社門横の絵で基礎知識を得た僕は境内に足を踏み入れた
すぐ左に社務所があり、猪グッズが所狭しと並んでいる
明治に発行された、清麻呂公の肖像画が印刷された、兌換紙幣も売っている
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本殿前には、清麻呂公の立派な銅像が設置してある


猪・・

清麻呂公が弓削道鏡に足を傷つけられ、大隅國(鹿児島県)に流されるのだが、
その途中、宇佐の海岸につくと、なんと猪の群れが現れ、清麿公を載せて宇佐八幡宮に運んだ。
そこで「これより北西、豊前国企救郡湯川郷の山の麓に湯がわき出ている。その湯に浸れば足はなおるであろう。」と尊い神のお告げがあった

 清麿公は神馬をかりて、豊前国へむかいました。神馬は疾風のごとくひたすら走り、野を過ぎ、川を渡り、森を抜け、山を越え、湯川郷まで運んでくれました。
神馬の着いたあたりが、竹馬川と呼ばれるようになったともいわれています。

 「これが神さまのお告げにあった湯のでる池か。」

 清麿公はその日から、お告げにしたがって毎日毎日湯を浴びはじめました。

 足の傷は日を追ってみるみる回復し、ついに二十一日目には自分の足でたつことができました。
 「足がたったぞ!足がたったぞ。」
喜び勇んだ清麿公は湯の湧く山の頂上に駆け登り、はるか南の宇佐八幡宮へ向かい、お礼を申しました。
それから、この山は足が立つ山、足立山と呼ばれるようになったと言われています。 
以上
猪に乗った和気清麿(足立山にまつわるお話)より抜粋)

もちろん、作り話に違いない

そもそも、清麻呂公にまつわる一連の逸話は、僕にはどうもしっくりこなかった

ここから僕の和気清麻呂公の失われた真実探しの旅が始まったのだ