読書感想「幸福な食卓」
幸福な食卓幸福な食卓
著者:瀬尾 まいこ
販売元:講談社
発売日:2004-11-20
おすすめ度:4.0
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【評価】★★★★
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映画を見ていたのですが、やっぱり原作が名作だったんですねー。
いえね、映画、あとちょっとで泣きそうになりましたもんね。
やっぱり、原作がしっかりしていたんだな、と確信できました。
いやー、名作ですよ、名作。


あらすじはほとんど映画と同じですが、
とはいえ、やっぱり映画とは若干ですが肌触りが違う、という感じがしますね。
やはり、映画はかなりわかりやすくしているところがあります。


主人公の中原佐和子こと「私」の父親がいきなり「パパを辞める」宣言をするところから話が始まります。
ちなみに、この父親は自殺未遂をしており、自殺未遂を察知できず、救えなかったという責を母親は持っており、
それに耐えられなくなって、母親は家を出て、父親とは別居状態です。
農業やってるロハスな兄貴の直ちゃんと「私」と父親の三人暮らしなんですが、
「私」は、たまに母のところに遊びに行ったりします。
ちなみに、父親はいきなり受験勉強を始めたりしていて、
「私」も高校受験で忙しい中、塾で知り合った大浦君と恋をしたり、
直ちゃんも小林ヨシコという女と恋におちたりしています。
やがて、「私」も大浦君と一緒の高校に行って、そこでいじめを受けたりするようになる展開になります。
いじめと言っても、体育館裏に呼び出されて4〜5人にタコ殴りにあうような、そんな僕の出身高校のビーバップハイスクールな陰湿なものではなく、
みんなで合唱を歌わずに、クラスの女子たちに嫌味を言われる、という程度のものです。
これも、大浦君のアドバイスでクリアでき、楽しい学園生活を送るのかな、と思いきや、
なんと、大浦君が死んじゃうんですね、交通事故で。
最後、その悲しみを乗り越える、というところでエンドですよ。


なんか、あらずじを書くとたいしたことない話だよな。
だけどね、このたいしたことない話でも、心に染みるんですね。
感動するんですよ。巧いんですよ、話の進め方が。
この巧さも「オッ、巧いねー」と、誰でもすぐ目に付くような巧さ、
センスとか、感性とか、そういう派手な巧さではなく、
平凡な中にも、揺るがせない基礎がしっかりとある巧さです。
瀬尾まいこの「巧さ」というのは、なかなか説明が難しいんですが、
文章がキラリと光る巧さじゃないでしょう。
文章だったら、もっと巧い作家さんが、間違いなくいますね。
非常にフラットな文章の中に、きちんと大切なメッセージを籠めているんですよ。
その籠め方の巧さなのかなー。どうなんだろう。


真剣に生きることの窮屈さみたいなものを描いていましたね。
お父さんは真面目で真剣すぎて、それ故に死にそうになった、ということになっています。
自殺未遂するのですが、その遺書を直ちゃんが秘かに持っています。
それを発見したときの、「私」と直ちゃんの会話。

「この遺書、優れものなんだぜ。ちゃんと最後に、長生きの秘訣が書いてあるんだ」
「長生きの?」
「うん。父さんは、真剣ささえ捨てることができたら、困難は軽減できたのにって書いていた。その通りだと思う。俺はその方法を使った。だから、二十一歳になってもまだ生きている」
直ちゃんはそう言うと、遺書をきれいに畳んで封筒に入れた。そして、封筒を元の場所に戻すと、「なんてね」と笑った。
だからだ。だから直ちゃんはすぐに失恋するんだ。どうして私は今まで直ちゃんの大きな欠落部分を見逃していたのだろう。私が頭痛を起こすように、母さんが家を出たように、直ちゃんにもやっぱり何かが起こっていたのだ。(104蓮

「真剣さ」というものによって、お父さんは守られていたのでしょうが、またそれ故にお父さんは追いつめられていたわけですね。
これは、別の言い方でこのように描かれています。

全員がそろう朝食。バランスと栄養の整ったメニュー。
誰も破らない決まった席順。
私たちの食卓は、きっと、私たちを守りすぎている。(47蓮

決まりやルール、すなわち制度や組織、システムと言って良いのでしょうが、
そういうものは、我々を守ってくれます。
しかし、同時に我々を縛りつけるものでもあるんですね。
これは微妙な問題で、
我々の自由を守るためにシステムがあるはずなのに、
システム故に自由が阻害されてしまう、ということがあるわけです。
お父さんは、おそらくそうしたことの窮屈さ、矛盾から、自殺しようというとこに至ったんだろうと思うんですね。
主人公の家は、彼ら彼女らを守るためにあるはずなのに、
実は彼ら彼女らを縛りつけるものとなっていたわけです。
この小説は、そうした、システムや制度の根源的な矛盾を描いている作品だと思いました。
主人公の佐和子が、しばしば「(いろいろなものに)守られている」と登場人物たちに指摘されていますが、
それはまさに家族という制度やルールによって守られている姿なんですね。

「幸福な食卓」というのも、意味深な題名で、「食卓」というのが、すなわちこの中原家のルール、システムそのものを指すわけです。
このルールこそが、中原家を守り、そして壊した(お母さんが出てっちゃったからね)根源に他なりません。
それが「幸福な」という形容動詞が付くことは矛盾するかもしれませんが、
しかし、そもそもこの小説は、家族の崩壊と再生が描かれているのであり、
「幸福な」そんなシステム、すなわち「食卓」が可能であるのか、ということを問いかけているのです。
ですから、「幸福な食卓」という題名は、絶妙なバランスの題名なんですね。


お父さんの自殺の原因が何なのか、ちょっと曖昧なところがとても気になりました。
もちろん、これは曖昧で、抽象的であるからこそ良い、味があるのですが、
僕個人としては、これは実はお父さんが佐和子と近親相姦の関係にあったんじゃないかな、なんて想像しちゃいましたね。
あるいは、兄貴の直ちゃんと佐和子が近親相姦だったのかもしれません。
それを知ってしまったお父さんは、まさか直ちゃんと佐和子を殺すわけにもいかず、
したがって自分を殺す道を歩んだのかもしれません。

実は、何度か「近親相姦」という単語が出てくるのですが、
これはもっぱら「私」と直ちゃんの間の会話で出てくるんですね。

「何?」
「いや。すごくかわいいなあって。梅雨って湿度が高いから肌の調子がいいせいかな。今の佐和子ってすごくぎゅってしたくなる。ってだめ?これって近親相姦になるのかな」
直ちゃんがそう言った。
「ちっとも面白くない」
そんな強引で姑息な手段ではちっとも気分が晴れない。(41蓮

直ちゃんの長生きの方法は間違ってる。だけど、それは私には教えられない。それを知って直ちゃんが傷つくのは怖い。
「今の直ちゃんってすごく愛おしい。ぎゅってしてあげたくなる。こういうのって近親相姦になるのかな」
私が言うと、直ちゃんが笑った。
「ならないならない。だから、ぎゅっとして。ちょうど、胸に頭が当たるようにね」
直ちゃんはこういう下品なことを言うのがとてもへたくそで笑えた。(104蓮

二回目の会話は、明らかに一回目の会話を踏まえているのですが、
二人の兄妹の間でこうした「近親相姦」の会話が交わされることは、やはり意味深だと言わざるをえません。
さらに、二人の会話は、一回目の時は父親が側にいたときに、二回目の時は父親の遺書を見たさいに言われているのね。
つまり、父親が関係する場面で出てくる台詞なんですよ。
そう考えると、実はこの兄妹はマジで近親相姦やっちゃったことがあるんじゃないか、
いや、実は父親と佐和子がやっていて、それを兄貴が知っているんじゃないか、
そのために、母親が出て行くことになったんじゃないか、
などなど、いろいろと勝手に想像しちゃいました。
こうした「含み」を持たせる描き方があるので、やっぱり瀬尾まいこは巧いんだなぁ、と思いますね。


瀬尾さんの本って、おセクスシーンも皆無ですし、
例えば佐和子と大浦君のキスは描かれていますが、どこまでやったのか、とか、
あるいは直ちゃんと小林サエコはどんな体位でやっているんだとか、
そういうことは描かないんですね。あくまでお上品なんですよ。
まあ、瀬尾さんは現役の中学教師ですから、「大浦君の肉棒が…」みたいなことを書くとアレなんでしょうけど、
でも、性欲のありあまってる高校生が、キスだけなんて絶対にありませんよー。
それはともかく、それとなーく、「近親相姦」なんて、ちょっと微妙な場面を描く、「含み」を持たせる表現が巧いですよねー。


また、大浦君と「私」の関係ですが、
それとなく、「私」の父親と母親の関係とダブらせるような描き方をしています。
父親は頭の出来はそこそこで、母親は賢い、という関係は、
そのまま大浦君と「私」の関係とパラレルになっています。
そう考えると、大浦君と「私」の父親は、ある意味で共通する関係なのでしょう。
もちろん、一方の大浦君は不慮の事故で死に、「私」の父親は自殺未遂をして助かるわけですが、
そうした対照関係のキャラ作りなんかも、なかなか勉強になりました。


とりあえず、瀬尾まいこさんの作品は、一定のクォリティがある、すぐれた作品が多いと思います。
ちょっと道徳っぽい感じの話なのですが、お勧めです。
映画もオススメですね。


幸福な食卓
幸福な食卓 プレミアム・エディション


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