ・カルテット 「ラスト・コンサート」【1974年】



ミルト・ジャクソンに関してはもう1本紹介しなくてはならない映像があります。1990年に日本で行われたライヴ映像です。もの凄いグルーヴ感。スター・バイヴ奏者の情熱がぎっしり詰まった名演です。

ds:Mickey Roker【wiki】。バブル景気のなせる技でしょうか、このくらい小さなクラブでミルト・ジャクソンを聴けるなんて凄い時代でした。熟成された職人のごとき。真のグルーヴ・メイカーとしか言いようがありません。





ここまで、マイルス、モンク、ウェス、M.J.Q.版を2曲ずつ計8曲紹介しました。かなりのボリュームですがまだまだ終わりません。なぜなら"'Round Midnight"の名演なんて掃いて捨てるほどあるからです。Wiki:'Round Midnight"に主な人気バージョンが多数掲載されております。是非チェックしてみてください。


ここからは少しマイナー系の名演を紹介いたします。


まず是非ともお勧めしたいGeorge Russell【過去記事】が、Eric Dolphy【過去記事】をフィーチャーして録音したバージョン。"Ezz-thetics"【1961/wiki】収録。

ジョージ・ラッセル【wiki】は、演奏家というよりもジャズ理論家として良く知られた人物。マイルスの"Kind of Blue"成立に理論的に貢献した人物で、アヴァンギャルド・ジャズ/サード・ストリーム・ムーヴメントの精神的支柱となった人物でした。ですので、一筋縄ではいきません。


冒頭1分間は、現代音楽/アヴァンギャルド・ミュージックのごとき。1:00過ぎにラッセルのピアノがトリガーとなり、ドルフィーのアルトがメロディを吹き始めます。3:40過ぎからドルフィのソロがスタート。最後までずーっとドルフィーが引っ張ります。ラッセルが整えた舞台で、ドルフィーが自由奔放に暴れまくるといった感じです。







George Russell Sextet "Ezz-thetics"【1961】
ジョージ・ラッセル・セクステット 「エズセティックス」【1961年録音】





次はピアノ・トリオ構成バージョン。ウエスト・コースト系の名手Hampton Hawes【過去記事】バージョン。"This is Hampton Hawes"【1956】収録。

この曲の魅力は、そこはかとなく漂う哀しみといいますか、哀愁ではないかと思います。エヴァンスやタイナー、オスカーもこの曲を録音しておりますが、その哀しみがが最も表現できているのがホウズのこのバージョンと個人的には思えます。





Hampton Hawes "This is Hampton Hawes"【1956】
ハンプトン・ホウズ 「ディス・イズ・ハンプトン・ホウズ」【1956年】





”’Round Midnight"には、歌詞付きヴォーカル・ヴァージョンも存在します。Ella Fitzgerald、Sarah Vaughanのようなビッグ・ネームの録音もありますが、ここではBetty Carter【wiki】バージョンを推します。"'Round Midnight"【1963/wiki】収録。

ビッグ・バンドをバックにカーターが囁くように歌います。凝りに凝ったアレンジはOliver Nelson【過去記事】。






Betty Carter "Round Midnight"【1963】
ベティ・カーター 「ラウンド・ミッドナイト」【1963年録音】




最後に変わり種を。2000年代に少しだけ話題になったR&B/JazzシンガーLedisi【wiki】が2002年に発表したアルバム"Feeling Orange but Sometimes Blue"【wiki】収録バージョン。

サウンド的にはしっかりと2000's的なジャズになっております。もちろん、好き嫌いは分かれる可能性が高い訳ですが。



 

Ledisi "Feeling Orange but Sometimes Blue"【2002】
レディシー 「フィーリング・オレンジ・バット・サムタイムズ・ブルー」【2002年】