聖剣伝説3発売20周年記念 二次創作長編シリーズ

【フェイク・オア・アナザー/二十年後】

 

作・天河真嗣

 

伝説の勇者、『ジェマの騎士』。

その英雄が携えたとされる『マナの剣』。

それゆえに聖剣の勇者と呼ばれることもある。

時代は流れ、勇者の伝説も神話へと変わる。

時代が変わった果てにも聖剣の栄光は輝くのだろうか。

人間界も魔界も、今は同盟を組んでいる。

光と闇が共に生きる時代であった。

剣と鉄砲、魔法と大砲が戦場で相まみえる新時代である。

 

聖剣伝説3発売20周年を記念して企画された二次創作長編シリーズ。

スクウェアソフト・SFC時代のキャラクターとストーリーを中心とした

パラレルワールドで『デュランとランディの物語』が描かれていく。

『伝説の聖剣』を巡る、戦いの群像劇。

 

 

■第一章「戦争の犬たち」(八)

 フォルセナ・ローラントの二カ国連合軍と

ラビの森にて激突することとなったビーストキングダムは、

絶体絶命の危機に陥っていた。

 獣人王ガウザーの息子・ケヴィンは、

盟友のポポイやビーストキングダムの仲間たちと勇敢に戦うが、

両軍が誇る勇者たちの前に劣勢に立たされる。

 魔法王国アルテナも第三勢力として布陣し、戦況を見極めている。

 アルテナの大軍が味方に付けば形勢逆転は間違いない。

ケヴィンは親友のルガーを使者に立てるが、交渉は思うようには進まない。

 やがて、アルテナは戦いを有利に進める

フォルセナ・ローラントへ加勢することを決断。

圧倒的な兵力をビーストキングダムへ差し向ける。

 勝敗も見えたかと思われたそのとき、

ビーストキングダムのもとに最強の援軍が駆けつける。

 チョコボにまたがってラビの森に現れたのは、

『黒耀(こくよう)の騎士』の異名を取る傭兵・デュランと

その仲間たちであった――。




(八)

 

 高台に所在するアルテナの陣地にて異変が起こりつつあることは、

坂の下で大軍を足止めにしている日勝も確認していた。

 彼のいる位置からでは、陣地内に巨大なタマゴのようにも見える白い物体が

置かれていることしか分からなかったのだが、そこに亀裂が走る音は確かに聞こえている。

 背後から襲い掛かってきたフォルセナの援兵を飛び膝蹴りで迎撃しつつ、

高台を仰いでみれば、タマゴの殻に無数のヒビが入り、間もなく破片と化して剥がれ落ち、

その間隙から鈍色の蒸気が噴き出した。

 アルテナの陣地を覆い隠し、傾斜まで滑り落ちてくる蒸気の向こうでは、

何か黒い影がうごめいているようであった。

 

「……なにか、いる……ッ!」

「あたり前だろ、タマゴの中から出てこようってんだから」

「――んがッ!?

 

 独り言のつもりだった日勝は、まさか自分の呟きに答える者がいるとは思わず、

声のしたほうへと反射的に振り返った。首が妙な音を立てるほどの勢いで、だ。

 さしもの日勝も頚椎の内側から襲ってくる痛みには堪えきれず、

蚊の泣くような声を引き摺りながら、その場にへたり込んでしまった。

 

「……何してんだ、バカ」

「い、いきなり驚かせんなよ! あイたた――寝違えたみてェになっちゃったぞ、コレ!」

「ケッ――鍛え方が足りねぇんだよ。ビビッてんじゃねェ」

「そんなことを言ってる場合じゃないでしょう!? だ、大丈夫ですかっ!?

 

 刺すような痛みのために首を振ることができなくなってしまったので、

がに股に中腰という不自然な姿勢のまま体の向きを変えると、

そこにはデュランとランディの姿があった。

 今し方、声を掛けてきたのはデュランというわけである。

ランディのほうは首を捻ってしまった様子の日勝を心配し、すぐに彼の傍らへと駆け寄った。

 乱戦の只中で剣を振るっていたふたりもアルテナの陣地の異変に気付き、

フォルセナ・ローラント連合軍との斬り合いをケヴィンたちに任せて

日勝のもとへ移った次第である。

 ふたりの背後では幾人かの騎士やアマゾネスが転がされている。

乱戦から抜け出し、日勝と合流する道中で叩きのめしたのだろう。

 

「――ってか、早ェな! もっと余裕かましてくると思ったのに」

「デュランさんが急かしたんですよ。日勝さんが心配だったみたいで」

「ばッ――ランディッ! よ、余計なコトを言うんじゃねーよッ!」

 

 合流するなり軽口を叩き合う三人の傭兵であったが、

その会話を掻き消すようにして、蒸気の向こうから大きな鳴き声が聞こえてきた。

 木立を震わし、地響きを伴うほどに大きな鳴き声だが、

デュランたちには――否、この場に居合わせた全ての者たちには確かに聞き覚えがある。

この森に生息する小型モンスター、ラビと同じ鳴き声ではないか。

 やや遅れて森のあちこちで同じような鳴き声が聞こえ始め、やがて大合唱と化した。

先程の轟音と比べれば、いずれも小さく可愛いものである。

 原因は不明ながら、どうやら森に生息するラビたちが

鈍色の蒸気の向こうに潜む〝何か〟に共鳴しているらしい。

 間もなくアルテナの陣地を包み込んでいた蒸気が薄れ、巨大な影が浮かび上がる。

そこに幾条もの光線が収束していき、次の瞬間、余韻の如く渦巻いていた蒸気が霧散した。

 そうして姿を現したのは、全長二十メートルはあろうかという巨大なラビである。

「巨大」という形容の前には、大仰に「超」と付けるべきかもしれない。

 大きさ以外にも珍奇な特徴がある。他のラビは黄色い体毛で身を包んでいるのだが、

高台に鎮座したものだけは頭のてっぺんから尻尾の先までが真っ黒いのだ。

 球のように丸い尻尾の部分のみ僅かに色が異なっており、

さながら蛍火の如く明滅しているようにも見える。

 埃にように纏わり付く殻の破片が気に障るのか、

小刻みに体を震わせている巨大ラビを確認したランディは、

思わずロングソードを取り落としそうになってしまった。

 

「ブ、ブラックラビ……ッ!?

 

 呻くように呟いたランディに対して、デュランと日勝は無言で頷いた。

 その名はふたりとも耳にしたことがある。同じラビに分類される種族は言うに及ばず、

ありとあらゆるモンスターの頂点に君臨する最強の存在とされているのだ。

 愛くるしい容貌に秘められた暴威は凄まじく、

六カ国程度であれば容易く消し飛ばしてしまうと伝えられていた。

 それ故に幻の存在ともされており、人間界で確認されたケースは極端に少ない。

 しかも、だ。デュランたちが知る限り、幻の存在ではあっても体長そのものは

一般的なラビと変わらないはずだった。全長数十メートルに達するなど聞いたことがなかった。

 

「……手前ェの年齢(トシ)を考えろよ、あのバカども……」

 

 高台を仰いだデュランの口から忌々しげに舌打ちの音が漏れた。

 靄の如く残り続ける蒸気に惑わされず目を凝らしてみると、

ブラックラビの頭上に三つばかり人影が確認できた。

 言わずもがな、アルテナ王女のアンジェラとふたりの側近である。

偉そうに腕組みしながらブラックラビの頭部にて屹立し、デュランたちを見下ろしている。

 ただし、ヴィクターだけは恥ずかしそうに身を縮めていた。

生真面目な男だけに目立つような振る舞いが大の苦手なのだ。

今は居た堪れない気持ちに包まれていることだろう。

 おそらく相棒である紅蓮の魔導師に強硬に引っ張られ、

ブラックラビの頭上に乗せられたに違いない。何よりも王女の命令には絶対服従のはずだ。

 そのアンジェラの近くには風の精霊――ジンが浮揚している。

 ブラックラビ周辺に垂れ込めていた鈍色の蒸気を吹き飛ばしたのは、

ジンの力によって引き起こされた突風というわけだ。

 風の魔法をも駆使して派手派手しい登場を演出したアンジェラは、

ご満悦といった調子で高らかに笑った。

 

「奥の手まで出してあげたんだから、もっと驚いてくれなきゃ困っちゃうわねぇ。

パニック映画くらいブッ飛んだら張り合いがあるってもんだわ」

「まだまだ余興の段階だろう? 今はこれくらいの反応で十分――

魔術の神髄を思い知るのはこれからだ」

「……恐れられているのやら、ドン引きされているのやら。

私はどちらかというと後者なような気がするけれどね……」

「……ん? ヴィクター、何が言いたい?」

「さっきも言っただろう? 私はね、キミたちとは神経の構造(つくり)が違うんだよ」

 

 ブラックラビを目の当たりにした誰もが戦いを忘れ、

高台に鎮座する威容に釘付けとなっている。

 このように注目を集めるような状況こそヴィクターには何よりの苦痛であり、

逆にアンジェラや紅蓮の魔導師にとって格別の快感であった。

 

「――どうかしら、デュラン? これ以上、あんたたちの好き勝手にはさせないわよ!」

 

 ブラックラビの頭部に立つアンジェラが、

これ以上ないというくらい得意げにふんぞり返った。

 普通に喋っても斜面の下のデュランたちに声が届くということは、

これもまたジンの力を借りた魔法なのだろう。風に乗せて遠くまで声を届けているらしい。

 

「ブラックラビということだけでも驚いているのですがっ! 

そんなに大きなラビなんて実在したのでしょうかっ!? 

アルテナの研究というかっ! 魔法の力で大きくしたということですかっ!?

 

 デュランに成り代わってランディがブラックラビの委細を訊ねた。

 普通に喋っては丘の上には聞こえないと思ったのか、腹の底から大声を張り上げている。

 

「ちょっ……うるさっ――うるっさいってば! 鼓膜が破けたらどーすんのよ! 

一発で外交問題よ!? アルテナ対フォルセナで仁義なき取っ組み合いになるわよーっ!?

 

 ランディから飛ばされた大声に、アンジェラたちは一斉に手のひらで耳を押さえた。

 ジンの魔力を経由することによって、

どれほど離れた場所でも面と向かっているように会話ができるため、

大きな声を出されると却って迷惑なのだ。大音量がそのまま鼓膜に突き刺されるのである。

 

「異界で一匹だけ発見されたのよっ! それをブ――紅蓮の魔導師サマのツテを頼って

アルテナで保護したってワケ。普段は元の住処に居てもらうのだけどね」

「アンジェラ――王女までその名前で呼ばないでくれないか!」

「細かいコトを気にしてるんじゃないわよ。

あんたのお手柄を世界中に広めてあげようって言ってんのよ?」

「そ、そうか? だったら、構わんのだ、うむ――」

 

 平衡感覚を狂わせるほどの耳鳴りに見舞われながらも、

アンジェラは自慢話のチャンスだけは逃さない。

 

「アルテナの長年の研究が実を結んだのだ。『アルマムーンの召喚術』で異界と人間界とを繋ぎ、

この場に伝説のブラックラビを召喚してやったのだよ。恐れ入ったか、デュラン」

「恐れ入ったかって言われても、オレらは『アルマムーン』ってのが何なのか、

そこからして分からねぇんだがな」

「遺失文明のひとつですよ、デュランさん。大昔に滅んだ王国の名前にちなんでいたはずです」

「……ほう? 相棒のほうが学があるようだな。お前も見習ったらどうだ?」

「るっせぇなぁ、いちいち絡んできやがって……オレんとこは役割分担だ、役割分担」

 

 「遺失文明の秘法と言いましょうか――古代に失われた召喚の秘術を復活させたのです」と、

ヴィクターが紅蓮の魔導師の説明を要約した。

 アルテナの陣地に置かれた大きなタマゴは、古代の召喚術に用いる媒介であったようだ。

 つまり、殻の内側にモンスターが納まっているのではなく、

全くの空洞となっている内部にて時空の扉を開き、

異世界よりモンスターを転送させる仕組みということである。

 タマゴの容量と明らかに吊り合わない巨大ブラックラビが出現したのは、

件の仕組みに基づく召喚術であったからだ。

 『アルマムーンの召喚術』を執り行うには、

タマゴの前で賑々しく舞い踊ることが欠かせないのだとヴィクターは付け加えた。

これも故実に則った様式であるという。

 

「お前も苦労が絶えねぇな、ヴィクター」

「……いたわってくださるのはデュランさんくらいですよ……」

 

 デュランもアンジェラたちの化粧や着衣に首を傾げていたのだが、

ヴィクターの説明を聞いて、ようやく合点がいった。

 アンジェラや紅蓮の魔導師はともかく、生真面目なヴィクターにしては

珍奇な出で立ちだと思っていたのだ。ふたりから強引に押し付けられたと見て間違いなく、

この生真面目な戦友をデュランは心から慰めた。

 やはりというべきか、ヴィクターは全身から羞恥の汗を滴らせている。

 一方のアンジェラと紅蓮の魔導師は大喜びで踊り狂っていたらしく、

ヴィクターとは正反対の意味で全身汗みずくである。

 特別な塗料による化粧であったから良かったものの、

中途半端な物を使っていたなら、今頃は見苦しい容貌になっていたに違いない。

 白塗りが溶け出し、異形を作り出したことは想像に難くなかった。

 

「要は他人様(ひとさま)からの借り物なんじゃねーかッ! 偉そうにしてんじゃねーぞッ!」

 

 『アルマムーンの召喚術』の概要を咀嚼したデュランは、

肺いっぱいに息を吸い込むと、高台に向かってわざと大声で叫んだ。

 ジンの魔力の影響下にあるアンジェラたちにとって、これは音波による攻撃にも等しい。

またしても両耳を押さえつつ、ブラックラビの頭の上でのた打ち回った。

 

「そういう浅はかな物言いは知識に対する冒涜というんだぞ、デュランッ! 

ちなみにいうなら、このテの嫌がらせも愚劣だッ!」

 

 紅蓮の魔導師は目を血走らせながらデュランに怒鳴り返したが、

間接的に攻撃を加えられた直後なのだから、それも無理からぬ話であろう。

 現在はデュランたちもジンの魔力の影響下にあり、

怒号を浴びせられようものならアンジェラたちと同じ目に遭ってしまうのだ――が、

紅蓮の魔導師が大声を張り上げるのは想定済みであったので、

三人揃って左右の耳に人差し指を突っ込み、鼓膜を破られないよう防護している。

 

「借り物って言ったら、デュランさんもご友人に成り切って策を立てたのだから――」

「はァ? なんか言ったか?」

 

 指を突っ込んでいるのを良いことに、

デュランはランディの指摘も聞こえない芝居(フリ)をしている。

 

「知識だか手品だかしらねぇが、さすがに度が過ぎるんじゃねーのか? 

オレが聞いた演習の内容にはブラックラビなんざ入ってなかったと思うぜ」

「デュランがそれを言う!? あんたらのせいで滅茶苦茶にされたんだから、

帳尻くらいはあたしたち――アルテナで合わせようと思ったのよ! 

……あいたた、まだ耳がキーンってしてるわ……っ」

 

 ふたりの会話に割り込んだアンジェラが、ブラックラビ投入の経緯を明かしたが、

デュランの反応は冷めたもので、聞こえよがしに鼻を鳴らしている。

 

「ウソつけ、最初からおいしいトコロをかっさらうつもりだったくせに。

押っ取り刀で、そんなデタラメな化粧なんかできるもんかよ。何時間かけてんだ、それ。

しかも、そのゲテモノみてーな服。急ごしらえには見えねーぞ」

「アルマムーンの召喚術――でしたっけ? 古代の秘術なんて大掛かりなものを

急に用意できるはずがありませんから、いわゆる、〝仕込み〟でしょうね」

「なんでェ、ヤラセかよ。がっかりさせてくれるぜ、アルテナの皆さんは。

デュランの台詞じゃねぇが、借り物の手品を最後の〝目玉〟にされたんじゃ、

こっちも拍子抜けってモンだぜ!」

「ヤラセは違うでしょう。さすがに傷付きますよ。コレ、なかなか大変なんですから……」

 

 三人がかりで物言いを付けられ、ヴィクターは肩を落とした。

 デュランたちの指摘通り、ブラックラビの召喚は最初から予定に含まれたものである。

無論、他国には明かしていないアルテナ軍内部の段取りだ。

 いわゆる、〝隠し玉〟として会戦の終盤に投入しようと、

アンジェラの一存で決定されたのだった。

 当初の予定ではビーストキングダムに加勢することになっていたので、

ブラックラビはフォルセナ・ローラント連合軍を圧倒するための奥の手であった。

 結局、アンジェラの目論見――アルテナの筋書きそのものともいえよう――は

三人の傭兵によって徹底的に乱され、ブラックラビを差し向ける標的まで変わってしまった。

 あるいは、この対戦となって正解であったのかもしれない。

僅かな人数で戦局を操り、アルテナの大軍をも足止めするような者たちだ。

ブラックラビからしても相手にとって不足はあるまい。

 

「――ヤツらの狙いはアンちゃんたちみたいだね」

 

 その声は丘の上からではなく、背後から掛けられたものである。

三人揃って振り返ると、ケヴィンたちビーストキングダム軍の仲間が――

ブーメランを担いだポポイが追いかけてくるではないか。

 頭の上には小さなオオカミのカールも乗せている。

 

「アルテナ軍はオイラとカールで引き受けるから、アンちゃんたちはアレを仕留めてくれよ」

「……本気かい、ポポイ? キミひとりで、一体、どうするつもりなんだ?」

「ま~たいつものヘタレかい? オイラはランディのアンちゃんと違って鬼強いからね。

何万人が相手だって、ちっとも怖くないのさ~」

「怖いとか、怖くないとか、そういう問題じゃないだろ……」

 

 どうやらポポイは大乱戦から抜け出し、デュランたちの加勢として駆けつけてくれたようだ。

 

「ケヴィンとルガーはどうした?」

「何をマヌケな質問してんのさ。『神獣殺し』同士のガチンコなんだよ? 

周りもドン引きのデスマッチ中だよ。あんなモン、短時間で終わりっこないって。

そんなのはデュランのアンちゃんが一番わかってると思ったんだけどな~」

「確かにカミさんと模擬戦やるときゃ、毎回、陽が暮れちまうけどよ」

「――ま、おノロケは後で聞いてやるから、今はデカブツのほうをよろしく頼むよ。

大天才のオイラが助けてやるんだから、負けたりしたら承知しないよ!」

「別にノロケてねーだろッ!」

 

 ポポイが胸を叩くと、カールも自信のほどを示すように吼え声を上げる。

「ここは自分に任せて!」とでもいいたげな、勇ましい吼え声であった。

 カールはただの帽子代わりではない。れっきとしたビーストキングダムの戦士なのだ。

体こそ小さいものの、本気になれば鍛え上げられた爪牙でもって

アルテナの将兵をズタズタに引き裂いてしまうことだろう。

 

「さぁ~て、精霊大戦争と行こうかぁっ!」

 

 魔法使いの杖(ロッド)の如くブーメランを振り回したポポイの前方の空間に、

数え切れないほどの光の帯が収束していく。

 魔法を使うべく精霊の力を借りようとしているのだ――が、呼び出されたのは一体ではない。

ポポイの前には複数の精霊が同時に姿を現した。

 火を司るサラマンダー、水を司るウンディーネ、土を司るノーム、月を司るルナ、

光を司るウィル・オ・ウィスプ、闇を司るシェイド――

属性が相反する精霊までポポイは呼び出している。

 属性の反発し合う精霊が同じ空間に現れた場合、

互いの司る力が相克を引き起こしてしまうこともあるのだ。

 そうした現象すらポポイは制御しているらしく、

召喚された精霊たちも互いを嫌がっている様子ではなかった。

 さしものアルテナ軍もこれにはどよめき、仰け反った。

桁外れの才能がなくては、複数の精霊を一挙に呼び出し、完全に制御することなど不可能だ。

魔法の効果が発動するよりも先に術者のほうが疲弊し、倒れてしまうはずである。

 それどころか、命の危険に晒される可能性も高い。

 体内に備わった魔力は人間の生命力にも通じる要素(もの)であり、

無謀な酷使は身を削る行為に等しかった。

 それにも関わらず、小柄な少年は魔力が尽き果てることもなく平然としている。

如何に魔法王国アルテナが広いといっても、彼ほどの才能は見つかるまい。

 アルテナを統べる女王ヴァルダにも匹敵するのではないかと、将兵たちは慄いていた。

 

「……キミはやっぱり最初からアルテナに行ったほうが良かったんじゃないかな。

アコギな商売に手を染めずにさ。真っ当な仕事に就けたと思うよ?」

「いかにもランディのアンちゃんらしい発想だねぇ~。

オイラはね、自由人なの。いくら天才だからってひとつのことに縛られたくないんだよ。

人生はエンジョイしなくっちゃ」

「自由人って……キミ、ビーストキングダムに捕まって、

保護観察みたいな状況(コト)になってるじゃないか」

「自由さぁ~。オイラ、ケヴィンたちのこと、大好きだもんねっ!」

 

 なおも余裕を崩さないポポイに戦慄するアルテナ軍――彼女たちの頭上では、

今まさにブラックラビが大きく飛び跳ねようとしていた。

 あのような巨体が高所から降り注ごうものなら着地の際には大地が烈震し、

戦場は立っていることすらままならないような衝撃に襲われるだろう。

 それこそが決戦開始を告げる銅鑼(どら)ということである。

 

「なにそっちだけで盛り上がってんのよ! メーンエベントはこっちでしょうが! 

あんまりふざけたばっかりコトやってると、デュランの態度が最悪に酷かったって、

リースに言いつけてやるんだからねっ!」

「関係ねーだろ、リースはッ!?

 

 アンジェラの揶揄を受けて、デュランはつい後方の丘を振り返ってしまった。

 アルテナの陣地から見て対角線上にある高台にはデュラン最愛の妻が――リースがいる。

父や妹、義弟も観戦武官と共に詰めている〝特等席〟だ。

 先刻も参観日などと日勝から揶揄されてしまったが、家族が見守る中での戦いに違いはない。

 

(――ったく、人が意識しねェでいたことをほじくり返しやがって……)

 

 アンジェラから言われるまでもなく、妻の前で無様な戦いは見せられない。

例え、相手が最強を誇るブラックラビであろうとも、断じて負けるわけにはいかない。

 ブロードソードを握るデュランの右手には、一等強い力が漲っていた。

 

「デュランさん、顔がニヤけてますよ」

「カミさんの名前を出されると、すぐコレだもんな~」

「バカ言ってねぇで、とっとと構えな。……ぼちぼち来るぜッ!」

 

 言うや、デュランはブロードソードと逆三角盾を構え直した。

 ランディは逸る気持ちを落ち着けようと深呼吸し、日勝は痛めた首を回している。

 

「越える山は高けりゃ高いほうが面白ェってもんよォッ!」

 

 この上なく嬉しそうな日勝の笑い声が合図となったのか、

三人の視線の先で巨大なブラックラビが大きく跳ね飛んだ。

 

 

 そして、戦場は更なる混沌を迎える。そこでは数え切れないモノが入り乱れている。

 神話の時代から力の象徴とされてきた剣と魔法が、

新時代の象徴たる鉄砲や大砲と混在している。

 その場景こそが世界の理を表しているようにも見えた。

 何があろうとも相容れないと考えられてきた人間と魔族が同じ場に居合わせながら、

互いに憎しみの炎を燃やすことなく、穏やかな風に包まれている。

 一方で、時代は【傭兵】のような力を求めてもいる。

 過去の大戦に多くを学んだ強国同士が紙一重で均衡を保ち、

平和と秩序を維持せんと努めながらも、為政者の思惑が争乱の嵐を呼び起こしていた。

 光と影、聖と魔、生と死、秩序と矛盾、人間界と異界、古き時代と新しき時代――

ありとあらゆる存在が共に歩む時代の縮図といっても差し支えはないだろう。

 それらは大きな流れの中に漂う船のようなものであった。

 しかし、波間を揺れ漂う人々には知る由もない。

この流れが――世界の理が、ひとつの【偽典】より生み出されたものであることを。

 

 これは、全ての【偽典(フェイク)】を再殺(おわ)らせる戦いの物語――



(第二章に続く)