2014年02月

深刻なGM(遺伝子組み換え食品)の危険性

日本に遺伝子組換え食品が蔓延っている、ということは今さら言うまでもないことですがその状況はかなり深刻なようです。

http://m.youtube.com/watch?v=Tj4m7jpBPsA

まず日本のGM(遺伝子組換え食品)の表示基準。
食品をそれかどうかを検査する機器を使って検知できるものだけが遺伝子組換え表示の義務が法律で定められている。その基準は総使用原材料の5%以上、多く使われている原材料の順で上から3番目まで、の両方を満たしているものが対象。だからアメリカのコーン を使ったコーン油とか大豆を使った醤油などは検知器にひっからないから表示義務がないと言う(本当はひっかかるらしい)。

一方、ヨーロッパでは検知器にひっかるかどうかなど関係がなくかつ食品でだけを対象にしているのではなく、少しでも原材料やそれをつくり出すもとの原材料(牛が食べる飼料など)にほんの微量でも入っていればそれは表示対象になる。日本は食品のみが対象になり家畜が食べる飼料にGMが入っていても検査対象にならないという。

そして実際にそういったGM食品を口にしたらどうなるか。

ネズミが4ヶ月食べ続けたらガンが発生したという。しかもこれはフランスが独自に研究して明らかになったもので、従来の実験はネズミにそのGM食品そのものを食べさせるのではなく、エサにその成分を振りかけてたべさせたやり方で実験しているということです。その結果モンサントやアメリカのFDA(米食品医薬品局)や日本政府は大丈夫、としてきたということです。

こんな実験をもって「このGM食品は大丈夫」などと言ってきたモンサントやFDAや日本の政府は国民を意図的に騙し続けてきたといっても過言ではないと思います。おそらくそう言ってきた人たちはGM食品の表示がない食品も慎重に厳選してそれ以外の食品のみを食べ続けている人たちなのではないではないでしょうか。

イランを撹乱するCIA

先日紹介させて頂いた「ベクテルの秘密ファイル」L・マッカトニー 著 広瀬隆 訳 を今日読み終えたのですが改めてアメリカCIAのスパイ活動が恐ろしく、しつこいものであるかを思い知らされました。

というのはCIAのスパイ活動がインドネシアや南米各国に及んでいる事実を前日記させて頂きましたがさらにイランに対するスパイ活動についても記されていました。そしてそのCIAのイランに対するスパイ活動について「ザ・パージャン・パズル紂廛吋優后M・ポラック 著 佐藤睦雄 訳 小学館 刊 とい...う本にも記されていました。

当然ベクテルは今までサウジアラビアを始めイランヤシリアなどの中東地域にも進出して石油精製所やパイプラインの製造を行い、巨額の利益を得てきたわけですがそのイランにおけるCIAのスパイ活動はものすごく狡猾でまた、いかにイランの国内政治がCIAやイギリスの諜報機関であるMI6などに左右されてきて、また、いかにイランがベクテルなどの多国籍企業が金儲けする場になってきてかを如実に示す文が記してありました。

それはそのイランという国が議会や首相が存在していてもアメリカやイギリス、ロシア(当時はソ連)の傀儡政権になっている、とさえ思ってしまうほど、イランという自主的な国の存在さえ疑わしく感じてしまいます。まさにアメリカの隷属国である日本と同じ、もしくはそれ以上です。

そんな当時は日本と同じ事実上の西側諸国の傀儡国のイランについて記すことは日本人にとっても興味深いものでありまた、これからの日本の対外政策を考える上でも参考になると思いますのここに記させて頂きたいと思います。

ではまずはそのイランが傀儡国になるまでのCIAの活動について記してある部分を昨日紹介させて頂いた「ベクテルの秘密ファイル」から以下に引用したいと思います。

<引用開始>

タイトル:ダレス兄弟との絆

一方アメリカでは(ベクテル2代目社長の)ステファンの妻ローラの叔父でベクテル重役のジョン・シンプソンが、ダレス兄弟との絆を深めていた。ことにアレス・ダレンは、ニューヨークでシンプソンの住むブロックに高級住宅を買い、シンプソン家の晩餐にしばしば顔を出していた。1951年、ちょうどイランから追放された(イギリスの石油会社の)ブリティッシュ・ペトロリアムが南イエメンのアデン製油所建設をベクテルに依頼した直後だったが、シンプソンはダレスに会った。ベクテル社がイランの開発で学んだことを説明したのである。

翌1952年11月30日、ダレスはすでにCIA副長官に任命されていたが、2人はサンフランシスコで再会した。朝鮮(戦争)で重傷を負った息子を見舞うために現地へ向かうダレスが、途中で立ち寄ったのである。ベクテルの重役の報告書によれば、身内の不幸にも関わらずダレスはシンプソンとの再会を喜び、イランに貯蔵されている莫大な量の石油をモサデク政権がソ連に輸出しようとしているのではないか、と2人が深刻な議論を交わしたという。この会議でダレスは、ある調査を引き受けてくれるかどうかをシンプソンに尋ねた。ロシアまでパイプラインを建設する技術的ノウハウを、イランが持っているかどうかの調査だった。
(中略)
シンプソンが(知らせた手紙に)書いた‘きわめて有能な’男とは、ベクテルのパイプライン部門の主任であるジョージ・コリーJr副社長だった。コリーがベクテルのエンジニアを使って調査した結果、イランはロシアまでパイプラインを建設する能力がある、という結論がでた。最悪の事態を考えたCIAが、間もなく、‘トロイの木馬作戦’を立てた。1953年にCIAの力でクーデターが起こされ、シャー・レザ・ハーレビが王位に復権したのである。(後略)

<引用終わり>

これは当時イラン国内ではシャー・レザ・ハーレビ(国王、以下シャーと略)とモサテグ(政治家)がイランの主権争いをしている中で紆余曲折がありモサテグがイランの首相になり、主権を獲得した後、アメリカやイギリスの意向に従うシャーに、CIAがシャーが従える軍を煽動してモサデク政権の打倒を目的にクーデターを起こさせるまでのいきさつの内容の1部分になります。

ここで分かることはベクテルは当時CIAの副長官だったアレン・ダレスと懇意にしていてしかもそのダレスはベクテル社の重役だったジョン・シンプソンにイランでの開発にあたり、アドバイスをダレンに請うている、ということです。上記の文からすると上下関係でCIAの副長官であるダレスがベクテル社のジョン・ステファンの下にさえ感じます。

このように当時ベクテルは完全にCIAに入り込んでいるのが分かります。では次にそのCIAが1950年代前半にどのようにイランの政情に入り込んでアメリカの傀儡政権の樹立を行なったのか、少し長くなりますがこれは日本においても言えることであり、CIAのあまりに露骨なまでの諸外国への策謀の張り巡らしを知る上で非常に重要と思われますので、上述した「ザ・パージャン・パズル紂廚ら以下に記させて頂きたいと思います。

<引用開始>

(前略)また一方では、.瀬譽昂残錣ツデー党にまぎれ込ませた、CIAの非公然活動分子によって、イランの国内の混乱が激化し、その結果アイゼンハワー(アメリカの当時の大統領)もモサテグ政権が不安定で、同政権には共産主義者による危険が迫っている、と信じるようになった。

1953年6月、暗号名でエイジャックス(ギリシャ神話の英雄)作戦と名付けられた、イランを不安定化し、モサテグ政権を転覆するための、CIAの非公然活動計画が完成した。それによれば、イランにおけるCIAの宣伝機関(△修譴泙妊ぅ薀鷽佑了抻を確保するために、ソ連の情報機関と競い合っていた)は、攻撃の対象をモサテグに変更する。米国と大英帝国はザヘディ将軍の軍事クーデター計画を支援する。CIAは将軍が軍部の他の王党派に渡りをつけるのを援助する。彼らはまた、地方の部族や民衆を扇動し、暴動を起こさせ、モサデクの統治を混乱に追い込み、彼の政権維持はイランの安定にとっての脅威である、と思い込ませる。CIAはシャーの協力を確保し、またモサデクとすでに決別した、あるいはその過程にある(おそらくイスラム教の有力者の)アヤトッラー・カーシャニーや、他の主要な政治指導者たちから、支持を取りつける。最後に、米国政府はイランへの、いかなる財政的あるいは経済的な援助をも拒否する、と言うのである。計画はただちに実行に移された。

一方、1儿颪亙胴颪鯊圓辰討呂い覆った。英国とザヘディ将軍は、すでにイラン政府に対する闘いを開始していて、1953年2月から4月にかけ、軍のさまざまな派閥に、ザヘディ将軍の行動に加わるように説得していた。しかし米国が巨額の現金(1953年のイランの基準で)を手にテヘランに乗り込んでくると、彼らは米国の援軍の到着として歓迎した。1953年夏、テヘランの街頭に、た靴靴た景垢6紙、突如として登場し、その全てがモサデクに対する悪口を撒き散らし始めた。リチャード・コッタム(主要なイラン学者の1人で、当時CIAが最も頼りにした宣伝活動家の1人でもあった)によれば、夏の終わりにはテヘランの新聞の5分4が、CIAの影響下に置かれていた。またアイゼンハワー大統領は非公然活動計画が承認されると、直ちに今後いかなる経済援助も供与できない旨をモサデクに通告した。

(中略)(モサデクは画策して国内情勢を有利な方向へ導いていた)にもかかわらずモサデクに対するCIAのクーデターは間近に迫っていた。8月15日の夜、それは開始された。米国はそれまでにさまざまな仲介者(ノーマン・シュワルツコフを含む)を通じて、しかし主としてキム・ルーズベルトを介して、恐怖し、しり込みするシャーに、首相としてのモサデクを解任し、ザヘディをその公認に任命する勅令---ファルマーン---に署名するように説得していた。(中略)計画ではその夜、近衛兵がまずこのファルマーンをモサデクに持参し、彼を逮捕する。翌日ファルマーンは公開され、CIAから金をもらった活動家と民衆扇動家らが街頭に出て、ザヘディ支持のデモを組織、国王派の陸軍部隊もこれに加わり、アヤトッラー・カーシャニーも同様に、信者らを街頭に出させて、ザヘディ支持のデモに合流させる(彼は支援の見返りとして1万ドルを受け取ったものと見られている)。シャー自身は事態が暗転するのを恐れ、万が一の場合はいつでも国外に脱出できるように、カスピ海の別荘で、脱出用の航空機を待機させつつ推移を見守る、という筋書きだった。

モサデクは事前に情報を入手し、待ち構えていた。ザヘディの兵士が真夜中に到着したとき、彼はファルマーンが違法で、偽造されたものだと主張し、逆にザヘディの副官を逮捕した。翌朝、モサデクは国民にクーデターの未遂事件が発覚し、責任者らを拘束しつつある、と告げた。シャーは航空機に飛び乗り、逃亡、ザヘディと彼の同志たちは姿をくらませた。CIAはクーデターが失敗したと、信じた。しかしキム・ルーズベルトは断念しなかった。彼は引き続き数日間形勢の挽回に努め、依然として国王に忠誠を誓っている、多くの陸軍の中級将校たちの支援を確保した。キムはシャー(ローマへの亡命の途中でバグダットに滞在していた)を説得し、彼が2通のファルマーンに直接署名したことを発表させた。それからいくつかの新聞社も説得し、これらのファルマーンを各紙の1面に掲載させた。次いでルーズベルトは、カネで雇った活動家たちを使って、ゥ張如偲洌らをテヘランの街頭に繰り出させ(彼らがツデー党の指導者を装い)、彼らにモサデク支持の激しいデモを始めさせた。それによって王党派の心情が掻き立てられ、中道派が恐怖に駆られることを彼は期待した。Δ修靴動貶では、他の人やカーシャニーの信者らに、ツデーに反対する動員をかけ、街頭で彼らに対抗するよう促した。(中略)これらの暴動(それにザハディへの呼びかけ)はシャーに忠実な軍の部隊(近衛兵を含め)を、テヘランに集中させることになり、彼らは親モサデクの群集と、そして首相自身と対決する形となった。8月19日、事態はモサデクの私邸での、流血の戦闘でクライマックスに達した。軍の支援部隊が互いに、戦車や歩兵部隊を繰り出して衝突、結局王党派が相手を圧倒した。この戦いで300人の死者が出た。モサデクは自宅の屋根伝いに逃走し、後に身柄が拘束され、逮捕された。シャーは少なくてもイラン国民の1部の、明らかに追従的な歓呼の声に迎えられて、祖国に帰還した。
※数字は私の脚注

<引用終わり>

これを読んで頂くと当時のイランでのCIAの民衆撹乱工作(クーデター)の恐ろしさが分かって頂けると思いますが重要な箇所について記させて頂くと、

,離瀬譽昂残錣ツデー党にまぎれ込ませた、CIAの非公然活動分子によって、イランの国内の混乱が激化し、その結果アイゼンハワー(アメリカの大統領)もモサテグ政権が不安定で、同政権には共産主義者による危険が迫っている、と信じるようになった。

は、ダレス兄弟(アレン・ダレスとジョン・フォスター・ダレス)がツデー党(イランの野党)に工作員を送り込んでクーデターを起こさせていることが分かります。そして当時のアメリカ大統領のアイゼンハワーはステファン・ベクテルと懇意にしていて、ゴルフや食事を頻繁に行い、ステファン・ベクテルに時折助言を求め、多くの政府機関ポストを与えています。となればベクテルとアイゼンハワーとダレス兄弟はグルになってイランを撹乱した、と考えるのが普通でしょう。

△里修譴泙妊ぅ薀鷽佑了抻を確保するために、ソ連の情報機関と競い合っていた

は、当時ロシアもイランでの共産圏の拡大と石油などの利益を求めてイラン国内の情勢に深く関わっていたことが分かります。もちろんイギリスもだいぶ前からイランの石油利権などを目的に深く関わっています。つまりこれ以前からイランはイギリス、ロシア、そしてアメリカの3国の利権の争奪場になっていてイランの国内情勢というはこの3国に絶えず振り回されてきた、ということです。

の英国は米国を待ってはいなかった。英国とザヘディ将軍は、すでにイラン政府に対する闘いを開始していて、1953年2月から4月にかけ、軍のさまざまな派閥に、ザヘディ将軍の行動に加わるように説得していた。

は、CIAだけでなくイギリスもMI6(イギリスの諜報機関)などを通してイランの撹乱工作を行なっていて、モサデクに対抗する、西側諸国の言いなりになるシャーを支持する軍のザヘディ将軍をそそのかし、クーデターを起こさせた、ということです。

い凌靴靴た景垢6紙、突如として登場し、その全てがモサデクに対する悪口を撒き散らし始めた。リチャード・コッタム(主要なイラン学者の1人で、当時CIAが最も頼りにした宣伝活動家の1人でもあった)によれば、夏の終わりにはテヘランの新聞の5分4が、CIAの影響下に置かれていた。

は、イランでのCIAによるマスコミの支配について書いてあるのですが、CIAに限らずこれは裏社会の常套手段といえます。その国の庶民に銃を突きつけ、‘言うこと聞かなかったら殺すぞ!’などと言って脅してその時は上手くいったとしても、すぐに庶民のクーデターが起こり、裏社会の、その国の国民の洗脳計画がその時点で頓挫するでしょう。

この裏社会がマスコミを牛耳ってその国を動かす、というのはCIAやユダヤ金融資本等の連中の常套手段といえます。日本も同じで、裏社会⇒電通⇒大手新聞社、TV局等の経路で流される情報は西側諸国側に有利に働く情報ばかり流されています。新聞社で言えば産経、読売、日経を筆頭に大手5社は裏社会の監視のもとに情報を流しています。

イ離張如偲洌らをテヘランの街頭に繰り出させ(彼らがツデー党の指導者を装い)、彼らにモサデク支持の激しいデモを始めさせた。

は、CIAの巧妙なクーデター扇動作戦です。ツデー党というイランの野党である政治政党にあえて‘モサデク支持’のクーデターをさせています。それによってモサデク支持でない、シャーの支持派でもない中間派の庶民を恐怖に落としいれ、庶民の思考回路停止を狙ったものと思われます。庶民が思考停止状態に陥れば、自分の頭で考えることができなくなりかつ、恐怖心理として上からの一方的に流される情報を無条件に受け入れることになります。そうすることによってイランをアメリカ政府、CIAなどの思い通りに動かすための画策なのでしょう。

日本でも‘東日本大震災’がそれにあたる、という情報が各方面から流れています。つまりアメリカが太平洋海底に核爆弾を埋設して、大震災、福島第一原発の爆発による大気中への放射能充満によって日本国民を恐怖のどん底に陥れて、思考停止状態にして、アメリカ(ユダヤ金融資本等の大多国籍企業など)に有利になる一方的な情報ばかりを流し、日本政府の行なう政策を好きなようにさせる、ということです。安倍首相の行おうとしている政策をちょっと考えればそれは自明です。つまり安倍首相及び日本政府や官僚というのはアメリカ政府の傀儡政権ということです。

Δ里修靴動貶では、他の人やカーシャニーの信者らに、ツデーに反対する動員をかけ、街頭で彼らに対抗するよう促した。

は、これがCIAの主目的で、イランの新聞社などのマスコミをCIAが牛耳った上で、一方的な情報を流しまくり、ムサデクではなく、西側諸国側の言いなりになるシャーの方に庶民をつかせる。そしてイランのアメリカによる傀儡政権を樹立させる。そしてその延長線上でベクテルなどの大多国籍企業がイランで金儲けしやすい状況ができていきます。

昨日のFBでバークレーマフィアを使ってのインドネシア乗っ取り、シカゴボーイズを使っての南米諸国の乗っ取りについて記させて頂きましたが、「ザ・パージャン・パズル紂廚涼作から抜粋させて頂いた上記の文からすると、イランはCIA(米中央情報局)+MI6(イギリスの諜報局)によって乗っ取られた、ということになります。

この他にもアメリカが他国で庶民を扇動してクーデターを起こさせ、政権を転覆させ、西側諸国にとって都合のいい政権を樹立させる、なんてことはいくらでもあります。リビアのカダフィ政権やイラクのフセイン政権もそのアメリカの標的となり倒されました。

さらには‘アラブの春’などといわれて、民主主義が到来した国がアラブ地域に多数できた、などと日本のマスコミは寝言を撒き散らしていますがアラブ諸国に春なんて来ていません。チュニジアに始まりエジプト、バーレーンなどに民主主義が到来した、などとマスコミは報道していますが民主主義など崇高なものではなく、アメリカのいいなりになる政権に首を挿げ替えただけのことです。事実これらの国はその‘アラブの春’とやらがきて国内情勢がよくなったかといえばなってません。むしろ悪くなっています。それは新聞、TV等で流されるエジプトで起こっているデモの様子を見て頂ければお分かりになると思います。

余談ですがこの‘アラブの春’とやら言われているアメリカによる‘庶民扇動クーデター計画’はこのフェイスブックが大活躍したそうです。アメリカはフェイスブックによる情報拡散を存分に行い、アラブ各国の庶民を扇動して、クーデターを起こさせた、ということです。裏社会の世界支配の方法も安価なものでも可能になってきた、ということなのでしょう。

しかしこういったインターネットの普及は逆に多くの識者の方々が真実を暴く場として大活躍している、という事も事実です。今頃、ロックフェラー財団のD.ロックフェラーは、‘インターネットなんかつくるんじゃなかった!’と言って嘆いていることでしょう。

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ハウスクリーニング シダーズ
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ベクテルとCIA

本日、「ベクテルの秘密ファイル」L・マッカートニー 著 広瀬隆 訳 ダイヤモンド社 刊 という本を読みました。これは以前私の友人が紹介されていた本でその時からずっと今まで‘読むべき本’だ、と思っていました。

ベクテルというのはアメリカの建設業の企業の1つなのですがただ単に建設業というよりは石油プラント、(石油や天然ガスなどの)パイプライン、ダム、空港そして原子力発電など多岐にわたり建設している企業になります。

このベクテルという多国籍企業は世界中に勢力を拡...大してその国の政府にも影響力を及ぼし、多大な利益を得ているのですがその国への入り込み方は尋常ではありません。裏で徹底的にロビー活動を行い、また策謀を巡らしてその国の政府を直接動かし、アメリカのCIAとも手を組んで、多くの利益を上げています。

このベクテルは日本の建設業界にも入り込んでいて東京湾横断高速道路、関西国際空港、羽田空港ターミナルビル、そして関西・淡路大地震後の復興事業にも関わっています。

そしてこの「ベクテルの秘密ファイル」で特にベクテルの動きで私が目を引いたのはCIAとの関わりについてでした。CIAというのは世界中の至るところに影響力を及ぼし、また偽クーデターを民衆を煽動して起こさせ、数々の陰謀を働いてきた組織ですがこの著作ではその一つとしてインドネシアで民衆を煽動して偽クーデターを起こさせ、当時のインドネシアの大統領だったスカルノを倒し、かわりにアメリカの言う事を聞くスハルトを大統領にしたことについて書かれていました。
もっとも世界中を侵略しているのはCIAの単独行動ではなく、最近ようやく日本でも多くの人がその罪悪性を気付き始めたアメリカ等の多国籍企業と共に侵略しているわけです。その1つが上述のベクテルなのです。

それを如実に表す記述部分を以下に引用します。

<引用開始>
(前略)こうした協力の見返りとして、政府は海外活動に重要な特別情報をステファン・ベクテルたちにしばしば提供したのである。1例がこの評議会の記録にある。1964年から翌年にかけて、CIA長官になったジョン・マコーンと、駐インドネシア大使ハワード・ジョーンズは、密かにステファン・ベクテルらのビジネス・カウンシルのメンバーが率いるベクテル、テキサコ、ソーカルなどの企業は、インドネシアで大規模な事業を進めていたため、スカルノ大統領が、アメリカ企業を国有化するのではないかと大きな不安を抱いていた。

この会議の後、ステファン・ベクテルはマコーンとジョーンズに感謝の言葉を述べ、インドネシア事業に細心の注意を払った。1956年10月、どれほどのCIA出身者が投入されたか分からないが、CIAによるクーデターが起こってスカルノが追放され、スハルトが大統領の地位についた。スハルトはアメリカ企業を大いに歓迎したのである。(後略)

ここにでてくるステファン・ベクテルという人物はベクテル社の2代目社長です。そしてジョン・マコーンという人物はベクテルグループの一員であり、ステファン・ベクテルの強力なパートナーです。

これは簡単に言うと、1960年代にベクテルなどの多国籍企業が、どうやってインドネシアを乗っ取るか、を話し合った会議について記されたものです。

ここで決定的なことは、ベクテルグループの一員であるジョン・マコーンという1民間企業の社員がCIAの長官になっている、という事実です。つまりジョン・マコーンがアメリカ政府(ユダヤ金融資本等)の対インドネシア政策の情報をCIAの長官として握り、ベクテルに流し且つアメリカ政府にもインドネシアの情報をベクテルに有利に働くように情報を流していた、ということです。

ベクテルの社員がCIAの長官になるわけですから当然アメリカ政府のだす予算を多くベクテルに流すことは可能になるわけです。ちなみにステファン・ベクテルの妻であるローラの叔父にあたるジョン・シンプソンという人物は、ジョン・マコーンの前のCIAの長官を務めていたアレン・ダレス、さらにその兄にあたる、ジョン・フォスター・ダレスとも親密な関係にあったということです。

そしてこのジョン・フォスター・ダレスは戦後の日本の米軍基地をアメリカの意のままにしたサンフランシスコ平和条約を日本に呑ませた張本人です。

ですのでCIAの活躍により、親米のスハルト政権が誕生したわけですがこの後のスハルト政権の経過として記してある著作「ショック・ドクトリン 紂廛淵ミ・クライン 著 幾島幸子・村上由見子 訳 岩波書店 刊 にそのことが記してありますので以下に引用します。

<引用開始>
(前略)こうしたインドネシアでの一連の出来事に、アジェンデ政権転覆(スカルノ政権のこと)を画策するワシントンとサンティアゴ双方の人間や組織は熱い関心を寄せた。彼らはスハルトの残虐さに関心を惹かれただけでなく、カリフォルニア大学バークレー校で教育を受けたインドネシア人経済学者の果たした特別な役割に注目した。スハルトは共産主義者を排除することに成功したが、将来のインドネシア経済の青写真を用意したのは、この「バークレー・マフィア」と呼ばれる人々だったのだ。

彼らとシカゴ・ボーイズの間には驚くほどの共通点がある。バークレー・マフィアはフォード財団の資金によって1956年にスタートしたプログラムの一環としてアメリカに留学し、帰国後、欧米式の経済学部であるインドネシア大学経済学部を自国に忠実に再現した。学部の設立にあたっては、シカゴ大学の教授がサンティアゴに出向いたように、フォード財団によってアメリカ人教授がジャカルタに派遣された。「スカルノの失脚後、インドネシアの指導者になるべき人間を養成するというのがフォードの考えだった」と、当時、フォード財団の国際研修・研究プログラムの責任者だったジョン・ハワードは単刀直入に説明する。

(中略)これらの若い経済学者たちは、大型金融取引について何の知識もないスハルト将軍に対し、強大な力を持っていた。「フォーチュン」誌によれば、バークレー・マフィアはスハルトが経済学の講義を自宅でも聞けるよう、テープに録音した。また、面会した時には、「スハルト大統領はただ話を聞くだけでなく、ノートを取っていた」と、メンバーの1人は誇らしげに振り返る。(中略)スハルトは組閣にあたってバークレー・マフィアを多く登用し、貿易相やアメリカ大使をはじめ重要な経済的ポストは全て彼らの手に渡った。(後略)
<引用終わり>

つまりこの記述文は、まずCIAなどがスハルトを煽りクーデターを起こさせ⇒反米的なスカルノ政権を倒し⇒親米的なスハルト政権を誕生させ⇒それと同時にインドネシアの若者をカリフォルニア大学バークレー校に留学させ⇒アメリカなどの多国籍企業がインドネシアで儲けるための経済学を教え、洗脳し⇒バークレー・マフィアという名で呼ばれるようになったその留学生たちをインドネシア政府の主要な経済ポストに就かせ⇒アメリカなどの多国籍企業がインドネシアの富を貪り⇒結果、インドネシア国民の生活が極貧に陥る、ということです。

上記の文で重要な点はカリフォルニア大学のバークレーが多国籍企業が儲けるための教育プログラムを施している大学だということです。

そして上記の文の、‘シカゴ大学の教授がサンティアゴに出向いたように’ というのは、当時シカゴ大学の教授であったミハイル・フリードマンという人物がやはり多国籍企業が金儲けする経済学を広めていて、チリの留学生をシカゴ大学に留学させて⇒その留学生たちにアメリカなどの多国籍企業がチリで儲けるための経済学を教え⇒その留学生たちをチリの政府の主要な経済ポストに就かせ⇒アメリカなどの多国籍企業がチリの富を貪り⇒結果、チリの国民の生活が極貧に陥る、ということにつながります。

要するに、チリとか他の南米各国も含めて多国籍企業が金儲けするために、悪名高きミハイル・フリードマンの教鞭を受けた南米の留学生たちが多国籍企業を儲けさせるために母国の経済システムを改悪した、ということです。当時は南米においてはシカゴ大学で教育・洗脳を施し、各国に送り込んでいたということです。

ちなみに世界中にシカゴ学説なる‘多国籍企業金儲け経済学’を広めまくり、世界中の多くの人間を不幸に陥れたミハイル・フリードマンはハンガリー系ユダヤ人です。

ここまで読んで頂くと世界の社会の仕組みというものが見えてくると思います。つまり簡単に言うと、各国の人間をアメリカの大学で洗脳してその人間を母国に戻し、その人間をアメリカ(ユダヤ金融資本等)の傀儡政権の人間として動かし、結果、一部の多国籍企業を儲けさせる社会ということです。

これはもちろん日本についても同じです。郵政民営化という名の郵政米営化を果たした小泉純一郎や竹中平蔵を筆頭にして多くの日本の政治家がアメリカ等の大学で教育・洗脳されて日本の政界等の中枢部に入り込んで、アメリカ(ユダヤ金融資本等)の傀儡政権の1員になっているわけです。

ちなみに小泉純一郎の息子の小泉進次郎は関東学院大学の学生だったのですがなぜかアメリカのコロンビア大学というおそらく、東大に入るより難関な大学に留学して卒業しています。不思議ですね。

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ヒットラーのホロコーストでのユダヤ人600万人の虐殺はなかった!!

昨日、「リチャード・コシミズの未来の歴史教科書」リチャード・コシミズ 著 成甲書房 刊という本を読みました。この本は政治ジャーナリストであるリチャード・コシミズ氏が以前から訴えていた‘真実の歴史’の1部を記した著作になります。

リチャード・コシミズ氏は今まで本当に裏社会から何回か命を狙われて、それにも関わらず勇猛果敢に世の中の真実を訴え続けてきた、‘魂のジャーナリスト’と言っても過言ではない人です。

今回出版されたこの「リチャード・コシミズの未来の歴史教科書」は、2012...年7月にリチャード氏自身の自費出版により発刊された、「リチャード・コシミズの新しい歴史教科書」の続編にあたる著作になります。ゆえに1部重複している部分もありました。

ただ、逆に言うとリチャード氏自身がその内容が重要であるゆえに再度記したともいえます。その再度記したものの中で、「アドルフ・ロスチャイルド・ヒットラー」と題した章がありました。

この題をみて、‘おやっ’と思った方も多くいると思います。アドルフ・ロスチャイルド・ヒットラー・・・・「そうか、あの多くのユダヤ人をホロコースト収容所でガス毒死させた、アドルフ・ヒットラーの事だな」と一見、思ったと思います。だが、この題の間に‘ロスチャイルド’という言葉があります。この‘ロスチャイルド’という言葉はおそらくこれも多くの人が知っていることと思いますが、ユダヤ人の血を引くヨーロッパのロスチャイルド財閥のことです。

となるとちょっと、いやかなり話がおかしくなります。ヒットラーはユダヤ人を差別して迫害した歴史に残る悪人なのになぜ、そのヒットラーの名前にユダヤ人である‘ロスチャイルド財閥’の名前が入るのか? ここで勘のいい人はお分かりになると思います。そうです、ヒットラーは本当はユダヤ人であり、ロスチャイルド財閥の血を引く人物だとリチャード・コシミズ氏はいっているのです。

「え〜!ヒットラーがユダヤ人でしかもロスチャイルドの血を引くって、そんなバカなことあるか!!」と思う方もいらっしゃるでしょう。ですがこのジャーナリストのリチャード・コシミズ氏はだいぶ前からこのことを指摘し続けているのです。

そうなると話というか我々が学んできた世界史の辻褄が合わなくなります。ユダヤ人のヒットラーがユダヤ人を大量殺戮したことになるのですから。

つまり結論を言うと、600万人のユダヤ人が殺戮されたアウシュビッツのホロコースト収容所は存在しなかったということです。よって600万人ものユダヤ人が殺戮されたという事実も存在しない、ということになります。

その根拠としてリチャード・コシミズ氏はこの著作で、米国のユダヤ人団体の統計資料の記録には、第2次世界大戦の前と後で世界のユダヤ人の人口数はほとんど変わっていない、と記してある、とこの著作で書いています。よって600万人のユダヤ人のホロコーストでの大量虐殺はなかったと。

そして私もネット上を検索していて同じような情報に辿り着きました。それが以下のリンク先になります。
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/horouso.htm#

このリンク先の記述の1部に以下の記述文があります。

<引用開始>
The World Almanac for 1947, in quoting figures supplies by the American Jewish Committee states that the world Jewish population in 1939 was 15,688,259. The New York Times of February 22, 1948, stated that the world Jewish population ranged from 15,600,000 to 18,700,000, excluding some 600,000 to 700,000 living in Palestine. How could the Jewish population have increased so rapidly after losing six million during World War II? Walter Sanning, the author of Dissolution of European Jewry, says that no less than 2,200,000 Jews had emigrated out of Europe leaving 2,847,000 Jews residing there at the height of the German occupation in June 1941. After the war, 3,375,000 Jews, according to the Red Cross, applied for holocaust reparations. This figure included many of the emigrants. Thus, the actual number of those who died at the camps from all causes ranges between 150,000 and 300,000.
<引用終わり>

私は正直言って英語はよく分からないので上記の引用文を完全に訳せなかったのですがこの記述文の中に、‘The World Almanac for 1947, in quoting figures supplies by the American Jewish Committee states that the world Jewish population in 1939 was 15,688,259. The New York Times of February 22, 1948, stated that the world Jewish population ranged from 15,600,000 to 18,700,000, excluding some 600,000 to 700,000 living in Palestine. How could the Jewish population have increased so rapidly after losing six million during World War II? ’という部分があります。

これはおそらく、‘1947年に米国ユダヤ人協会は、1939年の世界のユダヤ人の人口は15,688,259人と発表した。だが、1948年2月22日のニューヨークタイムズによると、世界のユダヤ人の人口数はパレスチナに住んでいる60万もしくは70万人のユダヤ人を含めて、15,600,000人から18,700,000人の間の人口数だろう。どうやってユダヤ人の人口は第2次世界大戦の間に600万人も増えたのだろう?’という内容の訳文になると思います。

つまりこの記述文からも、第2次世界大戦の前後で世界のユダヤ人の人口数はそれほど変わっていない、ということがみてとれるのです。

しかしそうは言っても実際にホロコーストで大量虐殺されたおびただしい数の死体の写真は存在するではないか!、といった意見が当然でてくると思います。それに対してリチャード・コシミズ氏はこのように著作で記しています。

<引用開始>
戦争末期、収容所への補給路がアイゼンハワーの軍によって破壊された。結果、収容所への食料の補給が滞った。多くが餓死した。生き残った因人も餓死寸前だった。アイゼンハワーの空爆作戦がこれらの犠牲者を生んだのである。
<引用終わり>

このアイゼンハワーとは当時、連合国遠征軍最高司令官であり後にアメリカ第34代大統領になるドワイト・デヴィッド・"アイク"・アイゼンハワーになります。このアイゼンハワーは山川出版社の平成11年版「詳説 世界史」にも書いてあるのですが、ノルマンディーに上陸後、ヨーロッパ戦線の連合国側の指揮をふるったようです。その過程でホロコーストへの食料等の補給路を破壊した、とリチャード氏は言っているのです。

この上記の記述だけをとってもホロコーストは存在しなかった、と言えるほどの内容と言えます。となるとヒットラーは本当はしていないのにホロコーストにおいて大量虐殺の芝居をした、ということになります。ではなぜそんな芝居をしたのか?

ここでその答えをこの「リチャード・コシミズの未来の歴史教科書」をもとに記したいところですがこれを記すとかなり話が長くなってしまうのでここで筆を置きたいと思います。

ただひとつ言えることはこういった我々が小・中・高校の歴史の授業で教わってきたことの多くが捏造された歴史である、ということです。リチャード氏はそのことをだいぶ前から言い続けていました。

こういう話をすると、‘ああ、あんたは要するに典型的な陰謀論者ということでしょ?’と言われる方もいると思います。しかし人類の歴史は陰謀の連続だ、と言っても過言ではないと思います。人は当然、金と権力を握ればそれを利用してさらなる金と権力を手にしようと思うのではないでしょうか。

しかし陰謀を働いた人間はそれを史書として残すわけにはいかないわけです。なんとか上手く言いつくろって正当性を民衆に誇示していかないとその民衆によってデモが起こされるわけです。それを防ぐために上述したような歴史を捏造して、世界中の人間を騙し、洗脳して1部の連中だけがカネと権力を掌握するための社会にしていこうとするわけです。

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日本の本当の建国者

本日、クリーニングとは関係がないのですが、「闇に葬られた歴史」副島隆彦 著 PHP研究所 刊 という本を読みました。この本はタイトルにあるように本当の歴史ではあるが無視(闇に葬られた)された歴史について記された内容の本です。

具体的な‘闇に葬られた歴史’として、織田信長を殺した犯人は明智光秀、というよりはその光秀が信長暗殺の首謀者たちの1人に過ぎず、主犯格は当時日本でキリスト教を広めていたイエズス会である、とか徳川家康は本当は当時(戦国時代)岡崎城主であった松平元康の子ではない、とか日本建国(668年)は華僑...が行なった、等々およそ小・中・高校の歴史教科書に記されていることとはかけ離れている内容が記されていて、仰天するものばかりでした。

この著作に全て記されている、‘闇に葬られた歴史’の全てが検証に値するものだったのですがここでは上記の、建国(668年)は華僑が行った、と副島氏が断言したことについて記したいと思います。

それはこの7世紀の日本において、今の官僚制度につながる律冷制度が確立した、という極めて重要とされる事実であると同時にその日本の礎を築いたのは倭人(土着の日本原住民)ではなく、元を辿れば中国に起因する‘華僑’がつくった、とする副島氏の検証は我々日本人にとって極めて認知していなければならない事実と考えるからです。極めて重要な‘闇に葬られた歴史’と言えるでしょう。

ではまず、山川出版社から出版されている高校用歴史教科書「詳説 日本史」2011年版からこの7世紀の律冷制度が確立されるあたりの記述を下に引用したいと思います。

<引用開始>

タイトル:律令国家への道

朝鮮半島では、唐と新羅が結んで660年に百済を、668年には高句麗を滅ぼした。難波から飛鳥へ戻った斉明天皇(皇極天皇の重そ)のもとで、倭は旧百済勢力による百済復興を支援するため大軍を派遣したが、663年に白村江の戦いで唐・新羅連合軍に大敗した。この後、新羅が半島の支配権を確立し676年に半島を統一した。白村江の敗戦を受けて防衛政策が進められ、百済からの亡命貴族を中心に大宰府の北方に水城や大野城、南方に基い城(互換できなかったのでひらがな表記)などがきずかれ、対馬から大和にかけて朝鮮式山城が築かれた。また664年には氏上を定め、豪族領有民を確認するなど豪族層の編成が進められた。中大兄皇子は667年に都を近江大津宮に移し、翌年に即位して天智天皇となり、670年には最初の戸籍である庚午年籍を作成した。

天智天皇が亡くなると、翌672年に、天智天皇の子の大友皇子と天智天皇の弟大海人皇子とのあいだで皇位継承をめぐる戦い(壬申の乱)がおきた。大海人皇子は美濃を本拠地とし、東国からの軍事動員に成功して大友皇子の近江朝廷をたおし、翌年飛鳥浄御原宮で即位した(天武天皇)。乱の結果、近江朝廷側についた有力中央豪族が没落し、強大な権力を手にした天武天皇を中心に中央集権的国家体制の形成が進んだ。

天武天皇は、675年に豪族領有民をやめ、官人の位階や昇進の制度を定めて官僚制の形成を進めた。684年には八色の姓を定めて豪族たちを天皇を中心とした身分秩序に編成した。また、律令・国史の編纂や銭貨(富本銭)鋳造、中国の都城にならった藤原京の造営をはじめたが、その完成の前に亡くなった。(後略)

<引用終わり>

これは簡単に言えば、天智天皇側と天武天皇側での権力争いの過程で現在の日本の中央集権体制の礎ができた、という内容になります。

そしてこの少し前にいわゆる645年に起こった、‘大化の改新’によって上記の天智天皇になる中大兄皇子が中臣鎌足と共に当時権力を握っていた聖徳太子の子とされる山背大兄王や蘇我入鹿を倒して権力を握ったわけですが、実はこの中臣鎌足は土着の日本人ではなくて韓人(朝鮮半島系の人)だと副島氏は著作の中で記しています。

というのは当時の日本に、百済から人質として(百済が倭(日本)と同盟関係を破棄した時に殺す、というニュアンスの人質か?)余豊しょう(互換できなかったのでひらがな表記)という当時の百済の義慈王の子にあたる人物が来ています。そしてこの余豊しょう は白村江の戦いに百済の王として戦いに挑み、敗れた後、敗走して消息不明となったということになっているそうです。

そして大化の改新で中臣鎌足は中大兄皇子と共に蘇我入鹿を倒してクーデターを成功させているわけですがこの時に倒された蘇我入鹿は、‘韓人が我を刺殺せり’、と言って絶叫した、と日本史書とされる「日本書紀」には書いてあるそうです。つまり蘇我入鹿を倒した中臣鎌足は韓人(朝鮮半島人)ということです。その韓人が副島氏は余豊しょう であり、よって余豊しょう が中臣鎌足だと断定しています。ゆえに聖徳太子を倒した中臣鎌足は韓人(朝鮮半島人)ということで、実は余豊しょう は上記のように消息不明にはなっていないということです。ちなみに副島氏は日本土着の倭人(日本人)とされている蘇我氏は華僑(中国人)、だと断定しています。

そしてこの天智天皇が亡くなった後、天智天皇の子(教科書ではとされている)大友皇子を、天智天皇の弟(と教科書ではされている)大海人皇子が倒し(壬申の乱)、天武天皇となります。

さらにここで副島氏はこの天皇になった天武天皇は蘇我氏につながる華僑(中国人)だと、この著作で記しています。これは驚きの事実です。上記のように山川出版社の2011年版高校用教科書の「詳説 日本史」では天武天皇は天智天皇の弟と記しています。これが本当だとすれば日本の歴史がひっくり返る、と表現しても言い過ぎではないくらいの事実です。前述の土着の倭人(日本人)とされていた中臣鎌足が余豊しょう という韓人(朝鮮半島人)である、という事実と同時に同じく日本史学界では土着の倭人(日本人)とされていた天武天皇が華僑(中国人)であると言っているのですから。

そしてさらに驚くべきことを副島氏はこの著書で記しています。それは何と、この天武天皇は聖徳太子の実の息子だ、と記しているのです。そしてさらにさらに、驚くべきことにその聖徳太子の正体は実は・・・・とここで記したいところですがすみません、これを書くともう1時間くらいかかってしまうので聖徳太子の正体については省略させて頂きます。もし知りたい方はこの「闇に葬られた歴史」 副島隆彦 著 PHP研究所 刊 の購入をお奨めします。

この天武天皇は官位の位階や昇進の制度を定めて、いわゆる今の日本の官僚制の基礎をつくり、八色の姓 を定めて天皇中心の国家体制にして銭貨(富本銭)を鋳造して日本の国を貨幣経済にしました。まさに今現在の日本の社会システムの礎を築いたのです。

もしこれらの事が真実であるとしたら今すぐ文部科学省は対策を考え、日本の歴史教育を根本から変えていかなければならない、と言っても過言ではない事実です。

ここで非常に重要なことは、日本という国はこの7世紀(実際にはそれより数百年前)から韓人(朝鮮半島人)や華僑(中国人)が来ていてしかも政治、権力の中枢にいて、さらには上述したように、今の日本の社会・政治システムの根幹をつくった、という事実です。つまり、はっきり言ってしまうと、この日本という国は古代からこの島国に土着していた日本人ではなく、朝鮮半島人や中国人がつくった、ということです。

聖徳太子が17条の憲法を制定し、その中で「和をもって尊しなし」という法律をつくって、それから国家としての日本が始まったとされ、今までずっと日本人の手で日本という国をつくったきた、とされる事実が嘘だったわけです。

しかし私は思うのですがちょっと考えればそれは当然、とも考えられませんか? たかが極東の島国で海に囲まれていて基本、外敵が攻めてきにくい地域的環境で、平和ボケしそうな環境であるのが日本という国。かたや中国や韓国は陸続きであり、お互いもしくはそれ以外の外敵と常に対面していて、攻める攻められるの攻防の繰り返しの中で生きている。そういった国の人たちが日本に来て、上手く日本人を使って、日本という国を治める、なんてこと十分あり得る話だと思いませんか。

上記の内容が真実かどうかは分かりませんが、我々日本人はただ闇雲に安倍首相が言っているような根拠のない‘愛国心’にすがることなく、本当の日本の姿、歴史というものを見つめ直す時期にきていると思います。

本当にクリーニングとは関係がないのですが日本という国と日本人にとって非常に重要なことだと思いましたので書かせて頂きました(⌒∇⌒)//。
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宇都宮けんじ

すみません、今日は掃除の話ではなく今行なわれている東京都都知事選の立候補者である宇都宮けんじさんについて記させて頂きたいと思います。

先ほどツイッターにその宇都宮けんじ氏の書き込みがアップされていました。分かりやすく7ツイートに分けて
アップされていました。東京都民の方は是非、他の候補者と比べて頂ければと思います。

<引用開始>

【ストップ安倍政権 杠鯒から、秘密保護法の強行採決、沖縄辺野古の海の埋め立て決定、靖国参拝による隣国との関係悪化、憲法を骨抜きにする集団的自衛権行使の容認などのきなくさい動きが続いています。宇都宮けんじ

【ストップ安倍政権◆曚海譴蕕旅饑レベルの政策に、都知事としてできることは限界があることはわかっています。一方で、都政でもできるもの、関係するものもあります。

【ストップ安倍政権】私は今まで、秘密保護法に反対し、これを廃止するため、みなさんとともに行動してきました。情報公開は民主主義の基本。市民参加に不可欠です。情報公開のモデルとなるオープンな東京をつくります。

【ストップ安倍政権ぁ杆文書の管理は、情報公開の基本。都民への説明責任には欠かせません。東京都公文署管理条例を制定し、都政に関する情報の隠蔽、廃棄を防ぎ、都公文書館の施設と機能を拡充します。宇都宮けんじ

【ストップ安倍政権ァ 現在の安倍首相の言動は、自らアジア諸国との対立を生み出し、紛争の火種をまいていると言わざるをえません。アメリカからすら「失望した」と言われ、国際的な孤立を招いています。

【ストップ安倍政権Α杪捷颪箸凌頼関係の醸成こそが安全保障の基本でしょう。 信頼関係の構築は、都市レベル、民間レベルでも可能です。 東京・ソウル・北京と三都の平和と環境保護のためのネットワークをつくることを提案します。

【ストップ安倍政権А杞颪危険な方向に行くときは、地方から声をあげることが重要。 沖縄県、名護市、神奈川県などに呼びかけ、「自治体首長会議」を立ちあげ、政府に対する要望、共同の研究・基地の被害実態調査活動をすすめます。

<引用終わり>

宇都宮けんじホームページ
http://utsunomiyakenji.com/

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