2011年12月16日
2012年写真弘社カレンダー
岩佐 保雄(1902〜1999)

A COLLECTION OF PHOTOGRAPHS
写真は生きもの
過去の記憶を甦らせる不思議な力がある
災害が起きるたびに話題となる写真
圧倒的な迫力で迫る記録
記録することの意味がそこに存在する
写真の保存は未来への贈り物
イメージを写真に
一部抜粋
(島根県立美術館学芸グループ課長 蔦谷典子)
岩佐保雄の作品世界は、
自ら手にとることのできないものへ恋焦がれるような
独特の憂愁にに包まれた距離感をもっている。
それは、村の風景でも、自写像でさえ、この哀愁の
ベールに封じこめられているように感じられる。
「絵が描きたいけれど描けないから、写真を撮りはじめた」
という岩佐の作品は、独特の愁いを色濃く纏っている。
1902(明治35)年、岩佐保雄は鳥取県米子町(米子市)に生まれた。
1920(大正9)年、大阪為替貯金銀行に勤め、その後帰郷して米子銀行
に勤務する。
その傍ら写真を始め、1926(大正15)年、写真愛好家たちが集まる
「米子写友会」に入会した。
前年9月に結成されたばかりの米子写友会は、当時趣味の写真同好会
であった。
雑誌『写友』を作成し、月例会を開き、年に1回展覧会を開催した。
やがて、当時隆盛した絵画主義の写真「芸術写真」の全国組織である
「日本光画協会」に与し、本格的な芸術写真団体へと変貌していった。


A COLLECTION OF PHOTOGRAPHS
写真は生きもの
過去の記憶を甦らせる不思議な力がある
災害が起きるたびに話題となる写真
圧倒的な迫力で迫る記録
記録することの意味がそこに存在する
写真の保存は未来への贈り物
イメージを写真に
一部抜粋
(島根県立美術館学芸グループ課長 蔦谷典子)
岩佐保雄の作品世界は、
自ら手にとることのできないものへ恋焦がれるような
独特の憂愁にに包まれた距離感をもっている。
それは、村の風景でも、自写像でさえ、この哀愁の
ベールに封じこめられているように感じられる。
「絵が描きたいけれど描けないから、写真を撮りはじめた」
という岩佐の作品は、独特の愁いを色濃く纏っている。
1902(明治35)年、岩佐保雄は鳥取県米子町(米子市)に生まれた。
1920(大正9)年、大阪為替貯金銀行に勤め、その後帰郷して米子銀行
に勤務する。
その傍ら写真を始め、1926(大正15)年、写真愛好家たちが集まる
「米子写友会」に入会した。
前年9月に結成されたばかりの米子写友会は、当時趣味の写真同好会
であった。
雑誌『写友』を作成し、月例会を開き、年に1回展覧会を開催した。
やがて、当時隆盛した絵画主義の写真「芸術写真」の全国組織である
「日本光画協会」に与し、本格的な芸術写真団体へと変貌していった。
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