2007年06月

2007年06月24日

ある市の本会議

土曜日に、三次市議会の本会議で、一般質問を傍聴した。

吉岡広小路市長さんのイニシアティブにより、「一問一答方式」、つまり、議員さんの質問と執行部の答弁を一つずつ、何度もやりとりする方式が取り入れられている。
(通常の議会では、議員さんが一度にたくさんの質問をまとめて行い、執行部の答弁もまとめて行う。)

議員さんが発言する位置も、議長や執行部に対面するスタイルになっている。
(通常の議会では、壇上で、議長や執行部に背を向け、議員席に向かってしゃべるスタイル。)

今回の一般質問は、木・金・土の3日間行われた最終日であった。
そもそも土曜日に開会している議会は、全国でもそう多くはないはずである。

質疑のテーマは、市の観光政策や、合併後の旧町村の振興など。

市長さんは、用意された答弁書をほとんど見ず、丁々発止、アドリブで、かつ理路整然と話されていた。
これは、市長自身の資質による面が大きいとは思うが、しかしよく考えると、首長は政治家であって、選挙のとき、会合のとき、自分の言葉でしゃべることの得意な方々であるはずで、その気になれば、けっこう導入可能なシステムなのかもしれない。

他の議会で、このようなスタイルの導入を邪魔しているのは、「本会議で間違ったことを言っちゃいけない」という役所の無謬性神話なのかもしれない。

世の中を混乱に陥れるような、大失言はマズいかもしれないが、多少の言い間違いぐらいは気にする必要もないし、必要あればあとで訂正すれば済む。
思い切った議論をして、有権者のスリルと関心を惹きつけるような本会議があっても良いのではないか。

ただむしろ問題は、質問する議員の方にも大いにあると思う。
今回の見学では、次のようなケースが散見された。

〆能蕕亮遡笋紡个啓更塢瑤しっかりと答えてしまうと、その後の質問時間をうまく使えず、同じ話を延々と繰り返すケース。
△擦辰く続けて何度も質問できる仕組みなのに、前後の質問の脈絡がなく、何を議論したいのか、ストーリー展開が分からないケース。
自分の意見や提案を述べず、執行部のスタンスを聞くことに終始するケース。


良し悪しはあるが、今後、自治体の本会議に一問一答方式を導入するとすれば、次のような課題があると思う。

〇前のすり合わせがないので、すれ違いの答弁が増え、議論が深まらないまま終わってしまう。
⊆更塢瑤筏聴の力量の差により、議論のレベルがうまくかみ合わないことがある。
K棆餤弔醗儖会との使い分けが不分明。通常、少人数の委員会で一問一答方式にて詳細な議論を行うが、全議員が集まる本会議で議論が細部にわたるのは、さすがに効率が悪い。

東国原知事と宮崎県議会との間でも、6月定例会で一問一答方式がとられたそうだそうだが、やはり議論の深まりに課題が残ったようである。

吉岡市長さんに聞いたら、執行部は、議員さんたちの質問内容を一応事前に収集しておくそうなので、本当のぶっつけ本番ではないわけで、こうした課題も、やりようによっては大して問題にならないのかもしれない。

まあしかし、どんな形式であろうと、本会議は、議員も執行部も細部にとらわれず、骨太な議論を展開できるような舞台であってほしい。

shigetoku2 at 00:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 行政・地方自治 

2007年06月20日

人を裏切れない田植え

先日、安芸高田市・川根地区のはやし田植えに参加した。

太鼓や歌にあわせての田植え作業である。

早乙女さんたちと横一列に並び、太鼓が始まると作業に入り、終わると苗を水面に置いて休憩。
これの繰り返しである。
はやし田2

両端に立つおじさんたちが持つひもに添って植えることで、苗がヨコ一直線になる。
田植えヨコ





田植えタテ
←が、タテ方向から見ると、こんなにバラバラ。
機械で整然と植えられた水田がいかにすごいか良く分かる。文明の利器だ。



ところで田植え作業は、隣同士になった人がサボってるとか、植える苗の数が少ないとか、作業状況がお互いよく分かる。

農村の人間関係が、共同作業の密接不可分性に裏付けられた濃密なものであることが、小一時間の作業をしてみただけで実感できる。

農耕民族の社会は、他人を裏切ることのできない人間システムなのだ。
これぞ「美しい日本」の人の心が醸成されてきたメカニズムではないか。

shigetoku2 at 23:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域活性化・地域の話題 

2007年06月17日

NGO活動を支えていくには

国際緊急人道支援NGOのネットワーク組織であるジャパン・プラットフォームによる、パキスタン地震における被災者支援の報告会があった。

日本に300団体ほどあるNGOのうち、6割は東京に集中しているとのことだが、支援者はじめ多くの方々に対し、活動内容に関する説明責任を果たすには、地方での活動報告会も欠かせない。
しかし、単独のNGOが個別にそのような機会をセッティングするのはなかなか難しいため、プラットフォームがこうした会を主催している。
NGOを束ねるプラットフォーム組織の意義は、こういうところにもあるようだ。

パキスタンでの活動について、京都のNGO・NICCO事務局長の折居徳正氏からは、被災地への建築技術などの技術移転を行ったり、現地医師による教員への衛生指導をしたり、余震の揺れに怯える子どもたちの心のケアを行ってきたとの報告があった。

写真家の桃井和馬氏は、政治的思惑を伴わない非政府組織による活動は、国家安全保障にとって重要な役割を果たす一方、救命活動の優先順位を決めるための重症度判定(トリアージ)など専門性も必要であって、現場では理想的な善意だけでは済まされないと述べた。

しかし白熱したのは、何と言ってもNGOのファイナンスに関する議論。

プラットフォームの理事・大西健丞氏によれば、企業からの寄付金や税優遇措置などによって、事業費は集めやすくなってきており、また、東京よりも広島ローカルの方がメディアにも取り上げられて浸透しやすいという意味では、資金も集めやすい環境にあるのではないか、との意見があった。

が、会場からは「企業は利益の上がらないところにはカネを出したりしない。就職先としても、公務員や大企業のように家族を養えて、定年退職の頃には家が建つような仕事と比べ、NGOは薦められないのが親心ではないか」との声があったように、まだまだNGOを取り巻く環境は厳しいようである。

この会への参加者の中には、ケニア紅茶の「フェアトレード」を行っている民間企業の方がいた。
フェアトレードとは、発展途上国の生産者に公正な価格を支払うことで、相手国の生産力や経済状況を向上させることを目的とした取引である。
つまり、発展途上国の人々を安い賃金で雇い、製品を作らせて、輸入し低価格で売るスタイルでは、相手国民は窮乏し、子どもたちまで働かなくては生きていけない。
フェアトレードは、発展途上国の人々が正当な報酬を受け、誇りを持って自立することを共に目指すものである。
言うのは簡単であるが、これを手がけている方も、相当な苦労を積み重ねてこの事業を実現しているはずである。
こうした企業のように、公益と私益を両立させる取り組みでなければ、活動は持続できないのも事実である。

それにしても、参加者の中には県職員有志の姿が目立った。
現状に満足せず、公益の実現を追求し、自己実現を目指そうとする気概を持つメンバーたちである。

公務員が、NPO・NGOに参画しやすい環境をつくり、非政府組織で公務員のスキルを生かしていき、場合によっては転職していく、これが一つの大きな選択肢となるような社会変革、制度改革が必要だと思う。

shigetoku2 at 00:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0) NPO