2015年05月

人為的につくられる環境

今、私は「黒い絆 ロスチャイルドと原発マフィア」鬼塚英昭 著 成甲書房 刊 という本を、原発とロスチャイルドの繋がりを掘り下げるために読んでいる、と書いてきましたがいよいよその核心部分のところまで読み進めました。そのことについて書きます。まずはその核心部分の箇所を引用したいと思います。

(引用開始)

(前略)RTZ(私の注:リオ・チント・ジンクの略称。世界中に多くのウラン鉱山を所有し、世界中の原発稼働によりボロ儲けしてきた会社でロスチャイルド傘下の会社)は1976年初めにはアメリカを除く全世界のウラン埋蔵量の5分の1を支配していた。しかし、もう少し具体的に書くならば、ロスチャイルドはRTZを支配しているだけではなく、カナダ、南アフリカのウランも直接的ではなく、間接的にも支配、すなわち、ウラン鉱山会社に資本投資している。

第2次世界大戦後、ヴィクター・ロスチャイルドが、ルイス・L・シュトラウスを原子力委員会(AEC)の委員長にす原発1えて、アメリカの核政策を一手に握っていたころは、アメリカのウラン鉱山もいくつか支配し、世界のウラン鉱山の80パーセントを支配していた。そのウランの支配比率は1960年代に入ると落ちていった。しかし、世界のウランの半分以上がなお、ロスチャイルドの手中にあった。1979年のスリーマイル島での原発事故は石油価格高騰を狙った石油マフィア=原発マフィアの手の込んだ芝居だった。私はビルダーバーグ会議が唯一の世界統一政府を狙う巨大な会議であるとも前述した。その会議から、「地球の友」という組織が生まれたとも書いた。原子力エネルギーは、人類が制御しえず危険だとされた。そして石油時代が、石油高騰の時代がやってきた。

(中略)

1972年、国連人間環境会議の主題は「反原発」だった。それがどうして今、「原発は環境にやさしい」と叫ばれる時代になったのか。その答えはいたって簡単である。石油価格高騰のゆえに、サウジアラビアを中心とする中近東国家が巨大な資本(ドル)を獲得したこと。もうひとつの理由は、ソ連が原油高騰で強力な国家となったことである。

原発マフィアと石油マフィアたちは、その対策を検討し始めた。ソ連を弱体化させる方法が考え出された。森永晴彦の「原子炉を眠らせ、太陽を呼び覚ませ」(1997年)を引用する。森永晴彦は原子物理学者、元東大教授。1986年のチェルノブイリ事故当時、ミュンヘン大学教授であった。

「この事故(チェルノブイリ事故)が冷戦の終結のために努力したゴルバチョフに順風を与えたとはよく言われている。しかし多かれ少なかれソ連の旧体制がその批判のために崩壊したにせよ、その中で育った悪習、この事故を生み出したそのものの原因になった腐敗が是正されたとは思われない。国際政治についても同じことである。多くの視察団が送られ、世界中のマスコミが大騒ぎをしたのに、いったい世界はその後始末のため、つまり被災者を救ったり、本当の事故状況の把握にどれだけの努力を払ったのだろうか?」

チェルノブイリ事後が八百長であったという説を言っているのではない。一つの原発事故が世界を大きく変えることがあると私は言いたくて、森永晴彦の本を紹介した。多くの(例外はない)東大教授たちが東京電力から金(研究費という名がつく)を貰い、原発推進派となっているなかで、森永晴彦は例外中の例外である。

チェルノブイリ大事故がソ連崩壊の前兆となったのは間違いない。これは、原発に対する従来の思想、すなわち、反原発の思想を大きく覆せば、世界が大きく狂い出すこととなる。原発マフィア=石油マフィアたちは、ソ連と中近東の力を弱めるために、一つの大きな賭けにでることにした。反原発を改めて、「原発は環境にやさしい」という世界的なキャンペーンを広めることである。

読者よ、知るべし。世界のどこかで、平和とか、環境とかが叫ばれ出したら、世界に危機が近づいている時なのだ。

この「原発は環境にやさしい」には伏線があった。ウラン鉱山は最初コンゴで、次いで、カナダ、アメリカで発見された。そして世界各国で。しかし、ロスチャイルドが支配原発8するリオ・チント・ジンク(RTZ)はオーストラリアに世界のウラン埋蔵量の4割があることを知った。そして日本の田中角栄を追放した。中国が直接ウラン鉱山の経営に乗り出したときも、これをオーストラリアの世論に訴えて撤退させた。この世界の埋蔵量の4割をいかにして最大限利用するか、すなわち世界中に売り込むかが、原発マフィア=石油マフィアのなかで研究・検討された。1970年代、彼らが実行した‘反原発’キャンペーンの反対をやればいい、との結論に達した。かつて、‘原発マフィア’第一号・正力松太郎(私の注:著者の鬼塚氏はこの著作で、根拠をもって原発マフィア第一1号が正力松太郎、第2号が中曽根康弘元首相、第3号が田中角栄元首相であることを明らかにしている)が採用した‘毒をもって毒を制する’を思い出してほしい。(後略)

(引用終わり)

ロスチャイルドの傘下のそれもかなり結びつきの強いRTZという世界中のウラン資源を手中に収める会社が1945年の第2次大戦終了のその年からアメリカのウラン鉱山を抑えて、世界中で原発稼働させる準備をしていたことは先日書きました(http://blog.livedoor.jp/shiderz402-seikei/archives/2015-05-10.html)。その、本当の本当は、ロスチャイルド及びその配下いる連中が‘カネ儲け’するための手段である原子力発電が世界中で行われるようになる。しかもそれは「平和的な原子力活用キャンペーン」という美名のもとに。

だがロスチャイルドの世界におけるウランの所有比率が減ってくると、意図的に‘スリーマイル島原発事故’が引き起こされ、「チャイナ・シンドローム」なる原発の恐怖を掻き立てる映画まで上映されるようになる。そしてバラク・オバマを大統領に仕立てた、と鬼塚氏が書いている‘フォード財団’が「選択の時」を発表し、石油エネルギー活用の推進を解く。それは原発マフィア=石油マフィアがまたカネ儲けするために。

しかし1972年に国連人間環境会議の主題は「反原発」となり、原発は危険なものとされたのにもかかわらず1990年代からまたロスチャイルドやその傘下の原発マフィア=石油マフィアの連中は再度原発でカネ儲けすることを企むようになる。だから1970年代に「危険なもの」であったはずの原発は「環境にやさしいエネルギー」などと世界中でキャンペーンが行われるようになる、もちろんその流れの中で地球温暖化対策会議とも言われるCOP(国連気候変動枠組条約締約国会議)も行われるようになる。しかもこれには「CO2(二酸化炭素)が温暖化をもたらす」という、本当は科学的に証明されていない妄説のもとに行われた。

その「原発は環境にやさしい」キャンペーンにはオーストラリアに世界の4割のウランが埋蔵していて、ロスチャイルドがそれを抑えたという伏線があり、ロシアや中近東の力を削ぐために行われたということです。こんなことだから我々がよく聞かされる「石油は(いつの時代になっても)あと3〜40年で無くなる」といった‘石油枯渇説’が流布されるわけですね。おそらく石油が化石燃料であるというのも嘘でしょう。

ところで著者の鬼塚氏は引用文の最後の方で、

「読者よ、知るべし。世界のどこかで、平和とか、環境とかが叫ばれ出したら、世界に危機が近づいている時なのだ。」

と記しています。日露戦争も第一次世界大戦も第2次世界大戦もヴェトナム戦争も含め、‘戦争とは自然発生的に起こるもの’ではなく、‘人為的に引き起こされるもの’であるわけですがどうやら‘環境’というものも‘人為的に引き起こされるもの’みたいですね。

核兵器製造産物を貯めとくための「原子力プール」

今、私は「黒い絆 ロスチャイルドと原発マフィア」鬼塚英昭 著 成甲書房 刊 という本を読んでいてその、ロスチャイルドと原発の繋がりの核心部分知るべく読んでいる、と書いてきました。がまた、その核心部分ではない箇所で気になり、書きたくなったことがでてきたので書きたいと思います。

それは福島第一原発の「原子炉」がどんなものであったか、ということについてです。おそらく、これについては今では多くの人が知っていることとは思いますがやはり最重要に知っておくべきことなのであえて書きたいと思います。ではまずは同著からその部分について記されているところを引用します。

(引用開始)

(前略)あの福島原発とはどんな原発なのか? 「週刊現代」(2011年4月16日号)が、福島第一原発を造ったGE(私の注:アメリカの原発メーカー、東日本の原発の多くがこのGE社製)の設計者デール・ブライデンバーグの独占インタビューを載せている。

残念ながらこの原子炉には、大きな弱点があった。そのことがわかったのは、74〜75年、マーク気慮綏僂砲原発1たる「マーク供廚函岫掘廚魍発する過程でのことだ。新機種のテスト中に、いままで私たちが考えていたより、原子炉格納容器にずっと大きな負荷がかかることがあると判明したのである。その結果、当時開発していた新型原子炉はそのレベルの圧力を想定して設計しなければならないという結論が導かれた。ただここで問題となったのは、これからつくる原発のことではなかった。いやむしろ過去に造った原発、すでに稼働中のマーク気琉汰汗こそが問われたのだ。マーク気蓮地震や津波などの大きな災害によって冷却機能を喪失すると、格納容器に想定されていた以上の負荷がかかり、破裂する可能性がある。

ブライデンバーグはこの事実を、NRC(米国原子力規制委員会)とGEに伝えた。研究会はできたがGEは彼の警告を無視した。アメリカのマーク気16基、ドイツでは10基余りのマーク気稼働中。日本では福島第一原発で3基。アメリカは応急措置をしたという。しかし、日本は何もしなかった。ただ、安全神話のみを流した。

AEC(私の注:アメリカ原子力委員会のこと)のシュトラウスが作為的に世に出した安全神話がそのまま日本語に翻訳されて、21世紀に入っても流されていた。私が書いたように、新聞社やテレビ局の要人たちは‘原発マフィア’であった。だから必然的に「レベル7」の原発事故が起こったのである。(後略)

(引用終わり)

つまり福島原発の原子炉「マーク機廚倭蠹な負荷がかかる可能性があり、よってメルトダウン(炉心溶融)が起こる可能性があり、それをデール・ブライデンバーグという人物が警告してもシュトラウスという人物の「安全神話」を日本は国内に流し続け、応急措置すらしなかった。そして「レベル7」の福島原発事故が起こったということです。

この著作で著者の鬼塚氏は世界に原発を広めた元凶としてこのシュトラウスという人物にかなりの紙幅を割いて書いています。ではこの「原発安全神話」を世界に広めたシュトラウスという人物はどんな人物であるのか?同著からそのシュトラウスについて書かれている部分を1部引用します。

(引用開始)

(前略)1953年8月、ソ連が初の水爆を爆発させた。アイゼンハワー大統領はジャクソン補佐官とシュトラウスを執務室に呼び、自身のアイデアを述べた。「核兵器保有国が核分裂物質を「原子力プール」に預け、そこから平原発7和目的に配給することは可能だろうか。その量はアメリカの備蓄から捻出できるが、ソ連にとっては対抗することがむずかしいという水準に設定すればいい」

シュトラウスは「原子力プール」というアイゼンハワーの思いつきを国家戦略に仕立てていった。1953年10月3日、アイゼンハワー、シュトラウス、ジャクソン、それに国務省と軍の首脳たちがホワイトハウスで朝食をとりながら「原子力プール」についての計画を立てた。後にこの計画は「朝食計画」と名付けられた。ここから「平和のための原子力」という言葉が生まれてきた。日本人は、特に原子力発電を推し進める原発マフィアたちは、この言葉を今日でも使い続けている。アメリカはこの「平和のための原子力」という言葉を盛んにアピールした。こうして「恐怖の原子力」という言葉が消えていった。この言葉を世界中の政治家たちがこぞって使い始めたのである。シュトラウスが勝利し、オッペンハイマーが敗北した(私の書き加え:オッペンハイマーは‘原爆の父’と言われた人物であったが水爆などには反対していた)。「核拡散」こそが、原子力の平和利用であるとされた。(後略)

(引用終わり)

つまり核保有国が核兵器をつくる過程でできる核分裂物質を原発に利用してカネ儲けしようとした、ということです。こんな原発、間違いなくいりませんよね

「緊急事態条項」の狙いは何なのか

昨日、私はいわゆる‘地球温暖化説’というものが実は謀略ではないのか!という観点から文を記させて頂きました。そしてそれを鬼塚英昭氏が著した「黒い絆 ロスチャイルドと原発マフィア」成甲書房 刊 という本から文を引用して書かせて頂きました。なので当然その引用文の前後の文も読んで書かせて頂きました。

その前後の文を読んで私は はっ! とさせられました。というのは先日(ブログでは22日:http://blog.livedoor.jp/shiderz402-seikei/archives/2015-05-22.html、フェイスブックでは23日)に私は日本政府が安全保障法案を改定するどさくさに紛れて自然災害などの緊急事態における緊急事態条項を法制化し、緊急時において地方自治などの権限をなくし、首相の指示で国民が逆らうことなく動かなければならない、ようにすることを日本政府が考えていることを記しました。

つまりそのことと昨日引用した引用文の前後の文と私の頭の中でリンクしたのです。「日本政府が考えている‘緊急事態条項’とはこういうことか!」と。

ではそれがどういうことなのか、を書くためにまずは「黒い絆 ロスチャイルドと原発マフィア」からその前後の引用文を引用したいと思います。尚、この引用文は前回記した引用文の前の文になりますので、続けて前回の引用文も読むとスリーマイル原発事故の真相が頭の中でよりクッキリ思い描けると思います。

(引用開始)

(前略)2010年、ウィリアム・イングドールの「ロックフェラーの完全支配・ジオポリティックス(石油・戦争)編」が翻訳された。事故に遭ったスリーマイル島の原子炉複合施設2号機の写真が載っていた。その下に、映画「チャイ原発1ナ・シンドローム」の原作の表紙の写真も載っていた。その2つの写真中にある文章が出ている。引用する。

「スリーマイル島原発事故は意図的に起こされた可能性が濃厚である。狙いは「反原発」心理操作だ。米英石油・金融利権の管理・監視外でエネルギーを自活されては困るからである。安全性や環境破壊への配慮などという高尚なシロモノではない。この日の事故の前日には、おあつらえむきにも、危機管理と報道管制を狙う機関FEMA(連邦緊急管理庁)が大統領令で設置されている。かくて、原因追求、事故の実態は隠蔽された。周辺住民はFEMAの命令下、避難を余儀なくされた同月には、原発事故の恐怖を煽るハリウッド娯楽映画「チャイナ・シンドローム」が封切られている。」

私はスリーマイル島の事故関係の本をたくさん読んできた。運転員の操作ミスによる事故とする本を読むたびに、「そんな馬鹿な!」と思っていた。だから、どんな具合で事故が起きたのかを追求する。興味のある方は他の本を読むことをすすめる。さて、次は「ロックフェラーの完全支配」の本文から引用する。

「スリーマイル島の原子炉複合施設の2号炉が、あり得ない「事故」の連続に見舞われた。後の調査で、重要な弁が事件の前に不正な手操作で閉じられていたことが判明している。そのために緊急用の冷却水が蒸気発生器に流れ込まなかったのである。15秒以内に緊急バックアップ・システムが核分裂反応を停止させている。しかし、オペレーターは、あらゆる手順を無視して、冷却水が炉心に入るのを止めた。その後どうなったかは、いろいろな文章に詳述されている。

1979年3月8日、米国の原子力規制委員会は、この事件の公式報告を行い、スリーマイル島事故の原因として6つの可能性を示唆した。その内の1つは、妨害工作もしくは犯罪的過失であった。5つの原因は排除されたが、残りの妨害工作の可能性について政府は真剣に検討することを拒否している。」

私はスリーマイル島事故は、妨害工作がなされたゆえとの考えを持っている。あの事故は、チェルノブイリ事故とともに2大原発事故とされるが、それほどの被害は出ていない。

(中略)

スリーマイル島の事故は派手に演出されたヤラセ、すなわち八百長工作であると私は思っている。もう一度、「ロックフェラーの完全支配」から引用する。

「ハリスバーグ(私の注:原発が設置してあるところの地名)のドラマが演じてられている間、世界のマスコミ取材は、新たに設置されたホワイトハウスのFEMA(連邦緊急事態管理庁)によって厳しく管理された。政府の職員も原子力発電所の職員も、FEMAの検閲を受けた場合を除き、マスコミの取材に応じることを禁止されていた。FEMAは、大統領令で設置されたが、その構想は3極委員会のホワイトハウスのアドバイザー、サミュエル・ハンティントンが描いたものだった。不思議なことに、FEMAが業務を開始したのは3月27日で、本来の業務開始日として定められた日より5日前倒しだった。そして、スリーマイル島事故の前日である。安全保障アドバイザーのブレジンスキーの指揮で、FEMAは、ハリスバーグの報道を完全にコントロールした。放射線の危険を示すものはなかったにもかかわらず、周辺住民の避難を命令したのもFEMAである。記者発表を何日も拒絶し、「巨大な放射性水素の泡が空中に発生」などといったパニックをもたらす空想ストーリーを見出しになるがままに放置したのもFEMAである。さらに奇妙なのが、同じ月に公開されていたハリウッド映画の超大作「チャイナ・シンドローム」(ジェーン・フォンダ主演)が、ハリスバーグの事故と瓜二つの空想物語だったことである。この映画が、原子力エネルギーの危険に対する人々のヒステリーをさらに煽ったのである。」

FEMA(連邦緊急事態管理庁)に注目したい。何か事件が起きる前に、FEMAは出現する(私の付け加え:事件が起きた後でなく前に)。どうしてかを、私たち日本人は考えないように飼い馴らされている。真相はこうである。

9・11同時多発テロ事件があったとき、FEMAはその数日前からツイン・タワービルの周辺で‘訓練中’であった。偶然か必然かは問わないが、ツインタワーが崩壊すると、その日からFEMAは鉄骨のあとかたづけを早急に開始した。コンクリートの破片だけが残った。では、鉄骨はどうなったのか。ニューヨークの港に、やはり大型貨物船が待機していた。鉄骨はその貨物船に乗せられ、中国へ向かった。どうして鉄骨だけが消えたのか? あのツインタワーに飛行機が衝突することが前もってわかっていた。そのとき、小型原子爆弾が仕掛けられていた。鉄骨に放射能が残存していればヤラセがばれるからである。あの事件後、世界は大きく変わっていった。

ではスリーマイル島はどうか。ここでもFEMAが事故発生前から待機していた。どうしてかは言うまでもない。TM-2(私の注:原子炉2号機のこと)は2月ごろから、いろんな故障が生じていた。何者かが、何かを仕掛けていた。それが3月28日前後に、仕掛けた者の勝利が確定した。すなわち、3月28日、その前後にかならず故障が起きるようにセットされていたということである。

「チャイナ・シンドローム」という映画が最初に制作され、一般公開されるとき、すなわち、1970年後半からスリーマイル島事故にいたる間、偶然にも数多くの原子力発電所で小さな事故が起きていた。前述したように、詳細を発表するとした総合監督局は、発表の日付を1979年3月30日とした。スリーマイル島の事故の翌々日である。総合監督局は事故が発生するということを予想し、発表しようとしたが、何者かにより阻止された。確証はないが、FEMAに違いない。

1979年3月28日の未明、午前3時58分にコントロール室の警報ランプが点滅しはじめた。給水ポンプの給水が止まったのである。この原因は追求されていない。後のことのみがいろんな本に書かれている。コントロール室の運転員がどのように計器を読み間違ったのかが問題視されてきた。給水ポンプからの給水が突然止まれば、コントロール室の運転員がどのように操作しようとも原子炉は制御できない。炉心部から水がなくなったのだから温度も圧力も上昇する。だから運転員は、やむをえず、圧力逃がしの弁を開いた。否、開かされたというのが正しい。放射能を帯びた水が原子炉建屋の床にどっと溢れてきたのも、操作ミスとはいえない。何がスリーマイル島で起こったのか。大量の水蒸気が噴き出した。放射線が格納容器から漏出した。ついに放射能が混じった水が、サスケハナ川に流れ込んでいった。

この一報は世界中に伝えられた。FEMAはただちに報スリーマイル1道管制を敷いた。金融マフィアの最高エージェントであるズビグニュー・ブレジンスキー(彼はFEMAの実質的創始者)はスリーマイル島周辺にすでに配置していたFEMAの要因を動かし、周辺の住民を避難させた。(東電と日本政府が、FEMAのように事前に福島第一原発事故の前に要員を配置していたようなものである。)しかし、事故の規模は、FEMAを指揮したブレジンスキーの予想を上回ったに違いない。放射性物質がスリーマイル島からペンシルヴェニア州中部の大気中に広がっていったのだから。

しかし、と私は言いたい。福島第一原発事故と比較すれば、否、比較にならないほど、小さな事故であった。それほど、当時のアメリカでは原発事故が多発していたのである。では、この事故を有名にし、歴史に名をとどめさせたものは何であったのかを考えてみたい。(後略)

(引用終わり)

これは読んでわかるとおり、FEMA(連邦緊急事態管理庁)が鬼塚氏がいうところの‘金融マフィア’の命令のもとにスリーマイル島へ数日前から入っていた。そして事故が‘仕組まれたもの’であることがバレないようにFEMAは報道管制を敷き、情報をほとんど流さなかった。そしてその目的は、このまま原子力発電で金融マフィアが金儲けを続けることができない状況にアメリカ国内がなっていたので‘石油エネルギー’にエネルギー政策を転換することです。

そして私は前述の22もしくは23日に書いた文で、

「ではなぜ、政府は気仙沼市の菅原市長が「改憲してまでの制限は必要ないのではないか」と言い、多賀城市の担当者は「国の権限を大きくするより、自治体に裁量を認めた方が実情に合った対応ができる」と言っているのに自然災害時に「首相権限強化」条項を盛り込もうとしているのか?」

という文で疑問を呈しました。そしてその理由が上述のアメリカのFEMAのような動きをするために‘緊急事態条項’を法制化し、首相の命令に国民が逆らえないようにすることと思ったのです。だから はっ! としたのです。

上述の引用文のように自然災害ではなく、人工的に災害を演出した場合、本当の情報を報道させたら、そのヤラセが発覚する可能性は大です。だからバレないように首相、今で言えば安倍がFEMAのような報道管制を現場にとらせる。では何が目的でそんなことをするのか?

その答えは上の引用文そのものです。つまり、日本でもエネルギー転換などを目論む金融マフィアの思惑どおりにするためにです。安倍など日本の政治家、官僚がそういった金融マフィアの意向どおりに動いているのは今さら言うまでもありません。

上の引用文で鬼塚氏の東日本大震災が人工的に引き起こされたことを示唆するような文言「東電と日本政府が、FEMAのように事前に福島第一原発事故の前に要員を配置していたようなものである」がありますが、実際にその東日本大震災においてもすでに隠蔽されている情報はあります。例えば、福島第一原発事故の警備を担当している会社はイスラエルのマグマBSPという会社です。なぜ、イスラエルの会社が日本の原発の警備を請け負っているのか?こういった情報を政府や東電はいっさい公開しません。

このマグマBSPという会社はモサド(イスラエルの諜報機関)の関連会社であり、このモサドはロスチャイルドと繋がっていて、今まで世界中で引き起こされてきた戦争に関係してきました。

また、3月12日に福島第一原発1号機で、14日には3号機、15日には4号機で水素爆発が起こりましたがこの爆発で発生した‘きのこ雲’は水素爆発では発生しないと言われています。ですがそのあたりの真相究明、情報公開は東電も政府もいっさいしていません。他にも多数に及び、FEMAが情報管制を敷いたように、政府も東電も情報公開をしていない情報があります。

なので日本の安倍が‘緊急事態条項’をもって金融マフィアの命令どおりに国民を動かす、ことが目的であるかどうかを論ずる前に、すでに政府による情報管制は311東日本大震災において行われているのです。

首相権限

スリーマイル島原発事故の真相

今、私は「黒い絆 ロスチャイルドと原発マフィア」鬼塚英昭 著 成甲書房 刊 という本をロスチャイルドと原発の繋がりを深く掘り下げるために読んでいて、昨日はその核心部分にいく前に気になったことがあったのでその核心部分でないことについて書かせて頂きました。

で、今日はその核心部分について記すつもりだったのですがまた、その核心部分以外で気になったことが出てきましたのでそのことについて書きたいと思います。それは巨大原発事故の一つとされているアメリカのスリーマイル島で起きた「スリーマイル島原発事故」についてです。

よく、福島第一原発事故に関してチェルノブイリ原発事故と同時に引き合いに出されますがこの「黒い絆 ロスチャイルドと原発マフィア」にはそのスリーマイル島原発事故について詳しく書かれていました。ですがどうも我われが日本のマスコミに聞かされているスリーマイル島原発事故の情報とはだいぶ否、全く違うことが記されていました。

よく福島第一原発事故が'津波'という自然災害によって引き起こされたものではなく、何者かによって人工的に引き起こされた人災だ、と言われていますがそれと同義のものとなります。ではそのことが記されている部分をまずは引用したいと思います。尚、今から記すことはその前に著者の鬼塚氏がスリーマイル島原発事故の状況を提示し、不可解な部分を解説した後に書かれた文であるという前提のもとに読んで下さい。

また、昨日私は読売グループ創始者の正力が日本に原発を導入する際、アメリカから1,000万ドルの借款を得た、とこの「黒い絆 ロスチャイルドと原発マフィア」の裏表紙に書きましたがそれが間違いであったのでここで訂正させて頂きます。正力は原発導入においてアメリカの援助を得ましたが昨日書いた1,000万ドルの借款は'マイクロ波通信網の導入'においての借款でした。慎んでここに訂正させて頂きます。では引用したいと思います。

(引用開始)

(前略)私はここで、読者の洗脳された頭脳を、逆・洗脳したい。大きな事件・事故には必ず何かの裏がある。ということを知ってほしいのある。

では、スリーマイル島の事件・事故はどうして起こったのかを説明する。日本の環境学者、あるいは環境ジャー原発1ナリストは、コントロール室の運転員の誤操作にその原因を求め、それ以上は追跡しない。1986年のチェルノブイリの原発事故も同じである。1970〜1980年代の10年間に何が起こったことを見る必要がある。

私が前述したように、1970年の初め、「チャイナ・シンドローム」という緊急事態を恐怖する社会現象が起きた。1971年7月、ボストンに本拠を置く「懸念を抱く科学者同盟」が緊急炉心冷却システム(ECCS)が不完全であることを追求し、米原子力規制委員会(NRC)も認めざるをえなくなった。そして、NRCは「ラスムッセン調査報告」に期待したが、原発不信の世論を阻止できなくなった。「フォード財団」がついに「選択の時」を世に問うた。このことも書いた。この「選択の時」が重要なのである。フォード財団が動くとき、歴史はいつも大きく転換する。あのバラク・オバマ大統領は、フォード財団が仕立てあげた大統領である。

'原発マフィア'はどこからきたのかを、私は原爆製造に求めた。ヴィクター・ロスチャイルドが原爆製造の中心人物であったことを書いた。それからヴィクターはルイス・L・シュトラウスをAEC(私の注:アメリカ原子力委員会のこと)のトップにすえて核の平和利用をさせた。しかし、1970年代に原発事故が多発した(私の注:1970年代のアメリカは小規模な原発事故が多発していた)。これを防止しようとしたが、うまい方法が見つからなかった。緊急炉心冷却装置が完全でないことを、ヴィクター・ロスチャイルドを頂点とする'原発マフィア'は認めた。それで、フォード財団(金融マフィアが謀略のためにでっちあげた組織)に「選択の時」を発表させ、原発推進から一歩後退することにした。スリーマイル島の事故は、このことを大々的に象徴する事件なのである。

彼らは何を狙ったのか?原子力利用の一時的な撤退と、その代わりとなる石油エネルギーの利用である。原油の枯渇説を彼らは流しだした。「オイル・ピーク説」と俗にいわれるものであった。

結論を書くならば、原発マフィアは同時に石油マフィアでもあったということである。また、この原発マフィアと石油マフィアは、金融マフィアが支配しているということである。

この観点から世界を見ている学者も政治家も残念ながらいない。スリーマイル島事故は見事な演出のもとに、大気に放射性物質を放出し、ペンシルヴェニア州は放射能汚染されたが、原発マフィアたちは石油マフィアへとゴア1変身して、より一層の大儲けをしていくのである。原発マフィアの時代が去り、石油マフィアが興隆する時代がしばらくの間続くことになる。石油価格が年々高騰し続ける。私たちは金融マフィアの配下に石油マフィアがいて、石油価格が高騰していった事実を知らなければならない。

ヘンリー・キッシンジャーの有名な言葉に、「エネルギーを支配すれば、諸国を支配できる」というのがある。スリーマイル島事件以降、間違いなく世界エネルギーの中心は石油であった。石油が高値をつけるにつれ、大量に消費されるにつれ、いつの間にか、オイル・ピーク説は消えていった。

では、このまま石油時代が続いたのであろうか。金融マフィアは、原発マフィアをもう一度育てることになる。その秘策として彼らが登場させたのが、オイル・ピーク説ではなく、石油を使った発電所が出すCO2が地球を温暖化させるという、とんでもない妄説であった。かくてまた、原子力発電所が復活してくるのである。
日本人はどのように原発と取り組んだのか?日本の原発マフィアたちはひたすら原発利権を漁っていたのである。スリーマイル島事件もなんら教訓とはならなかった。

(引用終わり)

1970年代、アメリカでは実は小規模な原発事故が多発していました。よってアメリカ国民の間で‘反原発世論’がでていました。そこでこれ以上原発の推進ができない、と判断した本当の本当は、ヴィクター・ロスチャイルドが頂点である、「原発マフィア」はあえてスリーマイル島原発事故を引き起こした。

その少し前に、鬼塚氏が‘金融マフィアが謀略のためにでっちあげた組織’と書いている「フォード財団」が1974年に「選択の時」を発表する。この「選択の時」で今まで推進してきた原発を、「石油エネルギーによる発電に切り換えるべきではないか?」といったことを案に世界に匂わせる。そしてスリーマイル島原発事故が起こる。よって世界の世論が石油エネルギーに傾く。

だが、この流れはここで鬼塚氏いうところの、原発マフィアや石油マフィアの上に存在する「金融マフィア」のシナリオ通りにことが進んだ、ということだった。

しかもここでその金融マフィアは‘石油枯渇説’を唱え始める。よって石油が高騰し、石油マフィアや金融マフィアは大儲けした、ということです。すべてが仕組まれた謀略だったということです。

ところでこの引用文の最後の方に、

「では、このまま石油時代が続いたのであろうか。金融マフィアは、原発マフィアをもう一度育てることになる。その秘策として彼らが登場させたのが、オイル・ピーク説ではなく、石油を使った発電所が出すCO2が地球を温暖化させるという、とんでもない妄説であった。かくてまた、原子力発電所が復活してくるのである。」
という‘地球温暖化謀略説’を匂わせるような文を鬼塚氏は書いています。

1990年代中頃から世界中で急に‘地球温暖化’が叫ばれてきました。元アメリカ副大統領のアル・ゴアが書いた本の「不都合な真実」はその地球温暖化を世に知らしめるのに大貢献しました。映画化もされました。

ですが2011年東日本大震災による福島第一原発事故によりその地球温暖化を防ぐとされる‘原子力発電’はあっという間に世界中で反対の渦に晒されると同時に地球は温暖化しているはずなのに、至るところで原子力発電は次々と停止の状態に追い込まれています。

そして日本においては今時点では一基も原発が動いていない状態にまでなり、代わりに火力発電で対応しています。地球温暖化が進んでいる、はず、なのに。

上述したアル・ゴアの「不都合な真実」によれば、確か映画は2005年上映開始だったと思うのですが、私は見ていないので強くは言えないのですが、その映画の最後の部分で、「このまま温暖化が進行すれば地球の命はあと10年しかない」といったことがナレーションでだか字幕でだか分かりませんが、そう映画で謳っていた、という話を聞いたことがあります。もしそれが本当ならば今は2015年でちょうど10年目になります。どこにそんな兆候があるのでしょうか?

いや、その‘地球の命があと10年’というのがあえて我々に危機感を持たせるために誇張した表現であり、それくらい地球は危険な状態である、とうことを伝えるために‘10年’という数字を使ったとしても、だったら多く見積もっても数十年で地球は滅亡することになります。実際に私の義理の親父や知り合いなども数人ほど「地球の命はあと7〜80年くらいだよいな。俺はいいけどおれの息子は危ないな(長くは生きられないな)という話を本気でしているのを私は耳にしました。だったらいくら原発事故が起こったからって特にそういった世界レベルでの話し合いをすることもなく、あっさりと原発を廃止することはできないはずです(地球温暖化を議論しているとされているCOP(気候変動枠組条約締約国会議)などはそんな真剣な会議ではない)。

つまり‘地球温暖化’というのは鬼塚氏が上の引用文で匂わせているように、それは地球が温暖化しているという嘘を広めている謀略ではないか、と思うのです。

この‘地球温暖化謀略説’が本当かどうか? を確かめるためのヒントになることが書かれている「エコロジーという洗脳」副島隆彦+SNSI(副島国家戦略研究所)著 という本がこの「黒い絆 ロスチャイルドと原発マフィア」と同じ成甲書房から出版されています。では最後にその部分を同著から引用して終わりたいと思います。この文には、例によってロスチャイルドとかロックフェラーという文言がでてきます。

(引用開始)

タイトル:地球温暖化を訴える人々と石油産業、その浅からぬ関係

それでは、この「持続可能な発展」というシステムは誰によって考案されたものなのであろうか。当然のことながら、あらゆるシステムはそれを作った制度設計者たちの思惑や合理性にとって都合が良いようにできている。それゆえに「持続可能な発展」のアイデアを育てていった人々が誰なのかを私たちは知ることが不可欠である。そこでもう一度、アル・ゴアの主張に戻ってみよう。きっと何かが見えてくるはずだ。

アル・ゴアが本格的に地球温暖化問題の解決を訴えたのは、彼が1992年に書いた「地球の掟」という本が最初ゴア2である。この本は、まるで現在を予想しているかのように書かれている。彼は「持続可能な発展」を実行可能にする計画を「グローバル・マーシャル・プラン」と呼んでいる。だが、このアイデアは彼の独創ではない。この発想を本にまとめるにあたり、彼はいろいろな人からインプットを受けていた。

その中の一人が、地球サミットの事務局長を努めたモーリス・ストロング(Maurice F.Strong)である。彼は、財界人と国連官僚の両方を経験した人物で、地球環境問題を論じる上で欠かせない人物だ。別名を「ミスター環境」という。

ストロングは「地球の掟」の執筆の際にゴアをサポートした‘チーム’のメンバーではなかったが、彼自身、そのチームのメンバーとは、密接な関係にあった。ストロング自身が、ジャーナリストからインタビューを受けた際に
そのことを話しているのでそれは間違いない。

つまり、この「ミスター環境」ことモーリス・ストロングは、ゴアの著作を間接的に支援したということである。彼はチームからの提供を受けたが、本を完成させたのは彼自身の力によるものだ、とストロングは語っている(彼とアル・ゴアの関係については、詳しく述べる紙幅がないが、P64ー65の図のような相関関係がある)。

この図について単純化してまとめると、ストロングがゴアのメンター(先生)であり、弟子であるゴアがストロングの事業を受け継いだという関係にある。しかも、相関図で分かるように、ストロングはアメリカ金融界のドンというべき、デイヴィッド・ロックフェラーや、イギリスのNMロスチャイルド銀行のエドマンド・ロスチャイルドとは、ともに密接な関係にある。

モーリストとロックフェラー、ロスチャイルドは、1987年に、ゴア3アメリカ・コロラド州の山中で開かれた「第4回世界原生自然会議(ワールド・ウィルダーネス・コングレス・WWC4)という会合に出席していた。このとき、銀行家のロスチャイルドは、「我々は世界システムをどのような問題でも解決できる。もちろん、環境問題もそれに含まれる。我々に必要なのは技術の進歩(イノヴェーション)のみである」と発言している(この録音テープは、解説付きで「動画共有サイト」の「グーグルビデオ」に投稿されている。この内容は私たちも今でも自由に見ることができる)。

つまり、エネルギーと金融の人脈ネットワークが一堂に会するのが、モーリス・ストロングという人物なのである。そしてロックフェラー(石油財閥の子孫)とロスチャイルド(欧米随一の金融家)の存在がある。

そうしてエネルギーと金融の重要人物が結びつくと、どのような科学反応が生まれるか。それは前述したとおり、新しいビジネスが生まれる。火を見るよりも明らかだろう。そのようにして、エネルギー戦略と金融戦略の双方の面で欧米財界に有利な戦略提言が生まれたのである。それが最終的にストロングの指導の下に書かれたゴアの主著、「地球の掟」となって結実したというわけである。

(引用終わり)

醜い日本の原発導入の始まり

今私は「黒い絆 ロスチャイルドと原発マフィア」鬼塚英昭 著 成甲書房 刊 という本を読んでいます。というのは少し前まで「赤い楯」広瀬隆 著 集英社 刊 という本を読んでいたのですがこの本で世界に及ぼすロスチャイルド財閥の影響がいかに大きいか、については何度も記させて頂きました。その中で世界のウラン鉱山を支配している、ので原子力発電を稼働させたらロスチャイルドが儲かる、ということを記させて頂きました。そこでさらにそのことを深く掘り下げたい!と思ったのでこの本を買って読むことにしました。

いざ読んでみると、その「原発を稼働させたらロスチャイルドが儲かる」ことについて書いてある部分にいく前に気になったことが出てきたので書きたいと思います。それは戦後、日本が原発を導入する過程についてです。

その過程は非常に人間として愚かなものでまた、例によって日本がアメリカの意向に沿って動いている、ことを証明するものです。ではまずは、その気になった部分を上述の「黒い絆 ロスチャイルドと原発マフィア」から引用したいと思います。

(引用開始)

原発1(前略)正力松太郎の懐刀で、原子力と正力を結びつけて影で活躍した人物に柴田秀利がいる。彼は正力を「原子力の父」と呼ばせる仕掛人となった。有馬哲夫の「日本テレビとCIA」によると、NHKのニュース解説を務めた末、電波管理委員会に随行してアメリカを視察、テレビ導入に奔走した男として登場する。同書によると、「CIAが日本テレビを工作の対象として動きだすのは1953年3月25日になってからのことだ」とある。しかし、有馬は、どうして1953年3月25日なのかについては書いていない。しかし参考になることを有馬は示唆している。

「1953年3月24日、柴田は正力ら読売関係者と菅原らドゥマン・グループに見送られ、野村が書いたキャッスルへの紹介状を懐に、1,000万ドルの借款獲得のために羽田空港からアメリカへ飛び立っていった。前述の通り正力の調書の作成を求める文書が極東支部からCIA本部に送られれていた。つまり、CIAが工作として取り上げる見通しがついたので、ドウマンが菅原にOKをだして柴田をアメリカに送り出させたのだ。」

アメリカの対日政策の変更を促すためにワシントンに「アメリカ対日協議会(AJC)」という組織がつくられた。ドゥマンはその一員であった。「野村」とは、野村吉三郎元駐米大使である。

原発2この文章には、1,000万ドルをCIAを通じて、いかに正力がアメリカから獲得するかと工作した模様が書かれている。しかし、原発に関するものは書かれておらず、その後の有馬の追跡記事にも、原発にまつわる文章は出てこない。

私は前章で、第五福竜丸について書いた。「ブラボー」が爆発したのは1954年3月1日。そして、柴田秀利がアメリカに旅立ったのは、前年の同じ月の3月25日。何か、関係があるのではなかろうか。私はCIAが正力に、1,000万ドルを与えるかわりに、原子力の平和利用への協力を要請したとみるのである。(後略)

(引用終わり)

これは読売グループの創始者の正力松太郎が当時、マイクロ波通信網といわれていた通信網を日本に引くための資金としてアメリカから1,000万ドルの借款を得る過程について記された文になります。このマイクロ波通信網というのは第2次大戦中、アメリカが通信に使っていたもので、後に大量のデータを高品質の状態で送ることができる、ということが発見された通信網です。正力はこの通信網を日本に張り巡らし、日本テレビ、読売新聞などの情報収集を効率力的に行い、事業を展開しようとしていたのです。また、アメリカからしても、正力の日本テレビがこの通信網を引いて使用することは当時のソ連の共産主義勢力が日本で大きくならないようにするためには都合が良かったということです。なぜならその通信網を使ってアメリカに都合のいい情報を流していけるからです。かつこの通信網は軍事用としても使えるものだったのです。だから1,000万ドルの借款をアメリカは正力にしたのです。

この引用文で著者の鬼塚氏はこの1,000万ドルの借款は、引用した著作の著者である有馬氏の「日本テレビとCIA」には記してないが、アメリカが日本に原子力発電を正力を使って導入するために行われたとしています。鬼塚氏は、アメリカの水爆実験でその爆弾「ブラボー」がビキニ環礁で爆発したのは1954年3月1日。その約1年前の1953年の3月25日に正力の懐刀である柴田秀利が1,000万ドルの借款を得ることを目的にアメリカへ行った。だからその水爆実験で日本人の反原発世論が高まることを見越して正力にその反原発世論を抑えさせるために、1,000万ドルの借款をしてやった、としてしているのです。

私もこの「日本テレビとCIA」という本は以前読んでいたのですが確かに本の題名が「日本テレビとCIA」というだけあって、原発については書いていません。但しこの本が発売された2年後の2008年に同じ有馬氏が書いた、「原発 正力 CIA」新潮新書 という本には、タイトルどおり原発について記してありました。ではここでその「原発 正力 CIA」から原発について記してある部分を一部引用したいと思います。

(引用開始)

タイトル:博覧会で世論を転換

当時このような博覧会を世界中で開催していた。博原発5覧会だけでなく、原子力の国際管理を話し合うために開かれたジュネーヴ会議でも、かなりのスペースを持つ展示場を設けてアメリカの原子力関連の技術を紹介していた。

これも「アトムズ・フォー・ピース」の一環であり、心理戦の一部だった。世界中で原子力平和利用のキャンペーンを繰り広げ、それを各国のメディアを使って広めなければばらない。それが心理戦を担当するCIAと合衆国情報局の仕事だった。

実はアメリカに先駆けてこのような原子力博覧会を開き、この分野での援助をちらつかせて心理戦を行い、友好国の心を掴んでいたのはソ連だった。

CIAはこのようなソ連の原子力平和利用博覧会をよく研究していて、アメリカが開く博覧会に生かしていた。というより、ソ連の原子力平和利用攻勢に対抗するためにこのようなイヴェントを開くようになったとすら見ることができる。

原子力平和利用もそれを紹介する博覧会も、核兵器やテレビやマイクロ波通信網と同じく、冷戦の道具だったのだ。

CIAと合衆国情報局と駐日アメリカ大使館は、以前から「アトムズ・フォー・ピース」をアピールするために「原子力平和利用博覧会」を準備していた。確かにかつては正力の「原子力平和利用使節団」に援助を与えなかったが、それは正力の政治的野望に利用されたくなかったからだ。

今回のこのイヴェントも正力が政治目的に利用することはわかっていた。また、後で述べるように、正力がそうしたがるような政治状況になっていたことも把握していた。

にもかかわらず、アメリカの情報機関はこの共同作戦原発6を行ってもそれほど正力の野望に加担することにはならないと思っていた。というのも、両者がこのイヴェントによって目指していたことは根本的に違っていたからだ。

アメリカ側が目指していたことは、アメリカは原子力の平和利用にも真剣に取り組んでおり、その先進的技術によって日本を含む西側諸国に恩恵をもたらしたいと思っていることを日本人に伝えることだ。それによって反原子力・反米世論を鎮めることができればそれで十分なのだ。

これに対し、正力の方はそこで終わりではなく、これを踏まえたうえで、さらにアメリカから動力炉の供与、または、それを購入するための借款を引き出すことだった。そのあとで日本に原子力発電所を建設し、商業発電を実現し、それを政治的実績として総理大臣の座を手に入れることが最終目的であった。(後略)

(引用終わり)

当時正力は衆議院議員で総理大臣のイスを狙っていました。そのために正力は原子力発電をアメリカの後ろ盾のもとに、「原子力平和利用キャンペーン」を展開し、日本国民に原発の安全性を強調しかつ、原発が国民に恩恵をもたらすことを強調し、その上で原発を日本に導入していくことが必要だった。そうすれば国民に安全で恩恵をもたらす原発を正力が導入した、ということで正力に対する世論は正力にとっていい方向に傾く。その上で総理のイスを狙っていたわけです。つまり原発が国民に恩恵をもたらすうんぬん以前に正力が総理大臣になることを狙って原発を日本に導入したわけです。

そしてこのあと、中曽根康弘元首相も正力とグルになって日本の原発導入に奔走してどんどん原発が稼働されていくわけです。

原発を稼働させて正力はそれを商業用として民間企業でも原発稼働によってカネ儲けできるようにすることを目論んでいたわけです。もちろんアメリカも同時に儲かります。原発は、もう多くの人が知っているとは思いますが、原子炉などを売ってたその代金以外に稼働後のメンテナンス料などがアメリカのその原発製造メーカーに入ります。日本の原発の場合、その原発メ製造ーカーはGE(ゼネラル・エレクトリック)社とWH(ウェスティング・ハウス)社です。おそらくアメリカ政府にもカネが入るでしょう。

さらに言えば、これ以外にも儲かる連中がいます。ロスチャイルド財閥です。先日まで「赤い楯」広瀬隆 著 集英社 刊 という本をもとに何度か‘世界のウラン鉱山’をロスチャイルドが抑えている’と記させて頂きましたが当然、原発を稼働させればそのウラン原料を調達・販売するロスチャイルドは儲かるわけです。

さらには、そのロスチャイルドの傘下の原発の機械・部品をつくるメーカーも儲かるわけです。だから日本で大半の国民が反対しているにも関わらず、そういった連中のいいなりになる日本政府は原発を稼働させたがっているのでしょう。

このような日本の愚かな、醜い原発史を見ていけば、全原発を停止しているにもかかわらず大きな問題もなく(政府、電力会社が屁理屈のもとに電気料金を値上げするという問題はあるが)電気を賄えている今の状態をもって、「原発を停止させたら電力はどうするんだ!」という話がいかにバカらしいことか!と思うのです。

「震度6」は「想定外」になり得ない

今日の東京新聞朝刊の2面の総合欄にIAEA(国際原子力機関)が「東京電力が福島第一原発の事故は(原子力稼働規制の)国際慣行に従わなかったから起こった」と東京電力を批判した、とする記事がありました。そしてこの記事は、「事故当時、東電や日本政府からは「想定外」との弁明が相次いだ。」という書き出し文から始まる記事となっていました。

私はこの書き出し文の、「想定外」とする東電の言い分を改めてこの記事で読んで、それはおかしいだろ?と思いました。というのは私が福島の原発事故の直後に買って読んだ本で、原発を即時に廃止すべき、という立場の武田邦彦名古屋大学教授と即時ではなく徐々に廃止していくべきだ、とするジャーナリストの副島隆彦氏の対談本である、「原発事故、放射能、ケンカ対談」幻冬舎 刊 という本に、東電が、一般的な感覚で考えた場合に「想定内」と思われる事態も考慮することなく、原発を稼働させてきた、と思える記述があったからです。今日はそれについて書いていきます。では、まずはその東京新聞の記事を引用します。

(引用開始)

事故当時、東電や日本政府からは「想定外」との弁明が相次いだ。

しかし、IAEAは日本が何十年にもわたり原発の安全性を過信し、発生の確率が低い災害などに十分備えてこなかったと一蹴した。

IAEAは福島の事故前から、加盟国に対し原発の安全性を評価する際、機器の故障などが大事故に至るすべての可能性を把握する確率論的安全評価(PSA)の適用を勧告。2007年の専門家による訪日調査では「日本には設計基準を超える事故について検討する法的規制がない」と指摘し、過酷事故に十分備えるよう求めていた。

しかしIAEAの勧告や助言を受けた抜本的な対策は取られず、報告書によると、第一原発ではPSAを十分適用せず、非常用ディーゼル発電機などの浸水対策が不足。10年ごとの定期安全レビューでも地震・津波予測の再評価が義務付けられておらず、過酷事故への対応や安全文化の見直しも含めて「国際的な慣行」に十分従っていなかった。

福島の事故後、中東のヨルダンが「原発の建設予定地を地震が少ない場所に変更」(同国原子力委員会幹部)するなど各国は新設・既存の原発の安全を強化している。

(引用終わり)

つまり2007年にIAEAが勧告したにも関わらず東電は改善しなかった。だから福島第一原発の過酷事故は起きた。加えて中東のヨルダンが原発の安全を強化している、という記事なのですがこのIAEAが勧告した2007年の1年前の2006年に東電が一般的な感覚で考えた場合、「想定内」と思える事態も考慮しなかった、ことを示す文が「原発事故、放射能、ケンカ対談」 という本にあったのです。ではここでその部分を同著から引用します。

(引用開始)

タイトル:原発はやめるべきか

副島:もう一回申しますが、武田さんは旭化成の中で、濃縮ウランの研究所所長をなさっていた。そのとき朝日新聞のバカな記者たちにいじめられたとか、辞表を叩きつけてやると、俺はこんな仕事は嫌だと思ったこととかいっぱいあったと思うんですよ。

武田:いや、そんなことはありません。僕は信念があってね。今回の福島原発事故が起きてからは非常に深く反省していますが、あの頃私は原子力を安全にやれると思っていたんです。ですから朝日新聞が何と言おうと関係ない、という考えでした。しかしこれだけ----副島さん原発1には当たり前と言われるかもしれないけども、これだけ政府が嘘を言い、東電がサボるようでは原発を安全に動かして行けること自体が幻想だったのではないか、と。原発というのは、ある程度国民が誠実でないと、これほどの巨大技術を動かしていくのは難しいものですから。その意味では、私の判断が間違っていたのではないかと考えるようになってきています。安全にできる技術というものはあるのですが、こういう事故になった。事故の後もまだ人災が続いている。まあ、2006年の地震指針の改定の時点で、「地震・津波が想定外のときには原子力発電所は倒れていい」「大量の放射線が漏れていい」「付近住民は大量に被ばくしていい」ということが認められてしまったから、そこから疑問は抱いてきたのですが。だから僕は今、反原発に傾いていると言っていい。

(中略)

武田:その(稼働している)20基のうち、たまたま設計者が慎重だったところは案外、丈夫に造っているかもしれませんが、国の地震基準の通りだったら、ほとんど全部が震度6で破損してしまう。震度6くらいの地震はしょっちゅう来ます。原発がこういう事故につながることは分かったわけですから、全部点検してマルとバツをつけると。それでマルの原発、つまり震度6くらいが来ても当面大丈夫だろうという原発は動かす。今日は、副島さんの話を聞いて僕も内面的に進歩したと思いますけど、住民に対してはこう言う。この原発は福島原発のようになる可能性があったけれども、実は設計者が慎重だったから震度6以上の地震にも耐えられるようになっている。当面大丈夫だから動かしていきましょう、と言って住民に了解をを取る。

(後略)

この引用文の2段落目に、

「地震・津波が想定外のときには原子力発電所は倒れていい」「大量の放射線が漏れていい」「付近住民は大量に被ばくしていい」ということが認められてしまったから」

とあります。そして3段落目に、

原発2「国の地震基準の通りだったら、ほとんど全部が震度6で破損してしまう」

とあります。つまり国(政府)は原発が耐えうる地震基準は震度6未満とした上で原発を稼働してきたことになります。すなわち震度6の地震が起こることが「想定外」の事態だと国が言っているということです。もちろんこの基準を取り入れた東電もそう言っていることになります(というかこの地震基準を決めるときの話し合いに東電の人間がいないはずはない)。

武田氏が言うところの「地震・津波が想定外のときには原子力発電所は倒れていい」と国が決めたとする地震の基準は震度6以上....これは間違いなく「想定内」の事態です。震度6以上の地震は関東大震災、関西大震災、新潟中越地震、新潟中越沖地震は言うまでもなく、それ以外にも日本の過去の歴史において起こっています。しかも関西大震災、新潟中越地震、新潟中越沖地震に至ってはほんのつい最近、といっていいのか分かりませんが、今生きている日本人の大半が実際に体験、見聞している地震です。なのになぜ、震度6が「想定外」の事態になるのか、全く分かりません。さらに言えば、仮にこういった地震が過去に無かったとしても、「震度6」の地震は普通に考えて、起こりうる地震、すなわち「想定内」の地震です。

もう、ここまでおかしな、間違った判断指針で動いている日本という国は本当に「おバカな国」かもしくは我われの知らないところでそうするように支配されている、と考えざるをえません。

原発3

湾岸戦争の真相

今私は「赤い楯」広瀬隆 著 集英社 刊 という本を読んでいる、と書き、書きたくなったことがでてきたので書きたいと思います、と書き、書いてきましたがまた、書きたくなったことでてきたので書きたいと思います。それは1990年にイラクのフセインがクウェートを侵攻して、翌年1月に中東地域で起こった'湾岸戦争'についてです。

日露戦争、第一次世界大戦、第2次世界大戦、ヴェトナム戦争は仕組まれた戦争であることは以前記しましたが、この当時のイラクの大統領であったフセインがクェートに侵攻したことから始まった、湾岸戦争も仕組まれていた戦争であった、とこの「赤い楯」には書かれていました。その湾岸戦争が引き起こされた真相について書きたいと思います。ではまずはその部分が書かれている箇所を引用したいと思います。

(引用開始)

(前略)この戦争の最大の動機、それはすでに開戦の1年前に予測されたことであったが、市民の手で激動の東ヨーロッパが世界史を変えてしまい、東西対決が消えた瞬間に生まれたこと、つまり軍需産業の壊滅という事態であった。かつて1973年に、米軍のヴェトナム介入が終わった直後、地球はやはり一瞬静まり返り、多くの人がこれで平和な時代が訪れるという希望を抱いた。ところがそこに起こったのが、第4次中東戦争とオイルショックであった。筆者は毎年の戦争地図を作成してきたが、こロスれを観察してゆくと、死の商人が必ずそちこちに出没する歴史を読み取ることができる。「クラウゼヴィッツの暗号文」(新潮社)という本に40年を超える証拠の戦争地図を示してあるので、解読のために活用していただきたい。

1989年の出来事は、しかし今まで人類が体験したことのないほど新鮮で、軍需産業の存在を根底から揺るがすものであった。'戦争が終わったあとに訪れる平和'ではなく、民衆がつくり出した'無血革命による新世界'だったからである。その結果、全世界に兵器を輸出してきたアメリカ・ヨーロッパ、ソ連の工場群は、将来に職場がまったく存在しないかも知れないという悪夢の日を迎えた。ここで注意しなければならないのは、アメリカとヨーロッパの兵器輸出を比較すると、1989年の実績でアメリカ25億ドルに対して、フランス15億ドル、イギリス10億ドル、オランダ6億ドル、これに西ドイツ、スウェーデン、スペイン、イタリアを加えると、ヨーロッパ7カ国の合計が優に35億ドルを超え、いずれもロスチャイルド財閥によって支配される一企業だったという事実である。ほとんどの人はアメリカの軍需産業だけを巨大なものとして錯覚してきたが、全世界に紛争の火をつけてきた効果は、ヨーロッパ大陸の方がはるかに大きく、しかも'アメリカ'と呼ばれる国家の軍需細胞は、国防総省との契約額で1990年に第2位になったゼネラル・ダイナミックス社をはじめとして、現在では相当な部分をこのユダヤ王の財閥によって握られた状態にある。

(中略)

多国籍軍とは、この人間たち(私の注:ロスチャイルドの息のかかった連中)によって組織されたユダヤ軍団であり、アメリカとイギリス、フランスの民衆が戦争を挑発する発言を口にしてきたのも、彼ら自らがその軍需ネットワークに組み込まれてきたからであった。激動の東ヨーロッパと東西対決崩壊のあと、彼らに襲いかかった1990年の失業の波は、わが国の新聞で小さく報じられてきたようなものではなく、工業会の上部が密かに予測した数字は、きわめて深刻な90年代前半を脳裡に描かせるものであった。しかもレーガン、サッチャー、ミッテランが80年代に軍需産業へ猛烈に傾いた分だけ、下落してゆく反動は激しかった。

全米で1位と2位国防費契約額を記録していたマクドネル・ダグラスとゼネラル・ダイナミックスの両社は、90年12月18日に、国防総省が倒産を口にするほどの窮状であることが報道され、いずれも数千人の首切りに追い込まれた。このとき全米では、1ヶ月に60万人が一挙に失業者となり、それが一般の企業にも大きな影響を与えて、自動車のゼネラル・モーターズも首切りを始めた。開戦の前の月の出来事である。ヨーロッパではフィアットやルノー、オリヴェッティ、トムソン、ブリティッシュ・エアロスペースなど大手の軍需工業メーカーが続々と生産量の減少や工場閉鎖に追いつめられ・・・・そこに引き起こされたのが、'多国籍軍によるイラクへの空爆開始'である。ソ連がリトアニアへ侵攻したのも、共産社会の中で同じ要求が出されていたためであった。それは、注文(私の注:戦争を引き起こし、兵器を軍需産業に注文しろ!という意)である。

以後、ゼネラル・ダイナミックス社の巡行ミサイル・トマホークが花火のように空に放たれ、マクドネル・ダグラス社の戦闘ヘリコプター・アパッチと戦闘機F15イーグルが空に舞った。グラマン社の戦闘機F14トムキャットが次々と発進し、レイ・セオン社の迎撃ミサイル・パトリオットが大々的に宣伝され、これらの株価はウオール街で急上昇し始めた。軍需工場が息を吹き返したのである。

空爆だけで、これらの費用は1日5億ドルに達し、1ドルが130円として650億円。ところが開戦前、すでにアメリカ議会の予算委員会で出されていた数字は、90年の1年間だけで4兆円を超えるものであり(私の解説:つまり軍需産業の意向がアメリカ議会にあからさまに反映されている)、これは世界最大級の原子炉をわずか1年で10基も建設するという莫大な支出であった。米軍の活動ばかりが強調されていたが、フランスは14の軍艦と1万7千人の兵士を派遣し、アルジェリア戦争以来の大々的な海上作戦を展開した。イギリスはその倍の兵員を投入し、その名も'チャーチル'という戦車がサウジアラビアの砂漠に続々と送り込まれた。この作戦は名付けて'砂漠の楯(Operation Desert Shield)'だったからである。開戦後は'砂漠の嵐'。(後略)

(引用終わり)

つまり、戦争が起こるときはいつもそうであるように、軍需産業が儲けるために引き起こされた、ということです。そしてこの湾岸戦争(このネーミングは従来の中東戦争との違いを演出するために創り出されたもの。それまでであれば普通に、中東戦争と言われていた)は、ベルリンの壁が崩壊したことによる'芝居の東西冷戦'が終わってしまい、欧米の軍需産業は顔色が真っ青になった。だから軍需産業やその軍需産業を傘下に置くロスチャイルドは湾岸戦争を引き起こしたということです。

ここで著者の広瀬氏が指摘している、アメリカよりもヨーロッパ諸国の合計の方がはるかに兵器の輸出額が高い、という事実がまさにロスチャイルドがいかに世界を支配している、という事実を著しています。否、アメリカの軍需産業さえも多くはロスチャイルドの傘下にあるのです。

しかし軍需産業やロスチャイルドがこの戦争を企てたとしたらイラクのフセインにクウェートを侵攻させたのも軍需産業やロスチャイルドということになります。ではこのことについて記されている部分を同じ「赤い楯」からここで引用したいと思います。

(引用開始)

(前略)この創作された戦争の最大のトリックは、いかにして'恐怖の敵国'をつくり出すか、つまりイラク側の戦争準備にあった。長いあいだ育て上げた富豪の代理人フセインとキリスト教徒アジズばかりでなく、戦略そのものが仕組まれていたのである。

フセインがイラン・イラク戦争からクウェート侵攻までに導入してきた兵器は何であろう。最大の問題となった毒ガス兵器をイラクに送り込んだヨーロッパ企業としては、いくつかの名前が挙げられたが、なかでもドイツの化学品メーカー「プロイサグ」は、前述のようにドイツ・シェルの重役として、再建クレディタンシュタルトに大きな力を持つロスチャイルドの代理人、ギュンター・ザスマンスハウゼンが会長をつとめてきた会社だ。かつてイラン・イラク戦争では、同胞のアラブ人を1万人以上もこの毒ガスで殺したフセインの背後には、おそるべき会社が隠れていた。

イスラエルではガス・マスクを国民に配布し、現地のユダヤ人たちがイラクに対する怒りの声を全世界に伝えた。サウジアラビアなど周辺国でもマスクは大量に売れ、メーカーの収入は莫大な金額に達した。

「いざとなれば先制攻撃しかない」と語ったイスラエルのシャミル首相は、パレスチナの占領地に大量のユダヤ人を送り込み、アラブ人を虐殺しながら入植地の建設を進めてきた男で、実は兵器のセールスで現在(私の注:1990年頃)の地位を得た人物である。実際に神経ガス'タブン'が使用されれば、皮膚にわずか付着しただけで死亡するという猛毒性を持っているため、マスクなどは役に立たない。その毒ガスを製造して秘かにイラクに送り込んできたのがユダヤ系の企業である。これは奇妙ではないか。

1981年にイスラエルがイラクに建設中の原子炉を爆撃するという事件が起こったが、これは1975年9月10日、ジスカールデスタン大統領時代にパリ・ロスチャイルド家によるフランス・イラクの核開発協定が調印されたためであった。その後もロスチャイルドのウラン・カルテルは、イラクに大量の濃縮ウランを売却し、フランス製の原子炉をバグダッド近郊に建設してきた。これを多国籍軍が攻撃したのである。

戦闘機については、すでに述べたようにユダヤ人の死の商人、マルセル・ダッソーが大量の爆撃機ミラージュをイラクに売り込んできた。イラクのクウェート侵攻は、このミラージュによっておこなわれ、迎撃したクウェートの戦闘機もまた、同じミラージュであった。フランス大統領ミッテランがブレゲ一族であるから、ダッソー・ブレゲのミラージュを販売した背景と犯罪はあまりにも露骨であった。この時点で、イラクはフランスに30億ドルという巨額の武器購入債務つまり借金を持っていた。このミッテランが国連で中東和平のための提案をおこなったのだから、その厚顔無恥には言葉もないが、それを宣伝した世界のジャーナリズムの正体には底知れぬものを覚える。

またイラクの主力ミサイルは、初期にイスラエルとサロス2ウジアラビアに射ち込まれたスカッドではなく、これもフランス製の軍艦攻撃用エグゾセ・ミサイルだったが、ミッテランの弟ジャックが総裁をつとめたエアロスパシャル社の製品であった。そのレーダー部分は、これもユダヤ人ダッソーの製品であった。それ以上の驚きは、ソ連からイラクに送り込まれ、イスラエルに向けた発射されたスカッド・ミサイルが、ユダヤ人によって設計されたものだという事実であろう。設計者であったソ連のユダヤ人ヴィクトル・フェルマルクは、FearmarkまたはFaiermarkと書く物理学者で、世界のユダヤ人・人名録に記載されてきた重要人物である。ソ連とフランスが手を組む姿がここにある。

フセインもこのフランスとの密約を承知して、クウェート侵攻から3週間後にはフランス人の出国を早々と許可し、特別に扱うことになった。2ヶ月後には、またしても人質にしていた外国人のうちフランス人だけを開放したのである。これはミッテランに政治力があるからではなく、最初から仕組まれた戦争であることを証明していた。特に1990年8月2日のイラクのクウェート侵攻では、フランスのスポット・イマージュ社がそのちょうど3か月前にイラクに売り渡した‘クウェートを衛星から撮影した高精度の写真’つまり航空写真のような地図を使って、侵略が一瞬のうちに成功したのである。この軍需会社は、姉妹会社が悪魔島の南米ギアナからミサイルを打ち上げてきたアリアンスペース社で、実はヴィッカースを母体にしたロスチャイルド財閥のブリティッシュ・エアロスペース社と技術提携した会社であった。このいかがわしい裏取引は、イラク最大の財源‘石油’に発端があった。(後略)

(引用終わり)

フセインのイラクは毒ガス兵器をロスチャイルドの代理人が会長の「プロイサグ」から買い、大量の濃縮ウランをロスチャイルドのウランカルテルから買った。

さらにフセインは敵国である多国籍軍のフランス大統領ミッテランと同じ一族のマルセル・ダッソーから爆撃機‘ミラージュ’を買い、同じフランスのミッテランの弟が総裁のエアロスパシャル社の軍艦攻撃用エグゾセ・ミサイルを敵に多量に撃ち込み、そのレーダー部分はこれまたダッソー社製のものだったというオチまでついていた。

さらにフセインはこれまた敵であるフランスのスポット・イマージュ社から‘クウェートを衛星から撮影した高精度の写真’を買い、クウェート侵攻を成功させた。このスポット・イマージュ社はヴィッカースを母体にしたロスチャイルド財閥のブリティッシュ・エアロスペース社と技術提携した会社だった、というオチまでついていた。

つまり開戦前から完全にフセインはロスチャイルドと敵国であるフランスから兵器、ウラン等を受け取り、戦争をさせられたということです。この戦争もやはりロスチャイルドなどが仕組んだ戦争だったのです。

核不拡散の要素が後退した文書案を歓迎する菅氏

本日の朝日新聞の朝刊3面に今、ニューヨークで行われている核不拡散条約(NPT)再検討会議についての記事があり、読んでみたらまたしても、と言っていいのか分かりませんが、日本の政治家の情けない根性が見え、がっかりさせられました。

この会議は言うまでもなく、核兵器の廃止、もしくは削減を目指すことを目的に行われているものですが、その会議で採択される文書案が当初のものより後退(核不拡散の要素が低減)されているのにも関わらず、菅義偉官房長官はかなり満足している、といったことが書かれていました。この記事も日本がいかに対米追従路線で政治を行っているかを示すものとなっていました。以下にその記事を書き記します。

(書き記し開始)

タイトル:「禁止条約」の文言 削除

「核軍縮」「核不拡散」「核の平和利用」の3委員会の協議の成果をまとめた文書案は米東部時間の午前2時(日本時間午後3時)前、国連本部で配布された。当初の予定より11時間近く遅れた配布だった。

朝日新聞が独自入手した文書案は全24ページ。

8日付の当初案に比べると、核軍縮を進めるための「効果的措置」の内容が弱まった。当初案は、すべての国々に「核なき世界」の達成と維持に必要な国際的な法規定づくりに参加するように促し、「核兵器禁止条約」や、既存の核兵器の廃棄・検証プロセスも含めた「包括的(禁止)条約」を具体例として示していた。しかし、22日の文書案ではいずれも削除された。

禁止論に反対する米ロ英仏中の核保有国の意見が影響したとみられる。

文書案には、今秋の国連総会に自由参加型の作業部会を設け、核廃絶に向けた法規定を検討するよう勧告する文言が新たに盛り込まれた。しかし、同様の試みは2013年に実施済みで、肝心の核保有国は不参加だった。核廃絶を訴える国の代表団の一人は「過去に失敗した手法が再び盛り込まれた。核保有国に都合の良い提案で、多くの非保有国が問題視している」と述べた。

「核兵器の非人道性」についての記述は盛り込まれたが、表現は当初案よりは後退した。交渉経緯を知る関係者は、「核保有国への配慮が終盤で働いた」と証言した。

北朝鮮については、核実験を強く避難したほか、核開発計画の放棄を強く要請。シリアやイラクで活動する過激派組織「イスラム国」(IS)のような「非国家主体」が核兵器やミサイルをつくるリスクについて懸念を表明した。

各国は最終文書案について本国政府と相談し、最後の全体会合が始まる22日午後3時(日本時間23日午前4時)までの賛否を決めるよう求められている。最終文書の採択は全会一致が原則。多くの非保有国は当初案から後退した内容の文書案に不満を抱いており、同意に到達できるのか、楽観できない情勢だ。

核使用の非人道性や核兵器禁止条約の制定を訴える「新アジェンダ連合」に加わるニュージーランドのデル・ヒギー軍縮大使は、朝日新聞の取材に「(文書案は)まだ懸念が残っている」と述べた。核兵器禁止条約の制定をめざす宣言を発表し、90カ国以上の賛同を得たオーストラリアのクメント軍縮大使は「コメントできない」と厳しい表情を見せた。

一方、菅義偉官房長官は22日午後の記者会見で、最終文書案について「我が国が重視した考え方がおおむね取り込まれている」と語った。日本政府が求めていた「広島」「長崎」の地名は盛り込まれなかったが、被爆者や被爆地との交流が盛り込まれたことを評価したうえで「国際的な核軍縮、不拡散の推進の観点から、合意文書が採択されることを強く望む」と述べた。(ニューヨーク=松尾一郎、金成隆一)

(書き記し終わり)

これは要するに核兵器を持ってる国は核兵器の使用を禁止にしたくはないし、核兵器を保有していない国は核兵器の使用を禁止したい、ということが書かれているのですが、この会議をもって菅義偉官房長官がおおむね納得し、この「核不拡散」の要素が後退した文書が採択されることを望む、としているのが何とも情けない気がします。

上述の書き記し文に書いてあるように文書案の文言から「広島」「長崎」という字が削除されたわけですが他にもいくつか後退した箇所がありました。であれば、菅官房長官は「核不拡散の要素が後退した文書案の採択を望む」ではなく、せめて「納得できない」ぐらい言って欲しい。しかも過去に核兵器を落とされていないニュージーランドやオーストラリアの出席者が懸念を表明している。一方日本は実際に「広島」と「長崎」に原爆を落とされ、多数の死者を出し、生き残った人たちもいまだに重度な後遺症に苦しむ人がたくさんいるのに、原爆を落とされていないニュージーランドやオーストラリアの出席者よりも核不拡散の要素が後退した文書案の採択を菅官房長官歓迎している。非常に日本人としてはずかしいことです。

さらにいえば、日本は2011年3月11日に起きた東日本大震災によって原子力発電の原子炉がメルトダウンし(と言われている)、放射能が福島県を中心に東日本の多くの地域を覆い尽くし、核の怖さを身を持って知り得た。にも関わらず、菅官房長官は「核不拡散の要素が後退した文書案の採択を望む」としているのは核保有国、特にアメリカに配慮している(日本の原発推進をアメリカは望んでいる)、と思われても仕方がない。

菅官房長官は先日、沖縄の翁長知事が米軍基地の名護市辺野古への移転を中止する、と言った際に、記者会見で翁長知事に対して「この期に及んで(何を言っている)」という発言を4回も繰り返しした(http://blog.livedoor.jp/shiderz402-seikei/archives/2015-03-25.html)。しかもこれ以前に翁長知事が再三、菅官房長官に面会を求めていたにも関わらず、それまで1度も会っていなかった。つまりは沖縄の意見を完全に無視してアメリカの意向通りに米軍基地政策を進めようとしている人物です。そして今回、このように核不拡散要素が後退した核不拡散条約(NPT)再検討会議の文書案の採択を望む、としています。

もちろん安倍もそうですがこの菅官房長官も戦争を推進したいのではないか、と思えてなりません。

NPT

緊急事態条項の「首相権限強化」について

先日(19日)の東京新聞朝刊を読んでいたら1面に、「自民党の改正憲法草案の緊急事態条項に停電時も含まれる」といった要旨の記事があり、その要旨の詳しいことが6面に書いてある、と書いてあったので6面を開いて読んでみたら、要するに中東などの地域で戦争が起こり、その結果として石油や天然ガスなどの日本への供給が滞って電気が日本で使えない状態のことでした。つまりその場合においては日本はその中東などの地域に攻撃をする、ということです。

これ自体も安倍の「日本を戦争する方向へもっていく政策」という側面を考えると大問題ですが私はその記事の左横にある別の「緊急事態条項」の記事の方に気がいきました。それは緊急事態条項は震災などの緊急事態における首相の権限を強化する、つまり自然災害の際には国民は政府の言うとおりにしろ! ということが書かれてあったのです。

なぜその記事が気になったかというと、記事を読んでいて、その必要はない、のに政府がその首相権限の強化をゴリ押ししようとしているように思えたからです。なぜならその記事は東日本大震災で現地の対応に遅れがあった、ゆえに災害時の首相権限の強化は必要だ! としているのですが当の震災が起こった現地ではその必要性を感じていないにもかかわらず政府が今、戦争のための改憲論議をしている、と多くの国民が思っているさなかに自然災害時もそれに含まれる、などとどさくさに紛れてそれを押し通そうとしていることに何か裏がある、と思ったからです。ではまず、その自然災害時も自民党の改正憲法草案に含まれる、とする記事を以下に引用します。

(引用開始)

緊急事態条項は他の「環境権」「財政規律条項」と2項目とともに、7日の衆院憲法審査会に示された。今国会で初の本格討論を行い、改憲反対の共産党を除き、与党の公明党と、民主党、維新の党、次世代の党の野党各党が賛成姿勢や理解を示した。

国会の動きに被災地は敏感に反応した。「私権を制限した方がいいと思うほど大変だったが、何とかやり遂げた。(改憲してまでの)制限は必要ないのではないか」気仙沼市の菅原茂市長は8日の記者会見で震災当時をこう振り返り、改憲の動きへの違和感を口にした。

市長が言及したのは津波で流された車両1万台の撤去。道路をふさいで救助や復旧作業に支障を来たしたが、財産権との兼ね合いで簡単には動かせない。国の撤去指針策定も遅れ、対応に苦慮した。

緊急事態条項を導入すれば災害時に財産権などの制限が可能になるが、被災現場では慎重論が目立つ。当時、国の指針を待たずに撤去に踏み切った多賀城市の担当者は「国の権限を大きくするより、自治体に裁量を認めた方が実情に合った対応ができる」と語る。

震災が改憲論議に結びつけられること自体への反発もある。岩手、宮城、福島3県の弁護士会は4月、災害対策を理由とする緊急事態条項に反対する声明を相次いで出した。

仙台弁護士会の岩渕健彦会長は「災害対策の基本は事前準備だが、法律の枠内で対応が可能。基本的人権を制約する緊急事態条項の導入には慎重な議論が必要だ」と指摘する。

一方、仙台市障害福祉協会会長の阿部一彦東北福祉大教授は「災害弱者支援に限れば、さまざまな手段があることには意味がある」と緊急事態条項の新設に一定の理解を示す。念頭には震災時、個人情報保護法などを盾に情報提供を断られる例が続出したことがあり、今後の国会論戦を注視していく考えだ。

(引用終わり)

この記事を読んでいる限りでは緊急事態条項に自然災害時を入れる必要性は感じられません。気仙沼市の菅原市長は、「改憲してまでの制限は必要ないのではないか」と言い、多賀城市の担当者に至っては「国の権限を大きくするより、自治体に裁量を認めた方が実情に合った対応ができる」とまで言っています。一方、仙台市障害福祉協会会長の阿部一彦東北福祉大教授は「災害弱者支援に限ればさまざまな手段があることには意味がある」と言ってはいますがあくまでも「意味がある」ということを言っているだけで逆に言えば意味がない、わけはないのであたりまえのことそ言っているに過ぎない。というかこの阿部一彦東北福祉大教授の発言は少しおかしい。「さまざまな手段があることには意味がある」と言っていますが、緊急事態の時は首相が権限を強化する、というか緊急時は首相の命令に従え! と言っているのだからさまざまな手段はない。首相の命令に従うだけです。

ではなぜ、政府は気仙沼市の菅原市長が「改憲してまでの制限は必要ないのではないか」と言い、多賀城市の担当者は「国の権限を大きくするより、自治体に裁量を認めた方が実情に合った対応ができる」と言っているのに自然災害時に「首相権限強化」条項を盛り込もうとしているのか? 政府が国民の意に反して強引に物事を進めようとしている時は多くの場合、アメリカもしくはアメリカが関係している何かが裏でそれをさせていること多い。例えば日本の原発推進はアメリカのジャパン・ハンドラーズ(日本の政治家などを手に取るように操る連中)と言われているリチャード・アーミテージやジョセフ・ナイがそうするように言っています(http://mw.nikkei.com/tb/#!/article/DGXNASGM26058_W2A021C1000000/)。また、消費増税は増税されるだいぶ前からアメリカのワシントンD.Cに本部があるIMF(国際通貨基金)がなぜか日本に促していた。なので政府が国民の意に反して強引に物事を進めようとしている時はまず、アメリカを調べてみると分かることが多い。なので私はそのアメリカ事情に詳しい堤未果氏の著作である「ルポ 貧困大国アメリカ」「ルポ 貧困大国アメリカ供廖(株)貧困大国アメリカ」3冊とも岩波書店 刊 、「政府は必ず嘘をつく」角川SSC新書 の4冊を過去に読んでいたのですが改めて読み返してみました。すると答えをこの4冊のうちの1冊の「ルポ 貧困大国 アメリカ」から見つけました。

その答えは2005年8月にアメリカのニューオリンズなどを襲った「ハリケーン・カトリーナ」におけるアメリカ政府とその後のニューオリンズやその周辺の地域の経過をみることで発見しました。皮肉にも政府が東日本大震災を盾に地元地域の意に反してまで行おうとしている緊急事態条項の「首相権限強化」方針の意図を同じ自然災害である「ハリケーン・カトリーナ」に見出したのです。

政府が緊急時に権限を強化するということは過去にアメリカでも行われていました。ではまず、「ルポ 貧困大国 アメリカ」からその部分を抜粋します。

(抜粋開始)

(前略)1979年に第39代ジミー・カーター大統領によって設立されたFEMAの当初の使命とは、国家に対する「全ての危険」について最悪のシナリオを扱うことだった。

1993年、第42代ビル・クリントン大統領はアーカンソー州で緊急事態管理を担当していたジェームズ・ウィットをFEMAの新長官に任命。FEMAは改革され、自然災害対策プログラムが優先順位の上位に置かれた。予算は増加し、1997年には災害予防プログラム「プログラム・インパクト」が確立された。

予防は最大の災害対策とされ、全米の災害予想地域で家屋が洪水ライン以上の地に引き上げられ、建物はハリケーンの風や地震に耐えるように設計され、コミュニティは森林火災地域から遠ざけて再配置された。「災害の緩和に1ドルを費やせば、災害復旧コストの2ドルを節約する」をキーワードに、1999年のハリケーン・フロイト上陸時には数日前から一軒一軒の家を回り300万人を避難させることに成功した。(後略)

(抜粋終わり)

FEMAとはFederal Emergency Management Agency の略称でFEMAとなり、日本語では連邦緊急事態管理庁になります。このハリケーン・フロイト上陸時においてのFEMAの対応は政府の権限強化が良い方向へ進んだ、といえます。但し、この後FEMAは180度変わります。それによる弊害がハリケーン・カトリーナの時に起こります。

また、上記のFEMAのようなものを日本の政府が考えているとは全く思えません。それは東日本大震災における避難者の方々に対する政府の対応を見れば分かりますが、これだけ大変な思いをしている震災で避難している人たちに対しての対応が杜撰で、しかも2017年には東電の震災被害者への慰謝料の支払いを終了することを、避難している人たちの意に反して決めています。このような対応を、実際に大災害が起こった後ですらしている日本政府が 、災害時、素早く、的確な対応ができるとは思えません。

ではここで前述した、ハリケーン・フロイトの時とは180度違った対応をしたハリケーン・カトリーナの時のFEMAの動きについて記された部分を同じ「ルポ 貧困大国アメリカ」から抜粋します。

(抜粋開始)

(前略)犠牲者をあそこまで多く出した原因の一つに、FEMAの対応の遅れがあげられる。8月25日。ルイジアナ知事キャスリーン・ブランコが、ルイジアナ州に非常事態宣言を発令。フロリダ、アラバマ、ミシシッピ、ルイジアナ等湾岸各州が、国防総省に兵員援助要求を開始した。

8月27日午前5時。カトリーナがカテゴリー3ハリケーン(風速96〜113ノット)に発達し、ブランコ知事はブッシュ大統領に、ルイジアナ州に連邦非常事態宣言の発令を依頼する。

同日、ブッシュ大統領はルイジアナ州に連邦非常事態宣言を発令し、国土安全保障省とFEMAに、カトリーナ対策に関わる全権を委任した。

しかしながら、この時ホワイトハウスの発令した非常事態宣言適用地域リストには、被災の特にひどかったニューオリンズ市などの州南部エリアは含まれていなかった。

8月29日。カトリーナがカテゴリー4ハリケーン(風速114〜135ノット)としてルイジアナ州に上陸し、ニューオリンズ市内では大規模な停電が発生、街路樹は倒れ木造家屋は破壊、車は吹き飛ばされる危険な状態になった。停電によりエアコンが停止し耐えがたい暑さになった暗闇の中で、レイプなどの暴力行為が発生し始める。

この日、ブッシュ大統領はアリゾナ州を目指して飛行中のエアフォース・ワン(大統領専用機)から、DHS(国土安全保障省)のマイケル・チャートフ長官と電話で「移民問題」で意見交換していた。(ホワイトハウスのHPより)。

その日の午後に、FEMAのマイケル・ブラウン長官が、「すべての消防その他救援組織はハリケーン被災地で、FEMAによって申請・承認されない限り、独自の緊急救援活動をしてはならない」との声明を発表。この決定の結果として、ハリケーン被災地住民から地元救援部隊に支援要請があっても、FEMA支部職員の承認なしには活動できなくなった。

そしてその直後に堤防が決壊し、ニューオリンズ市内は水没し始める。「ニューズウィーク」誌の記事によると、その日ブッシュ大統領はアリゾナのリゾート地に到着し、自身の推進する高齢者向け医療・医薬品サービス民営化法案のための遊説を行い、続いてカリフォルニア州高齢者センターを訪問、高齢者向け医療・医薬品サービス民営化法案のメリットについて聴衆と意見交換していたという。同日午後8時、ルイジアナ州のブランコ知事はブッシュ大統領に緊急災害支援について電話で再度要請したが、これに対しても具体的な対応は何もなかった。(Newsweek Nov.9,2005)。

その時の対応をジェフリーはこう語る。「FEMAは、市街の保安確保まで救援活動を停止させる決定をし、州兵が到着して治安が回復するまで救援隊員を待機させました。近隣の州から応援に来たボランティア消防隊員も締め出したのです。すでに被災地では暴力、略奪、レイプなどが多発していましたが、ブラウン長官は後日それについてのCNNのインタビューで、「そんな報告は聞いていない」と発言して批判を浴びていました。FEMAが被災地脱出に必要とされるバスの台数を1335台と認定して派遣し始めたのは、ハリケーンが上陸してから5日後の9月3日午後8時でした」

その日の翌日の9月4日、NBCのインタビューでルイジアナ州郡責任者であるアーロン・ブルザードは、カメラに向かって泣きながらこう叫んだ。「私たちは故国から見捨てられたんです。FEMAがニューオリンズ市民を殺したんです」

(抜粋終わり)

クリントン元大統領が「プロジェクト・インパクト」のもとにFEMAに自然災害に備え、予防に力を入れる政策を行った。だがなぜかその後のブッシュ元大統領はその、「未然に災害を防ぐプロジェクト・インパクト」をやめ、2001年2月、およそ2億ドルを節約すると主張し、「競争」を導入した新しい災害緩和プログラム(危機緩和助成プログラム、Hazard Mitigasion Grand Proguram HMGP)に移行します。そして同年9月、同時多発テロが発生すると、沿岸警備隊、税関、交通安全局など22の機関が統合され、2003年1月に国土安全保障省(Depertment of Homeland Scurity DHS)が設立され、FEMAもその傘下に統合され、その権限は大幅に減りました。

そんなFEMAが上記の抜粋文にあるように、「すべての消防その他救援組織はハリケーン被災地で、FEMAによって申請・承認されない限り、独自の緊急救援活動をしてはならない」との声明を発表した。つまり現地の消防隊員やその他の地元の救援組織は災害を目の前にしてFEMAの許可が降りない、という理由で救援できるのに救援しない状態であったということです。

さらにFEMAは、被災地では暴力、略奪、レイプなどが多発していたにも関わわらず、市街の保安確保ができるまで救援活動を停止させる決定をし、州兵が到着して治安が回復するまで救援隊員を待機させ、近隣の州から応援に来たボランティア消防隊員も締め出したわけです。

一体FEMAというかアメリカ政府というかブッシュというか、連中は何を考えてそんな対応をしたのだろうか? ハリケーン・カトリーナの被災者をあえて皆殺しにするような対策をした、といっても過言ではない災害対応です。

ではここでこのハリケーン・カトリーナが過ぎ去った後のニューオリンズはどうなったか、について記されている部分を同著から抜粋します。

(抜粋開始)

タイトル:「再建」ではなく、「削除」されたニューオリンズの貧困地域

政府関係者の間では、もともと貧しく犯罪率の高い貧困地域を、これを機会に安全で住みやすい場所に作り変えるべきだという声も少なくなかった。

ワシントンに本拠を持つ共和党最大のシンクタンクであるヘリテッジ財団は、災害地救援策に対し「地域全体の経済競争地区化」「地域の均一課税自由企業地域化」などといった格差を拡大する法案を提案、のちに大統領の署名によって承認された。

ブッシュ政権が洪水発生から1年の間に提案したのは、連邦政府が所有する土地を避難民に分配するというものだった。ただし、それには賃貸ではなく分譲で、という条件がついている。避難民たちはその土地で以前と同じ安アパートを借りる代わりに家を建てるための権利をくじ引きで競わなければならない。

ルイジアナ州バトンルージュ市選出のリチャード・ベイカー下院議員は、ワシントンで「ウォールストリート・ジャーナル」紙に答えてこう語った。「やっと、ニューオリンズの貧困者向け住宅が片付いてくれたよ。我々ができなかったことを、神が代わりにやってくださったのさ」(Wall Street Jarnal, Sept.9,2005)。

人影の消えた瓦礫だらけの居住区では、昔からあったカトリーナ2低所得者用の公共団地が取り壊され、高級コンドミニアム群とショッピングモールが建設された。「低地第9区」のように海抜下にある貧困地区の一部を、富裕者地区を守るための貯水池に改造しようという計画もすでに進んでいる(Wall Street Jarnal,Sept.15,2005)。

ブッシュ大統領の復興計画づくりに力を貸した「共和党研究グループ」の世話役の一人であるマイク・ペンス下院議員は、同紙のインタビューで、共和党は被災地の瓦礫の中から資本主義の理想郷を出現させると言っている(同上)。「我々は湾岸を自由企業中心の地に作り変える。官が取り仕切るニューオリンズ復興なんて問題外だね」

被災者たちの分譲資金どころか、職も帰りの交通費さえないのだ。住んでいた土地は富裕層の人々に徐々に取って代わられ、被災地再生計画は怒りの声をあげる避難民の間で「民族浄化計画」と呼ばれている。

(抜粋終わり)

上記の抜粋文のルイジアナ州バトンルージュ市選出のリチャード・ベイカー下院議員やマイク・ペンス下院議員の発言からおそらく連邦議会は初めからニューオリンズの復興など全く考えていなかった。抜粋文に書いてあるように、「ニューオリンズの貧困者向け住宅が片付いてくれた」、「湾岸を自由企業中心の地に作り変え、官が取り仕切るニューオリンズ復興なんて問題外だ」という発言から明らかなように、資本の大きい大企業が進出しやすい地域に作り変える狙いがわかります。

しかし上述した3つの抜粋文を読んで、話が順序よく、うまく進んでいる気がしてなりません。

2001年9月 同時多発テロ発生

沿岸警備隊、税関、交通安全局など22の機関が統合される。

2003年1月 国土安全保障省(Depertment of Homeland Scurity DHS)が設立され、FEMAもその傘下に統合され、その権限は大幅に減る。

ハリケーン・カトリーナ発生

FEMA、ブッシュ政権はいかにもニューオリンズ市民を皆殺しにするような災害対策を行う。

被災後、ニューオリンズ復興を全くといっていいほどせず、

人影の消えた瓦礫だらけの居住区では、昔からあった低所得者用の公共団地が取り壊され、高級コンドミニアム群とショッピングモールが建設された。「低地第9区」のように海抜下にある貧困地区の一部を、富裕者地区を守るための貯水池に改造しようという計画もすでに進んでいる(Wall Street Jarnal,Sept.15,2005)。

ルイジアナ州バトンルージュ市選出のリチャード・ベイカー下院議員は、「やっと、ニューオリンズの貧困者向け住宅が片付いてくれたよ。我々ができなかったことを、神が代わりにやってくださったのさ」と語り、

マイク・ペンス下院議員は、「我々は湾岸を自由企業中心の地に作り変える。官が取り仕切るニューオリンズ復興なんて問題外だね」と語る。

この流れはもし、資本主義のもとに大企業が進出し、富裕層にニューオリンズでいい生活をさせる、ことが初めからの目的だった、と仮定すれば計画的にすべてが遂行された、と思えてしまうのです。

もちろんこの仮説は推測に過ぎず、911同時多発テロがアメリカ政府の陰謀(これに関してはかなりの有力な証拠がある)でハリケーン・カトリーナが人工的に引き起こされた、という条件が揃っていえることです。ただ、それらが陰謀的なものではないとしても事件、災害後のアメリカ政府の対応については不自然なものが多いことは事実です。また、実際にこのハリケーン・カトリーナとは少し違うのですが、その地域が災害に見舞われ、その後にその地域の復興ではなく、その地域の住人たちを追い出し、欧米の多国籍企業が進出したことは過去にありました(http://blog.livedoor.jp/shiderz402-seikei/archives/2014-03-13.html)。

そして話を今、政府が行おうとしている自然災害時における「首相権限の強化」に戻しますが、自然災害が起こり、首相権限のもとに、ハリケーン・カトリーナ後のニューオリンズのように大企業が進出しやすいような地域に変えられる可能性は私はあると思います。なぜなら実際に311東日本大震災後にそのような動きが宮城県で起こったからです。

東北被災地視察レポートい泙世泙星鵑づ賈棉興!日本政策研究センター
http://www.seisaku-center.net/node/659

このリンク先にこう記してあります。

(引用開始)

(前略) 一方、仙台市は単に震災前の状況に復旧させるのではなく、浸水地域に「農と食のフロンティアゾーン」をもうけ、農地の大区画化や集約、法人化などの農業経営の見直し、市場競争力のある作物への転換や六次産業化の促進をめざしている。とりわけ注目したいのは、大規模化の行方だ。市経済局の幹部が言う。
 「まだ目に見える成果はありませんが、現在、地権者との交渉を進めています。今は反対でも計画が明らかになれば賛成すると言う人も多いので、このチャンスをなんとか活かしたい」
 現在、TPP推進論者はこれを機に農地の大規模化を進めるべきだと強調しているが、日本の農地の約七割は中山間地域にあり、大規模化は困難且つ期待先行が実態である。ただ、例外的に大規模化のメリットが出やすい条件の土地もあり、仙台平野はその一つ。仙台においては、地域の稲作経営の競争力を強めるためにも、大規模化は大いに進めるべきだと考える。震災という特別な機会にさえ大規模化ができなかったとしたら、おそらく他のどこの地域においても大規模化は不可能であろう。それだけに、仙台市の取組には大いに期待したい。

(引用終わり)

この引用文は農業の大規模化、法人化を推進しようとするものです。もちろんこの引用文だけをもって上述したハリケーン・カトリーナと結びつけることはできませんが、ただ今まで日本政府はアメリカなどの外資系企業を日本市場に進出させる政策をしてきたことは周知の事実です。もちろん、外資系の企業に限らず、国内の大企業への優遇政策は日本政府は今まで多数に及びしてきました。

311東日本震災後の被災地の人たちが納得しない対応ばかりしてきた政府がここにきて、自然災害時の「首相権限の強化」を持ち出し、しかも冒頭に述べたように、地元はその必要性を感じていない、にも関わらず行おうとしていることを考えると、今後の政府の動きを注意していかなくてはならないと思います。

首相権限

日本を戦争する国にするための自民党改憲草案

本日仕事帰りの車の中でFMラジオ局J-Waveの「Jam The World」というニュース番組を途中から聴きました。その番組で、「自民党の憲法改憲草案」について弁護士で落語家でもある飯田さん(落語家名:宮奴(読み:みややっこ 漢字があっているか分かりません)という方が出演してその改憲草案の問題点について話をしていました。

私は途中から聴きましたので時間にして後半の7分30秒間しか聴けなかったのですが非常に重要な指摘を宮奴さんがされていたのでi-Padで録音しました。その録音したものをここに文字起こししたいと思います。

本当はこの内容について山ほど書きたいことがあるのですがそれを書くとまた明日の朝寝坊して仕事に遅れることになりそうなのでやめます。が、一つだけ書かせて頂くと、この草案には事実上の、安倍が以前言っていた「天皇を元首にする」という日本が絶対にしてはいけない条項が盛り込まれています。「事実上」というのは実際に、あの太平洋戦争を、多数の国民が死に追いやられた状況だったにもかかわらず、引き伸ばした昭和天皇ヒロヒトがそうだったようなものとは同じではありませんが、天皇が憲法に縛られない、という条項があるということです。では文字起こしをします。

(文字起こし開始)

宮奴さん:憲法9条の3項の安全保障の条項が変えられているんですね。

「国は主権と独立を守るため、国民と協力して領土・領海を保全する」

すなわち国が主語になっていて(まず)国があって、右翼的、といっていいのかわかりませんが、国と国民の位置づけをそういふうにしている。

ナビゲーター:自民党の改憲(草案の憲法)102条はどういうものなのですか?

宮奴さん:102条は憲法の最後の条文なんですけど、国民に憲法を尊守する義務を負わせていて、憲法というのは国民がつくれるものですから、憲法を(国民に)尊守させること自体おかしいんですけど、(102条の)2項で、今の(もとの憲法の)99条にあるんですけど、天皇及び摂政(という言葉)は抜いてしまい、天皇及び摂政は憲法を尊重しなくていい(という)、憲法から自由な存在にしてしまっているということで、非常に危険な中身を(憲法の)一番最後の条文に入れている、ということが私は狡猾という言葉を使いたいですけど、ずるいところだなと思います。

ナビゲーター:ん〜まあ冷静に考えてみますと国会もありますし、議員たちもいますし、議院制ですし衆院も参院もありますしね。ここから(そういう日本のシステムで)議論していくとそこまでまあ、危ない方向には行かないんじゃないか、っていう声もありますよね。

宮奴さん:今すぐか(今すぐ危ない方向へ行くか)どうかは分かりませんけど、究極的に目指しているものがそこ(戦争体制)だということは芽のうちに摘んでおかなければいけない部分というのはあるかと思います。

ナビゲーター:なるほど、そうですか。あの、自民党の改正案の前に手続き論の話を少ししたんですけど、僕は改憲するっていうのはそんなに悪いことではないと思うんですよ。時代に合って、国民が参画して、まさに国民の手で国を縛る憲法を考えて作っていくっていうのは。ただ解釈改憲ってことになってしまうと、ときの政権によって解釈を変更してやりたいことが通ってしまう、これについては一定の歯止めをかけるべきなんじゃないかなって思うんですよ。

宮奴さん:はい、もちろんです。

ナビゲーター:このあたりについては改めて弁護士の立場でどう思われますか?

宮奴さん:それまでずうっと踏襲されてきた(憲法)解釈を突然変える、特に内閣法制局長を変えてまで改めた、ということについては全く首相の占壇的な(独裁的な)行動だったと思います。

ナビゲーター:ぼくはほんとにね、安倍さんが、例えばそういったことをやりたいのであれば緊急事態条項からとかではなくて、その自衛隊のあり方について考えましょうとか、真正面からの改憲議論というのを国民を信じて投げかけてほしいなと思うんですよ。どうしてそれを(安倍が)やらないんですか?

宮奴さん:それは今のところまだ出来ないって彼が思っているからだと思います。

ナビゲーター:出来ないっていうのはどういうことでしょうか?

宮奴さん:国民の間にどうしても9条を変えなければいけない、っていう意識がないということで(私の解説:安倍が国民に問いかけても当然国民の大半は、「NO!!」を突きつけるから、安倍は国民に真正面から問いかけることをしないで、姑息に、‘緊急事態条項’というものを作り出し、日本を戦争体制にもっていこうとしているとこと)。国民の間に憲法9条を変えなければいけないっていうことで、小林せつ(字がわからないのでひらがな表記)先生なんかは9条変えるけれど、今の公正憲法のもとで国民の理解を得ながら変えていくということをおっしゃっていますね。


ナビゲーター:でも飯田さん、今、国民っておっしゃいましたけど僕はこの国民っていう言葉も丁寧に言わなければいけないと思うんですね。

宮奴さん:はい。

ナビゲーター:では今、国民っていうのは具体的にどういう方々のことを指して国民は、とおっしゃっているんですか?
宮奴さん:いや普通に私の落語を聞きにきてくれるおじさま、おばさまたちのことを言ってますけど。

ナビゲーター:全体としてはね、今例えば、選挙をしたら自民党が勝つわけですよ。で、安全保障に関しては少し心配もあるけれどもやはりこの経済状況に関しては非常に順調にいっているじゃないか、ということでまあ、任せましょうと。で、確かに言われるように外交・安全保障上はですね、憲法9条は今までの状況でいいのかと。確かに一定の影響力をもつ国になることも必要なんじゃないか?、とおっしゃる方々も結構いらっしゃいますよね。そういう皆さんとまさに対話をしながら憲法をつくっていく作業を僕はしたいなと思うんですよ。

宮奴さん:いや、まさにそうだと思いますよ。

ナビゲーター:どういう場を作ればそれが出来るんでしょうか?

宮奴さん:どういう場って私は結構国民の間ではそういう成熟な(ものがで)きてると思うんですね。むしろ政治家がですよ、例えばこの間、負けた橋下さんていう方、あの方も弁護士ですけど、大阪の市長さんなんかが自分が当選すると白紙委任を受けたのだと、決定できる民主主義だとおっしゃっているんですよ。民主主義っていうのは決定できないんですよ。みんなのコンセンサスをつくるために、今おっしゃったようにモタモタしなきゃいけない。それにも関わらず決定できる民主主義だと言って好きなことをやった。今の安倍さんはそれを真似てるように私には見えていて、それは民主主義と関係のない、独裁だと思いますよ。

ナビゲーター:民主主義的な手続きとは何かっていうのをやはりみんなでもう一回考えなきゃいけないんじゃないかと思うんですよ。

宮奴さん:まことにそのとおりです。

ナビゲーター:だから多分、おそらく選挙だけじゃないんでしょ。民主主義っていうのは。いろいろ議論をしたりまさにその議論の場が、憲法の改正っていうのは、集い安い場(が必要)だと思うんですよね。飯田さんご自身が今回の自民党の改憲案をご覧になって今後の議論の注目点はここだ!というのは、どちらですか(何ですか)?

宮奴さん:今、戦争立法というのはネーミングがよくない、と首相は言ってますけど、(その立法は)弁護士たちが読んでも、あの、なんとか事態、なんとか実態っていうのがよく分からないんですよ(私の解説:つまり安倍はありもしない緊急時の状況を想定し、憲法を改悪して、日本をアメリカなどと一緒に戦争するよう目論んでいる、もしくは国民が否、弁護士すら読んでも分からない条文をつくり、国民の頭を煙に巻き、あるとき「それが危機状態だ!」と言い、その読んでも分からない条文を指して日本を戦争に参加させる、ことを目論んでいるということ)。よく分からないようなものならば急いで決める必要はない。現状維持を選択するというのは当然のことだと思ってるんです。それで今日ちょっと難い話が続いてるんですけど、安倍さんのいう積極的平和主義というものについて一つ小話をしたいと思うんですけど、今日、宮奴がでる、ということで聞いてくれているリスナーもいると思うんですけど、なので一つ小話をさせて頂いてお話を終わりたいと思うんですけど、

(小話開始)

「安倍さんは、積極的平和主義、積極的平和主義ということをたくさんおっしゃいますけど、アメリカの青年は血を流しているのに、日本の青年が血を流さないのはいかがなものかと、こういう問題の立て方をします。でもなぜ、アメリカに合わせなければならないのか?日本の青年は血を流さなくても平和を享受出来ているのだからアメリカも真似をしてはどうですかと、教えてあげることこそ、積極的な平和主義ではないでしょうか!!」

(小話終わり)

こういう小話でございます。

ナビゲーター:う〜ん、なるほど、ありがとうございました。飯田さんが自民党の改憲草案についてのポイントを落語調で解説した本、「八芳亭宮奴の憲法話」(読み:はっぽうていみややっこ、漢字があっているかどうかは分かりません)は花伝社(読み:かでんしゃ、漢字があっているかどうかは分かりません)から発売中です。飯田さんが落語家になって分かりやすく書いてある本になります。興味のある方は手にとってみてはいかがでしょうか!! 飯田さん、今日はお忙しいところありがとうございました。

宮奴さん:ありがとうございました。

(文字起こし終わり)


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