つい先ほど、浦和レッズが10年ぶり2度目のアジア・チャンピオンズ・リーグ【ウィキ】制覇を成し遂げました。ラファエル・シルバ選手のゴールの瞬間思わず声を上げてしまいました。浦和レッズの選手の皆さん、サポーターの皆さんおめでとうございます!Jリーグ勢でACL二度制覇は初の快挙です。しかも最初に制覇した際に出場していた阿部勇樹【ウィキ】選手は今回もレギュラーでフル出場。つまり日本人サッカー選手で唯一ACL二度優勝者ということに。これは叙勲しちゃっても良いレヴェルだと思います。素晴らしいを通り越して畏敬の念すら感じます。


アウェイでの1-1で引き分けていたため、0-0の引き分けならレッズの優勝という状況でした。ですが、こういったケースで0-0を狙うと変なテンションにはまり込んでしまい、上手くいかないのがサッカーではよくあること。と思いつつ見ていたのですが、浦和レッズの成熟したサッカー、つまり結果的に1-0で勝ちましたが、案外0-0でも行けたのではないかと思いました。それほど安心して観ていられました。日本サッカーがまた一歩成熟したように思え、この点でも感銘を受けました。


【デイリスポーツ】浦和10年ぶりアジア制覇


重ねてお祝い申し上げます。昨年の鹿島アントラーズ同様、クラブ・ワールドカップでの奮闘も期待しております。



ここからが本題です。


今回は、"Art Blakey's Jazz Messengers with Thelonious Monk"【1957】を紹介いたします。アルバム・タイトルが作品の内容を端的に物語っている訳ですが、個人的には「間違っている」と考えております。このアルバムの内容をより正確に表すタイトルにするなら"Thelonious Monk with Art Blakey's Jazz Messengers"とした方がよいのではないかと思っております。


何をグダグダ言っているんだ!大して変わらんじゃないか、と思われてしまうでしょうか。ですが、今作では安定したArt Blakey and the Jazz Messengersブランドをセロニアス・モンクという怪物が完膚なきまでに破壊し、完全にモンク・ワールドに引き込んでしまっております。ご存知のように、セロニアス・モンクは”異物”であり、”変異体”であり、ある意味では破壊者で、最も有体な言い方をするならば「天才」です。モンクがメッセンジャーズに与えた化学反応を"with"なんていう甘っちょろい前置詞で表現すべきではありません。不適切です。これではJazz Messengersにモンク色をちょろっとプラスしたという意味になってしまいます。言葉足らずとしか言いようがありません。


今作の内容を適切伝えるタイトルにするなら、むしろ"Thelonious Monk with Art Blakey's Jazz Messengers"と表記した方がより正確とすら思えます。つまり、今作ではそれほどモンクの色が強く出ております。というよりも、モンクが参加すると誰のリーダー作であっても、結局彼の独自色が強く出てしまうのが自然な流れであり、場合によってはリーダーが「乗っ取られる」と危機感を感じるのではないでしょうか。モンクが参加したマイルスとの録音が「喧嘩セッション」と現在では呼ばれ、マイルスがモンクに「弾くな!」と言っちゃった訳ですが、モンクからすれば「じゃぁ、呼ぶな!」ということなのですが。とにかくモンクが入ると世界観がモンクに寄ってしまうことになります。今作ではほとんどモンクが曲ばかり取り上げておりますので、なおさらその感が強くなっております。



天才の系譜【4】Thelonious Monk/セロニアス・モンク


Jazz探究【10】Thelonious Monk "Brilliant Corners"【1958】


ジャズメン御一行様、来日ス【5】Thelonious Monk In Tokyo"【1963】



では、この作品の聴きどころはモンクだけなのかというとそんなことは全くありません。注目すべきポイントとしてもう一点、Johnny Griffinの大活躍を挙げたいところです。グリフィンは理屈抜きに吹きまくるブロウ職人系テナー・サックス奏者ですが、今作ではモンクの存在うんぬんを抜きにして大活躍してくれます。怪物モンクを向こうに回しても全く意に介せず吹いて吹いて吹きまくりです。


実際問題、このセッションでモンクはグリフィンを気に入ったのでしょう、翌1958年に録音したリーダー作"Thelonious Monk In Action"【1958/wiki】と"Misterioso"【1958/wiki】では彼をフロント奏者として起用することになります。



71枚目:Johnny Griffin "A Blowing Session"【1957】


115枚目:Johnny Griffin/Eddie "Lockjaw" Davis "Tough Tenors"【1960】



151枚目:Johnny Griffin "The Kerry Dancers"【1962】


ということはつまり、今作の内容からするとタイトルは"Thelonious Monk with Art Blakey's Jazz Messengers Featuring Johnny Griffin"とすべきではないかと思わなくもありませんが、メッセンジャーズがだらしないという意味では全くありません。後のオールスター編成のメッセンジャーズと比較すると少々地味なパーソネルではありますが、ブレイキーのドラミングはしっかりと彼らしく、たしかな痕跡を残してくれております。


15枚目:Art BLAKEY & The Jazz Messengers "Moanin'"【1958】


変わり種Jazz【13】Art Blakey "The African Beat"【1962】


ライヴ盤列伝【10】Art Blakey and the Jazz Messengers "Live at Club Saint Germain"【1958】













"Art Blakey's Jazz Messengers With Thelonious Monk"【1957】
「アート・ブレイキーズ・ジャズ・メッセンジャーズ・ウィズ・セロニアス・モンク」【1957年】


パーソネルは以下の通り【参照:wiki Art Blakey's Jazz Messengers with Thelonious Monk】。


ts:Johnny Griffin
tp:Bill Hardman

p:Thelonious Monk

b:Spanky DeBrest
ds:Art Blakey


1958年録音の"Mornin'"に代表されるメッセンジャーズ黄金時代のレギュラー・トランペッター、ベーシストと言えばLee Morgan、Jymie Merrittですが、1956年及び1957年はHardman、DeBrest体制でした。


今作の最大のウィーク・ポイントは、ジャケット・デザインかもしれません。Blue NoteやPrestige、Verveはジャケット・デザイン文化の発展に大きく貢献しましたは、メジャー・レーベルであるAtlanticは時々こんな感じの手抜きをします。



1曲目収録"Evidence"。モンク楽曲。

ブレイキーの特徴的なドラムスでスタートし、ホーン奏者2人がモンクらしさ満点のメロディ・ラインを奏で、モンクの独特で朴訥なピアノの音が聴こえてきます。この時点で既にモンク・ワールドが完全に成立してしまっており、これをジャズ・メッセンジャーズの演奏と呼ぶのは形式主義以外の何物でもありません。明らかにモンク・サウンドです。0:40からtp:Bill Hardmanのソロがスタート。2:10からモンク。この間の取り方が許されるのはモンクだからです。これがゲストの振る舞いと言えるでしょうか。牛耳っています。3:05からジョニー・グリフィン。流れるようなブロウ。モンクに邪魔されても動じることはありません。4:30からブレイキー。




2曲目収録"In Walked Bud"【wiki】。モンクが盟友バド・パウエルに捧げた曲です。グリフィンによる渾身のブロウが聴きどころ。

0:45からグリフィン。2:15からモンク。4:20からハードマン。



他の曲もほぼ似通った内容。モンクはいつものモンクで、ジョニー・グリフィンがブロウしまくるといった感じ。やはりメッセンジャーズ作品というよりも、モンクのリーダー作といった方が正確な気がします。


モンクのスタイルについては独特すぎるので好き嫌いは分かれる可能性はありますが、今作で改めてモンクの異質さが再確認できるはずです。私個人はモンクを重要視しており、彼の存在はただでさえジャズという振幅の大きい音楽ジャンルを、より豊かなものにしてくれたと考えております。テイタムやオスカーがいて、その対極というか別次元にモンクがいるからこそピアノ・ジャズは素晴らしいと考える訳です。


最後に何度目かの紹介になりますが、1969年のライヴでモンクが弾いた"Satin Doll"。ソロ演奏です。

この時期のモンクは心身ともに疲弊しており、ほどなくして活動を辞めてしまいます。1969年のこの映像は、向こう側へ行ってしまう直前のモンクです。晩年のモンクは一体何のためにピアノを弾いていたのでしょう。このビデオの演奏終了の表情を見る限り、聴衆のためとは言えないような気がします。自分のためでしょうか、生活のためでしょうか。もちろん真相など解るはずもないのですが、結局のところ、本能だけで弾いていたようにしか思えません。モンクは人間である以前にピアニストだったと考える訳です。数年後、表舞台から消えたモンクはもはや人に聴かせるような演奏はできなくなってしまっていたのでしょう。技術という概念を超越した素晴らしい演奏だと心から思いますし、モンクを知ることができて光栄だと思わざる得ません。