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『ハチミツとクローバー』 子供の頃は絵を描く事が好きだった。
 幼稚園の頃には12色だかのクレパスを買ってもらって思うがままに色んな物を描いた記憶があります。
 実際、僕が母の日のプレゼントとして描いた母親の似顔絵(うちの母親がこんなものまでちゃんと保存してることに驚いた)を見せてもらった事があります。その絵はとても母親には似つかない絵で決して上手ではありません。
 でも何となく一生懸命描いたんだなって感じは伝わってくるようでした。それに色使いも妙にカラフル。

 年を経て中学生となり、僕が得意だった科目は美術くらいでした。体育・技術家庭・音楽なぞは壊滅的な成績だったにも関わらず、何故か美術だけは成績が良かったのです。それに一回だけ僕の描いた絵が校内に貼り出されたことがあります。
 でもその絵は割り箸ペンで使って自分の薄汚れた上履きを描いた絵。この絵もまた実家に行けば置いてあるのですが、色は白黒。写実的ではあるけれど題材は暗く、何処となく貧乏臭い。
 確かに上手く描けているとは思うのですが、幼稚園の頃に描いた母親の絵と比べてみると全く別物のようです。
 
 思うに幼い頃は世界がもっと違って見えていたのかもしれない。だからありえないようなカラフルな色調で世界を描いていた。華やかに、美しく。
 しかし中学生の頃になるともう僕は現実というものが徐々に分かってきて薄汚れた上履きしか上手に描けなくなってしまった。
 僕がもし今キャンパスに何かを描くとしたらどんな絵が出来上がるのだろうか?最近は筆を握った事すら無いので分かりませんが、それはもっと貧乏くさい絵である気がします。

 なんか変な出だしになってしまいましたが、今回紹介する『ハチミツとクローバー』、略して“ハチクロ”は美術大学を舞台にしたラブストーリー。
 美術大学といえば何処となく変わり者が集まる場所ってイメージがある(美大出身者の方々、偏見丸出し発言ですいません)のですが、大人になっても子供の頃の純真さを忘れていない絵を描こうと思ったら多少世間からズレていても仕方が無いのかもしれません。この映画で蒼井優が演じたはぐみのように。
 ただ、こと恋愛に関しては変わり者の皆さんも一般の方々も同じような事で悩んでいるみたいですね。ここが面白いところでもあります。
 同じ美術大学に通う竹本(櫻井翔)、真山(加瀬亮)、山田(関めぐみ)の三人は同じ教授の研究室で知り合いになった仲間。そんな教授の家で開催された定例会で竹本はイヤホンを耳に一心不乱に絵を描き続けるはぐみ(蒼井優)と出会う。そしてその瞬間、竹本は一目で恋に落ちてしまった。
 そんなある日、海外で芸術活動を展開していた森田(伊勢谷裕介)が久々に美術学校へと戻って来るのだが・・・。

 草原を作るにはハチミツとクローバーが必要だ

 オープニングでこのような詩が掲載されるのですが、どういった意味なんでしょう?あまり詩を解する感性が無いのでよく分かりませんが、クローバーの草原を作ろうと思ったら当然元となるクローバーとその花粉を運ぶ蜂は必要なのかも。

 じゃあこの映画における「草原」「ハチミツ」「クローバー」って一体何を意味しているのでしょう?
 僕はこの羽海野チカの原作を全く読んでいないのでよく分かりません。でももし草原が一つの恋の成就を意味するとするならば、それを築くために必要なのは彼と彼女?彼の思いと彼女の思い?
 そんな色んな要素が合致して初めて草原は形成される気がします。

 でもこの映画の登場人物は一生懸命に自分なりの草原を築こうとするのですが、ハチミツかクローバーのどちらかが足りない。欠けてはならない要素のどちらかが欠けているために草原を築く事が出来ない。それで悶々とする。

 つまり、登場人物全員片想い!

 実はね、こういった片想いを扱った映画って意外と好きなんです。
 恋をした。でもその気持ちは相手に伝わらない(あるいはなかなか伝える事が出来ない)。
 だから悶々として「うわぁぁぁぁ〜!」という雄叫びと共に青年はズボンを自ら下ろしそこから・・・って描写は流石にありません(でも映像に映らないところでは必ずやってると思う)。でも、その悶々とした感じが僕は非常に好きなのです。
 恋をしてしまったがゆえの懊悩!懊悩!懊悩!

 最近はトキメキなぞスッカリご無沙汰になってしまったので、悶々とする事すらなくなってしまいました。わたくし、人生不感症でございます。
 でもこういった人が好きで好きでたまらないって感情が持てる事って良いなとこの映画を観ていて思ったりするのです。

 先ほども書いた様に、主要登場人物5人の気持ちは見事に擦れ違っています。登場人物一人一人を見回すと下記のような矢印方向への恋の一方通行が成り立っているのです。

 竹本 →はぐみ
 森田 →はぐみの才能(?)
 はぐみ→森田の才能(?)
 真山 →建築事務所のお姉さん
 山田 →真山

 このように見事に擦れ違ってます。「森田とはぐみの関係は相思相愛じゃないの?」と疑問をもたれる方もいらっしゃるかと思いますが、これが芸術家ならではと言いますかお互いの美術センスに対して恋をしているだけに思えました。つまりその本人自体に対してはそれほど興味が無いんじゃないかなと。
 ですから上手くいかない。

 でも擦れ違っているからといって別にお互いの仲が悪いわけでは決してありません。実際はベストパートナーであったりもするのです。
 でもベストパートナーだから上手く結ばれるかというとそうは問屋が卸さない辺りが色恋沙汰の難しいところでありまして、逆にあまりに仲が良すぎるが故に恋愛対象として見られない悲劇が存在するのです。
 お互いの間に生まれる安心感。なんでも相談できてしまう関係。その関係が長く続いてしまうとあまり身近すぎて恋人として見る事が出来なくなってしまうようです。恋人とではなく親友以上の親友みたいな関係になってしまう。
 うん、これは何となく分かる気がする。

 僕は真山と山田の関係が凄く痛々しいというか、この映画で最も目を引きました。
 お互い酒喰らって「俺達は宇宙一のベストパートナーだ!」なんて騒いだりもするのですが、山田は真山が好きで好きでたまらないのに真山は振り向いてくれない。なぜなら彼は年上のお姉さんに首ったけだから。そしてその想いの強さはストーカー行為にまで彼を駆り立てる。
 そんな真山を一途に遠くから見つめる山田。山田はそれでも彼が好き。
 で、何をするかと思えば山田は真山の恋を応援してしまうのです。

 まぁ、ベタベタな展開といえばベタベタと言えるのかもしれません。少女漫画チックと言えばそうかもしれない。
 でも何故かギュッと胸が締め付けられる思いがしちゃった。

 だって山田を演じた関めぐみが本当に良いんだわ。
 『恋は五・七・五! 』でのデビューから気が付けば出演作を全部観ているようなんですが、この役が一番良かった。巨大な奈良漬(この表現が妙にツボ)と化した山田が真山に背負られてトボトボと河原を歩くシーン。凄く良かったです。

 ただ、この映画で最も重要な「人が恋に落ちた瞬間」の映像化にあまり説得力が無かったり、変なゲジゲジの猫が鬱陶しかったり(最初何かのモザイクかと思った)するなど不満が無いことは無い。話自体も臭過ぎるくらいに臭い。
 でも好きなんです。嫌いになれない映画です。
 取り敢えず現時点で関めぐみの最高傑作であることは間違いが無いのでファンはチェックしておくと良いでしょう。

 ・・・って長々と書いてきましたが、なんか後で読み返すと赤面するような恥ずかしい文章になっている気がする。あまりラブストーリーの感想は書きたくないんだよなぁ〜・・・この手の話題はどうも照れくさくって嫌です。

 ★★★★

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