老後を楽しむ上手な生き方(2)

   ―老化をコントロールする技術を身につけよう―

 

5、上手な老い方(第二段階)心身機能を高く保つ

「健康とは、身体的、精神的ならびに社会的に、完全にウエル・ビーイング(良好な状態)であり、単に病気や虚弱でないというにとどまらない」-というWHOの「健康」定義は、健康維持に必要な二つの要件を明示している。つまり、病気や衰弱を防ぐという消極的な手段だけでは不十分であり、心身が良好な状態で高い機能を保てるよう積極的に健康の増進に努めなければ、完全なウエル・ビーイングは得られないというのである。

「上手な老い方」の研究にこれを当てはめてみると、「病気を防ぎ、健康を維持する」という(第一段階)は、まさに「老化のスピードが早まるのを防いで・通常の健康状態を維持する」という消極的なアプローチであって、それにとどまっている限り、「本当の健康」は得られない。心身の完全な「ウエル・ビーイング」を達成するためには、老化を防止するためのもっと積極的なアプローチが必要となる。その具体策としては、「心身を鍛えることによって、高い心身機能を保つ」という(第二段階)、さらに「社会的活動によって、人間関係を強化する」という(第三段階)が考えられるだろう。努力して、こうした段階を確実に歩むことによって、私たちは、死ぬ間際まで、健康で生き生きした自立した生活を営むことが可能になるのである。

 

[] 心身機能を高く保つための三要素

加齢に伴って、ある程度の心身機能の低下はやむをえないが(これを‘普通の老化’と呼ぶ)、いったん失った機能を回復するのは不可能だと思い込み、老後に自立した生活を送るのはムリだと考えるのは間違いである。肉体的加齢変化のうち、遺伝子に起因する割合は約30%に過ぎないから、私たちが経験する機能低下の大部分は、加齢自体の結果と言うよりも、生活習慣の影響が積み重なった結果である場合が多い。だから、生活習慣を改善して、健康に良い生活を送ることができれば、失われた機能の一部を取り戻し、なおかつ、晩年に至るまで高い心身機能を保つ可能性が出てくる。

年をとってからの心身機能を左右するのは、まず第一が「心の健康」、第二が「体を動かす身体的活動」、第三が「脳を働かす知的活動」である。この三要素は、強い関連性で互いに結ばれており、この三要素を充足させ、好循環をスタートさせることから、「第二段階」は始まるのである。

              

 [] 心の健康を保つ(ポジティブ思考を持つ)

若い頃は、「心」はまだ発達途上だから、主として「体」に頼って生きる。年をとると頼みの「体」が老化し始めるから、今度は、「心」が「体」を支えて生きなければならない。ことし106歳になる日野原重明は、「体力は衰えても、心がさわやかで、自分に健康感を持ってさえいれば、それで私たちは、スピリチュアルなエネルギーで体という器を満たすことができる」と書き、107歳まで生きた曻地三郎は、「病感を持つな。老感を持つな。老感を持つから、人は”老人“になる」と説いた。この二人が身をもって示したように、心が健康で、前向きな意欲と明るい快活さ(ポジティブ思考)を備えていれば、肉体的に多少問題を抱えていても、それを克服することは可能なのである。

[病は気から]

人間は心の持ち方一つで、健康を損ねたり、また病気に打ち勝ったりする。最近の心理学研究の結果をみると、「気の持ちよう」のほうが、普通に重視されている生理的要因よりも、健康に与える影響が大きいことが明らかになった。ハーバード大学の女性心理学教授エレン・ランガーは、ハーバード大の男子学生の意識調査をし、35年間にわたって追跡調査をした結果、人生に対して前向きなグループは、年を取ってからも病気にかかりにくく、病気にかかっても回復が早いのに対し、後ろ向きグループは、45歳から60歳までの間に健康状態が悪化する傾向があり、病気からの回復が遅いことが分かった。同教授は、「私たちの限界を決めているのは、肉体そのものではなく、むしろ頭の中身のほうだ。‘もう年だからできない’‘病気だからできない’と、勝手に決めつけているだけだ」と結論づけている。

 [ポジティブ思考(プラス発想)は寿命を伸ばす]

「笑いや感動、喜び、観劇、感謝といったプラス発想はよい遺伝子のスイッチをオンにする。逆に、不安や恐怖、悲しみや絶望などのマイナス発想は、よい遺伝子の働きを止め、悪い遺伝子を誘導する」という仮説を筑波大名誉教授村上和雄が発表している。ポジティブ思考と寿命との関係については、これまで35件もの研究結果が出されているが、それによると、ポジティブな人たちは(そうでない人に比べて)心臓疾患や脳血管疾患による死亡リスクが顕著に低下し、全体としての死亡リスクは、約二割も低かったという。

 [悲観主義者は冠動脈疾患にかかりやすい]

 ハーバード大学のカワチ教授らは、40歳から90歳までの1000名余を対象にアンケート調査を実施し、楽観グループ・悲観グループ・中間グループの三群に分けて、それから10年間、冠動脈疾患(狭心症と心筋梗塞)の発症状況を追跡調査した。その結果、悲観グループに比べて、冠動脈疾患の発症リスクは中間グループで34%低く、楽観グループでは55%も低かった。つまり、楽観的か悲観的かで、冠動脈疾患の発症リスクには二倍もの差があったのである。

[生きがいは健康寿命を伸ばす]

東北大学の辻一郎教授らは、1994年に宮城県北部の住民約5万人(40歳~75歳)を対象に生きがいの有無をアンケート調査し、それから7年間にわたって生存状況を追跡した。その結果、生きがいが「ある」と答えた人に比べて、「ない」と答えた人では死亡リスクガ14倍も高いことが分かった。「生きがい」は人に「明るく前向きな考え方」を与え、「長生きすれば、良いことがある」という夢を授けてくれるのだ。

[思考が人生をコントロールする]

アメリカの著名な細胞生物学者ブルース・リプトンは、著書『思考のすごい力』の中で「人生をコントロールしているのは、遺伝子ではなく思考である」として次のように述べている。(少し長文だが、ぜひ参考にしてほしい。)

「あなたは信念(フィルター)を通して人生を見ることができる。バラ色の信念を選んで、身体を構成する細胞が活発に活動する手助けをすることもできる。逆に、暗い信念を選んで、すべてにダークな影を投げかけ、心も身体も病気になりやすい状態にすることもできる。恐怖の人生を送るのも愛の人生を送るのも、あなた次第だ。選択権は、あなた自身にある!もしも愛に満ちた世界を見るほうを選択したならば、それに反応して細胞の活動が活発になる。もし恐怖に満ちた暗い世界に生きるほうを選択したならば、あなたの身体は生理的な防御状態をとって、それ以外の活動をやめてしまい、健康状態は危機に瀕することになる。」

 [心の健康とパワーを守る八か条]

では、どうすれば心の健康とパワーを保つことができるのか。1998年にスタートした「ポジティブ心理学」の成果を中心に、曻地三郎、日野原重明といった百歳長寿者の実体験を大幅に取り入れ、以下の八か条にまとめてみた。

 

 1)「老化」について学習し、正しい知識を獲得する(「老化宿命論」の排除)。

 

2)将来の健康や病気への不安を持たない。

 

3)「長生きすれば必ず良いことがある」と信じ、未来に希望を持つ。

 

4)自分の才能や強味を活かした「生きがい」を見つける。

 

5)自分の過去を受け入れ、現在生きていることに感謝する。

 

6)気分転換法を身につけ、長期間ストレスに悩まない。

 

7)「笑う門には福来る」で、常に笑いとユーモアを忘れない。

 

8)人間関係を大事にし、友人や家族との交遊、会話を欠かさない。

 

[] 体を鍛える身体活動(口八丁、手八丁、足八丁の働き)

 「動かない生活」は万病のもとであり、動かないでいれば、正常な機能は維持できない。だから、もし心身ともに健康で長生きしたいと思ったら、毎日体を動かし、適切な運動を継続することが、一番効果的な方法なのである。ただし、運動が健康にいいからといって、ただやみくもに体を動かせばいいというものではない。毎日、義務感から「長距離歩き」を自分に強制したり、若者にしかできないような激しい運動を繰り返したりすれば、かえってストレスを強め、健康を損なう場合もある。毎日、日常生活の中で、習慣として、継続的に行うこと、そして、体の一部だけではなく、口、手、足のすべてを使う「口八丁、手八丁、足八丁の二十四丁で生活すること」(曻地三郎の「サブちゃんの十大習慣健康法」より)が求められているのである。「口八丁」とは、口の働きが八通りもあるということで、以下、口、手、足の各項目ごとに、好ましい運動習慣を「八丁」ずつ合わせて「二十四丁」にまとめてみた。「口・手・足」が生き生きと動けば、これらをコントロールする「脳」も活性化し、私たちは年をとっても、自立した健康な生活が可能になるのである。

 

[口八丁](健康の元)

  1. 規則正しく、一日三食を守る。口は命の入り口であり、栄養はすべて口から入る。人間は、口から食べられなくなったら死ぬしかない。

  2. しっかり噛む。曻地三郎は、106歳を越えた時に書いた著書のなかで、「よく噛んで食べることが健康長寿の元である」と指摘、「“ひとくち30回噛み”の習慣を100年間続けたおかげで、健康長寿を保つことができた」と回想している。

  3. いろんな人とおしゃべりして、友達の輪を広げたい。しゃべることで、人々とコミュニケーションをとることができる。人とコミュニケーションとること、常に人と交わることは、高齢者が若さを保ち、エネルギッシュに生きるための必須の条件である。

  4. 常に笑いを忘れない。一笑一若。常に笑いを忘れない人は長生きする。

  5. 好きな歌をうたう。

  6. 新聞や本を朗読する。

  7. 毎日よくお茶を飲む。

  8. 起床後と就寝前に、口と舌の筋肉を動かす訓練をし、そのあと深呼吸をする。

     

    [手8丁](手は外部の脳)

     手は単なる運動器官ではなく、外界を探索する感覚器官でもある。手の力が弱くなったり、手が不器用になって、新しいものを創造しなくなると、脳は確実に衰える。年取って認知症になりたくなかったら、こまめに手を使うに限る。

  1. 毎朝、顔を洗い、歯を磨き、髪を整えて、オシャレをする。

  2. 料理、掃除、後片付け、風呂の支度、庭の手入れなど、こまめに家事をこなす。料理は特に効果的である。

  3. 文字を書く。毎日、日記をつけ、こまめに手紙をやり取りする。

  4. 絵を描いたり、写真を撮ったりする。

    5) 手を使ってモノをつくる。男性は陶芸、彫刻などの工芸、女性は編み物、

    刺繍、アートフラワーなどの手芸が適している。

 6) 仲間と麻雀、トランプ、カルタ取りなどをする。

7) テニス、卓球、玉突き、キャッチボールなどのスポーツをする。

8) ピアノ、ギター、三味線などの楽器を習う。

 

[足8丁](足は第二の心臓)

 一万年前に農耕が発明されるまで、当時の人類はみな狩猟と採集に頼る生活で、一日10キロから20キロは歩いて食物となる獲物を求め、獲物がとれたら体を休めるというサイクルを繰り返していた。アメリカの脳神経科学の権威・ジョン・F・レイティ博士は、「人間の脳が発達したのは、厳しい環境で獲物を追い、巧みに捉え、生き延びていくためだった」とし、「体と脳をベストの状態に保ちたいなら、(人類の祖先の日常の活動を真似するつもりで)、毎日、歩くかゆっくり走るかし、体を動かすことを忘れてはならない」と述べている。

 

1)朝目が覚めたら、手、足、首の関節を動かす運動をする。

2)毎日、一回は外に出て歩く。散歩でも買い物でもいいが、30分のウオーキングができれば、一番効果的だ。

3)日常の用事は人に頼らず、自分で立って用を済ます。(何もしないで、

すわってばかりいるのは最悪)。

4)階段はエレベーターなどを使わず、すべて歩く。

5)内にこもらず、なるべく外に出る機会を多くする。友人との会合、会食、映画や展覧会、美術館の鑑賞など。本屋やデパートでの買い物も、大事な仕事の 一つである。

6)仲間や家族と、旅行、山登り、ハイキングなどを楽しむ。

7)踊りやダンスなどを習う。

8)月に1,2回、歩いて図書館に通う。

 

 [] 活発な知的活動(脳を働かす「脳8丁」)

健康で強い心のパワーを保つためには、脳を鍛え、その老化を防がねばならない。心の複雑で豊かな営みを生み出しているのは脳のシステムであり、そのシステムが衰えれば、心もまた力を失ってしまうからである。これまで長い間、「脳は新たな細胞を生成せず、死滅する一方だ」と信じられていたが、1998年になって、成人の脳でも新たな細胞が生成されることが発見され、自然死滅説は完全に覆えされた。脳は、これを鍛え、磨きあげていけば、死ぬまで知的成長を続け、強い心のパワーを維持することが可能なのである。以下に、脳を健やかに保つのに効果的な生活習慣―「脳八丁」を考えてみた。

1)歩け、歩け。

筋肉の75%を占める下半身を動かすウォーキングは、生活習慣病を防ぐ有力な健康法だが、最近の神経科学の研究によって、ウォーキングには、脳を活性化させ、心の老化を防ぐ力もあることが分かってきた。ウォーキングを続けると、脳の中で血流が活発になり、毛細血管が新たに作られて、脳細胞への酸素とブドウ糖の供給が増える。また、歩くことによって、脳神経の成長を促すBDNFというホルモンが大量に脳内に分泌され、海馬の働きが活性化する。アメリカでの研究によると、中年期に定期的に運動している人は、していない人に比べ、70代でアルツハイマー病にかかるリスクが三分の一になる。60代で運動を始めても、リスクは半分に減らせるという。

2)一日一知。毎日、新聞を読み、読書する。

脳は学ぶことによって生理的に変化する。何かを学習すると、神経細胞が刺激され、全く新しい「シナプス結合」が次々と形成されていくからである。多くを学べば、脳は「若返る」が、ほとんど何も学ぶところがなければ、脳組織は全く変化せず、老化するばかりだ。

3)家族や友人、知人とのコミュニケーションを絶やさない。

日常の会話が、脳を活性化する。もし、ひとりで何も話すことがなく、家に引きこもって、テレビばかり見ているようなら、「ボケの道をまっしぐら」ということになる。

4)自分の好きなことを探し、五つ以上の趣味を持つ。

趣味は、①表現欲を満たしてくれる②視野を広げ、人間性を深める③交友関係を広げる④脳の老化を防ぐ⑤生きがいを見つけてくれる、など五つの効用をもっている。趣味は一種の遊びだが、成果を気にせず、自由に楽しい気分を味わえるため、趣味が増えれば増えるほど脳は喜び、心を込めればこめるほど、前頭葉の各部位が活性化することになる。エリザベス・キューブラー・ロスが指摘しているように、趣味は「元気回復剤」で、かつ「回春剤」であり、長い老後を楽しむためには、最低でも五つ以上はほしい。

5)未知の分野に挑戦し、新しいことを始める。

具体的には、IT分野に挑戦してみよう。コンピューターをある程度使いこなし、インターネットやメールを楽しめれば、世界が広がる。新しいことを身につけるたびに、脳の知的回路は無数に広がる。新しい知覚や体験が脳に入ってくるかぎり、身体はそれに対応して生まれ変わり続けるのだ(チョプラ)。若さを保つのにこれほど有効な方法はない。

6)毎日、目標を立て、スケジュール通り生活する。

7)毎日、日記を書く。

8)友人と活発に交遊し、旅行やカラオケ、麻雀、囲碁など趣味をともにする。

 

[補注] 「老人は粗食がいい」はウソ

年を取ってきた人の食事は、「量」よりも「質」が要求される。若い時のように身体を使わなくなるから、食事のカロリーは少なくてもすむが、多種類の栄養素は過不足なく摂らなければならない。炭水化物、タンパク質、脂肪の三大栄養素のほかに、ビタミンやミネラル、食物繊維など、効率のよい代謝に必要なすべての栄養素を摂らないと、病気のリスクが高まり、老化が加速されるからである。「老人は粗食がいい」というのは間違いで、肉なし、油脂なしの粗食は、感染症と脳卒中の原因となり、魚と野菜ぎらいは認知症になりやすい。果物と野菜をたっぷり食べれば、胃がんの発生率が大幅に減ることも分かっている。特定の食品に偏らず「なんでも食べること」によって、高齢者は元気、やる気、気力を補充し、ウエル・ビーイングへの道を開くのである。

ここでは老化防止に有効な食品12品目を具体的にあげてみた。「子と孫たちにわやさしい」という言葉にすると分かりやすい。

 []   穀物(米)       []  肉  

[]   トマト(果物)     []  ワカメ(海藻 ) 

[]   豆類(大豆食品)    []  野菜  

[]   ゴマ          [] 

[]   卵           []  シイタケ(きのこ) 

[]   チーズ(乳製品)    []  イモ類

(町屋文化センター・カルチャー講座「老年学長寿健康法」第二回目)