2014年04月

ユダヤ金融資本の日本支配の始まり

ここ最近、改めて世界を裏で操る、‘ユダヤ金融資本’の日本支配の始まり、について復習してみました。その復習内容を少し長くなりますが以下に記させて頂きます。

(引用開始)

(前略)19世紀、大英帝国はまさにロスチャイルド家が支配した時代だった。ロスチャイルド家の初代当主であるマイヤー・アムシュルは、フランクフルトで古銭商・両替商を営むユダヤ人だった(宮廷ユダヤ人という)。

sikumareta1彼は当時のヘッセン帝候に取り入って財を成し、ロスチャイルド財閥の基礎を築いたのだ。

マイヤー・アムシュルは、5人の息子にヨーロッパ大都市を任せて'金融と情報のネットワーク'を築いた。これは遠くは1096年誕生のテンプル騎士団(シオン修道会)、それと1776年にヨーロッパの諸都市でできたイルミナティ=フリーメイソン(神学者のアダム・ヴァイスハウプトが創立者)のネットワークを模倣したもので、為替と地下銀行のネットワークでもあった。

ロスチャイルド家の兄弟たちは、それぞれの拠点都市政府や貴族たちに金を貸した。そして政治を裏で操り、一族で団結して世界を金融で支配したのである。

sikumareta2幕末に日本を強行開国させたのはアメリカだが、実際に進出してきたのは、ロスチャイルドのロンドン家を中心とした上海のイギリス商人たちであった。このとき、イギリスは宰相グラッドストーンとディズレーリが競合し合った時代である。(注:3男のロンドン家当主のネイサー・マイヤー・ロスチャイルドのこと)ネイサンの息子で、ロンドン家2代目当主ライオネル・ロスチャイルドが、彼ら宰相たちを操っていた。

そして金(きん、小判)を流出させ、忠実な子分たちを育て、日本を‘イギリスの属国' にした。

ライオネルは伊藤博文、井上馨ら5人(最近は'長州ファイブ'と言う)をロンドンに呼んで育てて、このあと日本の最高指導者にしたのである。

そしてライオネルの息子でロンドン家3代目当主がナサニエル・ロスチャイルドである。松方正義、高橋是清を育てたのがナサニエルだ。

1905年(明治38年)の日露戦争はこの頃である。(後略)

(引用終わり)

この引用文は 「仕組まれた昭和史 ---- 日中・太平洋戦争の真実 」副島隆彦 著 日本文芸社 刊 という本の巻頭の項の部分の引用文になります。尚、これは劇画(漫画)スタイルで書かれているものなのですが文字だけ引用しても理解出来るので引用させて頂きました。

つまりこの引用文から分かるように日本は明治初期から、というか明治維新さえも含めて欧州やアメリカのユダヤ権力(ロスチャイルド財閥やロックフェラー財閥等)によって支配されていたことになります。

また、副島氏はこの引用文の後で1904年に起こった日露戦争もロスチャイルド財閥が裏で日本に資金供与して戦争遂行を後押しした、と記しています。これはイギリスがロシアの極東での支配を阻止するために日本とロシアを戦わせ、日本に勝利させて極東地域でのロシアの力を削ぐのが目的です。また、あの日露戦争における日本海海戦は実は東郷平八郎や秋山真之ではなく、イギリスの観戦武官が戦争の指揮をとっていた、とさえ記しています。

長州ファイブなどと言われた伊藤博文や井上馨などの5人が欧州へ行き、憲法等を勉強して日本へ帰り、日本の近代化に貢献し、その後に起こった日露戦争で日本は大国ロシアに勝利した、と我々は近代日本史を教えられてきましたがこれらのことはユダヤ金融資本であるロスチャイルド財閥が裏で日本にやらせたということです。

ここでもう一つこの幕末から明治時代にかけてユダヤ金融資本が日本支配の始まりを表す事実が、「新しい歴史教科書」リチャード・コシミズ 著 自費出版 に記してありましたのでその文を引用したいと思います。これはジョン・万次郎について書いてあるのですがこの、ジョン・万次郎という人物は江戸時代末期に漁にでて遭難し、鳥島でアメリカの捕鯨船に乗せられ、アメリカヘつれて行かれ、その後帰国し、当時の日本国内に世界情勢を伝え、日本の開国を大きく進めた人物とされています。尚、吉田松陰も世界情勢を知るためにアメリカ船ヤロシア船に乗り込む際、前例のジョン・万次郎のように恩赦を受けてアメリカなどに行かせてもらえる、と期待して外国船に飛び込んで直訴した、ということが「知られざる吉田松陰伝」吉田みどり 著 祥伝社 刊には記してありました。では以下に記します。


(引用開始)

(前略)米国マサチューセッツ州ニューベッドフォード港の捕鯨船、ジョン・ハラウンド号の船長、ホイットフィールドは、鳥島のアホウドリの卵を乗組員たちに食わせてやりたいと思った。そこで船を鳥島に近づけた。すると、日本の漂流民らしき数名が助けを求めている。彼らを収容し、鯨の漁を続ける。14歳の万次郎はよく働く。船長はこの極東の少年を痛く気に入ってしまう。乗組員も少年をジョンと呼んでかわいがる。途中で万次郎以外の4人をハワイでおろし、1843年5月、船はマサチューセッツの母港に帰る。ホイットニー・フィールド船長は、万次郎を養子にして学校に通わせる。バーレット校で高等数学、測量術、航海術、造船を学ぶ。主席で卒業したという。この間、ウォーレン・デラノなる実業家にかわいがられることになる。デラノは、万次郎の才能を絶賛する。

万次郎が米国で学んだ科学は、のちに大いに役立つ。なにしろ、船酔いで寝込んでばかりいた咸臨丸の船長、勝海舟に代わって船を操舵し、嵐を乗り切ったのは、航海術を身につけた万次郎だったのだから。

shock20007「なんて頭のいい東洋人だ。私の子供同様に扱おう。日本という国への興味も掻き立てられた。中国に進出する際にも日本は中継地点として是非確保しておきたい。万次郎を育てて、これから我々米国ユダヤ層のために働いてもらおうではないか。」

(中略)万次郎は、カリフォルニアの金鉱で金を掘って資金をため、小船を買って捕鯨船に便乗させてもらう。1851年、捕鯨船アドベンチャー号は、琉球の近くで万次郎を下す。万次郎は櫓を操って琉球海岸に上陸する。上陸の報はすぐさま琉球を支配する薩摩藩の役人に伝えられる。厳しく吟味され、薩摩藩の本拠地、鹿児島に送られる。

さて、なぜ、「琉球」なのか? 琉球は古くから貿易で栄えた土地であり、外国shock20008人との接触に慣れている。この琉球に上陸するのが一番受け入れられやすいと判断したのだ。そして、琉球の宗主国である薩摩藩もまた密貿易に従事してきたがゆえに、「話がわかる」連中がいると見込んだのだ。

事実、万次郎の漂着は、藩主、島津斉彬の目に留まり、直々に外国情報を説明させられる。幕府は万次郎を長崎奉行所に呼んで尋問する。報告は江戸城に送られる。次に土佐藩主、山内容堂に請われて土佐に里帰りする。ここでも外国情報を根堀り葉堀り聞かれる。つまり、明治維新の立役者だった薩長土肥のうち主導的立場だった薩摩と土佐の殿様が万次郎から直接海外情報を入手したのだ。藩主が触発されれば、家臣たちも興味津々で国の外のことを知りたがる。琉球に漂着した一介の土佐の漁師の小せがれが、薩長土佐を動かし、明治維新の原動力となっていくのである。

山内容堂公の命で、土佐随一の知識人、川田小龍が取り調べに当たり、後日、漂巽紀略(ひょうそんきりゃく)をまとめる。この書が、川田の私塾で教科書として採用される。坂本竜馬や中岡慎太郎がここで学ぶ。竜馬の世界観は万次郎に拠るところが大きい。明治維新の立役者であった薩摩と土佐に、万次郎がどれだけの影響を与えたことか・・・・

さらには、老中主席阿部伊勢守が万次郎を召喚する。やはり、外国事情を直接聞くのが目的だった。そして、この阿部伊勢の守こそが、日本開国を現実のものとしたキーパーソンだったのだ。万次郎の話は、老中主席を動かし、開国がなった・・・・(後略)

(引用終わり)

この引用文は漂流したジョン・万次郎が日本国内で海外情勢を伝え、それによって江戸幕府が‘開国止む無し’と判断することになったことについて記したものです。万次郎が当時日本を揺るがすくらいの力を持っていた薩摩藩、土佐藩そして幕府にまで海外情勢の情報を伝えた、という事実は日本を開国に導いた、と言えそうです。

そしてここで重要なのは万次郎がバーレット校で勉強している期間にウォーレン・デラノなる実業家にかわいがられることになる、というところです。このウォーレン・デラノという人物は有名なフランクリン・デラノ・ルーズベルトの祖父になります。そしてこのルーズベルト家というのはユダヤ人なのです。

これが何を意味するのか。要するにジョン・万次郎という人物はユダヤ金融資本のルーズベルト家の手先となり日本を開国させるように仕向けた、ということです。万次郎が琉球に漂着してから江戸幕府は日米和親条約や日米修好通商条約といった‘関税自主権がない’とか‘治外法権の適用’といった明らかに不公平な条約を欧米諸国(ユダヤ金融資本など)と結ばされます。こういった万次郎漂着後の日本の外交の動きを考えれば、そう考えるのが自然でしょう。

まさかこの事実を「いや、そんなことはない、ウォーレン・デラノが親切に、単純に、万次郎が素晴らしい人物だったから、万次郎を養子にして学校に通わせてバーレット校で高等数学、測量術、航海術、造船を学せてあげたのだ。」と考えるのであれば、それはあまりにも単純思考と言うべきしょう。

そしてこの後、前述したようにロスチャイルド財閥が伊藤博文や井上馨などを教育して意のままに操ったのです。それが日本の明治時代です。ちなみに、先日も触れさせて頂きましたが、この伊藤博文が幕末期に孝明天皇を暗殺し、長州の大室寅之祐を明治天皇にでっち上げた、と「天皇のロザリオ」成甲書房 刊 で鬼塚英昭氏は記しています。

そしてこの後大正、昭和となってもロスチャイルドやロックフェラー財閥が日本政治の裏で暗躍して操り、太平洋戦争にも影響を与えていくことになるのです。

さらに平成の今日に至ってもこのロスチャイルドやロックフェラーなどのユダヤ金融資本は日本に影響を及ぼしている、というかさらにその影響の及ぼし方が巧妙になり、大きくなっていて結果、安倍晋三という不正選挙をもって偽総理大臣をやっている人物が日本人の生活を崩壊させ、ユダヤ金融資本の言いなりになっているということです。

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故中川元財務大臣抹殺会見

私のフェイスブックの友達が2009年の故元中川財務大臣のいわゆる「泥酔会見」のリンクを貼っていました。私も当時はこの中川昭一氏の「泥酔会見」を非常に謎に思い調べたらやはり裏社会による抹殺事件であることを確信しました。そのリンクページは

http://www.rui.jp/message/28/60/57_f82a.html

になりますがここに出てくる読売新聞経済部記者の越前屋知子、ブルームバーグの下戸井京子、日本テレビの原聡子、財務省の玉木林太郎と篠原尚之の5人の名前はこの中川元財務大臣の「朦朧会見」のすぐ後に出版されたジャーナリストである副島隆彦氏と植草一秀氏の対談本の「売国者たちの末路」副島隆彦・植草一秀 著 祥伝社 刊 という本の‘中川昭一薬盛られ疑惑’の項でも出てきます。この本のその部分を以下に記します。

(引用開始)

(この前に毎日新聞が会見前に上述した越前屋知子、下戸井京子、原聡子の3名が行った中川氏への取材の席で、何かが起こった可能性を示唆した記事あり)この記事に書かれている「同行した女性記者」とは、読売新聞経済部記者の越前屋知子氏と日本テレビの原聡子と、それからブルームバーグの下戸井京子氏です。この3人の中で越前屋記者は、財務省の玉木林太郎国際局長と非常に親密な関係だと言われています。

それで、この会食のあと、中川昭一大臣が、泥酔状態というよりも一種の記憶喪失状態となって、失態を演じるようなことが起きた。おそらく彼のワインの中に、抗うつ剤のハルシオンというのを入れられたのだろうとインターネット上で噂されました。このことに対して当事者も関係者も一切反論しようとしない。

玉木林太郎は財務省国際局長で、その上に財務官の篠原尚之氏がいます。その篠原財務官は、まさに2月14日のG7の記者会見の席にいて、中川昭一の横に座っていました。そこで何食わぬ顔というか、ちょっと否んだような表情をしている。

彼らはアメリカにお金を貢ぐ係の財務省官僚ですから、大きく言えば大場智満氏の系統(旧国金局)だと思います。大場系統の、日本のお金をアメリカに貢がなければならない人たちが、直接の実行部隊となって中川昭一を陥れた。中川昭一は大臣就任当初の2008年9月から、緊急のG7の公式の場で、何度もアメリカに「世界的な金融危機に陥った責任をとれ」と苦言を相当呈したようです。アメリカの高官がこれを不愉快に感じたようです。(後略)

(引用終わり)

この引用文にある‘インターネット上での噂’というのは私も見ました。それはこの中川氏の泥酔会見の数ヶ月後だったのですがそこには、越前屋知子氏が知り合いに確か電話で、「明日の記者会見、おもしろいことが起こるわよ」と話していた、ということが誰かによりネット上にアップされていたものでした。また、他には、「犯人は越前屋知子でちゅ〜」といった書き込みも目にしました。

つまりはこの「泥酔会見」が行なわれた後すぐに中川氏が読売新聞記者の越前屋知子氏に薬を盛られたことが多くの人に知れわたっていたことになります。これは当人の越前屋知子氏はもちろん、読売新聞にとっても非常に不名誉なことであり、もし違うのであれば当然訴えるべきレベルのことです。ですが全くそういったことは起こってません。おそらくこの‘越前屋知子による薬盛り説’が事実であるがゆえにあまり世間に目立つ行動が取れないのでしょう。

ちなみに中川氏はかなりの酒豪らしく、ワインをちょっと飲んだくらいで酔いつぶれることは考えられないということです。

そしてこの中川氏の飲んだワインに薬を盛ったとされる越前屋氏はこの記者会見の後も何らお咎めもなく、普通に読売新聞社で働いている、ということを私がこの会見の後に聴講したこの「売国者たちの末路」の著者である副島隆彦氏の講演で副島氏が言っていました。

これが日本の政治家の現実です。何かちょっとでもアメリカ(ユダヤ金融資本等)に逆らったら政治生命、いや場合によっては命まで狙われるのです。

この「泥酔会見」の後、中川昭一氏は自宅にて自殺(?)したことになっています。さらに言えば、この中川氏の父である元農林水産大臣だった中川一朗氏もホテルのバスルームで自殺(?)したことになっています。

この中川昭一氏の父である一郎氏については私はあまり知らないのですが、この中川一郎氏は自他ともに認める熱烈な国粋主義者で頑固な反共主義者だった、ということです。熱烈な国粋主義者であった、という事実を考えれば、昭一氏と同様にアメリカに対して抵抗、反論等をしていた可能性は考えられます。いずれにしても国の事を真剣に思う2人の親子の政治家が続けて自殺する、という事実は尋常ではありません。この国のことを思う代議士親子の自殺に関しても何か裏がある、と考えるのが普通でしょう。

しかし今となってはこの中川氏の「泥酔会見」の謎は闇に葬られようとしています。ですがこのまま‘中川氏薬盛り疑惑’は我々日本国民は全体に忘れてはならないし追求しなければいけないことです。なぜならアメリカ(ユダヤ金融資本等)は我々がその陰謀・疑惑を簡単に忘れ去ることにより次の陰謀を遂行しやすくなるからです。

 

戦争は昭和天皇(ヒロヒト)によって引き起こされた!!

本日、「天皇のロザリオ---- 日本キリスト教国化の策謀紂弋環猶兢 著 成甲書房 刊 という本を読み終えました。この本は先日の6日に私を含め独立党員数名と東京高裁において、‘不正選挙裁判’で共に闘った犬丸勝子氏が、日本社会の病巣の根源があると思われる、山口県田布施町について記した際に、「伊藤博文が孝明天皇を殺し、大室寅之祐を明治天皇にでっち上げた」、ということについて記す際に引用させて頂いた本になります。
 
ですが今日はこの同著を、「天皇に戦争責任はある、というよりむしろ主犯格」、という視点で引用したいと思います。
 
いわゆる太平洋戦争と言われる戦争で‘日米開戦’を決定づけたものとして、‘御前会議’がよく取り上げられます。この御前会議は言うまでもなく、昭和天皇(ヒロヒト)の御前で日本軍部の上層部が日米開戦について会議を行い、当時のアメリカとの開戦を決定づけた、とされるものです。この会議において天皇の御前で軍部の人たちが会議を行い、‘日米開戦’を決定して昭和天皇にしぶしぶ承認させた、と一般的にはよく言われていますがどうも真実は違うようです。
 
この著作で著者である鬼塚氏はその真実を暴露していますが、それを記すにあたり数え切れないくらいの著作を鬼塚氏は読破し、検証して、この著作で多く引用した上で真実を暴露しています。このことから鬼塚氏が引用している著作のジャーナリストや日本史研究者も鬼塚氏と同じ見解もしくはそれに近い見解を示している、といえます。
 
ではその‘御前会議’の真実とは何なのか、以下にその御前会議について記してある箇所をこの著作から引用したいと思います。
 
(引用開始)
 
タイトル:御前会議
 
1941年(昭和16年)9月6日、午前10時から12時まで、昭和天皇が出席し、「帝国国策遂行要領」に関する御前会議が開かれた。主な出席者は近衛内閣総理大臣、豊田外務大臣、東条陸軍大臣、及川海軍大臣、杉山参謀総長、永野軍令総長、原枢密院議長、他6名。
 
この御前会議で米英との具体的な戦争に入ることが決定した。原枢府議長が会議を司会し、豊田外相が戦争に入る可能性について説明した。また、及川海相が戦争準備について語った。この及川海相の答弁の後に天皇が立ち上がり、語りだしたのである。「杉山メモ」の原文のままを記すことにする(参謀本部編「杉山メモ」より。カタカナをひらがなにした)。
 
9月6日
 
御前会議席上 原議長の質問に対し及川海軍大臣の答弁あり。其後
 
御上(昭和天皇): 事重大だから両統帥部長に質問する。先刻原がこんこんと述べたのに対し両統帥部長は一言も答弁しなかったがどうか。極めて重大なことなりしに統帥部長の意思表示なかりしは自分は遺憾に思ふ。私は毎日、明治天皇御製の、
 
四方の海皆同胞と思ふ代になどあだ波の立騒ぐらむ
 
を拝謳して居る。
 
どうか。(後略)
 
(引用終わり)
 
この昭和天皇が読み上げた歌をもって後世に昭和天皇は、‘戦争には本当は反対で、平和主義者だ’、と日本史家の人たちは確信してきた、と言われています。つまりこの昭和天皇が歌った歌は、平和の歌ということです。しかしこの歌が本当に昭和天皇が平和を思って歌った歌ではなく、むしろ戦争を煽った歌だと鬼塚氏は指摘しています。私にもそう思えます。
 
しかしそのことより重大な事実があります。それはこの、‘日米開戦’につながったとされる御前会議のその前日の9月5日にも実は戦争の作戦会議がありました。これは昭和天皇が御前会議に出席したうちの陸海統帥部長の2名(杉山参謀総長、永野軍令総長)を当時首相であった近衛文麿首相の立会いのもとで御下問しているのです。その昭和天皇が御下問する様子の1部も同著作に記してあったので以下に引用します。
 
(引用開始)
 
御上(昭和天皇):南方作戦は予定通り出来ると思ふか
杉山(参謀総長):右に対し馬来比島等の予定作戦を奉答す
御上:予定通り進まぬ事があるだろう。5け月と云うがそうはいかぬこともあるだろう
杉山:従来陸海軍で数回研究して居りますので大体予定通り行くと思ひます
御上:上陸作戦はそんなに楽々出来ると思ふか
杉山:楽とは思ひませんが陸海軍共常時訓練して居りますので先ず出来ると思ひます
御上:絶対に勝てるか(大声にて)
杉山:絶対とは申し兼ねます。しかし勝てる算のあることだけは申し上げられます。必ず勝つとは申上げ兼ねます・・・・
御上:あゝ分かった(大声にて)
 
(引用終わり)
 
これは昭和天皇が日本軍の作戦が上手くいくのかどうか、を杉山参謀総長に問いただしている様子です。この杉山参謀総長がその時に記した‘杉山メモ’といわれるものに書かれているものです。昭和天皇は杉山参謀総長に問いただしているのです。この引用文を読めばそれはわかります。あきらかに昭和天皇が作戦を計画する上で上下関係でいうと完全に上で、杉山参謀総長に問いただしているのです。
 
我々は小・中・高校などの歴史の授業で大東亜戦争は日本軍の暴走によって引き起こされた、と教えられてきました。昭和天皇の戦争への関与は全く教えられてこなかったのではないでしょうか。少なくても私は昭和天皇の大東亜戦争への関与について学校の歴史の授業で教わった記憶がありません。
 
つまり昭和天皇に戦争責任があるかどうか、という議論は今までされてきましたが、戦争責任がある、どころか‘昭和天皇は大東亜戦争の主犯格!’と言えそうなのです。
 
我々は大東亜戦争の一番の主犯格を挙げるとすれば多くの人が東条英機を挙げるのではないでしょうか。少なくてもそのように学校で教えられてきました。その点について鬼塚氏はこの著作で、東条はあくまで昭和天皇の命令に従って戦争を遂行しただけで主犯格ではない、というかむしろ真面目に昭和天皇の言うことを聞いたに過ぎない、と記しています。しかもそれどころかよく我々が大東亜戦争の話を聞く時に、‘日本は大本営が戦争へ導くように発表するのに従って突き進んだ’、といった話を聞かされます。ですがこの著作によればその大本営というのは皇居内にあったということです。そして御前会議というのは天皇の御前で行なう会議です。つまり昭和天皇が積極的に大東亜戦争を遂行した、ということです。
 
そしてこの度々行なわれていた天皇主導の大本営会議には東条英機は一度も出席していません。この著作によると大本営のメンバーというのは、昭和天皇、杉山参謀長、永野軍令部総長とこの2人の部下たちで構成されていて、連日のように大東亜戦争の机上プランを練っていたということです。東条英機や日米開戦の引き金を引いた山本五十六や米内光政はこの大本営のメンバーではないのです。
 
そして東条英機が大東亜戦争の主犯ではない事実が以下の戦後、東条英機がA級戦犯としてGHQから尋問された時の様子を記した引用文からも確信できます。引用します。
 
(引用開始)
 
(前略)1946年1月、元首相東条英機は巣鴨拘置所にてフィーリーによる尋問を受けた。以下、問はフィーリーで答は東条である。
 
問:初代天皇の言葉だという「八紘一宇」のスローガンがありますか。
答:はい、あります。
問:それは日本の軍国主義者と、日本の膨張を望んでいた国民のスローガンだったのですか。
答:そのように使われました。
問:満州事変の前の1925年-31年、そしてその後も、そのスローガンを唱え、日本がその通りアジア、太平洋に膨張すべきだと信じていた陸軍将校たちがいたのですか。
答:この思想は国民に誤解された。実は精神的な意味だった。日本国民はそのスローガンを間違って解釈した。私や他の責任者はこのスローガンを四方にあまねく徳を広げ、他国との関係を徳で守るという、精神的な意味で使ったのです。
 
(引用終わり)
 
このフィリーという尋問者の尋問に対しての東条英機の答弁が本心のものであったならば東条は本当は戦争推進者ではなかった、と言えます。それは大本営会議のメンバーでなかったという事実も合わせて考えればなおさらのことです。ではなぜ東条英機は大東亜戦争の主犯格、と我々が教わってきた歴史ではされているのか? それはこの著作によれば戦後、GHQの処罰の対象となることを恐れた昭和天皇が自分の戦争責任を東条に全部負わせたということです。
 
GHQも当初は昭和天皇をA級戦犯として裁こうとしていました。ですが天皇自身が東条やその他の軍人に責任転嫁しながらいろいろとGHQにいい印象を与えて責任逃れをし、またGHQも途中から昭和天皇を日本国民の象徴として生きさせた方が戦後の日本支配が上手くやれる、と判断し、天皇を処罰の対象にしなかったのです。
 
私はこの「天皇のロザリオ ---- 日本キリスト教国化の策謀」を読んで天皇家というのが実は日本の歴史に、特に戦争遂行(日清戦争以降の戦争全て)において、非常に影響を及ぼしていることを知りました。そしてその天皇中心の王政という要素にロスチャイルドやロックフェラーのユダヤ系財閥が関わって明治以降の日本国の姿が出来上がっていくわけです。つまりいわゆる、ユダヤ金融資本とかCIAとかが本当は日本を支配しているとしても、天皇家というものも調べて考察していかないと日本という国の真実は見えてこないと思われます。
 
そのことを踏まえた上で最後に、ここまで上述した内容が記されている、「天皇のロザリオ ---- 日本キリスト教国化の策謀」のその段で鬼塚氏が最後に書かれている文章を以下に記します。
 
(引用開始)
 
9月6日の御前会議で天皇が発言する場面をもう一度読んで欲しい。
 
天皇が、「両統帥部長は一言も答弁しなかったがどうか」と両統帥部長に語るところである。天皇は首相をはじめ、すべての国務大臣を無視し続けている。9月5日(御前会議の前日)、杉山が天皇に「半年や1年の平和を得ても続いて困難が来るのではいけないのであります」と言う。天皇はその翌日の御前会議で、豊田外務大臣が説明する平和について聞くだけである。半年や1年の平和について、関心を示すことはなかったのだ。
 
天皇が側近でかためた大本営には、首相でさえ参加することができなかった。天皇は軍閥と財閥が複合体をつくり、二・二六事件が発生したことに危機感をおぼえた。そのために、軍閥と財閥の力をそぐために、外部に彼らを脅す組織が必要となった。
 
頭山満と徳富蘇峰が朝日新聞と毎日新聞で論陣を張ったのも偶然ではない。一党独裁体制ができたのも偶然ではない。頭山満の子分(あえてこのように書く)の広田弘毅が首相になったのも同じように偶然ではない。御前会議は単なる儀式のようなものであった。すべては天皇主導の大本営で決まっていた。
 
皇道派と統制派とかで陸軍を考えようとするから分からなくなる。天皇直属の大本営こそ、日本国家最大にして最高の暴力装置であったのだ。
 
あえて書こう。ここから恐怖が流れ出した。そして多くの日本人が殺された。どこにいる人間が叫んでいるのか? 平和天皇論を叫ぶ人間の正体は暴かれるべきではないのか。

論点をずらした '小保方叩き' の報道

え今、理研の小保方論文の信憑性が世間で問われている、というか日本のマスゴミが‘小保方叩き’をしている。

 私には真実は分からないがどうも日本のマスゴミの裏で裏社会がまたマスゴミに偏向報道させている気がする。

 ジャーナリストの植草一秀氏のブログ 
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/post-d73f.html 

 を読んで私はその考えがさらに強まりました。植草氏はこのブログで、「理研は小保方氏に論文の信憑性について調査した、と言っているが何を調査したというのか?」と理研がろくに調査していないことを指摘しています。

 小保方氏は涙ぐんでまで自身が発見したSTAP細胞の存在を主張しているがもし理研がちゃんと、というか普通に論文に再度目を通して小保方氏に問いただせばその信憑性は簡単に証明されるはずです。だがそんな事すら理研はしていない。

 なぜ理研はそんな事もしないのか? 理研にしたらむしろ小保方論文を肯定したい立場ではないのか。小保方論文を否定して、謝罪したくないに決まっている。だがあっさりと身内の小保方氏の論文をろくに調査もせず、否定し、謝罪会見を行なった。

 9日付けの東京新聞朝刊には小保方氏が、‘自身のSTAP細胞関連の写真と間違って科学雑誌「ネイチャア」の写真を論文に掲載してしまった’ と記してあった。だとすれば小保方氏が撮ったSATP関連の写真があるはず。理研はそれを見せるように言えばいい。だが理研はそんなことすらしていない。

 ところで私は昨日、ユーチューブの小保方論文に関しての、今では ‘裏社会の回し者’ とレッテルを貼られている、科学者の武田邦彦氏のこの事に対しての見解の動画2つほどを見ました。見ていましたが途中でアホらしくなって見るのをやめました。その内容はかなりの時間を、 ‘論文に対するアメリカと日本の評価の仕方の違い’ に使っていました。完全に論点がずれていて見続ける価値がない、と判断したからです。

 武田邦彦氏といえば反原発の急先鋒の科学者です。もうこの武田氏を知らない人はいない、と思えるくらい 、放射能の危険性を訴えるかたちでTVにでている。この武田氏が自身も生涯にわたって論文を書いてきた経験から、「マスコミの小保方バッシングはおかしい」としながらもその動画のかなりの尺を「日本の学会とアメリカの学会の違い」に使っていた。そして肝心の小保方氏のSTAP細胞の信憑性には全くと言っていいほど触れていませんでした。

 もちろんこの武田氏だけではなく、日本のマスコミ全体がどうもこのような感じで、STAP細胞の信憑性を突き詰める報道ではなく、どうでもいいことにかなりの尺を使って報道しています。

 ちなみに、主婦層などに「放射能の危険性」を煽ってかなりの人気を博した武田邦彦氏はもともと原子力委員・安全委員会の委員をしていた人です。そして確か2006年のその原子力委員会の、原子力発電の危機管理の会議で、他の委員が、原発が震度6までの揺れまでにしか安全が保障できないが良し、とした中で、唯一1人、反対した人だ。この事は武田氏自身が自身の著作に書いているし、ジャーナリストの副島隆彦氏との対談でも言っているし、その対談本も出ている。

 ここまではいい。「放射能の危険性」を煽って日本国民を恐怖の底に陥れたことの良否はともかく、筋は通っている。

 が、しかしです。武田氏は一時期、原子力委員会を辞めていますが311東日本大震災が起こった後の5月25日に原子力委員に復帰しているのです。

 日本のマスゴミにしょっちゅう登場しては「放射能は年間1ミリシーベルトでも危ない!」、などと放射能の恐怖を煽り立て続けているのに東日本大震災が起こったその年の5月には原子力委員に復帰しているのです。一応記しておきますが原子力規制委員ではありません。原子力委員会の原子力委員です。

 さらにこの武田氏には現在、「放射能は1ミリシーベルト/年 の被爆でも危ない!」と声高に言い続けているにも関わらず、意外な、というか信じられない過去があります。その武田氏の過去について、「放射能のタブー」副島隆彦著 KKベストセラーズ 刊 に記してあるので以下に記したいと思います。

 (引用開始)

 (前略)武田邦彦というのは本当に食わせ者である。彼は旭化成にずっと勤めて、43歳で濃縮ウラン研究所長になっている。ウランを濃縮して、核兵器3個分をつくった男であり、それが彼の唯一の業績である。この濃縮ウランがその後、フランスに売られたかどうか、自分は知らないと武田は私に語った。この業績で原子力協会特別賞までもらっている。だから彼は原子力委員・安全委員の専門委員を10年間していたのである。口ではなんだかんだ偉そうなことをペラペラ言う男だが、正体はこのように、元々が体制寄り、権力寄りの男である。それが今は「反原発」の「コワイコワイ派」の代表のひとりである。私はケンカ対談をした時に、即座にこのことを見抜いた。「武田さん、あなたは新体制派ですね」と言った。反原発が急にもてはやされる時代になったので、変わり身すばやく‘反原発の旗手’に成りおおせた男だ。この武田邦彦を今も上手に操っているのは東電原発推進派で、御用学者の頭目の小宮山宏らであろう。だから、実に奇怪なことに武田は(注:2011年の)5月25日に原子力委員に復帰している。彼らが今の日本の真の悪党たちである。武田邦彦は、小出裕章とともに最大で200万人の恐怖に怯える愚かな主婦たちを煽動して集団ヒステリーに陥れた張本人である。この男はそれまでは自分のことを「安全な原発の推進派」と名乗っていた。反原発に豹変した自分を毛嫌いする原子力推進派への恨みを込めながらも、自分の生き残りを賭けて汚らしい転向(態度変更)をして、コウモリのような人生を歩んでいる男である。私はこの男には今も軽蔑の感情しか抱かない。もう一度ケンカ対談をやりたい。生き方上手のヌメヌメした、チャランポランの、要するに、世の中に向かってシニック(冷笑的)な言葉を吐き続けることがピッタリと自分の性格に合っている男である。(後略)

 (引用終わり)

 この記述文を読んで信じられない主婦層の方々も多いのではないでしょうか。TVなどのマスゴミにさんざん出てきて、「放射能は1ミリシーベルト/年 の被爆でも危ない!」などと声高に叫び、小さい子供をもった主婦の方々の‘放射能相談’まで行い、「子供に(放射能を浴びた)学校の給食を食べさせず、弁当を持参した方がいい」などとアドバイスしているこの武田邦彦氏が実は原発推進派で、核兵器を3個つくり、その業績が認められて原子力協会特別賞までもらっているのですから。

 このような人物の武田氏が今、上述したように小保方論文騒動で完全に論点をずらした見解をマスメディアに頻繁に出て言っている。それに日本のほとんどの他のマスコミも同時にこれまた論点を完全にずらした報道をしている。挙句の果てに小保方氏をフォローしてもおかしくない理化学研究所がろくに調査をせず、小保方氏への聞き取り調査すらまともにやらずあっさり非を認めている。これら今の日本の状況はおかし過ぎます。何か特定の方向へ情報操作している可能性が感じられます。

では誰が何のためにこのような情報操作をしているのか? やはりユダヤ金融資本等の連中の仕業かと思われます。もちろんその連中のうちの医療関係の連中が日本のマスコミを操作している可能性が大、と思われます。アメリカン・ファミリー、アリコ、プルデンシャルなどのユダヤ系の企業はSTAP細胞の発見によって間接的に経営に打撃を受ける可能性があります。若返りの可能性まで期待できるような細胞をつくり出すことができれば人類の健康増進に寄与することは間違いないからです。もちろんユダヤ金融資本の連中以外の組織が偏向報道をさせている可能性もありますが日本のバブル経済崩壊後のユダヤ金融資本の連中による日本の金融資産の強奪や日本の保険市場におけるシェア強奪等今までの ' ユダヤ金融資本' の連中が日本でやってきたことを考えると普通はそう考えてもおかしくありません。
 
人間が健康になったらユダヤ系の医療関連の企業の売り上げが下がり金儲けができなくなる。だから日本のマスゴミに‘小保方バッシング’の報道をさせ、理研には‘論文取り下げ’をさせる。十分考えられることだと思います。

 いずれにしてもマスゴミのおかしな報道、理化学研究所の不自然な動き、そして武田邦彦氏の論点がずれた見解表明等の事実から何か裏がある、と考えるべきでしょう。

天皇家は本当に万世一系の血筋なのか?

先日、私も含めた独立党員数名と昨年7月21日の参議院選挙における不正選挙を訴えて‘不正選挙裁判’を東京高裁で起こした犬丸勝子氏が、安倍首相が‘笑っていいとも’に出演したのは、今の日本社会の病巣の根源があると思われる山口県田布施のつながりによる、と動画で訴えていました。

その動画で今の日本社会の病巣の根源と思われる山口県田布施について上手くまとめられた1枚の画像がありました。その画像の左上のところに「明治天皇は大室寅之祐(寅吉)?!」と書いてありました。

天皇家というのは言うまでも無く神武天皇から続く由緒ある家柄、と一応されてきました。ですが犬丸氏はこの画像の左上のところに、「明治天皇は大室寅之祐(寅吉)?!」と記しています。一体どういうことなのか? 以下に「天皇のロザリオ---日本キリスト教国化の策謀紂弋環猶兢 著 成甲書房 刊 にその大室寅之祐についてありましたので記させて頂きます。

(引用開始)

(前略)江戸時代、天皇家は恵まれない生活をしていた。しかし、蓄財に励んだという記録はない。これは比較の問題で、明治、大正、昭和と続いた3代の天皇ほどは、という意味である。

ではどうして、明治、大正、昭和の3代の天皇は、異常というほどの蓄財を積み上げて(このことは逐次書く)、国家を敗北せしめたのか、を追及してみよう。悲しみの試みをすることは少し苦しいところでもあるのだが。

私は孝明天皇(私の注:江戸時代最後の天皇、つまり明治天皇の前の天皇)暗殺関係の本をたくさん読んできた。アーネスト・サトウの「日本滞在記」、大宅荘一の「実録天皇記」、中川宮の「朝彦親王日記」、中山忠能の「日記」、藤田覚の「幕末の天皇」・・・・。そしてついに疑問点は氷解した。孝明天皇はしぎゃく(変換出来なかったのでひらがな表記)され、睦仁親王も毒殺されたと信じている。そして、明治天皇は孝明天皇の実子ではなく、長州閥が用意した部落出身の、(南朝系でも北朝系でもない)大室寅之祐であることを確信した。孝明天皇をしぎゃくした犯人も、大室寅之祐を天皇にすえた犯人も、伊藤博文であったことも確信した。

天皇が部落出身であったがゆえに日本は大きく変わってきた。長州閥はドイツのルビウィッヒ・リースを招いた。リースは「ゲルマン民族優秀単一民族説」をとなえた民族学者であった。彼は、「大和民族は四方を海で囲まれた島国ゆえ、単一民族なり」と指導した。長州閥は1889年(明治22年)に東大史学会を作った。私が「四方の海」考で解説したあの明治天皇の御歌が、日露戦争を境にして「八紘一宇」のスローガンに利用されていく。久米邦武や田口卯吉らの「史学会雑誌」によって良心的な歴史学者は追放される。この東大史学会から、宗教としての国家神道が生まれてくる。部落出身の明治天皇を神のごとき存在にするために長州閥が考えた宗教である。(後略)

(引用終わり)

上記の引用文を読まれてかなり驚かれた方もいらっしゃるとおもいます。ここで書かれてることから大室寅之祐について書かれていることをまとめると、

・明治天皇は神武天皇から血を引く万世一系の天皇などではなく、全く天皇家とは関係ない部落民の大室寅之祐であった。

・その大室寅之祐を天皇に据えたのは伊藤博文

・その伊藤博文が万世一系の血を引く、とされていた孝明天皇を殺した。

ということになります。つまり犬丸氏が画像に記していた、「明治天皇は大室寅之祐(寅吉)?!」の大室寅之祐とは、天皇家とは何の関係もない長州の部落民ということです。まあ、幕末から明治維新期にかけて伊藤博文が孝明天皇を殺してまでも権力闘争に明け暮れた、ということでしょう。

しかし、この長州閥の部落民である大室寅之祐とは一体何者なのでしょう。ただの部落民だったら天皇に据えられるはずはありません。その謎はネットを検索していたら一応、その謎を解明してくれた、と思えるブログが見つかりました。それは何とこの明治天皇とされてきた大室寅之祐の血を引く子孫と自称している方のブログです。

このブログの信憑性は私には分かりかねますが、犬丸氏が指摘しているように、安倍首相と山口県田布施と統一教会のつながりやその田布施と朝鮮人坊主の池口景観とのつながりなどの、言ってみれば在日朝鮮人の日本国への侵入、そこからの現在の日本政治にまで及ぼしている影響力等を考えれば、一考の価値はあると思われます。そのブログは、

http://blog.livedoor.jp/jikeyasumasa-oomuroyasumasa/archives/67714274.html

になります。その概要を以下に記させて頂きます。

(概要始まり)

山口県田布施地域において大室家は1800年頃から始まり、 江戸文政時代に初代大室家当主(父)大室文右衛門が死去。2代目(息子)大室文右衛門が家督を継ぐ(私の注:同名の子供か?)。同時代に大室家は村の大庄屋となり家が繁栄した。同じ頃、頼山陽によって、 大室家の家系図が整備され南朝の末裔を自称するようになった。2代目(息子)大室文右衛門の妻は1827年8月2日に死亡。 子は1827年10月9日に早死してしまう。そこで大室又兵衛(1789年3月29日生れ)の 息子大室弥兵衛(私の注:大室家の分家と思われる)が24歳の時に2代目(息子)大室文右衛門の娘ハナと1837年結婚し2代目(息子)大室文右衛門家(大室本家)の養子に入って大室本家3代目として家督を継ぐ。ハナと弥兵衛との間に子供が2人できたが一人目は1849年4月14日に早死し、2人目は1853年に同じく早死してしまった。そしてこの後、第4代目として引き継いだのが大室寅之祐(明治天皇)だとこのブログの著者は記しています。

一方、同じ山口県田布施地域に地家家という一家があった。その地家家に苗字が岸(ガン)(私の注:ガンは朝鮮読みか?)の海賊岸(李)要蔵(遼陽から田布施町戎ヶ下にきた在日1世)の息子岸(ガン)作蔵が1835年4月に地家吉左衛門家の養子となり、「地家」姓を賜る。それから地家河内作蔵と名乗り、廻船業をして財を築き周防国(田布施町)麻郷村小字地家に住み着いた。

そして1840年頃、興正寺(大谷)昭曄淵轡腑Ε灰Α頬掘幣鳩?)とその娘のスヘが田布施町麻郷地家の西円寺に京都浄土真宗興正派の興正寺からやってきた(興正寺昭柬靴篭柔鞠斌膽膂貘押苗字は谷口)。やがて地家作蔵と興正寺昭柬靴量爾任△覿柔技基子(SUEKO)=谷口スヘが1844年頃結婚する。スヘが満13歳頃の時である。そして作蔵と結婚した1年後、スヘ満14歳の頃、第一子をもうけるが1845年12月15日に1歳弱で病死した。その後スヘは 長女ターケ(1847年4月14日生まれ)を出産。1850年1月10日に 寅吉(普段使う通名は虎吉。後の大室寅之祐=明治天皇)をスヘの実家の西円寺にて出産。 この頃(1845年頃)作蔵が西円寺の東隣の麻郷「地家」に家を建てる。1852年12月8日、次男の庄吉(通名は省吉)出産。 1854年2月29日に三男の朝平(通名は浅平、浅蔵とも)出産。そしてこの3男の朝平がこのブログの著者の高祖父だと記してあります。
その後、旧暦1854年8月22日に作蔵と谷口スヘが離婚。 長男寅吉(大室寅之祐)、次男庄吉をスヘが引き取り、西円寺の実家か大谷(興正寺)昭柬掘幣鳩?)の家に行ったと思われる。 長女ターケと3男朝平は作蔵が引き取る。その後、作蔵は某女性と再婚し、一方谷口スエは 1855年9月8日 、前述の大室家3代目の大室弥兵衛と再婚する。 つまりスヘは大室弥兵衛の2号妻となる(弥兵衛の本妻は前に書いたとおり大室文右衛門の娘ハナ)。 ここで地家寅吉は大室寅吉(大室寅之祐)に苗字が変わる。

そして1855年11月頃、大室弥兵衛とスへとの間に大室寅助が生まれたが直後、スヘが産後のひだちが悪く肺結核で死亡(1855年11月20日没、西円寺池で入水自殺の可能性あり)。生まれた寅助も1857年6月22日に1歳数カ月で病死。 江戸文政時代に4代目として生まれた大室寅助の死去により大室家断絶。

(概要終わり)

つまりこの概要文をまとめると、大室家は、3代目大室弥兵衛と1番妻であるハナとの間に生まれた2人の子供が早死にし、2番妻であるスエとの間に生まれた子供も早死し、大室家の血を引いた子孫がいなくなる。そこに朝鮮から海賊として日本に来た岸(李)要蔵の息子である作蔵が地家家の養子として入り、 京都浄土真宗興正派の興正寺昭柬靴量爾任△覿柔技基子(SUEKO)=谷口スヘと結婚して、寅吉(大室寅之祐=明治天皇)を生み、その後、スエが大室弥兵衛と再婚し、寅吉は大室寅吉に名前が変わり、さらにその後、大室寅之祐に名前が変わったということです。

しかしこれが本当に真実だとしたら恐ろしすぎます。今の天皇陛下は神武天皇から続く万世一系の天皇などではなく、大室寅之祐であり、しかもこの大室寅之祐は大室家の血さえ引いていなく、天皇家とは全く関係の無い朝鮮の海賊と京都浄土真宗興正派との間に生まれた人間に過ぎない、ということになります。

もちろん、引用させてもらったこのブログの内容が真実かどうかは私の知るところではありません。ですが上述した 「天皇のロザリオ---日本キリスト教国家の策謀紂弋環猶兢 著 成甲書房 刊 からの引用文と併せて考察するとかなり信憑性はでてきます。

いずれにしても我々日本人が小・中・高校などで教わってきた歴史は真っ赤なウソであり、しかもその真実はどろどろとした空恐ろしいものであり、且つ日本の歴史の重要部分において外国人によってつくられた、ということみなります。
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極東大戦争によるアメリカの経済復活(借金帳消し)シナリオ

先日、ウクラウナのクリミア地域におけるロシアの介入(援助)を受けてアメリカとEUはさらなる制裁をロシアに加えるとして、アメリカはロシアの政治家高官の海外資産を凍結すると言い出した。だが早速そのロシア高官から批判されているがその中で、「オバマ同士よ、海外に資産がない場合にはどうすればいい?」とオバマをバカにした批判が目立つという。

http://saigaijyouhou.com/blog-entry-2053.html

それもそのはずでロシアのプーチンは政府高官の海外資産を認めていないのだ。だからこんな制裁はせいぜい蚊に刺されたくらいのものでしょう。ではなぜ、こんな滑稽とも思える制裁をアメリカが行なおうとしているのか。
おそらく他にもうロシアを苦しめる手がないということでしょう。でなければこんな小学生でも、「おかしい」とわかるような子供だましを行なわないのではないか。

しかもあるロシア高官は制裁を受け、「私のロシアへの貢献が認められたことを意味し、大変光栄なことだ」と皮肉るコメントまで出している。プーチン下のロシアの政治家たちもかなり覚悟して政治を司っている気概を感じる。日本の政治家も見習ってほしい。

しかしこのウクライナに限らず、アメリカは昨年にシリアで戦争を起こすことに失敗し、アメリカとグルになっているイスラエルがイランと戦争したがっている(アメリカもそれを狙っている)がイランが何とか寸前のところで踏ん張っている。つまりアメリカが画策する、アメリカ延命のための、中東大戦争による戦争経済で復活するシナリオが崩れかけている、ということです。いいことです。

しかしそうなると我々日本人にとっては最大の懸念がでてくる。極東大戦争の勃発です。アメリカというユダヤ金融資本の連中が支配する国は何せ物をつくれない。だから‘金融工学’などという子供だましの金融詐欺商法でのらりくらり生き延びてきた。そして能力のないアメリカという国は何かと言えば他国に侵略していき、傭兵などを使い扇動してクーデターを画策して、戦争を無理やり引き起こし、戦争経済で生き延びてきた。それがここのところイラン、シリア、そしてウクライナの乗っ取りに失敗してきた。イランのアフマディネジャド前大統領、シリアのアサド大統領、ウクライナのヤヌコビッチ前大統領がロシアを後ろ盾にして頑張ってアメリカによる戦争を阻止してきたということです。

日本の安倍首相はというとアメリカに対して頑張るどころかオバマや日本の政治家操り部隊員であるマイケル・グリーンとかジョセフ・ナイあたりの言いなりになり続けている。安倍首相のやろうとしていることを見ていると、言いなりになっている、というよりはもう完全に考える思考回路が無くなり、ロボットのごとくアメリカの言うがままに動いて発言している。見ていて気持ちが悪くなるくらいに。

しかしこんな安倍氏が首相である日本であるからこそ極東戦争を起こしやすい。安倍氏は次々と、しかも猛スピードで戦争に向けての法整備を行なっている。秘密保護法案、集団的自衛権の解釈変更、武器輸出3原則の見直しなど戦争に向けての法整備としか思えないようなことを次々と行なおうとしている。しかも最近は法案を国会でろくに議論もせず、閣議決定だけで法案を成立させようとしている。要するにそういった法案をまともに国民の目に晒すと反対運動がでてくるのでそれを避けようとしているのです。

しかも中国の習近平、韓国の朴槿恵はアメリカとグルになって日本と戦争をするためにトップに添えられた連中だ。この2人も極東大戦争を引き起こそうとしている。

中東戦争の引き起こしに失敗したアメリカの生き残りのカードは極東大戦争しかない。そしてこの安倍、習、朴の3人はアメリカ(ユダヤ金融資本等)と打ち合わせをして現在、極東大戦争に邁進している。

この日本の重大危機を免れるために日本の政治家は頼れない。日本の政治家は全員といっていいほどアメリカの犬かもう日本を本気で救うことを諦めた政治家。だとすればこのような政治家には頼らず日本国民1人1人が立ち上がり、怒りの声を上げてくしかない。例え1人1人がどんなに微力であっても。
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