古代出雲王国 スサノオ 谷田茂 スサノオ超考古学

スサノオ超考古学とは〜イメージ写真家 shig の「宇宙意識から与えられる直観」を目、耳とし、あらゆる知識を手足として紡ぎ出さられる、極めてオリジナルな考古学である

2018年01月

香美から物部を語る

高知県の龍河洞のある地
香美というところがあり
物部(ものべ)町(旧物部村)を研究した


香美市のサイトはこちら
http://www.kigenhaeikayo.com/index.html

以下は研究成果

香美の歴史の秘密

まず
信濃国より土佐の入り長岡長宗我部郷の地頭 なった 入部した郷より長宗我を名乗る


秦氏は平安時代に集団で渡来し
鉄、絹、土木事業を得意とした


山積族(山部)は韓半島南部から渡来した海洋民の鉱山鍛冶集団 ある。
越後国宇都志金折命後裔 十嵐氏の本拠地で、信濃国穂高見命の後裔安曇氏の本拠地にて、
両国に山浦・山岸・山口・山崎・山田・山本等が多く存す。


長宗我部が信濃国から土佐に来ていることから

渡来系鉱山鍛冶集団であることがわかる


では

山内家は


古代の奥州阿部族は阿(あ、お)をウと云い、山と唱え集落山地・山 内(やまち)と称す。
阿部族 山姓は奥州の鉱山地に多く存す


これまた
同じく山積族(山部)
渡来した海洋民の鉱山鍛冶集


では

野中兼山は

山もクサイが

野 中 ノナカ  野は国の意味、那も同じく国の意味、曷(か)は村の意味。
韓国(辛国)渡来人集落を野中と称す。


治水灌漑による新田開発在郷 町の開発港湾の整備

山田堰の建設により物部川の水を治め、舟入、中井、上井の三用水の利水 による新田開発

秦氏 は平安京の造営、治水、鉄の生産を得意とした


江戸時代に入り、土佐藩の行財 政改革を担った執政野中兼山は、森林資源の確保や新田の開発による産業振興に果敢に取り 組む。
・・・
必然、農業林業用の刃物の需要も拡大し土佐打刃物は生産量品質ともに格段の向上が見られた。
特に現在の香美市は、山田の建設により
・・・
また堰の袂である神母ノ木は山からの物資、特に搬出材の集積地ともなり
数多くの鍛冶職人が仕事場を構え製材用の鋸や山仕事用の鉈や斧、農作業用の鎌や鍬 を生産するようになった

さらに


谷泰山は


という名を使っているところが決定的だが


谷は矢であり、物部

矢 ヤ  日本書紀・神武天皇即位前紀に「饒速日命の天羽羽矢一隻(ひとつ)と歩靫(かちゆき)とを取りて、以ちて天皇に示せ奉る」と見ゆ。


布都大神は饒速日命のことで 「矢」と別称す。(註:饒速日命=ニギハヤヒは物部氏の祖先)
矢田、矢作、矢部等参照。また、佳字にを用いて、ヤツと称し、二字の制により谷津、谷之、矢野とも称す。


物部は秦氏を大陸から受け入れ

鉄、鍛冶、刃物、養蚕、絹織物、土木事業、呪術などを
全国に広めたのだが

最初は出雲地方

そこから
瀬戸内、信濃、
畿内、四国、九州・・と広げ
 
江戸時代に
土佐打刃物を全国に広める際


山仕事から発祥し、質の良い道具として発達した土佐打刃物で あるが、峻嶮な山から大木巨木を見事に切り出す山男たちは杣師と呼ばれ、土佐の杣師はその卓越した山林作業技術が高く買われ、やがて 全国各地の山仕事の現場にかりだされることになる。
土佐の杣師たちには常に大切な相棒としての土佐打刃物の道具がついて行った。
切れ味、耐久性、使い勝手のよさ。
山仕事の一級品としての土佐打刃物の名前は土佐の山男の仕事ぶりとともに日本全国に広がっていくことになる。


道具だけでなく鍛冶屋もたたら製鉄師もついて行き
全国ネットワークが組織され
物部の力は盤石になったはずである

日本海のダイビングスポット「日御碕」に海底遺跡か?

実は、数年前に出雲日御碕の海中遺跡を発見したと、ダイヴショップAQUA工房の岡本氏から
教えていただいたのだが、その後、あまりメジャーな話題にならなかったようなので、
ここに紹介したい

さんいん旅ねっとより

日本海のダイビングスポット「日御碕」に海底遺跡か?

記載の情報は取材当時のもので、現在と情報が異なる場合があります。事前にご確認の上お出かけください。

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出雲神話の舞台・出雲市大社町の日御碕沖に"海底遺跡"ともいえる不思議な地形が発見されました。
遺跡を裏付ける専門的な調査はこれからですが、その神秘的なスポットに注目が集まっています。


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この不思議な海底スポットを発見したのは、

日御碕漁港でダイビングショップを営む岡本哲夫さんです。
岡本さんが12年ほど前、新たなダイビングスポットを開発するため周辺の海を調べていたところ、

海底に人工的に作られたような地形があるのを見つけました。


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「最初に見つけたのは、日御埼灯台北の海底です。

階段のように削られた岩や、玉砂利を敷いた参道らしきものがあり、

どう見ても自然にできたものとは思えず、調査を始めました(岡本さん)」


その後、岬の北側だけでなく、日御碕神社西の海底でも、洞窟や玉砂利の道などが見つかりました。


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現在、「経島(ふみしま)」で行なわれている日御碕神社の「夕日の神事」は、

かつては経島沖の「タイワ」という瀬で行なわれていたという言い伝えがあり、

その伝説を裏付ける発見かもしれないと、期待が寄せられています。


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「専門的な調査はこれからですが、まずは日御碕にこんな神秘的なスポットがあることを

多くの人に知ってもらいたいです」と語る岡本さん。

この夏は、この海底スポットを造るダイビングツアーも行う予定だといいます。


この夏は、この海底のミステリースポットを訪ねて、

古代神話のロマンに触れてみてはいかがでしょうか?


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「アクア工房」では専用セインを利用したボートダイビングを中心に行なっている。
体験ダイビングやスクールも開催。

<取材協力>
AQUA工房
島根県出雲市大社町日御碕450
tel.0853-54-5711


神々の海 日御碕に眠る「海底遺跡」



出雲・日御碕に眠る海底遺跡

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