今週の水曜日3月11日は東日本大震災からちょうど四年目。ジャズ愛好家の皆様も様々な想いを持ってニュース番組や新聞記事をご覧になったかと思います。

地震自体による被害はそれほど大きくなかったと言われております。ですが、あの大津波がきてしまいました。一瞬にして、いまだ行方の解らぬ方を含め、20,000人の方々がさらわれてしまいました。我々、日本人の仲間が一瞬にして20,000人も波によって連れ去られてしまった訳です。何の落ち度もなけば、罪もない方々がです。今思い返しても、あまりにも不条理な結果に思えます。

月並みではありますが、一日も早い東北地方の復興を心よりお祈りしております。美しい夏の東北の山々をいつか必ず散策することを夢見つつ。


震災直後に録音されたチャリティ・アルバム"Jazz for Japan"より"What a Wonderful World"。

参加メンバーは、Discogs:Jazz For Japanを参照して下さい。




ここからが本題になります。


この「変わり種Jazz」では、ファースト・ジャズとしてはあまりお勧めできないタイプのジャズ、例えばマイナー系ジャズメンの作品ではあるものの味のある良作、ビッグ・ネームのあまり知られていない作品などを紹介しております。また、マイナー系楽器奏者にも注目し、以前「変わり種Jazz【1】Ray Draper "Ray Draper Quintet Featuring John Coltrane"【1957】」ではジャズ・チューバ奏者のレイ・ドレイパーを、「変わり種Jazz【24】Dorothy Ashby "In A Minor Groove"【1958】」ではジャズ・ハープ奏者のドロシー・アシュビーを紹介しました。

チューバとハープと言われると「持ち運びが大変そう」と思ってしまう訳ですが、そんな外野のおせっかいはどこ吹く風、ドレイパー/アシュビー両人とも見事なキャリアを築き上げました。

今回はマイナー系楽器奏者の第3弾。ジャズ・バグパイプ奏者Rufus Harley作品を紹介します。


バグパイプって何だ?という疑問をお感じになったとしてもそれは当然です。私も子供の頃に観ていた「キャンディキャンディ」しか思い浮かびません。


bagpipe01  bagpipe02


 参照:Google 画像検索 bagpipe /ウィキ:バグパイプ


右の写真を見て思い出します。「あぁ、そうだった。バグパイプを吹く人はスカートを履くんだった、男でも」。

すると、次の疑問が湧き上がってきてしまいます。ジャズ・バグパイプ奏者ハーレイはスカートを履くのか?

その答えがこちら。



rufus harley01

rufus harley02


ルーファス・ハーレイは伝統を重んじる男のようです。スカートを履き、きっちりと正装を取り入れtています。

2年ほど前だったでしょうか、ワーナーミュージック・ジャパンがハーレイのリーダー作をリマスターし、まとめて再発しました。そのチャンスに私はまとめ買いし、少しずつ聴いておりました。

その結果、変わり種Jazzにうってつけのジャズメンと考えるに至り、今回取り上げることにしたのですが、同時にハーレイを聴くならこの1枚!的な飛びぬけたアルバムはみつからなかったという印象を持ちました。

ですので、今回は特定のアルバムに拘ることなく、音源を交えつつジャズ・バグパイプ奏者ルーファス・ハーレイのキャリアを振り返ってみます。


ルーファス・ハーレイ【wiki】は1936年ノース・カロライナ州生まれ。幼少期にペンシルヴァニア州フィラデルフィアに移ります。12歳でCメロディ・サックス【wiki】なる楽器をはじめ、並行してトランペットも吹いていたそうです。22歳の頃には、サックス/フルート/オーボエ/クラリネットの演奏も学んだとのこと。ハーレイは、プロ転向後もバグパイプだけを吹いていた訳ではなく、サックス/フルートなども演奏しています。

転機が訪れたのは1963年11月。当時27歳になっていたハーレイは、フィラデルフィアで住宅公社の修理担当員として働いていました。暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領の葬儀で演奏するロイヤル・スコットランド連隊【ウィキ】のバグパイプを聴いたハーレイ。松田聖子ばりにビビビッときたのかどうかは一切不明ですが、すぐさまバグパイプを求め、フィラデルフィアを探し回ったそうです。ですが、見つからず。

そこでニューヨークまで遠征。やっとのことで質屋で発見。質流れとなったバグパイプ一式を120ドルで手にします。

バグパイプを質に入れちゃったのは誰なのか?そして、なぜ?しかも流した理由は・・・。その裏には深い人間ドラマがありそうではありますが、もちろん真相は解るはずもありません。

ちなみにAmazonにはありました。




興味のあるかたは是非。タータンチェックのスカートもお忘れなく。





すぐざまバグパイプイの練習にとりかかったハーレイ。バグパイプをジャズ、ブルース、ファンクへ適応させるべく研鑽を積みます。

ところが、アパートの隣人がハーレイのバグパイプがうるさいと度々警察に通報する騒ぎが起こったとんこと。その都度、ハーレイはバグパイプを隠した上で、苦情を伝えに来た警官に「バグパイプがうるさいだって?アンタにはオレがスコットランド人に見えるのかい?」ととぼけたそうです。

その後、ハーレイは更に質の良いバグパイプを1000ドルで入手します。翌1964年にはバグパイプを使った演奏活動をスタート。1965年にはAtlantic Recordから初リーダー作を発表することとなります。

つまり、サックス奏者だった時期のハーレイはジャズメンとして芽が出なかったということに。27歳でバグパイプと出会い、ジャズに適応されせるチャレンジに乗り出した途端に道が開け、わずか2年後にはメジャー・レーベルであるアトランティックとの契約を勝ち取った訳です。色物的な扱いだった可能性はありますが、変わり種楽器に挑んだ結果、ハーレイは世に出るチャンスを掴んだということに。


最初のリーダー作がこちら。




Rufus Harley "Bagpipe Blues"【1965】
ルーファス・ハーレイ 「バグパイプ・ブルース」【1965年】


パーソネルは以下のとおり【参照:Discogs Bagpipe Blues


Bagpipe/Flute/Soprano Sax/Tenor Sax:Rufus Harley

Piano:Oliver Collins
Bass:James Glenn
Drums:Billy Abner


アルバム・タイトルには当然「バグパイプ」が入り、ジャケット写真にはバグパイプを持ちスカートを履いたハーレイ。当然です。レコード・ショップを訪れたリスナーに「おっ!?」と思わせ興味を持たせる必要があります。

参加メンバーにビッグネームは皆無。全員、フィラデルフィア・ベースのミュージシャン。以前からハーレイと活動を共にしていた仲間のようです。


1曲目収録"Bagpipe Blues"。

youtubeのコメント欄で指摘されておりますが、ベニー・ゴルソン作曲"Blues March"を思わせる曲。ピアニストのブルーズ・フィーリングも悪くありません。


同じ年には早くも2ndアルバム"Scotch & Soul"【1966】を発表します。






Rufus Harley "Scotch & Soul"【1966】
ルーファス・ハーレイ 「スコッチ・アンド・ソウル」【1966年】


パーソネルは以下の通り【参照:Discogs Scotch & Soul


Bagpipe/Flute/Soprano Sax/Tenor Sax:Rufus Harley

Piano:Oliver Collins
Bass:James Glenn
Drums:Billy Abner

Congas:Robert Gossett

"Bagpipe Blues"参加メンバーに、コンガ奏者がプラスされた構成です。


7曲目収録"Sufer"。


コンガが入った分だけ、音が厚くなています。

バグパイプの音色は通常のジャズに慣れ親しんだ耳には異質に思えます。奇妙と言った方が適切でしょうか。バグパイプの音色自体がシンプル、別の言い方をすれば一本調子なだけに、最初の1枚は興味本位で聴いてくれるかもしれませんが、リスナーの興味を惹きつ続けるためには何がしかの工夫が必要に思えます。でないと、、早晩飽きられてしまいそうな音という印象を受けます。


2作目"Scotch & Soul"から2年のブランクを経て3rdアルバム"A Tribute to Courage"を発表します。





Rufus Harley "A Tribute to Courage"【1968】
ルーファス・ハーレイ 「トリビュート・トゥ・カレッジ」【1968年】


パーソネルは以下の通り【参照:Discogs A Tribute to Courage


Bagpipe/Flute/Soprano Sax/Tenor Sax/Piano:Rufus Harley

Piano:Oliver Collins
Bass:James Glenn
Drums:Billy Abner

Congas:Robert Gossett/Robert Kenyatta

ユニット構成は前作とほぼ同じ。一部の曲でハーレイはピアノも弾いております。

このアルバム・タイトルは「勇気への賛辞」の意。上掲Discogsのリンク先で曲名をチェックして頂くと解りますが、曲名に「JFK」「ALI」「X」「TRANE」というワードが並びます。

JFKとはもちろん暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領。ハーレイがバグパイプに出会うきっかけを作ってくた人物ですが、もちろんそれが追悼曲を録音した理由ではなく、おそらくJFKの推進した公民権獲得運動に対する感謝を示したものと思われます。

ALIとはモハメド・アリ【ウィキ】。ローマ五輪ボクシングヘビー級金メダリストにして、プロ・ボクシングのヘビー級チャンピオン。ムスリムへ改宗し、生名のカシアス・クレイからモハメド・アリとなり、ベトナム戦争への徴兵を良心を理由に拒否。世界王座をはく奪されてしまいます。当時の黒人たちのオピニオン・リーダー的な存在でした。今作が発表された1968年は、アリは徴兵拒否によりボクシングの試合を禁止され、試合から遠ざかっていた時期。

XとはマルコムX【ウィキ】を指すものと思われます。TRANEはもちろんジョン・コルトレーン。彼は今作録音の前年、この世を去っております。

つまり、この3rdアルバムでハーレイは変わり種楽器奏者からの脱皮を図り、強い政治的なメッセージを発信するという選択をしたことになります。

とはいいつつも、ジャズ愛好家の興味は、ジャズメンの発する政治的メッセージよりも、音楽的メッセージにあります。今作でハーレイはよりソウルフルなジャズへと舵をきります。


1曲目収録"Sunny"。ソウル・シンガーBobby Hebbが1966年に放ったヒット曲のカヴァー。



6曲目収録"About Trane"。この曲ではバグパイプではなく、テナー・サックスを吹いています。

3:50から"My Favorite Things"が出現します。


続く第4作を前に、ハーレイは大きな決断を下すことになります。バンドメンバーの大幅な入れ替えです。





Rufus Harley "King/Queens"【1969】
ルーファス・ハーレイ 「キング/クイーンズ」【1969】


フィラデルフィアでの無名時代から苦楽を共にしたメンバーと袂を分かち、定評のある実力派スタジオ・ミュージシャンを登用することになります。


パーソネルは以下の通り【参照:Discogs King/Queen】。

Bagpipe:Rufus Harley

Guitar:Eric Gale

Piano:Richard Tee
Bass:Chuck Rainey
Drums:Jimmy Johnson

Congas:Montego Joe


ギター:エリック・ゲイル/ピアノ:リチャード・ティー/ベース:チャック・レイニーとくれば、ジャズ・ファンクを演るなら当時ベストの布陣。アトランティックは相当の力を入れたと推察できます。



1曲目収録"Eight Miles High"。



悪くはないですし、面白いとは思うのですが、やっぱりどこかバグパイプの音に違和感を感じざる得ないとうか。ゲイル/ティー/レイニーは完全に調和しておりますが、ハーレイの音だけ浮いているように思えてしまいます。


以上4作でアトランティックとの契約は終了。その後マイナー・レーベルから数枚のアルバムを発表し、1970年代以降はリーダー作発表の機会を失ってしまいます。



わざわざ紹介しておきながら、ここまで若干ネガティヴな印象の内容になっておりますが、ハーレイの演奏の中には素晴らしいものもあります。彼はあるビッグネームのバンドにサイドメンとしてしばしば参加しておりました。ソニー・ロリンズです。冒頭で紹介したスカートを履いたハーレイの2枚目の写真の左がソニーです。


中でもソニーが1974年7月6日モントルー・ジャズ・フェスで録音されたライヴ盤"The Cutting Edge"収録曲"Swing Low,Sweet Chariot"を出色です。







Sonny Rollins "The Cutting Edge"【1974】
ソニー・ロリンズ 「カッティング・エッジ」【1974年】



パーソネルは以下の通り【参照:wiki The Ctting Edge


Tenor:Sonny Rollins

Guitar:増尾好秋

Piano:Stanley Cowell
Bass:Bob Cranshaw
Drums:David Lee

Congas:Mtume


先ほど紹介したハーレイのリーダー作収録音源と比較して、バグパイプの音がバンド・ミュージックの一部として違和感なく調和しているように個人的には感じます。ソニーはバグパイプの可能性を理解し、適切な役割を与えた結果と考えるべきでしょうか。

"The Cutting Edge"は5曲収録のアルバムですが、ハーレイが参加しているのはこの1曲のみ。つまり、ソニーは曲によってハーレイをハズす決断をしたということになります。若干の哀愁を感じなくもありませんが、必要な判断だったと思わざる得ません。

その他ではSonny Stitt、Herbie Mannのレコーディングにサイドメンとして参加しております。

wikipedeia:Rufus Harleyのページ下部のDiscographyをチェックして頂くと解りますが、1980年代中盤以降、ハーレイに対する再評価の機運が高まり、彼は再びレコーディングのチャンスを得ます。

2006年、前立せんがんのため死去。70歳でした。レコード契約を得た後もフィラデルフィアに暮し、ミュージシャンと兼業するかたちで住宅公社の従業員として働いていたそうです。


最後にソニー・ロリンズ・バンドでのハーレイをもうひとつ。

1974年にデンマーク・コペンハーゲンでのライヴから"Alfie"。

ハーレイはソプラノ・サックスを吹きます。中盤でタモリ氏のサークル仲間、増尾好秋氏【ウィキ】がかなり長いソロを割り当てられております。








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