2008年08月

2008年08月31日

浜松にて

先日、浜松に遊びに行った。

女性防災クラブ連合会会長の鈴木政子さんとは、消防庁勤務の頃にお会いして以来のお付き合いである。
いつも明るいキャラクターでみんなを引っ張っていく、元気はつらつの方である。

現在は、家庭への火災警報器の普及啓発活動を中心的に担われている。
天ぷら火災の防止をはじめ、火の元を預かる主婦の役割は大きいのである。

ウェイクボード今回私は、鈴木さんのご長男である義明さんらの勧めもあって、浜名湖でウェイクボードに挑戦した。
ウェイクボードは、スノーボードの水上版のような形状で、足を横に並べて板に固定し、ボートで引っ張られながら水上を滑っていくものである。

海といえば、いつも子どもとプカプカ海水浴する程度の私であったが、ボートに引っ張られて水中から立ち上がる感覚、水上の波に乗る感覚を満喫し、マリンスポーツの楽しさを体感することができた。

忙しさからか、年齢的なものなのか、最近は、新しいことにチャレンジをする機会が減ってきているような気がする。
こんなとき、普段と異なる世界を見せてくれて、かつ、背中を押してくれるのは、仕事とは関係のない仲間である。
仕事にどっぷり浸かる日常の中にあっても、こういうかけがえのないお付き合いを大事にしたい。


ところで浜松という土地は、人のつながりや温かみを地域ぐるみで感じさせてくれる土地である。
3年前のGW、浜松まつりを見に行ったのだが(これも鈴木さんのお招きで)、そこで見たのは日中の勇壮な凧合戦、そして、夜中まで町を挙げての屋台引き回し。

特に、屋台は、その年に子どもが生まれた家の前に止まっては、太鼓やラッパを鳴らし、父親を“お立ち台”に立たせ、町内のみんなと一緒に代わる代わる日本酒を飲み続けるという、地域住民ぐるみのお祭りだ。
こんな風にして、家族親族だけでなく、町内会の方々がみんなで(少々荒っぽく?)子どもの誕生を祝う風習がある地域のコミュニティ力は、強力だと思う。

世の中が忘れかけているものを思い出させてくれたお祭りで、自分の地元にもこんなお祭りがあったらなぁと羨ましく感じたものだ。


ところでまったく不勉強だったが、浜名湖は湖なんだから淡水だと思ってたら、実は海水の混じる“汽水湖”である。
おかげで、岸から数百メートルも腰の深さが続く遠浅の湖底からは、潮が引かなくてもアサリが獲れる。

聞くところによると、昔、地震による地盤沈下で遠州灘から浜名湖に海水が入り込むようになったとのこと。
地図を見ても、“今切(いまぎれ)”という地名の部分が決壊して海水が流入したことが見て取れる。

災害の歴史にも思いを致した(?)週末であった。

shigetoku2 at 22:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域活性化・地域の話題 

2008年08月19日

羽化の神秘

先日、家族で“せたがやエコアップ探検隊実行委員会”が主催するセミの羽化の観察会に参加した。

セミの抜け殻はどこでもよく見かけるが、幼虫から成虫へと羽化する様子をじかに見たことはなかったので、楽しみな観察会であった。

セミは世界に1600種類、日本に32種類いるそうで、そのうち世田谷区にはミンミンゼミ、ニイニイゼミ、アブラゼミ、クマゼミ、ツクツクボウシ、ヒグラシの6種類。
まあ、どれもお馴染みのセミばかり。
鳴き方も・・・だいたい分かるかな。

セミには5つの眼(2つの複眼のほか、3つの単眼がある)があり、オスだけが鳴く。
アブラゼミの幼虫は6年間地中で暮らし、サナギにならずに幼虫から直接成虫に羽化(不完全変態)し、成虫としての命は2〜3週間だけ。

以上が基礎知識だ。


さて、東急大井町線の等々力駅近くに集合し、19時ごろから等々力渓谷に降り、谷沢川沿いをしばらく歩くと・・・そこらここらにいるいる!

セミの羽化
セミの幼虫の背中が割れて、真っ白な成虫が抜け出してきている。

申し訳ないと思いながらも懐中電灯を当ててみると、まぶしいぐらいに神秘的な白さ、神々しさすら感じた。
長い地中での幼虫生活を終えた、人生(虫生?)の劇的なターニングポイントにしては、とても静かな瞬間だ。

抜け殻にぶら下がったまま一晩過ごし、羽根が乾き、体が色づくのを待って、明け方に飛び立つのだそうだ。

ただ、ここで小さな“事件”が起こった。

虫を見つけると、いくら呼んでもその場から動かなくなるぐらいに夢中になる、昆虫大好きの長男が、(これもいつものことだが)そばにいた次男にちょっかいを出した拍子に、1匹の羽化中のセミに触れてしまい、セミが地面に落っこちてしまったのである。

あ〜あ・・・。

その日の帰り道、彼は心なしか言葉少なで、セミの話もあまりしなかったように思う。

ほろ苦い少年時代の夏の思い出になったことだろう。

shigetoku2 at 00:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 家族と教育、子育て 

2008年08月16日

英語教育への洞察

富山県に「でるくい」という県職員による政策情報誌がある。

職場の先輩である岡本全勝さんが富山県に出向されていたときに発刊した冊子である。

過去の投稿は、全部HPで見れるようになっている。
「でるくい」とは、“杭も出すぎりゃ打たれない 打てるものなら打ってみろ”との趣旨で付けられたタイトルのようである。

先日、岡本さんから今年発刊された号を手渡されたので、読んでみた。
その中で、ALT(外国語指導助手)のローラ・ティムリングさんという方が書いた、洞察力ある論文が印象に残った。

【以下、ほぼ引用】
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ESOL(English for Speakers of Other Languages 母国語が英語以外の人たちのための英語)の教授技術と応用法を大学で学び、さらに保育所や高校で教師経験を積んで、私は海外(日本)で英語を教える準備が整ったと思った。

ところが、現実は非常に厳しい見方をしていた友人と同じで、ESOLとEFL(English as a Foreign Language 外国語としての英語)教育とは全く別物であることを思い知らされた。

アメリカの高等教育では英語の流暢さが不可欠で、英語読解力なしには将来の自立と成功の可能性が極めて小さいか、全くないという厳しい現実が待ち受けている。

一方、日本ではバイリンガルであることが就職上有利であったり、旅行や国際的なコミュニケーションを容易にしたりするなど、経済的動因が働きもするが、キャリア形成の上では英語を必要としない。
日本で居心地よく暮らし、様々な国へパック旅行もでき、英語の教科書を手にする必要の全くないまま人生を終えることすらできる。

「日本語を完全に話すことができるのに、なぜ英語の勉強に煩わされなければならないの?」と尋ねる生徒がいたが、彼らはその質問に対する回答を探している。

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一般に、日本人が英語が苦手といわれるのは、まさにこうした理由が大きいと思う。

私たちが中高生の頃から、「これからは英語が大事」と言われ続けてきたが、その割りに現実には、あえて英語を使う仕事や外国人の伴侶でも選ばない限り(とまで言うのは言いすぎかな?)、英語など使わずとも仕事や生活には何の支障もない人が相当多いはずだ。

人間はインセンティブの生き物なのである。
英語を使いもしないのに、常に磨いておく、勉強しておくなんていうのは、よっぽど意志の強い人でなければできない。

子どもたちにとって、将来何の役に立つのか分からないという意味では、理科も数学も同じようなものかもしれないが、こと語学教育に関しては、目的意識が特に重要なのであろう。
現状では、入学試験という目標が唯一無二という生徒も多いはず。

彼らが探しているという“回答”をいかに与えてあげられるか、それは親や教育者の重要な役割だ。


さて次に、ローラさんは、実際に英語を教える上でのキーポイントを指摘している。

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英語教師自身が英語を日常的に、あるいは自信を持って話すことを恥ずかしいと思っているか、生徒の前で間違いを犯すことを恐れすぎているのではないか。

間違えることは、教えるときや学ぶときに、最も効果的かつ重要な手法である。
毎年、私は新一年生に間違えることを恐れないよう伝える。
私はクラスの全員を前にして、日本語で話して間違える。
私の日本語が未熟なこともあるが、これが生徒をリラックスさせるからである。

日本人英語教師が間違いを認め、自分自身の間違いを笑い飛ばせば、授業はもっと生徒たちに身近なものになるだろう。
人は励ましのある中で正された間違いは忘れず、次には間違えなくなるものだ。

日本の教育において、個性と教師の間違いがなかなか受け入れられない傾向にあるが、これらこそが、外国語学習に多様性と関心を植えつけるために必要とされているものだと思う。

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これは、実に痛快な指摘だ。逆転の発想と言っても良い。
「でるくい」にふさわしいと言えようか。

私の中高生時代にも、外国人が来ると隠れてしまうような英語の先生がいたものだ。

先生は、少なくとも大半の生徒よりは上手に話せるはずなんだから、堂々としゃべり、堂々と間違えれば良かったのではないかと思う。
しゃべりで間違えて下がる権威より、逃げたことによる権威失墜の方がよっぽど大きいはずだ。

こんなことは、社会の人間関係でいえば、初歩中の初歩だ。
いつも“自分はこんなにできるんだぞ、お前に教えてやる”と言っておきながら、肝心なところで逃げるような人間を誰が信頼しようか。

まあ先生と生徒の場合には、社会人の人間関係よりも、もう少し微妙な関係があるような気もするが・・・。

しかし、子どもたちのためにも、あえて自分の失敗をさらけ出せるぐらいの度量のある先生であれば、生徒は信頼し、ついてくるように思う。
学校教育がいろいろと取り沙汰される昨今だが、良くも悪くも、生徒にとって教師は最大の模範である。
自信を持って子どもたちを導いて行ってほしい。


shigetoku2 at 06:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ちょっとした気づき 

2008年08月15日

農村の明日を切り拓く

有楽町で行われた「地域力創造シンポジウム」に参加した。

先月から総務省に新しく設置された“地域力創造本部”が主催したイベントだ。

とりわけ一橋大学大学院商学研究科の関満博教授の「地域産業振興とまちづくり」のお話は、今後の地域の方向性を占う重要なメッセージだったと思う。 

【以下、講演の要約】
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これまでの地域の産業振興には、主として、地場産業の再生と、企業誘致や新産業振興、の2つの方向性があった。

しかし最近、「第3の流れ」として“食、農、暮らし”に着目すべきと考える。

地域産業は、これまで、役所の所管でいえば、経産省が所管する産業と、農水省が所管する農業とが、お互いに交じり合わない関係として展開してきた。
県庁でも、産業部門と農政部門は分かれているし、そもそも農業経済学という学問分野は、大学の経済学部ではなく、農学部にある。

ところが、近年異変が起こっている。

農村では20年前に、農家のご婦人方による農産物直売所が登場した。
1ヶ所あたり数人から数十人で運営し、JAに出せないような規格外の農産物を販売していた。

直売所は、2つの点で革命的だった。
1つは、農業収入は従来、農家の世帯主である男性だけに入っていたが、直売所での収入が妻の通帳に入るようになったこと。

もう1つは、農家が直売所のレジに立つようになったことにより、消費者の声をじかに聞き、これに対応した作物や品種を育てるようになったこと。
たとえばダイコンは、わが国には本来50種類の品種があったはずのなのに、規格が統一され、現在JAの流通系統では1種類しか出ていない。
地域の消費者は昔懐かしい“おいしいダイコン”を覚えており、こうした声に対応して地場産品を見直そうという動きにつながってきた。

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調べてみたら、世田谷にも「大蔵ダイコン」という“幻のダイコン”があるそうだ。

昭和40年代まで栽培されていたが、病気に強い青首ダイコンにとって代わられ、いったん姿を消したが、平成に入ってから、地域で見直しの動きが高まり、地元農家で再び作られ始めたとのこと。

いわく「色は純白、根の上部から先まで同じ太さの円筒形で、肉付きがよい。青首大根と比べ、水分が少なく煮崩れしにくいので、おでんや煮物に適している。」

う〜ん、こんなダイコン、食べてみたい!

【再び講演要約】
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こうして現在では、むしろ良い野菜は直売所に出ており、一流の料理人は直売所で素材を求めるようになってきた。

5年前にはJAが参入して、“ファーマーズマーケット”と呼ばれる大規模直売所ができるようになった。

現在、わが国におけるコメと野菜の市場規模は、それぞれ2兆円程度。
直売所が取り扱っている作物は、6000億円規模であり、さらに年間10〜15%のペースで成長している。
これは「最後の成長産業」といえるのではないかと思う。

注目すべきは、直売所で売れ残った農産物などを活用するため、直売所の近くに加工場や農村レストランが設置されてきていることだ。

農村レストランは、都道府県別では、栃木県に72軒と最多。
うち4分の3は、そば屋である。そば屋はそば単品でやっていけるから、多いのではないかと思う。
たとえば、今市市の小百(こびゃく)地区の農村レストランでは、玄そば(45kg)の仕入れ値(通常のJAから買えば7000円)を2万円で購入している。
高値で仕入れることで、地元農家の営農意欲を高めるためである。

こうして、地域におカネが循環し、これまでお互いに独立していた“産業”と“農業”とが融合し始めている。

直売所、加工場、農村レストランは、“農村の明日を切り拓く3点セット”なのである。

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時代を大きくとらえると、これからの日本は、地方回帰の流れができるはずである。

なぜならこれまでの日本では、第1次産業から第2次、第3次へとより高い生産性を求め、人口密度が高く、情報に触れる機会の多い都心部に人も企業も集まっていったのは当然であった。

過密した都心部で住みにくさ、生活しにくさを感じる労働者も増えてくるが、だからといって地方へ移り住むことはできなかった。
なぜなら、地方には人も企業もなく、つまり仕事がなく、生活していけないからだ。
このスパイラルから逃れるすべは、これまでなかった。

しかし、ここへIT社会がやってきて、これまで高い生産性を維持するために不可欠だった人や情報への接触機会は、都会でなければ成り立たないわけではなくなった。
むしろ、地方における空間的・コスト的な利点が見直され得る状況になってきた。

ただ、現時点においては、依然として地方に仕事が(少)ないという現状に変わりはない。

しかし、「地方には仕事がない」というのは、正確に言えば、「地方には仕事がないと思われている」「地方に仕事が生まれ得ることに気がついていない」ということであって、ここは人の思い一つでずいぶん変わってくるところではないか。
かつて書いたように(田舎で起業!)、田舎で起業した人の手法は、「たいして新しくない」わけで、都会やほかの業界では当たり前の手法が、田舎では採用されていないため、ゼロから発明しなくても異業種の知恵や方法を持ちこむだけでビジネスになるといわれている。
「田舎には、ベンチャービジネスのシーズは山ほど埋もれている」のだ。

直売所、加工場、農村レストランにしても、こう言っては何だが、新技術を伴うような高度な起業ではなく、典型的な「田舎の起業」ではないか。

であれば、大都市で働くサラリーマンが、「確かに放っておいたら地方に仕事はないが、自らの働きかけによっては『地方にも仕事がありうる』」という思いになれるかどうかが決め手であろう。

関教授が指摘するビジネスチャンスに活路を見いだすのは、地方在住の人でなく、むしろ、現状に満足しきらない大都市サラリーマンなのではないかと思う。

shigetoku2 at 00:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域活性化・地域の話題 

2008年08月11日

軽井沢での休暇

父母と弟家族と一緒に、夏休みを軽井沢で過ごした。

軽井沢といえばリッチに別荘で、というイメージだが、わが家の場合は去年からハマっているキャンプで、テント2泊だ。

ピッキオのノリさんの案内で、「野鳥の森」を歩いてみた。

今春から世田谷でハマってるコアジサシやらツバメやらの自然観察の延長線上とも言える。

面白かったのは、山のふもとにはヤマアカガエルがいたのに、山の上の池ではオタマジャクシのまま、という現象を目にしたことだ。
ノリさんによれば、山上の冷たい水の中では、来年になってもオタマのままだろうとのこと。
カエルには“積算温度”というのがあって、温度×時間によって、成長の早さが決まるそうだ。
まあ理屈の上では分かることだが、現場を見ると説得力が違う。
ちなみに、ヤマアカガエルは、大人になってもフクロウなどの餌となるようで、早く大人になるのがいいのか、子どものまま水の中にいるのがいいのか・・・微妙なところだ。(といってもカエル自身は選べないのだが。)

植物では、アブラチャン(油ちゃん?)という木があった。
生木のままでも燃えるぐらい油成分をたっぷり持つ樹木だそうで、キャンプでも薪が湿気て点火しないときに使えそうだ。
チャンは中国語由来だそうだが、なかなか語呂が良い。

しばらく行くと、山椒の木があったので、葉をたたいて匂いを嗅いだら、サンショの香りがした。
別のグループの小さな女の子が「ウナギのにおいがする!」なんて言っていた。
花の香りを「トイレのにおい!」とか、観光名所を見て「テレビと同じ!」とかいう類かもしれないが、素直でかわいらしかった。

アケビコノハの幼虫また、草の上で変な威嚇姿勢をとっていたアケビコノハの幼虫を発見した。(これは、珍しく私が自分で見つけた。)
見た目はかなり気持ち悪いが、触るとビロードのように気持ちのよい手触りだった。
もちろん、ガイドさんの勧めがなければ、到底触る気にならないが・・・。


キャンプは、料金的にもリーズナブルだが、(我が家の名誉のため言わせてもらえば?)それだけではなく、自然との距離が圧倒的に近く感じられることが魅力である。
キャンプ場近くの小川でビールを冷やしたり、スイカ割りをしたり。
鳥や虫の声を手がかりに木々を見上げて、声の主を突き止めたり。

また、最近購入した顕微鏡を使って、昆虫の羽根やアブの複眼、蚊の吸血針など、手当たり次第に色んなものを観察するのが最高に面白い。(顕微鏡は“子どもの夏休みの自由研究用”として買ったのだが、実は私が一番ハマっている。)

そして何より“星がちゃんと見える”夜空は、東京では得難いものだ。

あれこれ言ってみても、当たり前のものが当たり前にあることを再確認できること、それがキャンプの最大の意義なのかもしれない。

shigetoku2 at 00:34|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 家族と教育、子育て 

2008年08月07日

ラグビー場で思うこと

帰省したついでに、母校の高校ラグビー部の練習を見に行った。

私の同級生が、監督としてチームを率いているが、ケガ人が多いようで、練習に参加していたのは1・2年生あわせて13人だった。(3年生は春の大会で引退するのである。)


さて私が高校・大学7年間のラグビー生活を振り返って、反省していることの1つに、「練習が自己目的化してしまう」ことが挙げられる。

たとえばオフェンス2人が、ディフェンス1人をパスでかわして抜く練習がある。
「2vs1」と呼ばれるメニューだ。

本来技術を磨く練習だが、1つ1つの動きをチェックすることを怠り、炎天下で単調に延々と繰り返すと、体力ばかり消耗する練習になってしまう。
「これは体力練か?」と勘違いしてしまいそうだ。

実際の試合では、フォワードがモールサイドを攻撃したり、モールやラックからタマがなかなか出てこなかったりと、バックスにタマが供給される状況は様々だ。
基礎練習とはいえ、スクラムハーフ(SH)からタマを出すタイミングを少し変えてみるとか、タマ出しの位置を前後左右に動かしてみるとか、少しでも実戦に近づける工夫をすべきだ。

少し練習方法を変えてみるだけで、選手が試合のイメージを持ちやすくすることが可能なはず。

・・・と、こんなことを思いながら、高校生の練習ぶりを見ていると、ついついあれこれ言いたくなってしまうのだが、大学生ならともかく、高校生、とりわけ1年生はラグビー経験も浅く、体もできていない。
監督いわく「シゲの言うことはよく分かるが、まだその段階じゃないので、秋口あたりから徐々に実戦に近い練習をしていくつもり」。

そりゃそうだ。
高校生はまず基礎プレー、そして体づくりをちゃんとやらなきゃ、ケガにつながる。

それに、そもそも現役選手にとって、たまにしか顔を出さないOBからつべこべ言われることほど嫌なことはない。(これも、私の7年間の教訓である。)


一方で、OBの重要な役割は現役のための資金集めである。

資金があれば、選手の練習環境は色んな面で向上する。
練習用の道具を購入できるし、遠征試合もできる。
プロテインなどの栄養サプリメントも調達できるようになる。

いまやプレーの面ではなかなか胸も貸せないOB20年目の先輩としてできることは、こうした後方支援が中心となろう。

何より、(実社会と違って??)純粋な気持ちで頑張っているラガーメンは、自然に心から応援したくなる存在である。

会費集めの場でもある毎年お正月のOB会にもっと大勢のOBが参加するよう、呼びかけをしていきたい。

shigetoku2 at 08:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ちょっとした気づき 

2008年08月01日

NPOのファンドレイジング

シーズ・市民活動を支える制度をつくる会が主催した「ファンドレイジングセミナー」に参加した。

講師の鵜尾雅隆さんは、最近までJICA(国際協力機構)に勤務しておられ、ファンドレックスという、NPOの資金調達を支援する会社を立ち上げた方である。

何よりNPOの最大の課題というべき“資金不足”に対するサポートは、わが国の市民社会の充実のため不可欠なことである。
これを専門とする会社を始めた鵜尾さんは、その意味で時代の申し子だと思う。

いろいろと刺激的な話を聞いたが、とりわけ印象に残ったのは、次の3点だ。

 峇麌媾犬瓩蓮⊆匆颪鯤儚廚垢觴蠱覆任△辰董単にお金を集める手段ではない。組織が社会と対話して、成長するためのきっかけである。」
寄付というと、街頭の募金箱に100円玉入れる、というイメージしかない人が大半ではないか。私もこれまで行った寄付の大半は、それである。あとはお賽銭か。
しかし、閉塞感ある今の日本社会において、何をどう変革するのか、という明確なメッセージを発しながらの寄付集めは、人々の共感や支持を得て、NPO組織を育てる社会の土壌となるだろう。

◆崙本に寄付が根付いていないのは、『キリスト教社会と違って寄付文化がない』からではなく、寄付の成功体験と習慣がないからであって、日本型のNPO支援モデルは存在しうる。」
確かに「寄付なんてどうせ集まらない」と思いながら集めてても、集まってこないのは当然だ。
やる前からあきらめてちゃいけない。成功体験がないことが言い訳になってはならない。何事も信じてあきらめずに行動することだ。
鵜尾さんいわく「『日本には寄付文化がない』という言葉は、今日から禁止!」。

「寄付を集めるためには、既存・潜在的寄付者をカテゴリーに分けて分析し、常に自分のNPO組織への関心の度合いを高める工夫が必要。」
大口・小口の寄付者がどこにどれぐらいいるかを把握し、その人たちへのアプローチの仕方を考えるなど、ファンドレイジングには戦略が不可欠とのこと。
一度関心を持ってくれて寄付してくれても、継続的な働きかけをしないと、またすぐに離れていってしまう可能性があるため、イベント開催時にリピーターへの仕掛けを組み込むなどの工夫が必要との指摘があった。
テクニカルには「1度もらったら年に7回感謝する」。これも計算された戦略の一環だ。


それにしても、参加者のファンドレイジングへの関心の高さを物語ったのが、セミナー終了後にできた、講師との名刺交換の長蛇の列だ。
私もこれまでいろんな講演会に参加したが、これほどの行列は初めてだった。

また、最近思うのだが、こうした勉強会の参加費はわずか1000円程度。
ハードカバーの本より安く、中身の濃い勉強と人との出会いを実現できてしまう、こういう機会は貴重だと思う。
スポンサーにも感謝。

shigetoku2 at 23:12|PermalinkComments(2)TrackBack(0) NPO