沖縄本島東部からフェリー20分ほどの島、
「久高島」をご存知ですか?
沖縄南西諸島には数々の島がありますが、
久高島はその中でもまだまだ観光地化されていない、
人口200人ほどの小さい島です。
ここは、神の島としてとても有名で、
琉球開祖の神「アマミキヨ」が降臨した島として
沖縄の人々のみならず、
この島に興味を抱く人は数知れません。
なにを隠そう私もその一人。
実は前職で
日本全国「沖縄県」以外は訪れたものの
「沖縄県」に赴くのは今回が初めてという、
全口的には少ないであろう内の一人であった私。
かねがね
「あーー。行きたい。沖縄。」と、
様々な資料に目を通し妄想にふけっておりましたが、
その際に「沖縄には御嶽(ウタキ)という聖地がたくさんある」
という事を知り、
そしてその最たる地が久高島であることを知ったのです。
沖縄は現在もユタと呼ばれるシャーマンと共存しているので、
どうやらあまりにも崇高な聖地であるが為に
ウチナンチュ(沖縄の人)であっても
久高島に訪れる人は少ないとのこと。
この島は
行きたくても行く時期が訪れていない人は妨げられる(天候や体調不良などにより)など、
資料を見るほどに、その神秘的な存在が浮き彫りになってきます。
ううう。。。。行きたい。
訪れて、その空気感を体感してきたい。
そこに身を置いてみたい。
そんな溢れ出る思いを抱えてのとっても遅い夏休み。
定休日と、あと一日を利用して二泊三日、
まだ見ぬ地「沖縄」そして「久高島」へと、
大きな期待を抱きながら一人旅を決行いたしました。
ご存知の通り「沖縄」は島とはいえ、
たった三日で全てを回りきるには難しい、みどころいっぱいの島です。
今回は「何と言っても『久高島』」に足を運んでみたい、
ということで「南部」のみに絞り込むことにいたしました。
が。
なんと出発1週間前から
「最大最強の勢力。伊勢湾台風並みの台風15号」が。
ああああ。。。。
これはやはりまだ久高島を訪れることは出来ないんだろうか。
と毎日ヒヤヒヤ気をもみ続けましたが、
どうにかこうにか前日には台風が沖縄本島から遠のき、
三日間とも天気に恵まれるという「雨女」の私にしては上出来のスタートとなりました。
さて。
今では修学旅行一行もぞろぞろという程、メジャーな「観光地」沖縄。
「国際通り」はおいといて、
やはり日本人としては
修学旅行コースといえども「南部戦跡」に足を運ばないわけにはいきません。
太平洋戦争で唯一内戦のあった沖縄でも、
もっとも凄惨な歴史が語り継がれる場所へは第一に赴くべきでしょう。
戦後生まれの私には、
正直目を背けたい思いもありますが
沖縄へ行くのならば必ず出向かなければならないところ
という思いがとても強かったのでした。
徹底的とはいかないけれど、
琉球から廃藩置県により沖縄となり、
その後も沖縄の人々が多くの辛い思いを受けてきたことなど
最低限の知識を元に出発です。
第一日目。
ホテルに荷物を預けそこそこに、
まず訪れたのは那覇市にある沖縄でも数少ない神社「波の上宮」。
まずは地元の神様にごあいさつです。
シーサー狛犬に見送られ、「沖縄バス」の定期観光バスに乗り込みます。
私のイメージとしては、
観光バスというのはザワザワと人が溢れていて、
その多人数にまぎれて観光地を訪れるという感じ。
(大勢の中だから、かえって一人感を強く持てる。というやつですね)
だから、
人を気にせずに効率よく回れる、
と思っていたのですが・・・・
なんと。
私を含めて2人の乗客。
ガイドさんもやりにくかったろうなあ。
「海軍・・」の中では、さすがにシャッターはきれませんでした。これは外回りです
まわったところは「旧海軍司令部壕」「ひめゆりの塔」「平和記念公園」「玉泉洞」。
総合して思ったのは、意外にも
「観光バスを利用して、限られた時間の中でバタバタ回ってよかった」ということ。
なぜか。

「ひめゆり」入り口では献花を販売しています。」

こちらが「ひめゆりの塔」。壮絶です・・・・
各所、各所、あまりにも戦争の傷跡が深くて重い。
たぶん個人で訪れたら気持ちを全てとられて入り込んで時間を忘れて滞在しそうで・・・
はっきり言って「やられて」しまったのです。
しかも期せずして「明日は沖縄大空襲の日」という日取り。。。
「海軍・・・」などは、壕に入るだけですでに空気が重い。
だけど吸いつけられるように壁の自害跡に目が行き、
無意識に歩を進ませる。という状態。
ガイドさんに促されなかったら、
いつまでも様々な思いをめぐらしながらグルグルと徘徊していたに違いありません。
「ひめゆり」もしかり。
写真などではなく、その場に足をはこんでみなければ
「現実」としての空気感を私の皮膚が理解してくれない。
「竪穴の洞窟で、ここを診療所として使用していた。
多数の兵士や学生さん達がここで無念の死をむかえた」
と、細胞レベルで受け止めるには、
やはり現場を訪れるしかないのか、と感じたのでした。
これらに足を運び、
頭の中は、現代とその時代を行ったり来たり。
この地がさまざまな傷を受け60年あまり。
忘れ去られるほどの昔ではありません。
戦争を経てきて、人間はどう変わってきたのか。
日本は?アメリカは?個人レベルでは?
日本のこと、沖縄のこと、「日本としての沖縄」のこと、
今日見た現実と私はどう向き合えばいいのか。
グッタリ疲労を感じるほどに、様々なことに思いをめぐらせて、
沖縄第一日目は更けていったのでした。
翌朝、どんよりと目が覚める。
「はて?今日は何だか大切な日だったような・・・」
おお、いけない、いけない。
昨日の、深刻で重い空気がまだ私の身体に残っているのでしょうか。
10時の船に乗船するためには、8時のバスに乗らなければいけません!
そう、「久高島フェリー」の発着場、安座港へは
那覇ターミナルから1時間ほど路線バスでゆられます。
「路線バス」も私は好きです。
地元の方が乗り降りするバスは、
生活レベルで土地を感じることができます。
しばらくすると、
左右はほとんど「サトウキビ畑」。のんびりと港に向かいます。
フェリーの出航までは1時間ほど(乗り継ぎ時間にはロスがありますので)。
海をみたり、待合所の素朴な商品を眺めたりしつつ、
久高島への思いは高まります。
乗船人数は、一人旅らしい方カップルの方も含め、5~6人だったでしょうか?
本島がだんだん離れて行き、
平らで細長い島が近づいてきます。
・・・・さて、長くなってしまいました・・・
「久高島訪問」は引き続き、来月のコラムでお伝えしたいと思います。
申し訳ありません。次回もぜひゼヒご覧下さいね!!!
つづきはこちら!








