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『嫌われ松子の一生』
 中谷美紀 罵声監督と“涙の和解”

 ヤフーのニューストピックスにこんな記事が掲載されているのを発見して興味を持って記事を読んでみました。その記事によるとこの映画の撮影中に中島哲也監督から中谷美紀に向って「下手くそ!女優辞めろ!」なんて罵倒が毎日毎日飛び交っていたそうです。そのため中谷美紀は途中降板スレスレのところまで追いやられていたとか。そのことに際して初日舞台挨拶の際に和解が成立した。
 そんな内容の記事でした。

 中谷美紀に「女優辞めろ!」なんて罵倒するなんて中島哲也監督も偉くなったものだな。僕はこの監督が撮った『Beautiful Sunday』を観た際にあまりのつまらなさに「しょーもない映画撮ってんじゃねぇ!金返せ!」と思ったものなんですが、高評価だった『下妻物語』(『Beautiful〜』があまりにつまらなかった為、「どうせダメだろ」ってスルーしたまま今に至ります)一本で巨匠の域にまで上り詰めてしまったようで。
 まぁ、おそらくはその罵倒というのも中谷美紀はこの映画で女の転落人生を演じなければならないわけですから精神的に役者を追い詰めて役に一層深みを持たせようとした演出の一環って事なんでしょうけど・・・真実は如何に?

 ってことで『嫌われ松子の一生』です。
 川尻家にて生を受けた松子(中谷美紀)は父の期待に沿って学校の先生となり歌の上手な先生として人気を博す。しかし修学旅行先で起きた窃盗事件。この事件により教師をクビになった松子に待ち受けていたのは波乱万丈の転落人生だった・・・。
 
 山田宗樹の小説を『下妻物語』で好評価を得た中島哲也監督が映画化。
 原作は全く読まないままに映画に臨んだのですが、話の筋からいくとおそらく相当に重苦しいものなんでしょう。なにせ愛をこの手に収めたかと思えばこぼれ落ち、また得てはこぼれ落ち・・・って事を繰り返し、最後は人間不信となって引きこもった挙句に河原で何者かの手により殺害され死体となって発見される。
 そんな女の一代記を描いているわけですから暗くならないはずがありません。

 ところが中島監督は映画化に当ってこの女の一代記を歌とカラフルな色調の映像で描き出し、時にミュージッククリップのような映像やギャグを交えて鮮やかに描き出していきます。
 BONNIE PINKの歌をバックに松子がトルコ風呂で立身(立チン?)出世していくところなんて普通に演出すれば確実にR指定なんですが(トルコ嬢になるための訓練はもっと観たかった気がするけど・・・なんかカンフー映画みたいで面白かった)、ミュージッククリップのような細かいカット割で見せることによって過激な描写になりそうなところで上手くお茶を濁しています。

 人生の一部をミュージッククリップのように見せるなどこの映画にとって歌は非常に重要です。
 大傑作『マグノリア』で登場人物が「save me」を歌い上げるシーンのように「ま〜げて〜のばして〜♪」と松子が口ずさむ歌を登場人物が代わる代わる歌い上げていくシーンなんかも用意されていて歌によって話にリズムを付けている部分は多いかなと思いました。

 しかもキャスティングに関しても柄本明、香川照之、市川美日子といった役者組からBONNIE PINK、木村カエラといったミュージシャン組、そしてカンニング竹山、劇団ひとりといったお笑い芸人組まで様々なジャンルの人たちがこの映画に出演して松子の転落人生に彩りを加えます。
 これだけ様々なジャンルの人が出たらそれぞれの個性が強すぎて「上手く纏まらないんじゃないかな」と想像していたのですが、その心配は杞憂に終わりました。ミュージシャンにしろ芸人さんにしろ意外と演技が上手いというか独特の存在感がぶつかり合う事によって不思議なハーモニーを奏でるのです。
 意外と「凄いな」と思ったのがカンニングの竹山。お笑いの世界ではいつも怒っているだけで大して面白いとも思わなかったのですが、今回演じた松子の転落人生のキッカケとなる修学旅行での窃盗事件で重要な鍵を握る嫌味な教頭先生役を好演!
 「いいからおっぱいを見せなさい!」
 この台詞、最高でした。妙に説得力があったんですよね。脱がなきゃなんないかなぁ〜って(笑)

 様々なジャンル出身の出演陣を上手く纏め上げ、悲惨な転落人生を華やかに描く事に成功した中島哲也監督は素直に凄いと思う。
 もう『Beautiful Sunday』のことは忘れてあげましょう。

 おそらく孤独は嫌でそれを恐れている人は意外といると思います。
 松子もそうでした。そんな彼女が最初に感じた孤独は多分父親が病弱な妹ばかりを可愛がり、自分はあまり可愛がってくれないって思い込んでいた事から来ていたと思います。
 でも実は違うんですよね。父親との楽しい思いでもあるし、後に父親が松子を嫌っていたわけではなく心から心配していた事も判明します(僕はここで泣けました)。
 孤独だと思って落ち込んでいる時であっても何処かで誰かが心配してくれる可能性もあるわけです。でも、それが見えてこない。日々こうやって仕事や様々な出来事に追われて生活しているとなかなか事実は見えてこないものなのかもしれません。

 松子の最期はあまりに悲惨です。人を信じないと決め、家に引きこもり、家はゴミ屋敷で周りからは嫌われている。でも、そんな時にだって彼女を気にかけてくれていた人はいるわけです。ただ、それに気が付かなかっただけの話で・・・。
 そこにある物が見えるか見えないのか。
 もしかしたらそれが人生を大きく左右するのかもしれません。
 今の僕にはあまり見えてないかもなんてフト思いました。

 ★★★★

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