まどか☆マギカ

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語
まどか☆マギカ 救われない悲惨さ
まどか☆マギカ 判断能力の弱さの恐怖
まどか☆マギカ 無くならない悲惨さ
まどか☆マギカ さやかとほむらの怖い想い(笑)
「まどか☆マギカ」を「ループモノ」と呼ぶ違和感
まどか☆マギカ 常識の違いと順序が逆の契約の恐ろしさ
まどか☆マギカ さやかの悲惨さ
「まどか☆マギカ」における感情の排除
「まどか☆マギカ」の最終回を楽しめなかった理由

2015年09月22日

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語


劇場版 魔法少女まどか☆
マギカ[新編]叛逆の物語


いや〜〜、良かった。
久々の虚淵ワールドが炸裂ですよ。
これですよ、こういうのを観たかったのです。

虚淵さん脚本のPCゲームでは描かれていた、人の、というか女の情念。
愛する者に対する狂ったような執着。
自分がどうなろうが、相手がどうなろうが、とにかく己の想いを貫き通す。

これこそが女の愛。
強烈な我欲。
ドロドロした逃れられない情。

ああ、素晴らしい。
こういうの観るとゾクゾク来ちゃいますわ。

惜しむらくは、男女じゃないってところですか。
女の子同士なので、生々しさが足りなくて、綺麗になっちゃってるのが残念でした。
まどかが男だったらもう完璧だったんですがねぇ。

百合的な美しさを伴った情念描写なので、男女のような生臭さを感じさせる情念描写になっていなかったのだけが、唯一のマイナス点ですわ。

ああ、何でこの作品は女の子同士の設定にしちゃったのかなぁ。
男女だったらテレビシリーズにしてもハマったと思うんですがね。

どうにも女の子同士では盛り上がりません。
というか、情念が弱くてね。
やはり女性の情念が最高に発揮されるのは、男に対してだと思いますゆえ。
生殖本能が絡むってのも大きいのでしょうけど。

あとは私が、そうした情念を受ける側の男ってのもあるのでしょう。
女の子同士だと、どこか「自分には関わりの無いこと」って逃げが起きちゃうので、怖さが弱くなっているのではないかと。

ゆえに心にクるものが弱いというか。
ゾクゾク〜〜っとクる女の情念のおどろおどろしさが弱まってしまう感じなのですよ。
そこがホント残念なところでした。

まあ、そこら辺の物足りなさは、テレビシリーズからなんですけどね。
男が絡まない作品ゆえに仕方のない部分なんですけど、主人公を男にして欲しかったよなぁ、というのが付きまとうという次第。

そもそも虚淵さんが脚本じゃなかったら観てなかった作品ですしね。
女の子同士って好きじゃないので。

でも観ていて良かった。
そうじゃなかったらこの女の情念の楽しさは味わえませんでしたからな。

オチがホント良かったですからねぇ。
実に虚淵さんらしい、私が虚淵さんに惚れた魅力に溢れた素晴らしい最後だったと思いますので。

途中、単純な救いのオチになりそうになったので、「何だよこれかい。あ〜〜あ、何か普通でつまらんなぁ。まあ、ほむほむがこれで満足ならいいけど。でもこんな事でいいのかねぇ」とか思っていたんですよね。

そしたら不意にあの展開ですよ(笑)

いや〜〜、痺れました。
最後の最後で、ほむらが「そんな訳ないでしょ?」とばかりにまどかの腕を掴んだ瞬間。
「うおぉぉっ、キタキタキタよ〜〜。そう、そう、これよこれ、こうじゃなきゃ虚淵さんじゃない」とばかりに、私のテンション鰻登り。
興奮が爆発しましたわ。

堕ちていくほむらが最高に素敵でたまりませんでした。
「まどかを失う」という絶望を繰り返し、何度やっても救うことが出来ず、そして最後には捨てられるという仕打ち。

まどかにしてみれば、ほむらのそんな状態を知らない訳だから何も問題ない行為な訳ですが、ほむらにしてみれば酷すぎですから。
しかも一回目であればまだしも、恐ろしい回数、絶望を味わい続けた末であれですからね。
そりゃもうおかしくなって当然です。

だから単純に「まどかがやってきて救ってくれました。メデタシメデタシ」で満足するはずがない。
ほむらの想いはそんな軽いものじゃない。
安いものじゃない。
甘いものじゃない。

これまで繰り返してきた、心が壊れるほどの絶望が昇華されるほどのものでなければ無理なのです。
それを実現して初めて救われるのですよ。

ほむらが望んでいたのは、「まどかと共に普通に平穏に暮らしていくこと」でしょう。
変な世界へ連れて行かれて、そこで神なまどかと一緒に居ることではないのです。
普通の世界で人間として暮らしているまどかと愛し合うことなのですよ。
それを今回の映画でついに成し遂げた訳ですな。

テレビシリーズのラストから、ほむらが不憫過ぎることを感じていた私としては、ようやく安堵しました。
ほむらに「良かったね」と言ってあげたいです。

テレビシリーズで描かれず、私が不満に思っていた「ほむらの救い」が、実に見事に描かれていたと思います。
これこそがほむらの幸せですよ。

これからもまどかは、何かのために自分を犠牲にして神になろうとするかも知れません。
でもそのたびに、ほむらがまどかを得られるようにと応援しております。
頑張れほむら。

いや〜〜、ホント最高でしたわ。
こういうのが観たかったんですよね。

先ほども書きましたが、久々にこうしたドロドロした女の情念を味わわせてくれる内容だったので、痺れまくりで良かったですから。

最初は普通の閉鎖空間モノになっていたので、何かありきたりで、単純な友情的なオチになっちゃいそうで微妙だっただけに、終盤の変化が実に素晴らしかったのですわ。

やはり積み重ねてきた情念の発露として、ああした「愛する相手を己のモノとする」というオチは、実に宜しいものでしたゆえ。

今後も虚淵さんには、こうしたドロドロした感じのを描いて欲しいものです。
どうせなら今度は男女の関係でやって欲しいですね。
そしたら私はもっと狂喜乱舞することでありましょう。

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2014年10月02日

まどか☆マギカ 救われない悲惨さ


劇場版 魔法少女まどか☆
マギカ [前編] 始まりの物語
/[後編] 永遠の物語


テレビシリーズを改めて観ました。
映画版はまだ観てませんので、そちらは抜きでの感想になります。

一気に観て改めて分かったのが、この話は凄く酷いということですね。
救いが感じられないのですよ。

まあ、主人公のまどかは、最後に何だか楽しげに(笑)救われちゃっている感じですけど。
実際まどかの願いは人助けでしたからなぁ。
そういう意味で幸せなんでしょうけど、客観的に見ると酷い状況ではありますわな。

そして他の面子は全て悲惨。
ほむらなど、あれだけ繰り返した結果がこれですからね。
悲惨過ぎるでしょう。

全編通じて人の悪意というか、黒い部分が感じられているんですよね。
表面上は楽しげな感じもあるのですが、どうにも本質の部分では悪意が満ちている気がします。
そうした悪意の象徴がキュウべぇなのでしょう。

少女達が悪意に翻弄され、絶望して消えていく。
そうした悲惨な様子を描いた作品と言えるのではないかと。

観ていて楽しさを感じることなく、ドヨ〜〜ンとした暗さのみを感じて観続けたというか。
可愛い女の子達が沢山出ているのに、感じるのは悲惨さのみという。

最後にまどかが世界を変えたとしても、やはり悲惨さは残っていて、幸せそうな雰囲気はありません。
まさに「全てが幸せな状態に変わるなど、そのような都合のいいことがあるはずがないだろう」と主張されているかのようです。

何より出てくるキャラが、障害に負けて流されている感じのばかりですしね。
要するに救われないし、自分で何とかしてやるって気合いも感じられないのですよ。

まあ、そういった方向性の作品じゃないから当然なんですが、「立ち向かってやる」みたいな気概すら感じられなかったというか。
まさに障害に押しつぶされてしまった少女達の姿って感じなんですよね。

そこら辺のドロドロしている雰囲気が、見ていて何か落ち着かない、嫌な感じを覚えさせたのでしょう。

ホント謎だったんですよねあの感じ。
でもようやく分かりましたわ。
救いがないんですよこの作品。

これは現実に救われるかどうかという事ではなく、障害に立ち向かう強さみたいなものが感じられないという意味でですね。

私は「負けてたまるかコンチクショー」みたいな主人公が好きだから、そういう気概のあるキャラが存在しないこの作品は、どうにも嫌〜〜な気分にさせられる訳ですわ。

虚淵さんの作品って好きなんですけど、「まどか☆マギカ」だけはどうにも好きになれなかったのはそこら辺のせいでしょう。

表面上は頑張る言動は出てくるんですけどね。
でも本質の部分でそうじゃないのですよ。
何か負けてるの。
諦めてるの。

だからどうにも救いが感じられない。
落ちていくだけの雰囲気があるのですな。

ゆえに私には辛いんですわ。
観ていて辛い。
だから楽しめない訳です。

悲惨な話としての出来は最高にいいんですけどね(笑)
でも私の好みとしては辛すぎるのです。
だから楽しんで見ることは出来ない訳ですわ。

こういう感覚って、児童ポルノを観た時の感覚なのかも知れませんね。
児童が騙されて性行為の撮影させられちゃってる状況というか。
この作品って、まさに児童を騙して酷い目に遭わせた様子を描いている訳ですし。

児童が酷い目に遭っている様子、しかも救いに向かう雰囲気が欠片もなく、次々と酷い目に遭わされていく児童を見せられる嫌悪感。
それが「まどか☆マギカ」を観て感じられた事なんでしょう。
ゆえに作品的には出来がいいと思うけど、キャラ的には酷すぎて辛い感覚を覚えるというか。

「ガンスリンガー・ガール」を読んだ時の印象もそんな感じですしね。
あれも少女を暗殺者として使う組織の話で、救いが感じられないので、少女達が可哀想過ぎて、読むと嫌悪感みたいなものを覚えたのですよ。
表面的には楽しめたんだけど、常に何か違和感があったのですな。

そうした希望を感じさせない悲惨な雰囲気に溢れている作品。
それが「まどか☆マギカ」なのではないかと思いました。

まあ、その毒の部分が観る人間を惹き付けて、普段アニメを観ないような人にも広まった原因なのではないかと思ってみたり。

う〜〜ん、やはり私は幸せが感じられないと辛いですなぁ。
ハッピーエンドって意味じゃなく、キャラにとっての幸せの感覚というか。
バッドエンドであっても、やりきったような達成感を得られれば大丈夫なんですが、この作品にはそこら辺が無いのですよ。

何というか、虚しさが強くある感じで、幸せな要素が無いというか。
救われない辛さってのが溢れている作品だったように思えます。

まあ、まどかは一部の辛さを無くすことをしてましたが、それはあくまで知らないキャラの辛さであって、視聴者がよく知るキャラは救われてないですからねぇ。

まどか自身はあれで満足なのかも知れませんけど、それまでまどかは話の外の人間だったので、彼女が満足しても、作品自体には救いを感じられないのですよ。

そこら辺で最後の最後まで辛い作品だったなぁ、と思ったのでありますわ。

shibachi1 at 16:19|PermalinkComments(0)TrackBack(1)

2013年07月19日

まどか☆マギカ 判断能力の弱さの恐怖


魔法少女まどか☆マギカ 6

「まどか☆マギカ」では、悲惨な内容が描かれていました。

それは「あり得ないほど上手い話をちらつかされ、奴隷になることが対価だと言われているのに気付かず、奴隷にさせられてから、『こんなの酷い』という事を訴える子供の悲劇」だったように思えます。

設定は違いますが、「人外生物に頼まれて非日常的な行為をしていく」という点では、「カードキャプターさくら」なんかも同じですね。
あれって実は結構酷い目に遭わされてますから。
描き方が優しいから気が付かないですけど。

そしてそうした通常の作品では誤魔化されている要素を、容赦なく描くのが虚淵玄さんなのでしょう(笑)

現実で言えば、以前問題になったコンプガチャに似ているかも知れません。
コンプガチャをする事を親が止めることもなく、料金を支払うこともない状態にする訳ですよ。

遊べば遊ぶほど支払だけが膨らんでいき、気付いた頃には物凄い額の借金を背負っている訳ですわ。
それはまさに「気づいた時には遅かった」という、「まどか☆マギカ」で描かれた内容そのものでしょう。
やはり子供に契約させちゃ駄目な訳ですな。

虚淵さんの目からすると、魔法少女モノで「○○をやってよ」という誘いは「何か裏があり、それに乗ったら酷い目に遭う」という展開が浮かぶんでしょうね。
世の中一見して善人に思えても、裏では何を考えているか分からないって感じで。
そもそも謎の人外生物が、人間と同じような善意を持っているとは限らない訳ですし。

というか、「違う文化どころか、違う生命体な訳だから、人間の常識が通用すると思う方がおかしい」というような事を考えたのかも知れません。
人間同士ですら、常識の違いから争いを起こしたりする訳ですから。

そういう事を防ぐために法律がある訳で、その国にいる間は自分の常識ではなく、法律に従うのが社会を円滑に運営するポイントな訳です。
アメリカなんかは、異なる文化、常識の人間の集まりだから、法律に依存する傾向が強い訳でしょう。

というか、昔は子供を守る法律なんかなかったから、キュゥべえみたいな事をしていた大人は沢山居た訳で、別に人外生物相手じゃなくたってああいう目には遭う訳ですよ。
それを「まどか☆マギカ」はファンタジックに描いただけの話でしょう。

まさにまどか達みたいな女の子が、「何でも買ってあげるから代わりに仕事してよ」と誘われて、何か買ってもらったら売春商売やらされる、みたいな感じですか。

だからあれは全然フィクションじゃないのですよ。
気を付けないといけないのです。

そう考えると「まどか☆マギカ」ってのは、昔からよくある「騙されて売春宿行きな女の子」のネタを、ファンタジックに描いただけなんだな、というのが見えてきます。
根幹にあるのは同じですから。
上手い話には気をつけろってやつですな。

実際今も外国の女性は同じようなことされているみたいですしね。
「日本で働かせてあげる」と言われて付いていったら売春業で、パスポートを取り上げられているから逃げることすらできなくなる感じで。
まさに同じだ怖い怖い。

これをキュゥべえ的に言うと、キュゥべえには「女の子にとって売春は嫌なこと」という常識が無いから、「生殖行為は快楽を伴うじゃないか。キミたちは快楽好きだろ。なら何も問題ないよね」とか言われちゃう訳ですよ(笑)

常識が異なることの恐怖はここにある訳ですな。
話が通じないのです。

だから私的にこの作品は、「まどか達可哀想」ではなく「子供に契約させるの怖い」「常識が異なる相手との契約は怖い」になっていたりします。

「まどか達可哀想」があまり意識されなかったりするのは、「死ぬまで戦わされるのは可哀想だけど、それだけの対価を得てしまったんだから仕方ないよね」という諦めがあるからかも知れません。
対価だけ得て、嫌なことには文句を言うってのにも納得できないですから。

例えば、コンプガチャを大量にやって借金を大量に作って、「こんなの酷いよ」と言っている子供がいた場合、どう思うかという問題ですね。
私は「やっちまったんだからしょうがないだろ」と思ってしまう訳ですよ。
そこで「可哀想だね。借金無くしてあげたい」とはあまり思えない訳です。
「頑張って借金返していけ」という感じで、借金を返す方策について応援はしたくなりますけど。

だからまどか達なんかにも、「頑張って魔法少女やっていけ」という形で応援したくなる訳です。
有り得ない対価には、それくらいが見合うと思いますし。
何しろ不可能を可能にするんですから。

まどか達が安易に救われてしまったら、対価だけゲットだぜ、になって何とも不平等な感じがしますし。
等価交換じゃないと駄目でしょう。

ゆえに契約した時点で終わりな訳です。
腕と脚を取られるんですよ(笑)

もし契約を解除できるようにしたとしたら、まどか達は果たしてどうするのか。
対価を返せば魔法少女を辞められるとしたらどうするのか。
辞めた途端、対価をもらう以前の状態に戻るとしたらどうするのか。

そういう設定があったら、違った意味で面白かったかも知れません。

特にさやかはどうしますかねぇ。
恋する男の手を取るか、自分の体を取るのか。
楽しそうだなぁ(笑)

まさに「治したら恋人になれるかも」という欲得が理由だったのか、純粋な愛ゆえだったのかが試されますな。
そういう感じで、何とも色々考えられる素敵な作品なのでありますわ。

shibachi1 at 21:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年05月24日

まどか☆マギカ 無くならない悲惨さ

「まどか☆マギカ」のラストを改めて考えてみると、何というか悲惨だなぁ、と。

何しろ結局「魔女にならない」ってだけで、魔法少女が死ぬのは変わらない訳ですから。
みんなに迷惑をかける状態になるか、そうじゃなく死ぬかの違いだけな訳ですよ。

救いのない話である事には変わりがないのです。
まあ、願いを叶えた事に満足していれば救われてる事にはなりますけど。

まどかが願いで、「魔法少女になっても死なない」よりも「魔女にならない」って方を選んでいるのが面白いですね。
「願いを叶えたんだから死ぬのは仕方ない」とか考えたんでしょうか。
まどかにとり、理不尽に思えたのは魔女になる事だった訳ですよ。

オチとして、「魔女になる」「死ぬ」というのは悲惨な訳ですが、この作品ではそれ以前にも各キャラには悲惨な要素というのが描かれていました。

まどかは「何も出来ずに見ているだけ」
さやかは「好きな男に振り向かれない」
ほむらは「大切な人を救えない」
マミは「一人ぼっちで孤独」
杏子は「家族が崩壊する」

その中でまどかだけは悲惨から脱出したんですよね。
他のキャラはことごとく悲惨なまま終わっているというのに。
さすがは主人公(笑)

ほむらの悲惨が凄く印象的なので、他のキャラの悲惨さを忘れそうですが、この作品は悲惨に満ちているのですよ。
つまりほむらの悲惨にしても、主人公であるまどかを取り巻く悲惨の一つでしかない訳です。

そうした悲惨の集まりが究極に達して、まどかを神にした訳ですね。
まさに悲惨の神(笑)
そう考えると実に虚淵さん的な作品だよなぁ、と思いますわ。

実際新しい世界になってもみんな救われてませんし。
さやかは相変わらず男に振り向かれてないみたいですしね。
マミは仲間が出来ているので救われているように思えますが、結局死にますから(笑)

魔女にならないだけで魔法少女が死ぬのは変わらない。
つまり結局みんな短い人生を歩む訳ですよ。
世界は変わってもそれぞれの悲惨はそのまま。
そう考えると、ホント悲惨な作品な訳ですわ。

そして視聴者的には、そうした悲惨な状況にある少女達を救いたいという想いになっていく訳で、そこら辺を考えると、何というかkey系作品のパターンと似ているな、と思いました。

key系作品っていうのは、要するに「悲惨な状況にあるヒロインを、主人公が救っていくことによって恋愛関係になっていく」という描き方のことです。
つまり、まず悲惨少女ありきな作品って事ですね。

そこら辺が「まどか☆マギカ」と似ていると思った訳です。
ヒットした理由の一つには、そうした悲惨少女が出ているという点があったんじゃないかなぁ、と。

まどかを男にして、それぞれの少女を救うシナリオを描いていったらそのまんまに思えますしね。
まあ、少女一人一人を救う話にしないのが虚淵さん的な訳ですが(笑)

まどかは誰も救っていない訳ですよ。
魔女になるのを止めただけで。
一人一人の悲惨に関しては何もしていないのです。

つまりそれって、本質的な救いではなく、「まどかがしたいこと」を実現して終わったと言えるでしょう。
他人のためではなく、自分のためで終わっているのですわ。

確かにやっている事は「多くの魔法少女を魔女にしないようにした」という事で、他人のためのように思えますが、何故そうしたのかと言えば、「それを見ているだけの自分が辛かったから」と取れますので。
「何も出来ず見ているだけ」という悲惨から脱する、つまり自分のためにしたという風に解釈できる訳ですよ。

以前「まどかは聖人的だ」という記事を書いたのですが、実はそうではなく、「見ているだけの状態が辛かった。何も出来ないのは嫌だから何か役に立ちたい」という発想でああした願いをしたのかなぁ、と。
つまりまどかは聖人どころか、凄まじい自己満足の存在だった、と言えるのかも知れません。
それだと何か凄く納得できちゃったりして(笑)

それまでに描かれた内容から、まどかが聖人的な行動をするような要素を感じられなかったので違和感があったんですよね。
でも「役に立たない自分」という状態から、「役に立っている自分」という状態になりたいと欲したのであれば、それまで描かれた内容と合いますから。
まさに自分のための願いとしてああいう存在になったという感じですか。

だからこそ、それぞれの魔法少女の悲惨を取り除くような願いにはしなかった訳でしょう。
自分の置かれている「魔法少女が魔女になるのを見る辛さ」からの脱出がメインになっているからこそ、そうなったんじゃないかと。

そう考えると、まどかが凄く嫌な感じに見えてきて素敵です。
やっている事はいいんだが、その動機が自己満足だったとするとかなりいい感じですよ。
しかも「そうなったら自分を救いたがっているほむらが苦しむ」という事を理解した上でしていたとすればさらに素敵ですね(笑)

まあ、これはちょっと歪んで考えたら思いついただけなので、そうではなく聖人的だと解釈する方がいいでしょうね。
その方が幸せですよ。
でも虚淵さんだけに違うんじゃないか、「自己満足」であっているんじゃないかとも思えたりして(笑)

というか、まどかが聖人的だったとしても、どのみち容赦のない、甘さのないラストではあった訳ですよね。
何故なら魔法少女の苦しみ自体は排除されてないですから。

普通は魔女にならないどころか、魔法少女になる理由、つまりそれぞれの悲惨も解決して「みんな幸せになりました」ってラストにするでしょう。
もしCLAMPさん辺りが脚本を担当していたら、そういうオチにしていた感じがしますし。
「CCさくら」系のノリでね(笑)

最初に挙げた悲惨な要素が全て無くなって、魔法少女にもならず、みんな凄く幸せそうにしている世界を描いて終わる。
うむ、実にCLAMP的で良いですな。

しかし虚淵ワールドでは幸せにはならないのです。
みんな悲惨のまま終わる。
まどかも傍目には悲惨に思えますしね。
何という悲惨なオチでありましょうか。

まさに虚淵さんがこの作品の脚本を担当すると知った時に思った、「悲惨な話になるだろう」というのが大当たりしたという事ですな。

最近こうした悲惨な作品ってあまり無いので、実に良い作品だったのだな、と改めて思った次第。
今後もこういう作品が出るといいですねぇ。

shibachi1 at 16:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年05月15日

まどか☆マギカ さやかとほむらの怖い想い(笑)

「まどか☆マギカ」では、女の子の一方的な執着の怖さってのが描かれていたように思えます。
さやかが「恋愛感情」で、ほむらが「友情」ですね。

両者とも、想いの対象相手の内面が描かれず、一方的に執着した行動の結果の悲惨さを描いていましたから。

自分に対して向けられる好意ってのは、ある程度ならこちらも好意を抱けますけど、あまりに強烈になりすぎると怖いものです。
「あなたの手を治すために人生捨てました」とか「あなたを助けるために延々と戦い続けてます」とかですな。

こういうのって、相手との関係が深い状態だと受け入れられるけど、そうじゃないと一方的な好意過ぎて怖いんですよね。

さやかとほむらの二人に共通しているのは、自分の想いを隠している点。
相手との交流によって想いが育ったのではなく、自分の中で勝手に想いを高めていったのが、一方的な執着を育んだように思えます。

相互に同じくらいの想いが育っていれば問題ないのでしょうが、片方が「そんな風に想ってない」という状態だと、一方的な執着になってしまう訳ですよ。
そしてそれに気づけないとストーカーになっていく訳ですな。

ほむらのは特殊過ぎるから分かりにくいにせよ、さやかの場合は実際あり得るでしょうからね。
好みじゃない女が、入院中に毎日見舞いに来るのですよ。
明らかに自分に好意を抱いている感じで。
その想いに気づいたら地獄でしょう。
自分も相手に好意を抱ければメデタイですが、そうじゃない訳ですからね。

一方の想いだけが描かれていると、それが客観視、または相手の立場として考えた時に、危ない言動だったとしても気づかないんですよね。
何しろ視聴者は、好意を向ける側のキャラの視点で観ていますから。

作品は違いますが、その事で凄かったのが原作小説版の「屍鬼」です。

「ある女の子が片思いしている男の子の部屋を毎日眺める」という部分があるのですが、それについて女の子側と男の子側それぞれの視点で描いているのですわ。

女の子視点では、「彼の部屋を眺めるのが日課なの。それしか出来ない臆病な私。でもそれでもいいの。そうしているだけで幸せだから」みたいな実に乙女チックな感じで描かれているのですよ。
これだけを読んでいると「何て健気なお嬢さんだ。いつか想いが届くといいね」みたいな気分になる訳です。

しかしそれが男の子視点になると、「あいつ毎日俺の部屋を覗きやがって気持ち悪い。最悪な女だ。ストーカーだぜ」という風に描かれているのですな。
実際、客観的に考えると確かにその通りなんで、女の子の乙女チックな想いに染まっていた読者はギョッとする訳ですわ(笑)

ほむらの想いというのは、まどかに受け入れてもらえた訳ですけど、一歩間違えれば執着の強さに恐怖を覚えられて、「何でそんな事するの? 頼んでないんだからやめてっ」とか言われてもおかしくなかった訳です。
それだけ強い想いってのは、下手すると嫌われる要素になる訳ですよ。

失敗例がさやかな訳でしょう。
上条の内面が描かれなかったから何で駄目だったのか分かりませんけど、退院の日を教えない点から、相当嫌がられていたのは明らかでしょう。

「CD持ってくんなっ」と激昂した辺りが彼の本心の現れだったのかも知れません。
「来んじゃねえよっ」という想いが普段からあって、それがあの瞬間露わになったとか。
何故普段は口にしないのかと言えば、自分が悪者になりたくないからでしょう。
言ったら相手を傷つけるのは明らかな訳ですから。

ほむらに対するまどかの想いってのもそうですが、この作品は片方の想いだけが描かれて、それを受け止める方の想いってのはあまり描かれていないような気がします。

ラストにしても、結局まどかは「ほむらを助ける」というより「魔法少女を助ける」って感じでしたしね。
つまりほむらはその他大勢と同じ扱い?(笑)

マミやさやかに対しては、まどかの想いってのが凄く描かれてましたけど、ほむらに対してはあまり描かれていませんでした。
だからどうしてもその他大勢になっちゃうというか。
そこら辺で最後のシーンも、ほむらの一人相撲な感じがして悲しさが増してみたり(笑)

まどかにとって一番の友人はさやかでしょうからね。
そこら辺で何か寂しいオチのような気がします。
「一方的でしかない想いを抱いて頑張るほむら」って図が。

まどかの内面がよく分からないので困るのですな。
本当にほむらが凄く好きなのか、感謝しているのかとかが分からない。
自分に対するあまりに凄い執着を知って内心引いてるんだけど、取り敢えず受け止めたような言葉を告げただけの可能性もありますから。

何しろ知りもしない人のために、自分の人生を捨てられるような人間ですからねまどかさん。
それだけ慈愛に溢れている人なんで、怖く感じるような執着も受け止めてくれる度量があるというか。

ただそれは慈愛な訳で、友情じゃない訳ですよ。
想いを受け止めてくれているだけで、返してはくれない。
心のキャッチボールにはならない訳ですな。
ほむらは、受け止めてくれるだけのミットに向かってボールを投げ続ける人生を歩んでいる訳ですよ。

そもそもまどかという存在は、話の作り的に最初から最後まで遠くに位置する存在だったような気がします。
魔法少女になった友人達を見守るだけで何もせず、結局神様みたいな存在になっちゃった訳ですから。
要は「見守る」ってのが立ち位置ですかね。

そしてほむらにとっても遠い存在になっている訳です。
パラレルワールドの関係を観ても、まどかは「友人が出来にくいほむらを可哀想に思って優しくしていた」みたいな印象がありますし。
まどかと友人関係には一度もなってないんじゃないかと思ってみたり。

女性って、内心どうであれ表面上は「友人のフリをする」みたいな事があるみたいですしね。
まどかのはそれに思えてしょうがない。
実際どうなのか分かりませんが、描かれた内容から受けた印象としてはそう思えた訳ですわ。

ほむらはそうして優しくされた事が無いから、唯一優しくしてくれたまどかに強い執着を持ったとかですね。
まどかが居なくなったらそうした存在が無くなってしまう。
つまりまどか個人に対する想いというより、優しくしてくれる存在として求めていた、という取り方も出来る訳ですよ。

パラレルワールドでの描写が、友人関係、つまりさやかとの日常のような関係が描かれず、魔法少女としての活動しか描かれなかった点からも、そうした印象を受けちゃう訳ですわ。
まどかはほむらを友人として扱っていないけど、ほむらは一方的に友人として意識していた、とかですね。

そこら辺まで考えると、ラストのほむらの様子ってのが、凄く悲しく寂しい感じに思えて良いのですな。
何というか深い意味でのバッドエンドというか。
ただやはりほむら視点で最初から描かれていない分、悲惨度が低いのが残念ですけど。

てな感じで、色々考えながら振り返ってみると、どうにもさやかやほむらってのは、ストーカー的な怖さがあったキャラなんだなぁ、と。
二人の視点からの描写しかありませんから分かりにくいですけど、やっている事はかなり怖いと思うのです。

一方的な想いを抱き、「その人のため」を生きる理由にしている。
ゆえにさやかなどは、裏切られたと思った時点で生きる気力を失ってしまったのでしょう。
何も約束した訳でも無いのだから、ああした結果もあり得た訳ですが、そうした事が見えないのが思い込みの激しい乙女ならではの状態だったのではないかと。

そういう意味でこの作品は、思春期の少女の姿を実に上手く描いていたのだなぁ、と思った次第です。

shibachi1 at 20:31|PermalinkComments(2)

2013年01月07日

「まどか☆マギカ」を「ループモノ」と呼ぶ違和感


魔法少女まどか☆マギカ 6

「まどか☆マギカ」の映画が公開された頃、色々なところに紹介記事が出ておりました。

それらをいくつか見て気になったのが、ループをやたらと強調している点。
まるでこの作品が、ループを主として描いているかのような内容に思えましたので。

あ、私は映画は観てませんので、映画のことは除外します。
まあ、紹介記事はテレビシリーズのものになっていたので問題はないでしょう。
あの内容でループを強調するのには違和感を覚える訳ですよ。

「ループモノ」の定義として、「主人公がループを自覚している」というのがあるように思えます。
主人公がループを自覚していなければ、その作品は「ループモノ」として成立しないように思えるのですな。
要は「主人公がループによる経験の結果として、何かしらの結論を導き出す」という要素になっている必要があるというか。

単純に「同じ状況を繰り返している」というだけでは、ループという要素の意味が無いように思うのですわ。
ゲームでリセットして同じ箇所をプレイしているのと同じというかね。

例えば「涼宮ハルヒ」で描かれた「エンドレスエイト」は、「ループモノ」とは呼べないでしょう。
あれはあくまで知識として「ループしているらしい」と知るだけですので。

何しろ主人公たるキョンは実質一回しか経験してませんしね。
視聴者が同じ内容を8回観ようが、キョン視点では一回でしかないですから。
要は同じ話を8回やっただけな訳です。

そして最終的にキョンはそれまでと異なる行動をとる訳ですが、その要因としては、一回目としての「何とかしなければ」という想いから偶然上手くいっただけであり、それまでのループの経験が生かされた結果ではない訳です。

ゲームで言えば、リセットしてやり直したプレイヤーが、それまでの経験から間違った選択肢を排除し、徐々に正解に近づいていった訳ではなく、何を選んだのか忘れた状態で、たまたま選んだら正解だったようなものというか。

そういう状態が「エンドレスエイト」な訳ですよ。
それを「ループモノ」と定義するのは私には抵抗がある訳です。

「まどか☆マギカ」の場合はどうなのか、と考えてみると、これもやはり「ループモノ」とは呼べないと思うのです。
何故なら、主人公であるまどかにはループの記憶が無いですから。
まどかにとってはあくまで一回目でしかないですからね。

ループはあくまで脇役のほむらの設定でしかなく、ほむらのみにおいて成立する内容でしかない訳です。
要はほむらの「キャラ設定」としてループがあるだけってことですか。
「異世界から来たキャラ」みたいのと同じであり、それをもって作品全体を「異世界モノ」と呼ばないのと同じく、脇役のループ設定をもって作品全体を「ループモノ」と呼ぶのは無理があると思う訳です。

そもそもこの作品は、ループを描かなくても成立しているんですよね。
作品を結末に導くまどかが出した結論の要因は、ループの積み重ねからではなく、一回目の経験から導き出したものでしかないですから。

無論ほむらにとってはループは現実であり、「ループの繰り返しとしてまどかがああなった」という結果を得られている訳ですが、それはあくまでほむらという脇役視点での話であり、脇役のエピソードとしての結末な訳です。

しかしまどか視点としては、ループが無くとも、それまで描かれたまどかの性格や言動のみで、あの結論に至る内容は十分に描けている訳です。
つまりループはまどかにとっては不必要な要素な訳ですわ。

まどかにとって結論を導くのに必要だった要素は、「自分が何もできない状態で、次々と苦しんでいく友人たちの姿を見て苦悩させられ、それを助けたいという想いが高まっていく」といったものでしょう。
それがあるゆえに、最後に「自分を捨ててでも救いたい」という結論に至ったのでしょうから。

これが「ループの繰り返しの結果として、そうした結論に至った」というものであれば、ループが重要な要素になっていますが、そうじゃありませんからね。
まどかの決意に関しては、ループを描かなくても成立している話になっている訳です。

ループ要素は「ほむらの苦しみ」として描かれたものであって、他のキャラ、例えばさやかの「報われない恋の苦しみ」と同じレベルの扱いな訳ですわ。

この作品は、そうした友人達の苦しみを、主人公たるまどかが何とかしたいと願うものを描いた内容であり、ループはあくまで素材の一部で、メインじゃない訳です。
「脇役の苦しみを描くための素材」ってことですな。

ゆえに「まどか☆マギカはループモノ」と言われると、まるでその素材がメインであるかのように感じられるので違和感を覚える訳です。

インパクトが強いのでそうなってしまうのかも知れませんけど、そういう事を作品のメインとして捉えるとしたら、さやかの苦しみを作品のテーマとして用いてもいいことになりますからね。
つまり「まどか☆マギカは報われない恋愛モノ」という言い方も可能になるように思える訳ですわ。

描かれた内容の多さや重さからすると、ほむらよりもさやかの方が上に思えますからね。
しかしこの作品を「恋愛モノ」として定義する人はいないように思えるのですわ。
メインではないから当然な訳ですけど。

しかし同じ「脇役の苦しみ」であるのに、ほむらの場合は、まるでそれが作品のメインであるかのように捉えられている。
インパクトのせいなのかと思いますが、私はどうにもそこら辺に違和感を覚える訳です。

やはりメインで描かれた内容、主人公の生き様を作品のメインとして捉える方が合っているように思えるので、そうしたものを「まどか☆マギカ」においても呼称すべきだと思うのですな。

個人的には、「世界変革モノ」とか「神化モノ」ってのが合っているように思えます。
まどかのしたのはそういう事な訳ですから。

とまあ、こんな風に色々書いてみましたけど、別に「ループモノと言うな」という事じゃないので誤解なきよう。
単に私個人が違和感を感じ、その原因は何であるかを自己分析しただけですので。

要は私は脇役の設定を作品のメインとして捉えるのに違和感を覚える、つまり「作品は主人公で語るべき」という意識が強いのだと思います。
そこから出てきたのが今回書いた内容な訳でありますわ。

shibachi1 at 21:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年04月04日

まどか☆マギカ 常識の違いと順序が逆の契約の恐ろしさ


魔法少女まどか☆マギカ
キュゥべぇ PLUSH


「まどか☆マギカ」の面白いところは、最初から損得で契約するように言っている点ですね。

普通の魔法少女モノですと、主人公の親切心で見返り無く仕事をしていく訳ですが、この作品の場合は本当に契約になっていますから。
「願いを叶える代わりに仕事しろ」ってので。

先にとんでもなく大きな見返り(命、無理な治療、精神操作)を与えて仕事をさせるという。
それと比較して、ゾンビになる事&命がけの戦いとのどちらが大きいものであるかは、人それぞれ違う判断になるでしょう。

私は見返りの方が大きい感じがしますから、それに文句を言うのがどうにも受け入れられなかかったんですよね。
願いを叶える前は、それが自分にとって重要だと考えているだろうに、叶ってしまったら現状に不満を言う、というのはどうにも嫌でしたので。

「ブラックジャック」で言えば、治療前は「いくらでも払います」とか言っておいて、治るとそれを否定するキャラみたいなノリというか。

この作品はそうした「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」な、人間の駄目な部分を描いているように思えました。
そして視聴者に対しても、キュゥべえを酷く見せる事によって、それに共感させる方法を取っている気がする訳です。

キュゥべえにはキュゥべえの事情があり考えがある訳で、それに基づいて、騙さずに上手く誘導し、見返りまで用意して目的を達しようとしている姿は、何とも凄いな、と。

特に見返りを与えている辺りに面白さがある訳で、他の魔法少女モノのように親切心につけ込んでないのが面白い訳です。
この作品はあくまで契約ですからね。
「願いを叶える代わりに仕事しろ」という。

そうした言わば欲と引き替えに自分の身を売っているのがこの作品な訳ですよ。
何という設定かと(笑)

んでさやかの暴走などというのは、その状態に対する不満のぶちまけな訳ですな。
本来、願いと引き替えに自分を捨てたはずであるのに、願いが叶ったらさらに欲が出た訳ですわ。

この作品って、序盤でちゃんと「契約するな」「絶対ヤバいよ」と思える雰囲気を作っていたんですよね。
あの頃からキュゥべえって凄く怪しかったですし。
私は「契約したら奴隷になるから絶対したら駄目だ」と思っていたので、契約後に酷い状態になっても怒りは湧かなかったのですわ。

逆にさやかを「馬鹿だねぇ。でも自分の人生より上條の手を治す事を選んだのならしょうがないか」と思った訳です。
何しろ「契約したらどうなるか」をマミの壮絶な死で見せられていたにも関わらず契約した訳ですから。
ゆえにかなりの決意をもって契約していたのだと踏んでいた訳です。

それが何やら違っていた。
手を治す事以上の事を求めてきて、それが出来なくなったのはキュゥべえのせいだと言わんばかりになっていった訳です。

それがどうにも納得出来なかったのですな。
まさに喉もと過ぎれば熱さ忘れるの状態だと思いましたんで。
ゆえに共感出来なかった訳ですわ。

まあ、さやかはキュゥべえに対してはあまり不満をぶつけていなかったのでいいんですけどね。
自暴自棄になっていただけですから。

これはさやかに対するよりも、一方的にさやかを擁護し、キュゥべえを責め立てる風潮に納得が出来なかったという事でしょう。
「そんなにキュゥべえって酷いか?」と思うので。

まあ、やっている事は酷いけど、やり方は酷く無いと思うのでね。
何しろ本人に選択させ、物凄い見返りも与えている訳ですから。

そしてキュゥべえ自身には悪意は無い。
何故ならキュゥべえはそれが良い事だと思っているし、彼の常識観から考えれば当然に思える事だからです。
つまり彼は悪ではなく、「異種族間における常識の違いにおけるすれ違い」が問題な訳ですよ。

その感覚のズレに基づいて強制したら悪でしょうが、キュゥべえは強制せず、あくまで相手の選択に委ねている訳です。
しかも見返りまで用意している。
実に紳士的な態度と言えるでしょう。

そうした相手の事情を無視して、「自分の感性と合わないから悪だ」的に見るのは私は嫌いな訳ですわ。
例えるなら、日本の常識を知らない外国人に「日本の常識を無視してるから酷いヤツ」というようなものでね。

ただ怖さはあります。
それは最初からそうでしたし。

「何かこいつ普通じゃない」ってのがあったので、そんなヤツの言う「願いを叶える代わりに魔法少女になってよ」ってのは凄く怖かったのです。
だからまどか達が契約する事を恐れた訳ですわ。
絶対怖い事になると思ったので。

そういう警戒心が無いまどか達が非常に危うく、実際契約した時点で「駄目だこりゃ」って思いが強く起きたんですよね。
だから後でマイナス面が色々分かっても、「しょうがねぇな」としか思えなかった。

そうした馬鹿な行為としか思えない事をした人間に対して、私はあまり同情出来ないんですよね。
「絶対儲かるから」とかいう絶対あり得ない言葉に乗せられて投資しちゃって損した人に対してもそうですから。

ただまどか達はまだ子供なので、自分に都合のいい要素だけを意識して、マイナス面に意識が向かないのも仕方ないのですが。

それゆえに子供をターゲットにしているのは酷いなぁ、と。
でもキュゥべえにはそうした常識は通用しないので、その部分で責める気にはならない訳ですわ。
「子供は判断力が弱いから契約させない」という日本の法律・道徳は、宇宙人相手に通用しませんから。

普通はキュゥべえみたいなキャラは悪意をもってこういう事をする訳ですけど、彼には悪意は無いですからね。
ただ常識が違うので、話が通じないだけで。
実際、キュゥべえもまどかの言っていることを「分からない」と言ってましたし。

つまり異種族間の常識の相違ってのがこの作品のポイントになっている訳で、そうした部分としての恐ろしさが描かれている訳です。
単純にキュゥべえが怖いのではなく、「常識の異なる相手とのすれ違い」に関する恐ろしさを描いた作品になっている訳ですよ。

表面的に観ているだけだと、「キュゥべえ酷い。まどか達可哀想」みたいな部分しか分からないですが、考えながら観ていくと色々見えてきて面白いです。

そして普通は「○○をしたら願いを叶える」になっているのを逆転させ、「願いを叶えたら○○して」になっているのが、この作品の嫌な要素の根幹になっているのではないかと思いました。

人間、願いのために頑張ることは出来ても、その願いが叶った後に頑張るのは難しいですから。
頑張れない状態で酷いことになっていったら、そら落ちていくばかりでしょうからねぇ。
何とも酷いものでありますわ。

shibachi1 at 19:04|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2011年08月05日

まどか☆マギカ さやかの悲惨さ


魔法少女まどか☆マギカ 3

「まどか☆マギカ」は、様々な少女の悲惨を描いた作品でした。

中でもさやかの悲惨が一番印象に残ってますね。
何しろ他のキャラが過去の出来事として悲惨が描かれたのに比べ、さやかは現在進行形として悲惨な状態を見せられましたから。

そしてさやかの悲惨さを強めた要素として、彼女の性格である「諦めの良さ」というのがあるでしょう。

さやかは諦めが早いですからね。
障害を何とかしようと行動する前に、自分の中で「駄目だ」と思い込んで諦めてしまうという。

上条の手に関しては、動かない状態でも彼が幸せに生きていけるように応援する事を諦めましたし、仁美が「上条に告白する」と言ったらそれでもう上條を取られると思ったし、二人が仲良く話してるだけで告白が成功したと思うし、ゾンビの体で前向きに生きる事も受け入れなかったし・・・

という感じで、何か辛い事が起きた際に、それに対して何かする前に諦める訳ですよ。
とにかく諦め、安易な方へ流される。
見事なまでに立ち向かわないのですな。

普通の作品ですと、そこから立ち直るエピソードがあって成長が描かれる訳ですが、この作品ではそれはなかった訳です。

上条の手に関しては、一見救いに見える「魔法少女になって願いを叶える」という行動を取りましたが、結局そこから新たな辛さが生まれただけでした。
そして辛さに対して立ち向かわない訳ですから、解決するはずがなく、どんどん辛さが強くなっていくだけだった訳です。

これは別に「魔法少女になる」というトンデモ要素が無かったとしても同じ事でしょう。
要は辛い事から逃げるか逃げないかの問題ですから。

仁美の告白なんてのは現実でもよくある話で、「自分の好きな相手に誰かが告白をした」という状況があった場合、結果を確認する事なく勝手に諦めて落ち込んでしまう訳ですよ。
現実の辛い事が問題なのではなく、自分の頭の中で想像した辛さが問題になっている訳です。

だからいくら他人が「大丈夫」と安心させようとしても無理な訳ですわ。
まどかが励ました際に、「同じ目に遭っていないまどかには分からない」と言ってましたが、あれは魔法少女になった事に限らず、恋愛の事でも同じように言うでしょう。
まさにそうした性格な訳ですわ。

さやかは魔法少女になってから暴走しまくりましたが、その原因は魔法少女になった事よりも、好きな男に告白出来ず、友人に先を越されて、それでもう駄目だと勝手に思い込んだ事のように思えます。
そしてそういう事ってのは、日常がテーマの作品でも沢山あるんですよね。

逆に言えば、魔法少女だ魔女だという要素がある事によって、この作品はそうした部分が緩和されているとも言える訳ですな。
非現実的な事や戦闘という要素を入れる事によって、「普通じゃないから」という逃げの要素が生まれ、本来さやかの思い込みが原因でしかない、つまり普通な事までもがそれに含まれてしまったというか。

そして暴走自体も、魔法少女といったトンデモ要素の無い作品であれば、もっと日常的な事にぶつけたでしょう。
まどかに対してした暴言のような感じで。
ああした事を色々していく訳ですわ。

そしてそれが内に向く、「自分なんかどうなってもいい」になると、自殺をしたり、悪い男に引っかかっていく訳です。
実際そうなりかねないシーンがありましたしね。
私はあの電車のシーンで、そのままホテルへ連れてかれちゃうのかと思いましたよ(笑)
そういうのが非現実的な要素の無い作品でのパターンだったりしますし。

辛さから逃れるために自分を貶める。
女性の場合、好きでもない男に体を投げ出すというのがまさにそれでしょう。
日常が舞台の作品であれば、さやかはそうなっていたかも知れない訳ですわ。
「魔女になる」とかより、よっぽどエグくて嫌なオチですね。

というか、あの電車の男達って、「さやかが抱いている上條に対する想いの現れ」なのかと思ってみたり。
「自分が助けてやったのに、それに対して感謝もせず、他の女と付き合うなんて許せない」という。
女性を適当に扱っている男達の様子からそんな風に思えましたわ。

さやかの落ち込みって、自分の「思い込み」が原因でしかなく、誰が悪い訳でもない。
他ならぬ自分が原因な訳です。

何か行動をした結果として相手に拒絶、酷い目に遭わされる、という経験をして落ち込んでいる訳じゃなく、何もしていないのに勝手に「こうだ」と思い込んで落ち込んでいる訳です。
自分で自分を追い詰めているのですな。

「困難に立ち向かうが上手くいかない」といった悲惨さは、「いつか乗り越えられるかも知れない」と希望を持てますが、さやかのような思い込みによる悲惨さは、乗り越えようとすらしないため、絶対的に悲惨な訳です。
本人自身が変わらない限り。

そしてこの作品はさやかが変わるような流れにならなかった。
悲惨なまま死んでしまった訳ですよ。
そういう意味で何とも酷い話だなぁ、と(笑)
しかもメインで描かれた悲惨がそれな訳ですから、本当に嫌〜〜な作品ですわ(笑)

終盤ほむらのネタが出てきて、それで意識が逸れましたけど、あの作品における悲惨さはさやかが担っているんですよね。
前向きに頑張っていたほむらと比べれば、後ろ向きで頑張らなかった点で、さやかの悲惨描写は上な訳です。
人間、後ろ向きで頑張れない方が辛いですから。

そしてそうした人間を救わない流れというのがエグい。
最終回で救ったかのような描写がありましたが、あれはまどかの脳内出来事にも取れるので微妙な訳ですわ。

何しろ変わった世界でのさやかは、また上条のために魔法少女になり、死んでいったみたいですし。
つまりさやか自身の死への流れは変わっていない訳です。
魔女にならないで済んだだけ。
ホント救われねぇ。

壮大なラストになっていたので、まるでみんな過去の悲惨な出来事を払拭できたかのような雰囲気がありますが、実際は何も変わってないんですよね。
ほむらですら、まどかは訳の分からない存在になって、一人の人間の幸せからは遠く離れてしまった訳ですし。

まどか自身の想いはともかく、ほむらとしてはそんな状態は望んでなかったでしょうから、あれもやっぱり悲惨なままな訳ですわ。

そういう意味で、ホントこの作品ってば容赦ない内容になっているのだと改めて思いましたわ。

shibachi1 at 19:50|PermalinkComments(6)TrackBack(0)

2011年06月04日

「まどか☆マギカ」における感情の排除


魔法少女まどか☆マギカ 1

「まどか☆マギカ」の感想で、キュゥべえに対して人間的な見方をしている人がいますが、私はキュゥべえってそういった要素を排除して受け取らないと駄目だと思うのですな。

ヤツには感情はなく、あるのは合理的な思考だけなので。

作中で畜産に関する話を述べていたのがその象徴でしょう。
人間は平然と肉を食うくせに、殺す状況を観るのを嫌悪する訳ですが、キュゥべえにはそれはない。
そして人間と動物を同等に置くことにも何も思わない。
それは感情が無いから。

大を生かすために小を殺すのは、合理的に考えれば当然のことで、多くの権力者もやっている事です。
しかし殺される中に自分の大切な人間がいると躊躇したりする。
それは感情があるから。
でもキュゥべえには感情が無いからそういった事は無い訳ですわ。

私たちにしても、どこかの国で虐殺が行われているのを知っても平然と暮らしています。
それはその国の人間に対して感情が動いていないからでしょう。
でも自分の国で同じ事があれば動揺する。
だがそれでも自分に関係の無い人間であれば平然と暮らしていったりするのですな。
それは感情が動かないからですね。

実際毎日のように人は殺されているし、死んでいるけど、その事を「酷い」と嘆き悲しんだりはしません。
自分の身近、つまり感情が動く要素が関わった時だけ悲しむ訳ですよ。
それだけ感情なんてのは主観的で、適当なものな訳ですな。

そうした「自分に関係ない」という状況での人の死・苦しみを魔法少女達の事だと考えれば、キュゥべえの態度は自然で、十分許容出来る感覚な訳です。
憤るのは、視聴者にとってまどか達が知り合いの範疇に入っているからでしょう。

キュゥべえにはそういった事が一切無いから、自分たちの都合の良い方向へ物事を進めるために、合理的に少女達を魔法少女に変えていく訳です。
そこには悪意は無いのですよ。
合理的にどうすればいいのかの方法を選んでいるだけなのです。

「やり方が酷い」という人もいますけど、それは「自分の意志で決定した事に責任は持たなくても良い」「知っていればしなかったのに、何故教えてくれなかった」という風に、自分のした事を他人の責任に置き換える考えを重視する場合の話ですね。

キュゥべえは相手の意志を尊重しているので、強制はしないし騙しもしません。
あくまで相手の意志で魔法少女にするのですな。
尋ねれば嘘は付かないのだから、確認をしないで都合の良い方へ解釈しているのは、その人間の勝手な訳ですよ。

「事前に事細かに説明する」という行為は、親切心や「知らないで契約したら可哀想」といった、まさに感情からくる要素でしょう。
そういった事をしない事に対して憤っている人が多いですけど、それはキュゥべえという存在を人間的に捉えている事になる訳ですわ。

見た目が人間では無いのに、何故か人間と同じ存在であるように考え、当然人間と同じようにすると思い込んでいる。
それは考えてみればおかしな話です。
どう考えても人間ではない存在に、人間と同じような感情を求めるのは無理がありますからね。

つまり人間の形をしていない点でも、キュゥべえは示している訳ですわ。
「自分を人間のように捉えるな」と。
それを「人間と同じような存在だろう」「感情があるはずだろう」「親切にしてくれるだろう」と思い込むのは、まさに人間の勝手な判断な訳ですよ。

この作品はそうした「こうするのが当然」「そうしないのは酷い」という部分、要するに「常識」に対する怖さを表現しているような気がします。
これは特に日本人が弱い部分のように思えますね。
比較的同じ常識の人間同士で暮らしていますから。

しかし様々な外国人と共同生活を送るとなれば、そうした常識の違いというのは出てくる訳で、この作品はそういった部分を極端に描いているのかも知れません。

常識が違う存在に「自分たちの常識と同じようにしろ」というのはあまりに自己中心的な考えでしょう。
しかしそうした誰でも多かれ少なかれ持っている部分をポイントにして、この作品は描かれている訳ですよ。

何しろ感情の無いキュゥべえに対し、自分達の常識である感情、「酷い」を押しつけている訳ですから。
しかし感情が無いだけに、キュゥべえにとっては訳が分からない意見でしかなく、納得してもらえない訳です。
そしてキュゥべえのしている合理的で当然な処置を、まどか達は納得出来ない訳ですからお互い様な訳ですわ。

感情、まさにそれがこの作品のポイントになっている部分でしょう。
感情の無い生物にされた行為を、感情で受け止める少女達の姿を描いていますので。

キュゥべえは感情で行動していませんし、魔女にしても自然現象的な扱いになっています。
そこには感情の要素が無い訳です。
あるのはそれによって影響を受けたまどか達の反応な訳ですよ。

物語では、主人公とそれに敵対する存在というのは感情がポイントになっている事が多いです。
主人公の敵に対する憎しみだったり、敵が悪事を働く理由が恨みや欲への執着だったりして。

そうした感情をお互いに受け止め、双方の感情をぶつけ合う事によって盛り上がりが描かれている訳ですわ。
しかしこの作品の場合、それが排除されているように思えるのですな。

憤ったまどか達の想いは、キュゥべえや魔女に受け止められる事はありません。
何しろ感情が無いのだから当然でしょう。
ゆえに敵との関係で感情的な盛り上がりが描かれる事は無く、味方同士の間でのみ感情的な盛り上がりが描かれている訳ですわ。

特にキュゥべえなどは、「絶対に死なない」という点から、ぶつけられた憎しみをスルーしてしまう訳です。
いくら殺しても意味がない。
これほど憎しみという感情の発露をコケにした存在は無いでしょう。

この作品はそうした意味で、感情による障害の排除を否定していたのかも知れません。
苦しい、悲しい、憎らしい、などといった人間の持つマイナス的な感情。
それは多くの物語において、主人公達の力になっているものです。
感情の高ぶりにより、普段ではあり得ない力を生み出す展開ってのはよくありますから。

しかしこの作品では、そうした要素は否定されている訳ですわ。
感情に基づいて処理しようとしたほむらが、延々と何も解決出来なかったのも、それを表しているでしょう。

そして最終回におけるまどかの描写。
これも非常に感情を排除した描写がされていました。

「魔法少女になる=死ぬ」
それをまどかは十分理解していたはずなのですが、それによって起こる家族との別れ、人生の終わり、そうした要素に対する恐怖や悲しみが伺えませんでした。
さらには自分が人間でなくなる事への感情の動き、これもほとんど描かれていませんでした。

本来であれば、泣いて悲しみながら「それでも私は魔法少女を救う」といった決意がされ、感情的な盛り上がりが描かれる部分な訳ですが、そういった事が無かった訳です。
まどかは実に淡々と魔法少女になる事を告げ、魔法少女達を救う願いを述べていましたから。
「自分が死ぬ」「家族と別れる」という事が分かっているにも関わらずです。

そうした自分の人生が終わる事への恐怖や悲しみが描かれず、魔法少女達を救う事への意識が強調されて描かれた。
それはまさに、目的のために自らの犠牲を厭わない存在、「聖人」と言えるでしょう。

そこら辺でこの作品は、重要なポイントで感情が排除されて物語が描かれていったのだと思いました。
何とも面白い作りであり、私に合わなかったのもそれが理由でしょうね。
私は感情を重視して物語を見ますので。
主人公が敵を倒す際に感情が伴わないと物足りないのですよ。

まあ、倒すべき相手ってのが「魔法少女のシステム」なので、まさに抽象的な存在であり、そういったものに対して感情をぶつけても何も返って来ない訳ですが。
普通だとそうしたシステムを守ろうとキュゥべえが必死になり、それを打ち破る事で爽快感が生まれる訳ですが、それも無い。

何故ならキュゥべえにとり、魔法少女のシステムは便利だから利用しているに過ぎず、変わってしまっても別に構わないものでしかないですから。
ゆえに固執しておらず、まどかの感情を受け止める事はしない訳です。
ホント冷めた演出ですわ(笑)

唯一盛り上がっていたのは、そうした様子を見ていたほむらなんですよね。
まどかの想いを知り、「それは悲しい止めて欲しい」と嘆き叫んで苦しんでいましたので。

彼女は序盤は感情が無いかのように描かれていましたが、終盤ではまさに感情の塊。
最後もほむらの嘆きが視聴者を引き込み、彼女の悲しみで盛り上がりが起きました。
まさにほむらが最終回を盛り上げていたと言えるでしょう。

私が観たかった要素ってのは、まさにこれで、まどかにこれをやって欲しかった訳ですわ。
そうした感情の盛り上がりで引き込むのが主人公の役割だと思いますのでね。

しかし実際やったのはほむらであり、そういう意味で主人公はほむらなんですが、主人公としては描かれていないんですよねぇ。
それが何とも残念なのでありますわ。

shibachi1 at 18:45|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2011年05月08日

「まどか☆マギカ」の最終回を楽しめなかった理由


魔法少女まどか☆マギカ 1

「まどか☆マギカ」のオチは悲惨でした。
ゆえに悲惨萌えの私としては萌えるはずなのですが萌えなかった。
この原因はやはり主人公のまどかが達観していて、余裕な雰囲気があったせいでしょう。

本来なら大好きな家族と会えなくなる訳だし、もっと悲しみに震えていてもいいはずなのにそれが描かれていない。
自分の生活・人生が失われるというのに全然そこら辺を思う様子が描かれていない。
まるでそんな事よりも魔女を無くす事の方を優先させるのが当然という感じで。

ここら辺が、私がまどかを聖人のように感じた部分ですね。
自分の人生と引換に魔女を無くす事を決意した悲壮感が無いのですよ。
ゆえに何かまどかじゃないように思えて、最終回は全然感情移入が出来なかった訳です。

ああした事を決意した事での苦しみってのがもっと伝わってくれば感情移入出来たのでしょうが、まどかは達観してましたからねぇ。
何かそれに付いていけなかったのですよ。
いや、達観自体はいいのですが、達観に至る過程が見えて来ないので別人のように思えてしまったのですな。

主人公の行動に感情移入出来ない。
これほど楽しめない事はないですからね。
そもそもまどかはこれまでもクローズアップされる部分が無かったですし。

さやかや杏子は、魔法少女になった苦しみというのが凄く描かれていた訳で、まどかにもそうした部分が欲しかったのですわ。
まどかだけ最終回まで「他人の苦しみを見て苦しむ」という事でしかなく、いざ自分の問題になったら苦しみはあまり描かれず、達観して救う事に頑張る描写になっていましたから。

そしてその様子を見て苦しんだのがほむらであり、ほむらにとっての苦しみは「まどかが幸せにならないこと」な訳ですから、これほど悲惨なオチは無いでしょう。

特に10話でほむらの辛さ・苦しさというのはかなり強調されていた訳で、本来であればそれが報われるオチこそがハッピーエンドなのでしょうが、そうはならず、結局まどかが居なくなってしまうという、ほむら的には最悪のオチになってしまった訳ですな。

一応、まどかが自分の想いを伝え、ほむらがそれに納得したような、自分も頑張るみたいな感じで終わっていますが、それは妥協としての幸せであり、本当の意味での幸せにはなっていない訳です。
要は「死んだ人に拘らず、前向きに生きていかないと、死んだ人に申し訳が無い」みたいなノリな訳ですよ。

ゆえにほむらは救われていないのですな。
以前よりはマシになったとはいえ、結局はまどかに囚われて、まどかを支えに頑張っていく事には変わらない訳ですし。

とはいえ、ほむら視点としては良いラストだったとは思ってます。
私はこういうの好きですから。
ただ問題は、この作品はほむらが主人公ではないという点。
主人公であるまどかがどうであるかが大事なのですよ。

まどかが何故ああした決意をしたのか。
家族を捨て、友人を捨て、現在の生活を捨ててまで、知りもしない人間込みで魔法少女を救っていこうと決意したのか。
そしてその過程。
それが見えて来ないため、どうにも納得のいかないラストになっているのですわ。

これがほむらが主人公であれば、他人の事ですから、想いが見えなくても「どうしてあなたはそうなの?」という「分からないけど、彼女はそういう人間だった」という感じで受け入れられる訳です。
そしてまどかが居なくなる事への悲しさで悲惨萌えが高まって楽しめたでしょう。

しかしまどかが主人公だと、そういった部分を共有出来なければ楽しめない訳です。
何故なら主人公の行動が理解出来ないというのは、感情移入が出来ないという事ですから。
感情移入出来なければ深く作品を楽しむ事が出来ないのですよ。

ゆえに私は、最終回はほむらの悲しみに浸りつつも、まどかを冷めた目で見つめ、客観的な視点で観終えた次第。
客観的であるがゆえに、感動は起きない訳です。
話の流れを事象として捉えてしまっていますからね。

ここら辺の感覚は、復讐に燃える主人公の復讐の原因が描かれない状態で復讐が達成された時の感覚と同じでしょうな。
主人公にとって復讐を達成出来た事は凄い事だと分かるけど、その状態に共感は出来ない訳ですよ。

どれほど相手を憎んでいるのか、何故そこまで復讐に拘るのか、そういった要素が復讐が達成される以前に描かれ、それに感情移入が出来た状態になってこそ、復讐の達成をした主人公に共感出来るというか。

キャラが何故そうした行動をとるのか。
それに感情移入出来ていないと楽しめない訳です。
ゆえに私は、理由がよく分からず、それまで描かれたキャラの性格・事情に合わない行動を取られると駄目なのですな。
違和感が強くなって感情移入出来ず、客観的に観る状態になり、作品が楽しめなくなる訳です。

というのはまあ、私個人の問題なので、そういった事を抜いて作品を評価するとよく出来てはいるんですけどね。
よく出来ているがゆえに、自分が楽しめなかったのが残念な訳ですわ。
そこら辺で非常に悲しい次第。

虚淵さんの知名度が上がったからファンとしてはいいんですけどね。
でもファンとしては、作品が楽しめなかったのはホント残念なのですよ。

んで気づいたのが、いつもの虚淵さんなら、ほむらを主人公にして描いていたんじゃないかということ。
従来であれば「悲惨な状態になるヒロインを何とか助けたいと頑張る主人公」ってのが虚淵さんのパターンですので。

10話以降はほむらの視点でそうした雰囲気があった訳ですが、私的には「まどかが主人公」という意識が抜けなかったので、どうしても微妙になってしまった訳ですわ。

そういう意味で、やはりほむらを主人公にして、10話を1話にして観たかったなぁ、と。
そっちの方が私の好みなんですよね。
きっと楽しめた事でしょう。
そうじゃなかったのが残念でありますわ。

shibachi1 at 12:55|PermalinkComments(9)TrackBack(0)

管理人 シバッチ
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ACCA13区監察課
荒川アンダー ザ ブリッジ
RD 潜脳調査室
アルドノア・ゼロ
イクシオンサーガDT
いちばんうしろの大魔王
いつか天魔の黒ウサギ
イノセント・ヴィーナス
IS<インフィニット・ストラトス>
ウィッチブレイド
うしおととら(1) (2) (3)
うたわれるもの 偽りの仮面(1) (2)
宇宙戦艦ヤマト2199
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狼と香辛料
狼と香辛料
オカルティック・ナイン
織田信奈の野望
おとぎ銃士赤ずきん
俺物語!!(1) (2)

【か行のアニメ】
輝きのタクト
学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD
革命機ヴァルヴレイヴ
かしまし〜ガール・ミーツ・ガール〜
ガッチャマン クラウズ
ガッチャマン クラウズ インサイト
CANAAN
Kanon
神様ドォルズ
神のみぞ知るセカイ
神のみぞ知るセカイ
神のみぞ知るセカイ OVA
神のみぞ知るセカイ 女神篇
仮面のメイドガイ
喰霊−零−
ガン×ソード
ガンダムSEED DESTINY
ガンダム Gのレコンギスタ
ガンダムOO
ガンダム 鉄血のオルフェンズ(1) (2) (3)

ガンダムUC
かんなぎ
寄生獣 セイの格率
キディ・ガーランド
キミキス pure rouge
キャプテン・アース
GANGSTA.
境界線上のホライゾン
境界線上のホライゾンII
京四郎と永遠の空
銀色のオリンシス
グイン・サーガ
クオリディア・コード
くまみこ
クレイモア
クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
クロムクロ(1) (2)
K
K MISSING KINGS
K RETURN OF KINGS
GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり
血界戦線(1) (2)
月刊少女野崎くん
源氏物語千年紀 Genji
攻殻機動隊 S.A.C 2nd GIG
甲鉄城のカバネリ
鋼鉄神ジーグ
極黒のブリュンヒルデ
極上生徒会
GOSICK−ゴシック−
コードギアス 反逆のルルーシュ
コードギアス 反逆のルルーシュ R2
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琴浦さん

【さ行のアニメ】
彩雲国物語
PSYCHO-PASS
PSYCHO-PASS 2
SAMURAI7
サムライガールズ
サムライブライド
サムライフラメンコ
さんかれあ
3月のライオン(1) (2)
残響のテロル

しおんの王
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シドニアの騎士
灼眼のシャナ
灼眼のシャナII
シャングリ・ラ
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終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?
シュヴァリエ
STEINS;GATE
純潔のマリア
ジョジョの奇妙な冒険
ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース(1) (2)
ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない(1) (2) (3)

新世界より
真マジンガー 衝撃!Z編
侵略!?イカ娘
神霊狩/GHOST HOUND
翠星のガルガンティア
スカルマン
スクールデイズ
スクールランブル
スクールランブル二学期
涼宮ハルヒの憂鬱
涼宮ハルヒの消失
ストライク・ザ・ブラッド
Super Seisyun Brothers -超青春姉弟s-
スーパーロボット大戦OG
スピードグラファー
世紀末オカルト学院
聖剣の刀鍛冶
聖痕のクェイサー
聖痕のクェイサー
ゼーガペイン
絶園のテンペスト
ゼノサーガ
ゼロから始める魔法の書
ゼロの使い魔
ゼロの使い魔〜双月の騎士〜
ゼロの使い魔〜三美姫の輪舞〜
ゼロの使い魔F
閃光のナイトレイド
戦場のヴァルキュリア
蒼穹のファフナー
蒼穹のファフナー RIGHT OF LEFT
蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH
蒼穹のファフナー EXODUS(1) (2)
奏光のストレイン
創聖のアクエリオン
そらのおとしもの
そらのおとしものf
ソルティレイ
それでも世界は美しい
それでも町は廻っている

【た行のアニメ】
タイドライン・ブルー
タブー・タトゥー
ダンガンロンパ
ダンクーガ ノヴァ
男子高校生の日常
ダンス イン ザ ヴァンパイアバンド
つぐもも
ディメンションW
テガミバチ
鉄腕バーディー DECODE
鉄腕バーディー DECODE:02
鉄腕バーディー DECODE OVA
DEVIL SURVIVOR 2
Devil May Cry
デモンベイン
デュラララ!!
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地球へ…
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トータル・イクリプス
ドラゴンクライシス!
トリニティ・ブラッド
ドリフターズ
ドルアーガの塔〜the Aegis of URUK〜
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【な行のアニメ】
NIGHT HEAD GENESIS
夏目友人帳 参
謎の彼女X
七つの大罪
七つの大罪 聖戦の予兆
ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン
ぬらりひょんの孫
ノエイン もうひとりの君へ
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ノブナガ・ザ・フール
ノラガミ

【は行のアニメ】
ハイスクールD×D
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ハイスクールDxD BorN
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薄桜鬼
幕末機関説 いろはにほへと
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武装少女マキャヴェリズム
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【ま行のアニメ】
まおゆう魔王勇者
マクロスΔ(1) (2)
マクロスFRONTIER
まじもじるるも
魔弾の王と戦姫
まどか☆マギカ
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魔法科高校の劣等生 星を呼ぶ少女
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無彩限のファントム・ワールド
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問題児たちが異世界から来るそうですよ?

【や行のアニメ】
幼女戦記
夜ノヤッターマン
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【ら行のアニメ】
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落第騎士の英雄譚
ラストエグザイル−銀翼のファム−
乱歩奇譚 Game of Laplace
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龍ヶ嬢七々々の埋蔵金
輪廻のラグランジェ
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ロクでなし魔術講師と禁忌教典
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