9eee3230.jpg『オウム』の3刷ができました。刊行以来4年が経ちますが、ずっと読まれ続けていることに、著者として喜びを感じます。

しかし、刊行直後には9.11が起こり、当のオウムに関しても、さまざまな問題が残されています。この本が、そうした問題の解決に少しでも役立てばとは願っていますが、現実には難しい問題が横たわっています。

『オウム』のなかで石川公一氏について述べた部分がありますので、少し紹介しておきたいと思います。最初は、死刑判決を受けている井上嘉浩被告が法廷で述べていることを、『オウム』から3箇所引用しておきます。
 崟仞遒量樵阿楼賚△離ウム裁判のなかでもくり返し言及されている。教団諜報省の大臣であった井上嘉浩は、一九九六年九月十九日に東京地裁で開かれた麻原の第八回法廷で証言を行なっているが、そのなかで彼は石川の名前をあげている。

 地下鉄サリン事件の二日前、一九九五年三月十八日の午前一時から、東京杉並区内にあった教団経営の飲食店「識華(のりか)」で、新しく「正悟師」になるサマナを祝うための食事会が開かれた。食事会は午前二時に終わり、上九一色村へ帰るリムジンには麻原のほか、教団の科学技術省大臣・村井秀夫、厚生省大臣・遠藤誠一、法務省大臣・青山吉伸、それに石川と井上が乗り込んだ。井上によれば、その車中で強制捜査を遅らせるための手立てについて話し合われたという。

 教団は三月十五日に、ボツリヌス菌の発生装置がついたアタッシェケースを地下鉄霞ヶ関駅に仕掛けたが、失敗している。井上がボツリヌス菌ではなくサリンがよかったのではないかと言うと、村井が「地下鉄にサリンを撒けばいいんじゃないか」と言い出した。そうすればパニックになるかもしれないからだという。

 麻原はサリンの揮発性について村井と話をしていた。そして井上に「アーナンダ(井上のホーリーネーム)、この方法でいけるか」と尋ねた。井上が、オウムがサリンを作っていることは山梨や長野の県警に知られているので、牽制のために硫酸か何かを撒けばいいと答えると、麻原は「サリンじゃないとだめだ。アーナンダ、お前はもういい。マンジュシュリー(村井のホーリーネーム)、お前が総指揮だ」と言った。

 村井は、今度正悟師になる豊田亨、林泰男、広瀬健一、横山真人の名前をあげ、井上が林郁夫の名前をあげた。皆、地下鉄サリン事件の実行犯となった信者たちだが、正悟師とはオウムの修行体系のなかで「マハー・ムドラー」の成就者に与えられるステージのことである。

 麻原は車のなかにいた五人に「サリンを撒いたら強制捜査が来るか来ないかどう思うか」と尋ねた。そのとき石川が「関係なしにくるでしょう」と答え、「強制捜査が入ったら、私の足など撃ってもらえれば、世間の同情を買えるのではないでしょうか」と発言したという。

 この井上の証言は、検察側によって、麻原と幹部たちが共謀して地下鉄サリン事件を起こしたことを立証する重要な証拠と見なされている。それが事実なら、石川もまたその場にいたことになる。石川はオウムがサリンを保有し、それを地下鉄で撒こうとしていたことを事前に知っていたわけである。それは石川が松本サリン事件についても、オウムの犯行であることを知っていた可能性を示している。」

◆岼羮紊諒は、一九九六年十一月八日に開かれた麻原の第十五回公判に出廷し、薬物を使った儀式「キリストのイニシエーション」を、法皇官房がなぜやったと思うかという弁護人の質問に、一九九四年七月か八月にフランス・ツアーをした法皇官房の次官ら二人、つまりは石川らが「これからは法皇官房の時代、策略、計略の時代だ」と言っていたし、ロシアに行った時も「もっとキリストのイシニエーションを利用して信徒を誘導できないか」と言っていたと証言している。さらに井上は法皇官房の役割について、オウムの組織を立て直し救済のスピードを高めるための命令機関だと言い、エリート中心の法皇官房がメインになって人事がなされ、自分は法皇官房から捨てられたと思い悲しくなった経験があったとも述べている。

 井上は、一九九七年一月十六日に開かれた麻原の第二十一回公判でも、石川がキリストのイニシエーションを受ける信者のリストを作っていたということを聞いたことがあり、また麻原の信頼する人物だったということも聞いたことがあると証言している。井上は、同年七月二日に開かれた教団の自治省大臣・新實智光の公判では、石川や青山がサリン事件のことで逮捕されないのは「なんでやろと思う」と述べている。石川や青山はプランを作る人間で、新實や自分は彼らのプランの後始末をさせられる立場だったという。」

「さらに井上の方は、一九九八年一月二十日に開かれた教団建設省大臣・早川紀代秀の公判に出廷し、自分が担当していた信者が薬で死んでしまったことがあったが、そのとき石川に詰め寄ると、麻原に言われたとおりにやっただけで自分は知らない、なんで自分が悪いのだと言って逃げたと証言している。」