不動産鑑定士 藤原 が日々思うことなど

藤原が日々思うことなどを熱く語っていきます。不定期更新です。

 なんか、気軽に書こうと思ってもつい力が入ってしまいこのブログを始めたものの、仕事に追われたせいもありますが、ずっと遠ざかっていました。日々思うことはいろいろあるのですが、それを書こうとするとなかなか上手く表現できないな、なんて感じてしまうことが多々ありました。


 書いてない期間中にあった大きな出来事としては、なんと言ってもラグビーW杯でしょうね。今頃「五郎丸、ゴローマル!」と騒ぎ立てていますが、僕は彼が大学の時からずっと見てきた人間なので、「何をいまさら」って感じです。大学の時からキックはめちゃめちゃ正確だったし、FBとしても超一流でした。彼が一番後ろにいるという安心感たらなかったです。僕より上の世代のキッカーって今泉なんでしょうけど、僕にとって最高のFBであり最高のキッカーは五郎丸です。彼の大学最後の試合の時「皇帝フルバック」という名称をつけた引退記念Tシャツまで売ってたくらいですから。


 YAMAHAに入ったその後もズッと心の片隅に留めていたのですが、YAMAHAのラグビー部がエライことになったり、エディHCの前には代表にも選ばれず(というか、彼を選ばない時点でそのHCは失格だと思っていますが)、不遇の時代が続いた印象です。あのときの早大ラグビー部員は皆、サントリーやらトヨタやらトップリーグで強豪と言われるチームに入っていたのに、なぜ五郎丸がYAMAHAに入ったのかとても謎でした。僕はその時サントリーの監督になっていた清宮氏の元に行きたくなかったからと邪推していますが。
 
 
 でも結局YAMAHAの監督に清宮氏が就任し、大学以来のコンビを組むことになったわけです。YAMAHAにはSOの曽我部(彼を代表に呼ばないのもおかしい)もいるし、タレント揃いですよね。清宮氏の就任3年目にして初優勝したのは記憶に新しいところでしょう。

   
  今年、南アフリカ戦を生で見て、日本が勝利したときには深夜にもかかわらず大きな声を上げてしまいました。アメフトが観戦スポーツでは一番面白いと思っていますが、ラグビーだって相変わらず好きです。ドライビングモールでトライを取る爽快感は外のスポーツでは味わえないですからね。


 エディHCが「JAPAN WAY」と言っていましたが、これは「体格に劣る日本が勝つのは、FWは耐えてバックス勝負」ということだと思っています。バックス勝負なんだけど、とにかく継続し続けること。こういうことなのではないかなと思っています。昔からのラグビーファンとしては、せっかく盛り上がってきた機運をしぼませたくないですね。そのためには高校・大学のレベルの更なる向上が求められるでしょう。特に関東大学ラグビー対抗戦はこのままで良いのでしょうか?外人入れたFWでゴリゴリ押すだけの帝京の1強じゃ、もう誰も見なくなっちゃいますよ。外の大学も帝京に勝つように底上げが必要だ。早慶明といった伝統校がもっと自分の強みを活かしたチーム作りをすることが急務なのではないでしょうか?

 
 単なる一ラグビーファンの戯言でしたが、言いたかったのは「大学の時から五郎丸を応援していたぞ」ということです。日本のプロスポーツはあまり見ないようにしているので、トップリーグにもさほど興味はありませんが、W杯に勝てる力がついてきたので是非次回に向けてリスタートを切ってほしいです。 

 「ビートルズが解散して以来の衝撃だ」(ジョン・レノンが「Your song」について)
 「僕の後に続くのはエルトンと(ギルバート)オサリバンだね」(ポール・マッカートニー)

  ジョンとポール(の両者)から絶賛されていたのは、エルトンだけでしょうね。その言葉とおり、70年代をエルトンは突っ走っていきます。

 ここ最近、生まれつきの涙もろさに磨きがかかり、ちょっとしたことで感動して涙を流してしまいます。


 今日、感動して涙したのはエルトンとレノンの関係です。高校の時に 「Whatever Gets You Through The Night 邦題:真夜中を突っ走れ)」を聞いて、この曲が全米No.1になったことに「人気絶頂のエルトンとのデゥエットだからNo.1を取れたんだろうな」って思いました。今でもそう思っています。

 この曲の有名なエピソードに、ヒットするわけないと思っていたレノンは「この曲が全米1位になったら、僕のコンサートに出て一緒に歌ってくれるかい?」というエルトンに、(全米1位なんてとれるわけがないと思っていたので)「もちろんだ」と。

 で、全米1位をとってしまう。レノンも約束を果たすべくMSGのエルトンのコンサートに出演します(レノンの生涯最後のライブと言われています)。

 このとき、レノンは妻のヨーコと別居して酒浸りで暗澹たる日々を過ごしていました。で、エルトンが気をきかせてヨーコをこのライブに呼んだんですね。「レノンが来るから僕(エルトン)のライブに来なよ」と。

 レノンはヨーコが来ることなんて全く知らない。 で、ヨーコが楽屋に来たらしのです。当日。レノンに対して「頑張って」と。

 
もうこのエピソードだけで泣けてくるし、動画見てるとたとえ別居をしていても、心からお互いを愛し合う姿がわかるんですよ。動画みて号泣しました。

 あと、エルトンの気遣いにも泣けてくるんですよね。自分のコンサートを機に、二人を仲直りさせてやろうっていう。

二人が言葉もなく見詰め合っているとエルトンは言いました。
「あれ?この二人はまた恋に落ちてるぞ?!」

 エルトンはいろいろ醜聞が多いですが、基本的に人への愛情が強すぎる人なんだと思っています。だから、少しでもその愛情が裏切られたって感じると憎しみに転じて、悪態をつく。でもPrince Trustのコンサートとか見ても、他のアーチストと共演しているときは完全に裏方に回って、ピアノを弾いている姿をみても「ホントは控えめで、気を遣う人なんだろうな」って思います。(同じことは、クラプトンにも言えます)。是非、下記にアクセスしレノンとヨーコの姿、そして、その二人を再開させたエルトンの気遣いを見て欲しいと思います。ジョン・レノンにまつわるエピソードって泣かせるものが多いんですよね。


 


cf.ちなみにレノンはこの曲に関して次のように言っているそうです。
「あれはおふざけの曲。それなのにビートルズを止めてから1位になったのはあの曲だけなんだ。歌詞は気に入ってたけど演奏はそれほどよくもなかったし。例えば“Imagine”何て言うよりもコマーシャルだったんだろうな。でも本来なら「Imagine」が1位で、この曲は39位くらいで充分なのにわからないものだね。
この曲ができた経緯は、僕がレコーディングしたくて、ハーモニーを誰かに歌ってもらう必要があったんだ。そのときたまたまエルトンがL.Aにいたんだ。それであの曲ともう何曲か歌い、ピアノも弾いてくれた。」

いろいろ書きたいことはあるのですが、書き始めると長くなってしまうので、遅々としてアップが遅れていて自己嫌悪です。というか、ちょっと身の回りでいろいろありすぎて、対応するのに精一杯でした(ということにしておいてください)。

 さて、現在朝日新聞では当時のスタイルで夏目漱石の新聞小説を連載しています。漱石ファンの僕としてはこの一件だけとってみても(批判の多い朝日新聞ですが)、取りたいなと思います(将棋の名人戦の棋譜も載っているし)。 

 人として信用できるというか「この人と話しても大丈夫だな」って思える基準がありまして、もし文学の話をするなら「漱石が好き」っていう人は無条件で信頼できるんですよね。 「太宰が好き」なんていうような人って「コルトレーンが好きです」っていうジャズファンと同じくらい「話しても大丈夫かな?」なんて思っちゃうんですよね。ジャズなら「ロリンズが好きです」「やっぱりマイルズですよね」なんていう人だと、どこか安心してしまう感じに似ています。ちなみに、以前TVでジャズファンで有名な林家こぶ平がタモリとジャズについて喋ってて「コルトレーン最高じゃないですか!」ってタモリに絡むこぶ平に対して「俺、コルトレーン嫌いなんだよね」って言っているのを見て「やっぱりタモリは違うな」と思って、それ以来タモリという人物を余計に好きになりました。

 閑話休題。

 漱石については以前どこかで熱く語ったので繰り返しませんが、作品としては『それから』と『明暗』が大好きです。特に『それから』は当時の自分の状況と重なるようなところもあって「なんでこの人俺の気持ちがこんなにわかるんだろう」って、読みながら思ったことがあります。
 そしてサルトルなんですがこの人も僕は好きなんです。60年代の学生ほどではないですがやっぱり実存主義が「性に合う」んですよ。ハイデガーも好きですよ。
  
  で、なんでこの二人のことを書いているかというと、言っていることとか、人間に対する考え方が似ているような気がするんです。気づいているの僕だけなんじゃないかな(笑)。「日本の実存哲学の創始者は夏目漱石である」と声高に宣言したいと思います。


 人間の目的は生まれた本人が、本人自身のためにつくったものでなければならない。


 この言葉は漱石の言葉です。次にサルトルの言葉です。


人間とは「それがあるところのものであらず、それがあらぬところのものであること」つまり「人間とは、彼が自ら創りあげるものに他ならない


 どうですか?言っていること全く一緒じゃないですか。
 
 漱石ってすごく心に沁みる言葉を数多く残しています。すごく好きな言葉もいっぱいあります。もし何かに困ったときに漱石の言葉に耳を傾けると、何かの希望を見つけ出せるかもしれません。
 僕は生まれつき悲観主義的なところがあるので、すごく厭なことが続くと「生きているのが苦しい」って思ってハイデガーの言う「存在し続けることへの苦しみ」を感じるんです。「なんでこんなに苦しくて厭なことばかりなのに、生き続けないといけないのか?」と。で、その時に心の片隅にあるサルトルの言葉があるんです。

 L'homme est une passion inutile.

 日本語では「人間は一つの無益な受難である」という有名な訳で定着しています。passionという単語にいろいろな意味がありますが、「受難」という場合は大文字のPassionになるようで、しかもキリスト教関連の文献にみられるようです。だから、「感情」とか「熱情」という感じで訳してもいいかもしれせんが、とにかく

「人間なんて生きてること自体が大変なんだよ。」

 という原文のイメージが頭に残っているんです。だから生きててつらくても「まあ人間なんてinutile(役に立たない・むなしい)存在だからな」と言い聞かせて日々をやり過ごしています。



  

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