映画感想「蝉しぐれ」
【評価】★★★★
【映像】★★★★
【滋味】★★★★
【エロ】
【笑い】★★
【役者】★★
試写会に行ってまいりました。
藤沢周平先生の「蝉しぐれ」が原作らしいんですが、原作は読んだことありません。
その藤沢周平先生が唯一映像化を認めた映画監督・黒土三男が構想一五年、一切の妥協を許さない脚本作りを経てのもの、といいます。

この映画を一言で言えば、ストレート直球。
まじめに作り上げた日本映画って感じです。
良くできている映画。正統派の日本映画です。
下級武士の子供、牧文四郎。
文四郎の父は、藩の派閥抗争に巻きこまれ、切腹を命じられます。
派閥抗争というのは、世継ぎ関係のもので、薩摩藩のお由良騒動みたいなもんだと思ってください。
世間からは、冷たい目をあびる文四郎。陰湿ないじめを受ける文四郎。
そんな文四郎を、幼なじみのおふくは暖かく見守り続けます。
二人の間には、恋が芽生えはじめます。
ところが、おふくは江戸に出て、江戸藩邸に勤めることとなります。
二人は離ればなれになってしまいます。
文四郎は、懸命に勉学と剣に励みます。
そんなこんなで長い年月が過ぎます。
文四郎は、以前、父に切腹を命じた筆頭家老から取り立てられることになります。
筆頭家老は、おふくの子供をさらうように、文四郎に命じます。
おふくは、江戸で藩主の側室となり、その子供を身籠もっていました。
さらに、いったん国元に帰っていたのです。
おふくが生んだ藩主の子供は、男の子でした。
筆頭家老としては、自分の推す子供が世継ぎとならなくなる可能性があります。
ですから、おふくの子供を始末したいと考えていたのです。
文四郎は、その家老の考えを見抜き、おふくを助け出すことになるのでした。
はたして、文四郎、おふくの運命は?


とりあえず、文四郎は、子供時代は石田卓也、青年以後は市川染五郎。
おふくは、子供時代は佐津川愛美、青年以後は木村佳乃となっています。
美男美女ですな。
んで、こいつらが、いつまでたっても恋心を抱きあっている、相思相愛なんですよ。

「忘れようと、
 忘れはてようとしても、
 忘れられるものではございません。」


って、木村佳乃が涙ながらに市川染五郎に言うわけよ。
純情じゃないですか。泣かせるじゃないですか。
市川染五郎も、悪い友達に遊郭に連れて行かれたりするんですよ。
そこで、遊女と…となりそうなんですが、やっぱり木村佳乃が忘れられなくて、遊女を突き飛ばして逃げ出してしまう、という話もあります。
まあですけど、木村佳乃は藩主の側室ですから、染五郎がおセクスできるわけありません。
二人は、お互いの気持ちを確認しながら、しかし、どうにもできない…という、
なんつーか、滋味のあふれる話になります。

いやー、つらいよなぁ。泣かせるよなぁ。
なんて思いながら見ていたんですけど、
これって、美男美女だから一つの絵になるんだよな。
チラシには「20年、人を想いつづけたことはありますか。」なんて書かれているんですけど、一歩間違えればストーカーですからね。
市川染五郎と木村佳乃という美男美女が、お互い20年間想いつづけた、という設定だから、みんな「純情だなぁ」って感動するわけで、
これが俺みたいなキモヲタが20年、木村佳乃を想いつづけてたりしたら、ただのストーカーですからね。

でもさ、木村佳乃を自由にできる藩主って、良いよな。
俺も生まれ変われるんだったら、どっかの藩主になりたい。
生活には困らないし、就職で悩んだりすることもないし、木村佳乃とかと、あんな体位でこんな体位でおセクスできるわけじゃないですか。
藩主なんて、子種残してナンボの仕事みたいなもんですから、女に手をつけまくりじゃない。
毎日毎日おセクスしまくりですよ。
ホント、藩主になりてー、って思っちゃいました。
まあでも、俺が藩主なんかになったら、間違いなく藩の財政とか破綻して、悪い奴が家老とかでのさばるんだろうな。んで、幕府から改易とかされるんだろうな。


とまあ、馬鹿話はここいらへんで。
この映画で感心したのは、時代考証がわりとしっかりしているところです。
よく、テレビの時代劇なんかで、裃が出てくるじゃない。
で、その裃が糊がきいた、ピシッとしたものじゃない。
みんながみんな、ピシッと糊のきいた裃じゃないですか。
だけど、きっと本当の裃なんかは、そんないつも糊がきいたピシッとしたものであるはずがないんですよ。
我々が着る背広が、いつもピシッとアイロンがけをしたものでないのと同様に、ちょっとへたった裃であったろうなぁ、と思っていたんです。
で、この映画では、裃がへたったものばっかり。
一応、下級武士ですから、そんなに良い物を着ていないんですよ。
そこいらへんのリアリティが、すごくしっかりしていました。

また、刀を振り回して人を斬りまくる場面なんかも、いちいち人を斬るたびに、主人公たちがびびりまくっていて、とてもリアリティがありました。
よく時代劇なんかだと、一本の刀でバッサバッサ2〜30人を斬りまくりますけど、あんなの実際にはありえません。
我々が包丁で肉を切るとわかりますけど、肉って脂があるから、すぐに包丁が切れなくなるじゃないですか。
同じように、人を斬ると、刀に人の脂がのって、切れなくなるはずですよね。
ですから、主人公は1〜2人斬るたびに、刀を交換していました。
そこいらへんのリアリティがありました。
良く考えられている設定で、ここまで丁寧にリアリティを追求した映画って、現代ではかなり珍しいと思います。

とはいえ、時代考証マニアとしては、ちと不満がないわけではない。
江戸時代の女性って、結婚すると眉毛を抜いて、お歯黒が原則だったはずなんですが、お歯黒した女性は、この映画では皆無。
というか、木村佳乃は白い歯見せまくり。
何の歯磨き粉使ってますか?ってくらい、白い歯でしたわ。
そこいらへんのすげえマニアックな時代考証とかは、もちろん駄目でした。

まあ、眉毛のないお歯黒の木村佳乃が、

「忘れようと、
 忘れはてようとしても、
 忘れられるものではございません。」


なんて、ニターっと黒い歯を見せながら笑ったりしたら、軽いホラーになりますから、そこいらへんのリアリティの追求は無粋というものでしょうか。

あと、気になったのは、役者。
なんでふかわりょうとか今田耕司とか、そういうお笑いの連中を使ったのか、よくわかりませんでした。
だって、彼らが出てくるだけで、観客が笑ってるんだよ。
主人公の友達という役柄で、アクセントとして使ったんだろうけど、せっかくの本格的時代劇が、ちょっとミニコントみたいになってしまいます。
お笑いの人を使うということに関しては、割と賛否がわかれると思います。


とまあ、いろいろと好き勝手に言いましたが、
風景がとても美しく、また四季の変化なども丁寧に描かれていました。
古き良き日本の風土、というものを感じさせてくれる映画です。