窓から独り言

TOTO北海道販売(株)の元社長であり、トイレット博士でもある重岡 洋昭(しげおか ひろあき)による水に流せない話

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(前号のつづき)

 

あの東日本大震災の翌朝、宅急便の配達に現れた若者の出身地をズバリ当て、続いて5月には生保の新入社員の出身県を見事的中させ気分は上々。3度目のチャンスを心待ちしていた。


そんなある日、妻が「台所の蛇口が古くなったので、新しいタイプに取り替えましょう」と言い出した。「お隣さんは最近取り替えて調子がいいみたい。節水タイプで微妙な温度設定ができるそうよ」。

うちでは昨年給湯器を取り替えたばかりだが蛇口はそのまま。水漏れもなく実用上は問題ない。少し気になるのは数年前浄水器へのバイパスを取り外してから首振り部分が少し固い感じ。


早速、最近の機種の勉強のため近くのショールームを訪ねた。ピカピカの新鋭機器がズラリお出迎え。「蛇口」「カラン」「水栓」「混合栓」などの呼称はもう古い。機種は豊富、機能も多彩だ。


一通りの説明を受け「これは」と思うタイプに絞ってリフォーム店に電話でお願い。「明日早朝には伺います」の快い返事。私はもう巌流島で武蔵を待つ小次郎の心境。


翌朝、武蔵が現れた。若い、40台半ばだろうか。近所のリフォームを幅広く手掛けている評判の社長。技術屋さんというより、フレンドリーで話し好きな営業マンの雰囲気。早速名刺をいただく。待ちに待った緊張の瞬間である。「○○さん」。

さて、この苗字は鈴木さん、田中さんほどではないが、かなり多い。過去に8人くらいは出会ったかな・・・、だが出身地はバラバラ。
こりゃ特定は難しいぞ。いきなりズバリ正解は無理だ。これからの会話の中で、訛り(なまり)や口調から探りを入れるしかない。剣道の決め技に「面」、「胴」、「突き」、「小手」などあるが、今回は「小手」調べから入って、最後に竹刀(しない)を「面」に打ち込もうと決めた。ところが、竹刀を合わせる間もなく、武蔵が先に打ってきた。
「重岡さん。ひょっとして山口県のご出身で?」。ズバリ当たり。不意打ちで脳天がクラクラ。
「ハ、ハ、ハイ、よくご存じで」
「実は私、学生時代は剣道部で、後輩に山口出身の重岡という男がいましてね、彼の入部のときの自己紹介がすごく印象的で今でもよく覚えています」「ボク、『重岡』と申します。名前は重いけど腰は軽いので、今日から『軽岡』と呼んでください」
まだまだ続く。「確かに彼は嫌なことでも気軽にやってくれましてね、人気者でしたよ」

話が旨い。表情も豊か。方言も訛りもない。3度目の快感を狙って身構えていた緊張感がヘナヘナと萎えていく。
「ご主人、彼はよく、山口の方言で『ブチ上手い』とか『ブチ美味しい』とか言ってましたよ」。
懐かしい、久しぶりに聞く故郷の方言。(ブチ)とは(すごく)という意味だ。すっかり社長の話術と人柄に魅せられて、機種も見積もお任せで「取り替えの方よろしくお願いします」となった。
作業はあっという間に終ったのだが、さすが剣道部、次の竹刀を打ち込んできた。
「洗面所と浴室の水栓、シャワーも新しいものに替えましょうよ。ついでにやればお安くなります。お孫さんが喜びますよ」。

かくして当初予算を大幅に上回る工事に発展。社長の言葉には特に訛りはなかった。「訛りがないのは静岡県」とよくいわれるので、最後に
「因みに社長は静岡のご出身ですか?」と聞いてみた。「いいえ」。万事休す。3度目はなかった。

しかし我が家の水回りは「ブチ」良くなって、日々快適に過ごしている。

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あの東日本大震災からもう6年になる。


震災の翌朝のこと、「ピンポーン♪ 宅急便デース」

いつもの配達員が荷物を片手に現れた。その日はなぜか胸のネームプレートに目がいった。「庄司」さんだ。


これまでの人生で「庄司さん」は3人目。

1人目は中学生のとき北海道の帯広から転校してきて高校も一緒だった友達。彼のルーツは岩手と聞いたことがある。2人目は仕事上ご縁のあった取引先の社長さんで生まれは確か福島だったはず。


ひょっとしたら、この青年も東北の生まれかもしれない。そこでちょっと聞いてみた。


「ところで庄司さん、昨日の大震災、ご両親やご親戚は大丈夫でしたか?」

「エッ!」


彼はビックリして次の言葉が出ない。荷物を落とさんばかりの驚きよう。


「な、な、なぜ私の両親が東北って、ご存知で・・・。仙台の両親は無事で家屋の被害もなかったようですが、親戚が福島方面に多いのでちょっと心配です。震源地からは相当離れているので多分大丈夫だとは思いますが」

「それは良かった。いや驚かせてすみません。私の知っている庄司さんはみんな東北の出身だったので、ヒョットして、と思って」


ズバリ予感が的中して不謹慎ながら気分は上々。

 

その年の5月、また同じような遊び心をくすぐるチャンスが訪れた。馴染みの生保レディから電話。


「当社で年金保険を始めたので説明に上がりたいのですが、お時間をいただけませんか」


いまさらこの歳で新規保険の話を聞いてもしょうがないとは思いつつも、暇だからお相手することに。


翌朝早速パンフレットを持って現れた。今日は若い男性を同伴している。


「今月から新入社員の実戦教育を任されましてね、お得意さん宅に同行訪問させていただいているんです。ご迷惑とは思いますがよろしくお願いします。

「初めまして、新人の甲斐と申します」


名刺を出す手元が少し震えている。若いっていいなあ。私にもこんな初々しい新人の頃があったのだ。しばし感慨にふける。

私の知っている「甲斐さん」は4人。みんな「大分県」の出身だ。またもイタズラ心がムラムラ。


「大分のご両親はお元気ですか?」

「えっ、なぜご存知で」

この一瞬の快感がたまらない。

 

こんな調子で2人の青年の出身地をズバリ当ててしまった、気分はルンルン。2度あることは3度ある。次のチャンス(獲物)を心待ちにしていた。

「もし次もアタリだったら、サマージャンボ宝くじを買うぞ」と本気で考えていた。


そんなある日、妻が「台所の蛇口が古くなっているから新しいのに取り替えましょうよ。最近テレビで宣伝しているスマートなタイプ。お隣さんも最近取り替えたみたい。同じ工事店さんにお願いしてみたら」と言い出した。私は工事店にお願いする前に商品勉強のため、近くのショールームに出かけた。


テ、ここから意外な展開を見せるのだが・・・。次号をお楽しみに。

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今では住宅の便器のほぼ100%が洋式(腰掛式)である。私と腰掛式の初対面は約50年前、オフィスのトイレだった。


「サテ、どちらに向いて座ればいいのか?」

「多分タンクを背にして座るのが正しいとは思うのだが・・・、そんな姿勢でうまく出るだろうか?いっそ隣の和式(しゃがみ式)に移ろうか?」


迷っていると、横の壁に、使い方を図示したステッカーが。図に従って腰掛け、下ッ腹に力を入れてはみたものの、とっくに便意は消え失せている。

遠い日の苦い思い出・・・。

 


わが国で洋式便器が本格的に生産され始めたのは1950年代の中ごろ。折しも下水道の敷設が進み、トイレの水洗化工事が急ピッチで進み始めていて、洋式便器の普及には追い風だった。

便器メーカーは「清潔、スマート」を、工事店は「工期の短さ」をアピール。お役所(市町村の下水道課)は「洋式の補助金を多めに」など、こぞって洋式のPRに努めた。

しかし「しゃがみ式」に慣れ親しんできた日本人にはスンナリとは受け入れられず、「和」⇒「洋」への切り替えには時間を要した。

 


「洋式」が敬遠された理由は大きく次の4点である。

1、腰かけた(腹圧が乏しい)状態でうまく「大」が出るだろうか

2、水たまり部(留水面)からの「跳ね返り・オツリ」が不快

3、他人の座った後はなんとなく気持ち悪い

4、シートに座ったときの「ヒヤッ」とした冷たさ

 


この「ヒヤッ」対策として登場したのが、シートウォーマーである。

「ああ、あれか」現在60歳以上の人なら誰でも知っているはず。便座(シート)に巻いた繊維製のモノ。靴下を履かせるようにシートにセットして使ったものだ。

当初は奥様の手製だったが、その後メーカーで製品化されシートウォーマーの名前で販売された。

しかしこの商品には問題があった。


1、オシッコで濡れたり(沁みたり)で不潔。

2、前割れシートは着脱が容易だが、前丸シートはボタンで留めるので着脱が面倒。

3、重量、厚みが増してシートが自立できず手前に倒れることも。

洋式先進国の欧米人からは「シートが冷たいのは当たり前。暖かい方が気持ちワルイ」と酷評。「過保護なトイレ」と嘲笑された当時の記録もある。

その後ヒーター付のシートが登場するにつれシートウォーマーは姿を消した。


「しゃがみ式」から「腰掛式」への切り替えに大きく貢献したのが1960年の日本住宅公団(現・UR都市機構)による「腰掛式」の全面採用である。慣れてしまうと切り替えは早かった。

メーカーのデータによれば1970年代の後半には「洋式」が「和式」を上回っている。

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