2007年07月

2007年07月24日

「分権を考える」

引き続き日経新聞より。

ダイエーやカネボウを再生させた産業再生機構を倣って、地方版の再生機構をつくる動きが紹介されている。

私の愛する青森県大鰐温泉スキー場も登場する。

=======================
首都圏や中部圏を中心に景気拡大が続く一方、その足取りが重い地域も少なくない。

政府は骨太方針に、地域経済の一体的な再生・強化を目的とする「地域力再生機構」の創設を盛り込んだ。
03年に設立した産業再生機構の地方版で、地域の中核企業や第三セクターの再生、地域の面的再生を手がける。

ただ地域が抱える“負の遺産”を処理するのは容易ではない。

津軽地方の南端、青森県大鰐町の第三セクターが運営する「大鰐温泉スキー場」は東北屈指の規模を誇る。
最盛期の利用者は年間40万人近くに達したが、近年はその2割程度まで落ち込んでいる。
町は年1億円を支援するが、債務超過は22億円に達する。

議会からはスキー場の大幅縮小を求める声も出ているが、97年に金融機関と結んだ損失補償契約が大きな障害になる。
現在の損失補償額は約60億円。
規模を大幅縮小すると「(町が)一括返済を求められる可能性がある」と二川原和男町長はいう。
一般会計が50億円規模の町にとって払える額ではない。

総務省によると、全国の地方自治体の三セク、地方公社に対する債務保証・損失補償額は計9兆円にのぼる。
また一部の地銀、信用金庫、信用組合が抱える不良債権は依然として高水準だ。
地域の負の遺産処理には多くのハードルが待ち受ける。

=======================



このように数字がズラズラと並ぶと、ただの企業経営の失敗と、その再建問題のように見えるが、事はそう単純ではない。

3セクは、もともとその地域の持つ豊かな自然や産物などを活用した地域活性化のために設立される。


裏を返せば、3セク経営が悪くなる背景には、単に集客力などの企業経営の問題だけでなく、本来住民の誇りであるはずの地域資源に対し、地域住民自身の関心が離れてしまっている状況が往々にしてある。

大鰐町の場合、スキー場は、戦前に第1回全日本学生スキー選手権が開催された、スキー界の方々にとっての聖地であり、地域の宝である。
しかし、過去の栄光を知る人であればあるほど、起爆剤となるような新しい方向性やアイディアを拒みがちである。

そんなしがらみにまみれたスキー場に対し、一般町民の気持ちは離れつつあった。
つまり、よそからのスキー客離れだけでなく、地元住民の思い入れも薄くなっていたのである。
そんな中、私が青森県で市町村担当をしていた平成13年、大鰐町議会は町が3セクの債務返済のため、町として支出を約束していた3億円の予算を否決した。

そこから小さな町の3セクの存亡をめぐる騒動が始まった。

そこで私は、3セクの経営破たんの本質的な原因となっている、地元住民の心を取り戻すため、地元の若手有志と手を組んだ仕掛けをしてみた。

スキー場を舞台としたイベントなどを企画し実行するため、町の有志による活性化実行委員会をつくり、スキー場と町民との関係を見直そうという動きを作り出したのである。

私の友人であり、スキー場運営のノウハウを持つ佐取広久さんにお願いし、そうした住民主体の取り組みをサポートするとともに、3セク経営の建て直しにも関わっていただいた。

佐取さんは、町役場、議会、スキー連盟幹部、3セク従業員といった様々な立場の人たちとの利害関係に揉まれながらも、地道に活動を続け、地域住民との信頼関係を構築し、やがてスキー場の支配人として経営改革を進めてくれた。

あれから6シーズンを経て、3セクには依然として莫大な借金が残ってはいるが、毎年の収支はほぼ均衡するようになってきた。
「地域の問題」としての3セク経営に心身ともに熱意を傾けてくれた佐取さん、そしてそれに応えて動いてくれた多くの地元住民の支えのおかげだと思っている。

地域における利害調整は、容易ではない。
全国規模の大企業の場合と異なり、「地域」を基盤とした経営に対して、地域の人と人との強い結び付きを軽視して、資本の論理で荒療治をしてしまうと、うまくいくものもうまくいかなくなってしまう。

地域力再生機構が機能するためには、地域に流れる「時間」や「空気」そして「ハート」を読みとり、「郷に入りては郷に従う」つもりで、じっくり話を進める必要があるだろう。

shigetoku2 at 10:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 行政・地方自治 

2007年07月10日

「分権を考える」

日経新聞に「分権を考える」というシリーズ記事が出ていた。

第1回は広島県内のある市の話から始まった。
===========================
中山間地に囲まれた広島県三次市。

市役所1階に入ると、「パスポート交付申請」と書かれた看板が目に入る。
通常、旅券発行は都道府県の業務だが、昨年県から移譲を受けた。
市内の事務所で県が発券していた時は週1日の受付だったが平日は毎日に拡大。
10月からは土日も交付する予定で、仕事のある人でも受け取りやすくする。

「地域のことは地域が担うのが一番」(吉岡広小路市長)と、すでに96分野の移譲を受けた分権先進地だ。

現在、移譲を求めているのが県道の全面的な管理権限で今年度中には実現の見通し。
市内には全長210kmの県道が走る。
今後は市の判断で住民ニーズの高い区間を優先的に補修、拡幅などができるようになるという。

政府は4月の「地方分権改革推進委員会」に続き、3日に「地方制度調査会」を設置。
地方分権を進めて、地域を活性化する姿勢を示す。

ただ三次市のように分権に積極的な地域がある一方で、全体としては議論は盛り上がらない。

===========================

地方分権改革は、現政権の重要政策の一つだ。

しかし、分権の受け皿となる自治体がその気にならなければ、誰のための分権なのか分からない。

分権先進県ともいわれる広島県庁でも各部局から、国の権限を寄こせ、という声が日常的に出てくるわけではない。
新たな権限を得ることで先々の施策展開を考える以前に、いまある仕事を実施するための財源確保に苦しんでいるのが現状であって、さらなる仕事を抱え込むことのメリットを計算できる状態にないのではないか。

分権の推進力をもっと生み出していくための知恵絞りのために、大いなる労力を割きたいところである。


ところで、地方によっては、財政難の程度はもっと深刻である。
===========================
「権限を受けてもこなすことができない」。

5月、岩手県内の自治体職員が集まった際、互いの悩みを打ち明けあった。
ある町の担当者は「職員も減っており、権限移譲で事務量が増えれば、現在の行政サービスに支障が出かねない」と話す。

背景には二つのことが考えられる。

一つは東北地方などに共通する地域の疲弊だ。

秋田県北部にある北秋田市。
人口減や高齢化は市財政を圧迫、岸部市長は「税源移譲よりも地方交付税や過疎債(の拡充)をお願いしたい」と本音を漏らす。
「地方分権」以上に地域の生き残りが切実な課題だ。

二つ目は自治体側の意識の問題だ。

例えば保育園と幼稚園を一体化した「認定こども園」。
都道府県が条例で独自に認定基準を作ることができるが、大半は職員配置や施設面積を細かく定めた国の指針と同じ内容だ。

仁愛短期大学の西村重稀教授らの調査では、国の指針と異なる基準を設けた自治体は保育室では5都県、屋外施設の面積では3県だけ。
ある県の担当者は「国と異なる基準を作るとなぜ違うか説明が必要になる」という。

============================

この第二の問題は、残念ながら、どの自治体にも共通する事象である。

議会や住民に対して「国が示した基準どおりです」と説明することほどラクなことは
ない。
どんなにおかしな国基準であろうと、「なぜ国と同じなのか」を説明する必要はない。
大した差がなければ、記事にあるとおり、わざわざ違いを説明するのは面倒くさい。

・・・これが多くの公務員の心理である。

しかしそんな公務員ばかりでは、「夢のない職業」と言われても仕方がない。
人と違うこと、よそと違うことをどんどんやっていこうじゃないか!

それでこそ、生きてる価値があるっていうものだ。

shigetoku2 at 10:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 行政・地方自治 

2007年07月02日

おやじの巨星、野村さん

野村洋一さんが亡くなった。

廿日市市の「野坂中学校区おやじの会」代表であり、地域活動において、私の目標であった方である。

お通夜には野村さんに目をかけてもらってきたと見られる、若い男女がたくさん駆け付け、すすり泣いていた。

野村さんの言う「地域における父性」の成せる業であろう。

母親と父親は子供にとっていずれも不可欠だが、その果たすべき役割は異なる。
父親は、子供と真正面から向き合い、悪いことをしたらとことん叱ってやる。
それは、自分の子だけでなく、地域のワルどもに対しても同じだ。

「こんな父性に子供は飢えているんです」という野村さんの声が聞こえてきそうだ。
父性があれば女でも「おやじ」になれる。


でもそんな野村さんも病魔には勝てなかった。
というより、病魔と闘い続ける「おやじ」でもあった。

2年前、初めて出会ったとき、「末期癌なんです」と打ち明けてくれた。
率直に言って、そんな人がなんでおやじの会代表をやり、みんなでスケボーパークを作ったりしてるんだろう?と疑問に思った。

その後、役所の公共事業に対するアンチテーゼである、スケボーパークが完成した。
行政が業者に委託して、さっさと作り上げる「完璧な」公園なんてみんなが愛情を感じるはずがない。
原材料だけ提供してもらい、あとは地域のみんなで少しずつ作り上げる。
これが地域のアイデンティティにもなり、人々の絆を強くする。

一ヶ月ほど前、「入院先から県庁の会議に出席したんです」と、チューブを下げたままの痛々しい姿で私の職場を訪れ、笑顔をふりまいてくれたのが最後だった。

さよなら、みんなのおやじ、野村さん。
どうか安らかに眠ってください。

shigetoku2 at 22:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 家族と教育、子育て