しばらくぶりに日御碕にやってきている
これは昨日撮影した白亜の石造り
日御碕灯台の画像だ
2016110207250001

2016.11.02.07:25 LUMIX Phoneにて撮影
早朝の斜めからの光と澄んだ空気が灯台を鮮やかに浮かび上がらせた

出雲日御碕灯台の歴史
 出雲日御碕燈台は、明治32年(1899年)に浜田、境の両港が開港場に指定され、
外国貿易が盛んになってきたことから、大型沿岸灯台設置の必要性が高まり、
明治33年から3か年をかけた大工事の末に完成しました。
この工事には、島根県八束郡森山から硬質の石材を切り出し、
境港から海路54海里を運搬し、灯台用材に使われました。
我が国の洋式灯台建設の技術は、
明治政府が招聘した外国人技師の指導のもとに始まったのですが、
外国人技師は、明治10年代にはすべて帰国していますので、
出雲日御碕燈台の設計、施工のすべては日本人の手によって行われました
我が国には昔から
等を築いてきた経験があり、
優れた
石工技術を持っていましたので、
この頃には硬固で美しい石造りの灯台が各地に築かれていますが、
この灯台は、建設時から我が国最高の灯台の高さ(43.65m)を有する灯台として親しまれ、
現在もなおその王座を守り続けています。

社団法人 燈光会パンフレットより

さて
この
我が国には昔から等を築いてきた経験があり、
優れた
石工技術を持っていました
ですが


過去記事↓クリック
熊本県菊池市の石橋
と深く関わりがあります
例えば

雪野橋(ゆきの)

所在地:菊池市龍門雪野
長さ:29.0m
幅:4.3m
径間:8.6m
高さ:7.0m

迫間川の支流、雪野川の犬滝に架かる単一アーチの石橋である。
菊池―鯛生道路に並行して架かる明治後期に架橋の大型橋である。
工事請負人は西迫間の松本喜太郎で、犬滝川の上樫山より良質の石材がでてためこれを切り出し、

また雪野八幡宮の裏山を買い入用の木材を伐りだしている。
石工は城北(現菊鹿町)の菊川金八である。

雪野橋(ゆきの)
雪野橋(ゆきの)

アーチ型の橋
子供にレゴブロックでピラミッドを作ってね!
といえば、瞬く間に出来上がるでしょう

しかし、拾ってきた石でアーチ型の橋を作れと言ったら

100年かかっても完成しません


エジプトのピラミッド、さらに当時の中東の家は
石造りでした

イエスは大工と伝えられますが
日本の大工ではなく、石積みの技術者だったのですね
この、エジプト発祥の石工は
既得権益=子孫まで食い上げ無いように
仲間だけに石積みの秘密を守る結社を作ったのです

それが
フリーメーソン
メーソンって・・

masonとは石工、れんが職人、フリーメーソン団の組合員 


weblioより
ね!悪名高いフリーメーソンって、その程度
真のメーソンは日本の石工です!
だから、フリーメーソンの技術では
日御碕灯台はおろか日本の城の石垣なんて作れっこないのでした(笑)

言っちゃあ悪いが日本の真のメーソンに比べれば
フリーメーソンっって

子供程度(笑)


これも日本の石工の作品です
 meganebasi
長崎眼鏡橋

これも
koukyo-107
皇居二重橋

そして

続く・・