映画感想「ノーカントリー」

【評価】★★★★
【役者】★★★
【暴力】★★★★
【緊迫】★★★★
【笑い】★★
【エロ】

アカデミー賞取ったらしいですが、なかなか面白かったですねー。
コーエン兄弟が監督らしいですが、僕は映画マニアではないので、この監督のものは観たことあったかどうか、よく覚えていません。
ちょっとこの監督さんの他の作品も観てみたくなりましたね。

全般的には、割とオーソドックスな映画という印象です。
特に画像に凝っているという感じではないですし。
もっぱら脚本の面白さ、物語の面白さで勝負している感じがしましたね。
さりげなくアメリカ社会の持つ病を指摘しているところも、なかなか良いところですね。
あと、俳優の演技もよかったです。
特に、殺し屋アントン・シガー役のハビエル・バルデムの存在感は圧倒的でしたねー。
1980年代のテキサス。
メキシコ国境に近い砂漠で、たまたまヘロインを積んだトラックと、現金200万ドルを見つけてしまったルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)。
周囲には、銃撃された死体。
どうも、砂漠の真ん中で、ヘロインの取引をしているさいに、何かのトラブルがおこり、
双方銃撃戦となったようなのです。
銃撃で双方は死亡してしまい、ヘロインと200万ドルが残された、というわけです。
テキサスの猟師であるモスは、危険な金だと知りながら、200万ドルを横取りしてしまいます。
まさに漁夫の利ですな。
ところが、その200万ドルを追って、殺し屋のシガー(ハビエル・バルデム)がモスを追いかけることになります。
モスは逃げる。シガーは追う。
事件発覚後、保安官のエド・トム・ベル(トミー・リー・ジョーンズ)は、モスを保護し、殺し屋シガーを捕らえるため、二人の行方を追いかけることになります…。
追う者と追われる者、さらにその二人を追いかける保安官という、この三人の逃亡・追跡劇がはじまります…。

いやー、殺し屋のシガーがねぇ…。えらく存在感があるんですよ。
コイツ、のっけから警察官を殺して悦に入った表情を見せたりしていて、異常者モード全開。
顔立ちからして、バナナマンの不細工な方、日村勇紀にソックリですからね。
能率が良いのか悪いのかわかりませんが、このバナナマンは、重そうな酸素ボンベを片手に持っているんですね。
重いから、いつもカラカラ音をさせているんですが、この酸素ボンベが凶器になるわけよ。
この酸素ボンベの管を解放すると、強力な空気の圧力がかかって、これで人を殺したり、鍵を壊したりするわけですよ。
つか、普通に拳銃を使えばええやん、と思うんですが、なぜかいつも酸素ボンベを使っているんですね。
さらに、あまり表情を出さないので、何を考えているのかもよくわからないし、
さらにコイントスなんかで生死を決めたりするんですよね。
しかも、途中でモスと銃撃戦になり負傷するのですが、
なんとバナナマン、一人で自分を手術していますからね。オマエはブラック・ジャックかっつー。
いやー、このへんてこりんな殺し屋バナナマンなんですが、やたらと執念深く、どこまでも逃げるモスを追いかけます。
そんなバナナマンに偏執的にストーキングをかけられるモスなんですが、
コイツはわかりやすい暑苦しい熱血漢タイプで、一人ハードボイルド路線でがんばって逃げていきます。

ところで、途中からモスは金を手放してしまうんですね。
ですから、バナナマンとしては金が目当てなわけですから、モスを殺す必要はなくなるんですよ。
ですが、なぜか律儀なバナナマンはキッチリとモスを殺す必要があるって思い込んでいるんですね。
そもそもモスが金を持ち逃げして、その金が目的だったはずで、
モスを殺すということはその金を手に入れるための手段だったはずなのが、
バナナマンの中ではモスを殺すという手段が目的になってしまっていて、
金という本来の目的のはどーでもよくなるんですよね。
そこいらへんの、目的と手段を取り違えるパラノイアが、バナナマンの狂気なわけですよ。
律儀なバナナマンは、モスが死んだ後も、キッチリとモスの女房を殺しますからね。
もうモスは死んだし、金も手に入れたというのに、バナナマンは律儀に「殺すと言ったら殺すんだよ」とモスの女房も殺すわけですよ。


チラッと語られたと思うんですが、
逃げるモスや、追いかける殺し屋のバナナマン、
どちらもベトナム戦争に従軍していたようなんですね。
ですから、バナナマンの狂気も、ベトナム戦争の影があるわけでしょう。
どうやらこの映画の基底には、ベトナム戦争をめぐる病や、
アメリカの経済成長に伴う、経済重視の価値観をめぐる批判がこめられているようです。


また、バナナマンとモスを追いかける、トミー・リー・ジョーンズというのも、結局はバナナマンを仕留めきれない哀愁バカのダメ保安官なんですね。
僕が考えるに、このトミー・リー・ジョーンズは、本当はバナナマンを追いつめていて、
バナナマンとやり合おうと思えばできたのですが、
あまりにもバナナマンの狂気が深すぎるので、正直バナナマンとは関わり合いになりたくない、ということでスルーしている、と思ったんですが、どうなんでしょうね。
トミー・リー・ジョーンズはよくわかっている老兵で、もうバナナマンとやり合っても勝てないことがわかっているので、
わざとスルーしたんだと思うんですが…どうなんでしょうね。
最後にトミー・リー・ジョーンズの独白が出てきているのですが、それも抽象的すぎてよくわからなかったですし。


ところで、最後にバナナマンが交通事故に巻き込まれるんですが、
やはりそこでも律儀なんですね。
バナナマンが交通事故で骨折したので、三角巾が必要だっていうので、少年からシャツをもらうのですが、
律儀に金を払うんですよ。
少年としては、交通事故が目の前であって、バナナマンが骨折しているわけで、
そんなバナナマンが「シャツをくれ」と言っているわけですから、タダで良いからシャツくらいあげるよって言っているのですが、
バナナマンはきちんと律儀に金を払うんですね。
そこいらへんの変に律儀なところが、やっぱりバナナマンらしいよなぁ、なんて思えるラストでしたね。
それにしても、バナナマンって、貨幣経済の象徴なのかなぁ、なんて思えますね。
というより、この映画の登場人物、例えばモスなんかも、やはりバナナマンのようにシャツを貰う場面があるんですが、
ここでも金を払っています。
セリフにもあったんですが、何でも金金金…なんですよね。
バナナマンが運命を占うときにも、コイントスですから、コイン=金が必要なわけでね。
そうした物質文化の極致がアメリカなわけですよ。
貨幣経済って、あまり感情もなく、じわじわと相手を侵蝕して乗っ取っていくわけで、まさにバナナマンのような狂気が内在しているように思えます。
バナナマンの狂気は、貨幣経済の狂気でもあるのかもしれません。


とりあえず、絶対に追いかけられたくないバナナマンの存在感が光った映画でした。
どうも原作はコーマック・マッカーシーの「血と暴力の国」というものらしいので、
機会があったら原作も読んでみたいですね。