paperhouse


 子供の頃、例えばお城の絵を描き、自分がそこに暮らしていたとすれば・・・なんて妄想を膨らましながらチラシの裏に絵を付け足し続けた。きっと誰もが一度はそんな経験していると思う。
 うちのチビも絵を描くのが好きなようでして、一日に一枚はノートや折り紙の裏に絵を描いています。先日もママとチビがニコニコと遊んでいる絵を描いていました(あれっ?パパは・・・)。その絵の周りはハートのマークで飾られており、髑髏マークなどが書かれていない分、素直に育ってくれているのだと思う。パパの性格は大分歪んでいるのに・・・それはさておき、時には奇妙なキャラクターの絵を描き、「上手だね」と褒めると「これ〇〇ちゃんっていうの」などとオリジナルキャラクターの説明をしてくれたりもする。
 一枚の絵に込める想い。それは描く人それぞれに少なからずあるはずです。

 って事で、バーナード・ローズ監督作品『ペーパーハウス 霊少女』です(※ 完全ネタバレありです!最初に結論を申し上げれば、必見の一本です!)。

 映画を観ているうちに筋肉少女帯の『蜘蛛の糸』のこの歌詞が流れてきた。

 友達はいないから ノートに猫の絵を描く〜♪
 友達はいないから 痩せた子猫の絵を描く〜♪

 この僕の10代後半から20代前半にかけて何度もリピートしてきたこの曲。決して映画の内容とピッタリ合致する歌ではないかもしれない。けれど主人公のアンナの学校に馴染めていないような雰囲気や、この曲の歌詞にあるような青春時代の儚さというか、痛々しさが十分に溢れてた仕上がりになっています。
 邦題の「霊少女」なんて副題からするとオカルト映画か、『キャリー』のような特殊な能力を持った女の子が最後に怒り狂って大虐殺を繰り広げる。そんな映画を想像される方もいらっしゃるでしょう。
 でも、この映画は別に心霊ネタやスーパーナチュラルな能力を持つ少女を描いた作品ではありません。ちょっと怖いシーンもあるけれど、ホラー映画というより、青春ファンタジー映画。そんな感じかな?

 11歳の誕生日。アンナ(シャーロット・バーグ)は授業中に落書きをしているのを先生に見つかり、廊下に立たされてしまう。その絵に描かれていたのは広大な原っぱと一軒の家。
 廊下に立たされていたアンナは突如意識を失い、描いていた一軒の家とそっくりな場所を訪れる。その後彼女は眠るたびにその場所を訪れるようになり、「誰もいないのでは寂しいから」と一人の少年の姿を描き足す。すると彼女の目の前にマークという病気を患い、歩くことが出来ない少年が現われる・・・。

 思春期に誰もが一度は抱く生と死。そして恋に関する疑問。アンナの中でそれらが現実と空想の世界で見事に交錯しつつ、知らず知らずのうちに彼女は生と死を彷徨う。実はアンナは何らかの病気を患っており、熱病にうなされています。学校で廊下に立たされている際に突如意識を失ってしまったのも、この病気の前兆で間違いがないでしょう。
 現実の世界がそのような過酷な状況の中、彼女は一枚の紙に絵を描く。するとそれは空想の世界で実現化するわけです。そこで出会ったマークという少年と仲良くなっていくうちに彼女はマークが現実の世界に存在する事を知る。そして彼もまた病気に冒されていることも・・・。

 現実の世界では決して交錯する事のない二人が、空想の世界で出会う。死という若者にとっては得体の知れない物に憑りつかれてしまった二人に対するせめてものご褒美なのか?
 アンナとマークは空想の世界で次第に距離を縮めていき、あまりにギコチがないファーストキスを体験。二人が手と足を取り合って輪っかを作り、でんぐり返しの要領で坂道を転がっていく姿をシルエットで映し出す映像美は、ただただ息を飲みましたし、胸がキュンとします。

 ただ、話は二人の初恋を描いた甘酸っぱいだけの展開では終わりません。この空想の世界を侵食するのが、現実の世界なのです。アンナの家庭は母親と二人暮らし。父親は単身赴任のため、映画の中盤まで登場しません。そんな常に不在の父親に対する不満もあったのか、二人を助ける頼りになる存在として絵の中に描き込んだ父親の姿を黒く塗り潰してしまうのです。
 その結果、父親は空想の世界に恐ろしい存在として登場します。金槌を振り上げた父親の姿が草原の遙か果てにシルエットとして浮かび上がる映像は、心底恐ろしい。

 この映画ではこの父親の人物像が曖昧に描かれています。母親が「アルコールさえ飲まなければ・・・」と父親の事を評するシーン(とても他人事とは思えない台詞で耳が痛い!)がありますが、常に娘の傍には存在しない父親。正直、アンナには単身赴任と言っているけれど、実際は懲役刑でも喰らってムショの中にいるのでは・・・と思ったりもするわけです。
 実際空想の世界で金槌を片手に襲い掛かってくる父親の顔はほとんど映し出されませんし、映し出された顔も傷だらけ(黒く塗りつぶしたせいでしょう)で、この後に登場する優しい父親と同一人物なのか一回本作を観ただけではよく分からなかった(リピートする際の要チェックポイントですな)。
 でも、彼女にとって常に不在な父親に対する不安や不満といったものが存在したことが、この一連の恐怖描写へと繋がっている事は間違いがないのでしょう。
 しかし、現実と空想の世界、つまり生と死の狭間を行き交うアンナを最後に救出するのはこの両親だったことを考えると、彼女の将来にとっては悪くはない物だと信じたい。その変わりに彼女はその未来の代償として「初恋の終わり」という現実を受け入れざるを得ないわけですが・・・。

 最初は「何となく好きそうだから」といった曖昧な理由で購入した一枚のDVD。それがこの映画のDVDなわけですが、ここまで自分が好きになれる作品だとは思っていませんでした。
 劇場未公開作品ではありますが、1989年のアヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭でグランプリを受賞している作品でもあります。こういった隠れた傑作に出会えたことが、素直に嬉しいですね。

 ★★★★★

 2015 #37

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