読書感想「半島を出よ」

半島を出よ (上)

半島を出よ (下)
【はてなダイアリー】http://d.hatena.ne.jp/asin/434400759X
【評価】★★★★
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村上龍の最新作です。
いやー、おもしろかった。
すごくドキドキしながら読んだ。
ひさしぶりに興奮する本でした。


この小説は、村上龍の中では、「愛と幻想のファシズム」「希望の国のエクソダス」なんかの系譜にはいるでしょう。
この源流には「コインロッカー・ベイビーズ」があるのでしょう。
この系譜の小説は、いわば「国家」ということへの憎悪というか、嫌悪というものが根底にあるのかな、と思います。
「国家」というのが大上段すぎるのであれば、「集団」あるいは「システム」というものでしょうか。
「コインロッカー・ベイビーズ」にせよ、
「愛と幻想のファシズム」にせよ、
「希望の国のエクソダス」にせよ、
「半島を出よ」にせよ、
その主人公はどれも「集団」になじめずに「個」で生きざるをえない人たちでした。
いわば、我々の社会からはみでざるをえない人が、主人公になるのです。

2010年から2011年あたりの近未来。
日本は経済的な破綻をきたしています。失業率は軒並み上昇し、ホームレスなどが急増。
アメリカも「世界の警察」の座から降りるために、在日米軍を縮小。
そのかわりに、中国と結びつきを強め、北朝鮮に対しても軟化の姿勢を見せます。
そんなアメリカの姿勢や、経済的な支援をしないアメリカに対して、日本は反米というスタンスへと変化してきております。
経済力がなくなった日本は、東アジアの鼻つまみ者となり、誰からも相手にされません。
アメリカからも相手にされなくなります。
やがて、右傾化がすすみ、日本では軍備増強・核武装ということが唱えられてきます。

そんな中、北朝鮮では、ある計画がすすんでいきます。
その計画とは、表向きは「北朝鮮の反乱軍」として、特殊部隊が福岡を占拠する、というものです。
あくまで表向きは「北朝鮮の反乱軍」であるため、北朝鮮はその行動に対して無関係であり、各国がどのような対応をとっても関知しない、という声明を出します。
当然、アメリカや韓国、中国も、その反乱軍の行動を以て北朝鮮を非難できないわけです。
逆に、北朝鮮は、その反乱軍を鎮圧するために、軍隊の派遣をしても良い、とまで言うわけです。
そうなると、日本側としては、北朝鮮の内乱が日本国内で勃発するという、馬鹿げた事態になりかねないわけで、拒絶するしかないわけです。
日本の自衛隊がその反乱軍を攻撃しても、多数の福岡市民が人質となっているので、国際的な非難が日本に集中します。

北朝鮮は、その計画を実行にうつします。
精鋭部隊を福岡ドームに送り、野球の試合中に占拠。
日本は混乱するだけで、何もできません。
すぐさま、後続部隊500人が飛行機で福岡へ来襲。福岡市を占拠します。
日本政府は、福岡市を封鎖します。
ですが、物流などがストップしてしまい、大変なことになります。
福岡を占領した北朝鮮特殊部隊は、「高麗遠征軍」と称し、福岡の独立を宣言。
さらに後続の部隊12万が、北朝鮮の港を出港し、福岡を目指します。
その一連の行動を、指をくわえて見るしかない日本政府。

そんな中で、福岡には社会不適合の若者たちがおり、そんな若者たちが高麗遠征軍に対して牙を向く。
果たして高麗遠征軍は?どうなる日本!?
ってな話。

とりあえず、日本の制度的な脆弱性や、日本人の危機意識の薄さ、いい加減さなんかが活写してあります。
こういう話って、例えば軍事ヲタがマニアックな点も含めてシミュレーションしてみました!みたいな本がある程度は出回ってるじゃない。
例えば、麻生幾の「宣戦布告」みたいなものとかさ。
でもなんか村上龍はひと味違うんですよ。
やはり、きちんと「文学」してるんですね。
こういう話って、どうしても「軍事ヲタ、政治ヲタ、経済ヲタ」が、すんごくマニアックに「現実にありえそうなこと」を想定しつつ書くために、我々一般庶民からみると「よくわかんない」というところが出てきてしまうんだけど、
村上龍は、やはりきちんと「人間」にスポットを当てるんですよ。
一人の「人間」が、どのような背景があり、どのような思考を持ち、どのような哲学を持ち、どのように行動するのか、が丹念に書かれているんですよ。

やっぱり、そこいらへんがひと味違うんだろうと思うんです。

例えば、北朝鮮の特殊部隊の兵士なんかも、麻生幾の本なんかでは、「無敵の冷酷無比なコマンドー」的な描かれ方をしているんだけど、村上龍の小説では、きちんと「人間」として描いているんですよ。
もちろん、村上龍の小説でも、北朝鮮の兵士は「無敵の冷酷コマンドー」なんだけど、どうしてそうなったのか、そうならざるをえなかった背景なんかも丁寧に描いているわけ。
ただ単に、「特殊部隊」という記号に対して「無敵」「冷酷」という意味を当てはめるのは誰でもできるわけだけど、
そこに「人間味」という要素を付け加えるだけで、その奥行きが違ってくるんですよね。
むしろその「人間味」がメインになっているところが、村上龍の小説の面白さでしょう。

さらに、村上龍が強いと思えるのは、「軍事ヲタ」「政治ヲタ」「経済ヲタ」という点においても、よく勉強しているなぁ、というところです。
リアリティがあります。感心しますよ。

まあ、ただのシミュレーション小説、と言われてしまえばそれまでですが、
シミュレーション小説では描きえない「システム」に対する憎悪、違和感が描かれているのかな、と感じました。
人間は、システムなしでは生きていけないのです。
けれども、そのシステムから逃れたいという気持ちも強くあるわけです。
この感情は、我々も「学校」というシステムを通じて経験があるはずです。
学校に行くのが嫌、だけど、学校に行かないといけない。だけど行くのが嫌、だけど行かないと…
みたいな二律背反する感情です。
よーく考えれば、学校なんて行きたくなければ行かなければ良いだけの話なんですよ。
だけど、逡巡したり葛藤したりするわけです。
その逡巡なり葛藤なりが、ドラマに、あるいは「文学」になるんだと僕は考えています。


とまあ、全般的に手放しで絶賛だったわけだけど、ただ、まあ若干の不満がない訳じゃない。

九州の福岡が独立する、というネタは、「希望の国のエクソダス」で北海道が独立する、というネタに通じるわけで、
「独立ネタ」としては新味がないですね。
なんというか、それじゃあ何でも独立すりゃええんか、って身も蓋もない話になりそうですからね。
そもそも、この「独立ネタ」は、かわぐちかいじが「沈黙の艦隊」で示しているわけで、あんまり新しい切り口ではないような気がするんです。
しかも、独立する、というのは良いのですが、その独立した国家が、結局は「集団」「システム」になっていくわけです。
反システム、反集団を掲げる団体は、しかし結局はシステムや集団でしかないわけで、そこいらへんの矛盾への解答を示すべきかな、とも思ったんですけどね。
村上龍の小説は、そこいらへんの矛盾についてはいつもお茶を濁しているので、(というより、そんなの解答がないわけだから)しょうがないっちゃしょうがないんですけどね。

まあ、なんというか、村上龍って、いつも「ぶっ壊せ!」的なことを書くわけで、
そこいらへんは「はいはい」って読んでいくわけだけど、
「ぶっ壊せ!」という以上は、それが壊されたあとにどのような新しい価値観を持つべきなのか、あるいは持ちうるのか、というところはでは深く突っ込まないんですよ。
とりあえず、赤ん坊が積み木のお城を「ぶっ壊せ!」といってぶっ壊す快感、というものしか村上龍は描かないんですね。
その後に、その壊された積み木を誰が片付けるのか、ということは考えないんですわ。
まあ、システムなり集団というのは、常に新しく更新し続けないと維持できないので、こんなふうに「ぶっ壊せ!」と言う人も必要なんだろうけど、
そういう村上龍という存在も、間違いなく社会の歯車であって、官僚たちと何ら変わるところはないんだけど、
そこいらへんを村上龍はどう考えているんだろう?
…多分、そんなこと聞いたりしたら、間違いなく殴られそうだけどね。


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