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 10月6日、私たち40人は柏崎刈羽原発の現状把握と、現在地元での戦いを行っている柏崎市議、刈羽村村議等との交流会を目的に1泊2日の行程で新宿を出発した。
 参加者は、たんぽぽ舎のメンバーを中心に、テント広場、東電前アクション、そして芝工大全学闘メンバー等。
 今回のツアーリーダーは、40年以上にわたり柏崎刈羽原発反対闘争参加してきた
 「柏崎巻原発に反対する在京者の会」の菅井益郎・国学院大学教授
である。
 新宿からのバスの中では、菅井氏の柏崎刈羽原発反対闘争の歴史の説明を受け、1968年から始まった闘いがいかに激烈な戦いであったか。 特に1980年12月のヒアリング阻止闘争は最大の闘争であり、8000人の反対派部隊と機動隊6000人との攻防が語られた。

 菅井氏の話の中で驚いたのは、刈羽村の地権者を説得する運動として、当時反原発運動を進めていた水戸巌先生に1970年に2回ほど現地入りしてもらい、村中にビラを配り講演をして頂いたという話であった。
 水戸先生は、谷中鉱毒事件、広島長崎の被爆者の例を挙げ、原発があったら、事故が起こったら、必ず「差別される」ことを語り、現地の人々には衝撃だったようだ。

 原発設置には電源開発調整審議会に上程する用地買収、漁業補償、住民の同意の3条件が必要である。 当時、用地内には共有地=入会地も多く存在し、村所有の財産区として売却拒否していたが、この村請公有地も柏崎市との合併により市有地となり、1976年共同売却されてしまった。
 長期にわたる反対運動がいかに困難であるかなどが語られた。
 柏崎刈羽原発の運動史については菅井益郎氏の「体験的反原発運動史」(たんぽぽ舎)をぜひ読んでいただきたい。

IMG_7133_ラピカ

 到着後、刈羽村(人口4700人)の生涯学習センター「ラピカ」を見学した。
 原発マネーで作られた施設は超豪華である。
 プール、体育館、茶室棟、陶芸棟、図書館、トレーニングルーム…今後この建物を維持することが刈羽村はできるであろうか。
 
 ここで刈羽村村会議員近藤容人氏と合流し、原発が見える場所を何か所か案内してもらった。
 夜、柏崎市議、

 ・矢部忠夫氏(現在市議7期目、平成24年度選挙時2300票5位当選、地元原発反対3団体共同代表の一人) 

IMG_7218_高橋市議

 ・高橋新一氏(現在市議4期目、同1170票)、
そして菅井、矢部、高橋各氏の高校時代の恩師である、

IMG_7212_近藤村議と佐藤先生

 ・佐藤保夫先生と近藤容人村議

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(村議20年、魚の引き売りをしながら各戸に原発の話をしている)
を交えての交流会が開催された。

 ここで、柏崎刈羽の基本データーを紹介しよう。

 柏崎市 
  人口91,400人 有権者74,400人 市議会議員26人  
  矢部、高橋各氏所属の社会クラブ(社民党)議員4人  共産党議員2人 
  柏崎市市長選 今年11月に実施 現市長=慎重派 対立候補=推進派、自民推薦、前市長の弟
  
 刈羽村
  人口4700人  村議会議員10人  原発反対派3人
  刈羽村の4人に一人、柏崎市の10人に一人が原発関係で働いている。   
  
 矢部忠夫氏、高橋新一氏の話

 「3.11以降、福島県から新潟県に避難した人は約6000人。
  当初柏崎市に2000人だったが、現在は1300人程。
  この地は福島に比べ雪が多く風も強く、福島の人々には住みにくいようだ。
  例えば息子は福島で仕事、嫁子供は新潟、父母は別の所という家族もある。
  原発から逃れて日本最大の原発のある地域になぜ?と思うが、柏崎との関
  係者も多い。
  昔、柏崎刈羽原発に勤めていた人、東電の社員寮も多く、東電の人々の出
  入りも多い。
  柏崎でまた東電に努めるなど東電関係の人の出入りも多い。」
 
 「3.11以後も柏崎市の人々は日常ほとんど原発の話はしない。
  あれは福島の事故であり柏崎とは関係ないという人が多い」

 「長岡市、上越市の人々がようやく原発はやめた方が良いと言い始めている」

 「首都圏の人の運動には?を持っていた。東京でもっと関心をもってくれた
  らと思っていた」

 「原発は町を豊かにしただろうか。人口は増えただろうか。産業は活性化し
  たのか。
  検証すべきなのにいまだに補助金目当ての陳情合戦をしている。
  全国原発立地でこんなに豊かになったという話はない。」

 「企業誘致はできないし、出て行った企業もある。柏崎にはお菓子メーカー
  のブルボン本社、工場があるが、原発に反対しない。食べ物の会社なのに」

 「3.11以降少しずつ変化が出てきた。集会に若い女性等も参加するようにな
  った。一般市民
  や女性の発言も増えてきている。」

 「まだまだ少ないが、『命を守る刈羽女性の会』もできた」

IMG_7211_官邸前で書いてもらった寄せ書きの前で、

佐藤保夫氏(80歳)の話
 佐藤氏の話は、長期にわたり原発立地で反原発運動を行ってきた人のみが知りうる経験豊かな話だった。
 例えば、柏崎には柏崎刈羽原発反対守る会連合、柏崎原発反対同盟、柏崎地区労働組合協議会の反原発3団体が存在する。
 この組織では5人が共同代表となっている。
 弾圧を防ぐためであり、あらゆる誘惑を排除するためである。
 「運動の中では、自分だけが正義になり、やらない人はだめだとなりやすい。
  他者を排除しては運動は成り立たなくなる。
  一致団結し、同じ方向に向かう運動は弾圧されやすい。
  内部から崩れることもある。
  いろいろな方向を持つのが良い。
  拒否権のようなものを持つのが良い。」
 こうした話の中でいかに原発立地での闘争が困難であるか、また、佐藤氏がいかに戦って来たのかをその経験から深く学ぶことができた。
 全国の原発立地に反原発運動がほとんど存在しない中で、
 「運動を作り上げていることを誇りに思っている」
という語りに、私たちは頭が下がる思いであった。

 2007年7月16日M6.8の中越沖地震について
  (参考「新潟県中越沖地震による柏崎刈羽原発の損壊」たんぽぽ舎)。

 2004年中越地震(震源地は山側)もあり、震源地からしても「柏崎地震」と名付けるべきだが、原発のイメージをごまかし「中越沖」とされた。
 緊急停止は2.3.4.7号機であり、他は定検中であった。
 耐震設計基準値より小さな地震だったが設計時に想定したより大きく揺れ、この地盤が軟弱であることを証明してしまった。
 東電広報館でも、地層が波打ち、レンズのように建屋に地震波が集中して伝わって大きく揺れる模型を展示している。
 起動中の2号機は冷温停止まで20時間を要してやっと停止した。
 まさに危機一髪だった。

 柏崎刈羽原発近くには活断層が多く、いつ地震が起きてもおかしくない。
 特に真殿坂断層は原発敷地内を通り海底に続いている。
 1~4号炉と5~7号炉の真ん中を通過している。
 建設当初の説明では、断層は東電敷地で都合よく止まっていることになっていた。

04_断層_さよなら原発みなと
 この断層は次の日に見学したが、断層帯が常に沈むためにこれを横断する道路が変形し、

05_断層_さよなら原発みなと2
、道路修理が追い付かず、川もないところに長い橋が架けられている。

IMG_7190_砂浜から原発を見る

 また、この海岸は北原白秋の「砂山」でも歌われるように深い砂地であり、砂岩と泥岩のもろい地盤の上に7基もの原発が立っている。
 砂浜は強風で常に動き、浜辺に並行して走る道路の更に後方まで砂に埋もれて行く。

 3.11以降、
 「今更反対とは言えない立場だが、お前はずうっと言ってきたし、胸を張って言えるようになったな。頑張ってくれ」と言ってくる社長たちもいる。」
 「頑張ってください」
という声が増えている。
 「やっぱり世の中、変わってきているなー」
と三人の話であった。

IMG_7205_金曜日行動参加者による寄せ書き
経産省前テント広場、金曜日抗議行動参加者による柏崎刈羽の人々への寄せ書き

 「東京からバスで集会、デモを計画したら地元の人々はどう反応するだろうか」
という会場からの質問に対し、
 「地元からは決して反発だけではないだろう」
 「声に出せない人々の賛同はある」
という力強い意見をいただいた。

IMG_7207_金曜日行動参加者による寄せ書き
経産省前テント広場、金曜日抗議行動参加者による柏崎刈羽の人々への寄せ書き

 私たち40人の決意は固い。
 たんぽぽ舎、柳田氏の提案で、来春にはバス3~4台で現地闘争を計画することが決定した。
 11月10日反原発全国ネットワーク結成会議が行われる。
 全国の原発立地、近隣地の反原発運動と首都圏そして福島との深いつながりを作るためである。
 東電により、来年4月といわれる柏崎刈羽原発稼働阻止に向けた大きな戦線を作り出す必要がある。

 「山は動く。動かそう!」

 11月10日 反原発全国ネットワーク結成のつどい
  12:30 たんぽぽ舎 受付後3か所の分科会へ。
  18:00 文京区民センター  全体会
が予定されている。
 多くの皆様が結集し、来春柏崎刈羽へ!

 by 全学闘太郎

PS:
 同じくこの柏崎刈羽原発現地視察交流ツアーに参加されました
 ブログ:「さよなら原発みなと」さんの
拡散希望ー10月6日、7日 柏崎刈羽原発に行きました。犯罪企業・東電、政府、規制庁の謀略を含む再稼働の策動を叩き潰そう!
記事から、許可頂き写真の転載をさせていただきました。
 どうか、 ブログ:「さよなら原発みなと」さんの記事にもアクセスお願いいたします。

 by ブログ管理者