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  私が単身赴任で家を離れて以降、のんすけの様子がいつもと違うらしい。妻の足元につきまとい、15キロ近いミドル級の体を押し付けて「抱っこしてくれ」とせがんでくるという。家族が一人少なくなったことを感じているのか、家人の膝の上に顎をぺたりと乗せてしょんぼりしている写真がLINEで届いた。

 

順を追って引っ越しの日のことを思い出してみる。あの日、家財道具が運び出されている最中にのんすけは散歩から帰ってきた。とりあえず玄関わきにつないでおくと、彼は引っ越しセンターの人が私のベッドや衣類の入った段ボール箱を運び出してトラックに積み込む様子をじっと見ていた。

 

のんすけは自分が家の中にいるときに誰かが来ると激しく吠え立てる。宅配便などでドアベルが鳴ると、火が出るような勢いで吠え続ける。ところが不思議なもので、散歩から帰ったときに来客がすでに家の中にいる場合は、案外おとなしい。だから引っ越しセンターの人には「先所有権」とでも言えそうなものが発生しており、のんすけは本来、おとなしくしているパターンだった。

 

しかし彼は何事かを察知していた。

 

荷物の運び出しが終わると、引っ越しセンターのお兄さんが「わんちゃんに触ってもいいですか。僕も犬を飼っていて好きなもので」と言うので「どうぞ、うちの犬はおとなしいから大丈夫ですよ」と答えた。のんすけは基本的に人にも犬にもフレンドリーで、戸外では近づいて来る人を嫌がることがない。ところが今回は別だった。青いユニホームのお兄さんが近づくと、どすの利いた声で「ウーッ」とうなった。

 

私のにおいがついた家財を持ち出したワルイ人と思ったのだろう。

 

まさにその後、私は赴任地の大阪へと向かった。恐らくのんすけの頭の中では「とうちゃんの荷物を誰かが持って行った」→「とうちゃんまで消えた」という関連付けがなされたはずである。

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のんすけがしょげるのも仕方ないことかもしれない。これは家族の中でも一致した見解なのだが、彼は私のことが一番好きなのだ。ふだん私は仕事から家に帰るとまず風呂に入り、それから二階の居間に向かう。階段は数段登ると左に折れ、そこで視線を上げるといつも一番上でのんすけが待っている。

 

二階の居間から階段に出たところの照明は人感センサーで点灯する仕組みになっていて、人や犬を感知すると灯りがつき、動きがなければ20秒ほどで消える。いつものんすけは灯りの消えた階段上で待っていた。私が帰宅した気配を感じると居間から出てくるのだが、風呂から出るまで時間がかかる。のんすけはなおもそこでじっとしているから、灯りが消えたままの薄暗い中で待っていたわけである。

 

のんすけがしょんぼりしているというので、大阪から家人のスマホに電話をした。「のんすけに俺の声を聞かせるから、耳に当ててやってくれ」

 

「のんすけ、元気か。とうちゃんは生きてるぞ」

 

しばらく話し掛けた後、電話を切った。少したって、家人からLINEが届いた。私の声を聞いたのんすけが居間から出ていき、階段の上でじっと待っているというのだ。

 

やぶへびだった。泣けた。
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