2009年02月

2009年02月25日

元気・感動・仲間・成長

子どもたちを連れて、エミネランドというイベントに参加した。

子どもから大人まで、いろいろなスポーツを1日で体験できる、都心の小学校の校庭でのイベントである。

・体を動かしたい
・やったことがないスポーツにチャレンジ!
・親子で一緒にスポーツを楽しみたい

・・・といった軽い気持ちで参加できるのがウリだ。

10種類のスポーツのうちから、タッチフットボール、タグラグビー、サッカーに参加してみた。

タッチフットボールは、ラグビーではなく、アメフトのコンタクトなしバージョンであった。
タックルなし、防具なしのアメフトといえども、フォーメーションプレーをするのは本物のアメフトと同様。私にとっては初めての“アメフト体験”だった。
そして指導は、“ONE PACK”という女子チームのメンバーの方があたっていた。
これは驚き。
聞いてみたら、このチームは大学時代からのつながりで、現在も社会人でプレーしているとのことだった。
どんな試合をしてるのか、今度見に行ってみたいな。


一方、タグラグビーは、私の大学ラグビー部の後輩でもある村田祐造くんスマイルワークス株式会社代表取締役)がコーチだ。
先月も彼のタグラグビー教室に参加したが、実にユニークな指導で、とっても楽しめる。
みんなを巻き込んで、明るく楽しくやることを通して、ラグビーの精神(ワン・フォー・オールとか)を理解させるという運び方が実にうまい。

とりわけ、人の話への傾聴、人への敬意、そして、チームワークを育む「ともだち握手」といった人と人との関係づくりを大切にしている。
終わった後は、何ともさわやかな気分になるのである。


さて、エミネランドの主催者辻秀一さん(NPOエミネクロス・スポーツワールド代表理事)は、NPOの理念として、「スポーツで元気・感動・仲間・成長」を掲げている。

パンフレットには、「スポーツって勝つためにばかりやるので苦しくないですか?上手くなることばかりが目的になってないですか?・・・」などという投げかけがあり、エミネランドは、「日本初のスポーツのディズニーランドを開催しています」とある。

閉会式で、辻さんは「いま日本に必要なのも、元気・感動・仲間・成長です」とおっしゃっていた。

そう、スポーツを通じた人づくり、地域づくりも、日本社会を建て直すのに不可欠な要素なのだ!

様々な分野の人たちが手を携えて、元気を生み出し、仲間とともに感動できる社会、人生が豊かに成長する社会をつくっていけるといいなと思う。

shigetoku2 at 07:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 経済社会・文化・科学 | 家族と教育、子育て

2009年02月24日

イタリア食材に学ぶ

本格的なイタリアの食材や料理を買い、食べ、学ぶことのできる代官山の「Eataly(イータリー)」というお店を先日訪れた。

イータリー・ジャパンの広報・コミュニケーション担当の岡崎啓子さんのご案内で、食材販売部門、バール(喫茶)、レストラン、ワイナリーなどを見せていただいた。

この会社は、’07年1月にイタリア北部のトリノに第1号店を出してから、2年足らずで東京にまで出店したというからすごいスピードだ。

店内で食したパンやピザ、パスタは、相当なこだわり食材である。
イータリーのパン
たとえば、パンは、天然酵母でつくった生地を48時間寝かせて焼いたものだ。

パスタは、麺状に押し出す際に生じる摩擦熱や、乾燥させるときの熱で小麦成分が損なわれない方法で製造されているという。
イータリーの生ハム
店内には生ハムが豚の足ごとぶら下がっている(イタリア国内では普通の景色だそうだが)。

訪れる人が、陳列された食材を目にしながら、その場で加工・調理したものを味わうことができるのが、イータリー流である。
こうした環境が身近にもっとあれば、人々の食や農に対する意識や考え方も変わってくるに違いない。


岡崎さんは、イタリア北部のブラ市に本部を置く非営利団体スローフード協会が設立した、「食科学大学」で3年間学んだそうだ。
この大学では、栄養学から、生産や流通の現場、産地の歴史まで総合的に教育し、地域の食材の総合的な魅力を引き出し、語ることのできる人材育成を行っている。

わが国で取り組んでいる“地域力創造”や“観光立国”のためにも、こうした人材を育てる仕組みが必要であるように思う。

実はイータリー社は、もともと電器屋をしていたオスカー・ファリネッティさんという方が、一念発起して立ち上げたそうである。
その背景は、イタリアでも郊外型スーパーが進出し、ファーストフード等の外食産業の流行により、高品質なイタリア食材に対する危機感を持ったことからだという。

社会の先行きを案ずる思いは、全人類共通となっているようだ。

こうした思いがあれば、誰とでも、世界のどこまででもつながっていくのだから、これからの「社会づくり」は、限りなく幅広く、奥の深い仕事になっていきそうだ。

shigetoku2 at 07:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域活性化・地域の話題 

2009年02月22日

日本ファンドレイジング協会発足!

日本ファンドレイジング協会」の設立記念シンポジウムに参加した。

日本にNPOへの「寄付文化革命」を起こそう!という大運動の始まりである。

この協会は、設立に向けて、数か月前から全国から“発起人”を募集していた。
私も名前を連ねさせていただいたが、最終的に全都道府県から580人集まったというから、この課題についての人々の関心の高さを伺うことができる。

協会の代表理事は堀田力さん(さわやか福祉財団理事長)、事務局長は鵜尾雅隆さん(株式会社ファンドレックス代表取締役)だ。

協会が今後取り組むのは、
・年1回のファンドレイジング大会
・機関誌「ファンドレイジング・ジャーナル」の発行
・ファンドレイジング研究会の開催
・「寄付白書」の発行
・「認定ファンドレイザー」資格の認定
・「寄付者の権利憲章」の制定
・「ファンドレイザー倫理規程」の制定
・フィランソロピー教育

・・・など、やること満載であり、協会は、これらを多くの関係者とともに実施していく際のコーディネーター役として機能する。


設立シンポに登場した方々の発言には名言がたくさんあった。

笹川陽平さん(日本財団会長):
・NPOの活動を見て『いい仕事ですね』という人の言葉にだまされちゃいけない。
1000円でも寄付してくれる人の方が、あなたの仕事を評価してくれている。
寄付で支えてくれる人がいないようでは、あなたの仕事はちょっと独りよがりになっているかもしれない。
・私は空いた時間があれば、寄付をしてくれた方に礼状を書いている。これはつらい作業だが、だからこそ、いい仕事をしなきゃと思う。


渋澤健さん(シブサワ・アンド・カンパニー代表取締役):
・寄付はキャッチボール。返ってこなかったら、もう投げない。

つまり、ボールを受けたNPO側が、寄付者に「寄付して良かった」と思ってもらえる何かを仕掛けなければ、一度っきりとなり、続かないというのだ。

小河光治さん(あしなが育英会理事・神戸レインボーハウス館長):
・キーワードは“Pay Forward”。寄付してもらった人にお返しするだけでなく、社会に、次世代にお返しすることが必要。

ポーレット・マエハラさん(AFP(アソシエーション・オブ・ファンドレイジング・プロフェッショナルズ)CEO):
・NPOは、事業費だけでなく、Administrative Cost(事務局経費)がかかることについても、寄付者に率直に話し、理解を求めるべき。メディアにも学んでもらうべき。

これについては、鵜尾さんから「実際、日本は世界一NPOの人件費に厳しい国だと思います」と呼応した。
事務局員の人件費(待遇)については、以前鵜尾さんと議論したときにも登場した論点だ。

渋澤さん:
・市場経済には数字(金額)という指標があるが、Social Returnの価値を把握するための指標、共通言語がない。

確かに、例えば、NPOが行政と比べて優れている点を客観的に示すものとして、まず「行政よりも低コストで公共サービスを提供できる」点が強調されがちである。
これに対して「NPOは、そんなもんじゃない!行政よりも質の高いサービスを提供できるのだ」と叫ぶ人は多いが、ではその「質」をどう表現するのか?
つまり、“安さ”以上に強調できるアピールポイントを分かりやすく示す工夫が求められるということだ。

片山信彦さん(ワールド・ビジョン・ジャパン常務理事):
・日本ファンドレイジング協会には、資金集めに取り組む人たちが情報を交換し、お互いに高めあうための場づくりをしてもらいたい。

“場づくり”については、私は、行政にも果たすべき役割があるように思う。
今後、行政に何ができるか研究してみたい。


「2020年の日本は、寄付が当たり前になり、良い世の中になっていること」。

協会設立とともに掲げられた、この大きな目標をみんなで実現していきたい。

shigetoku2 at 23:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0) NPO 

2009年02月17日

初マラソン

太子堂こどもマラソン大会」に小1の長男が参加した。

このマラソン大会は、太子堂・池尻・三宿などいくつかの小学校のPTAが共同で実行委員会をつくって開催している。
今回が第24回というから、すっかり地域の伝統イベントになっているといえそうだ。

この日に向けて、ここ2、3か月ほど、週末に長男と二人で世田谷公園で練習を続けてきた。

まったくスパルタ訓練でも何でもなく、私自身のためにも、軽い運動の習慣づけというぐらいのつもりでやっていたが(私は長男の伴走)、それでも少しずつタイムが上がっていくのは嬉しいものだ。


さて大会当日。
昨年は、スタート時に転倒する子がたくさんいた反省から、今年はスタートから100mほどの間、ペースメーカーの方がゆっくりしたペースで先導し、われ先にと急ぐ子どもたちをとどめる対策を講じた。
主催者のご努力と工夫に敬意を表したい。

わが子の結果は、小1男子で27位。
参加者70〜80人ぐらいだから、人に威張れるような成績ではないが、1.2kmの“初マラソン”で、途中でへばってしまうことがなかっただけでも成果と言っておこうか。

いやそれより、長男から「楽しかった!来年も走りたい」という言葉が出てきたのが、最大の成果だったと思う。
どんな子どもでも、この言葉が出れば、今後さらに伸びるのは間違いない。


ふと連想したのが、杉並区立和田中学校の元校長・藤原和博さんが、教育において何よりも大切にすべきという「動機づけ」である。

何かを成し遂げようという気持ち、何かに向かって世界を切り開こうとする意欲のことだ。
これを親や教師がうまく引き出せるかどうかによって、子どもの進歩はずいぶん違ってくるだろう。

子育てから、教育へ。

子どもの人生のステージが上がるに連れ、親としてのステージも変化していくのを実感する今日この頃である。

shigetoku2 at 23:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 家族と教育、子育て 

2009年02月15日

大阪町人のCSR

関西の企業が集まる「フィランソロピー・CSRリンクアップフォーラム」(事務局:大阪ボランティア協会)に参加した。

関西学院大学の宮本又郎教授の講演は「大阪経済人の社会文化貢献活動」と題し、大阪町人が公共のために果たしてきた役割について、たくさんの事例を挙げて解説があった。

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大阪では江戸時代から、幕府の力を借りることなく、町人の出資により数々の社会インフラを整備し、文化・学術面でも独自のものを築いてきた。

大阪市内の運河や橋、新田開発など、次々と整備。
また、大学や病院、美術館などの設置も手掛けてきた。

かつての「私」の概念は、現在よりもっと広く、現在の「公」の部分を含む。
かつての大阪商人のように、「私」による公共財供給が求められる。
今日的課題は、町人が不在であることであり、新しい「町人」を形成する必要がある。

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、というのが論旨だ。

あの道頓堀も、安井道頓という町人が私財を投じて開発したという。

宮本先生は、こうした大阪の民間人の公共参画を「町人型シチズンシップ」と名づけておられた。

また、企業活動とCSRとの関係について、理論的には次のような話があった。
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企業の行うCSRについては、
ヾ覿箸詫潤を追求する主体であり、利益につながらない活動は行うべきではない。(←株主・従業員からの批判)
⊆匆餽弩イ琉瓩鬚泙箸辰討い襪、所詮は企業利益のための宣伝行為ではないか。(←社会からの批判)

という両面からの批判が成り立ちうる。

これについては、1953年の米国での判例がある。
A.P.スミス社(ミシンメーカー)がプリンストン大学に1500ドル寄付したことについて、株主が「大学への寄付は企業の利益に結びつかない」として告訴したところ、判決は「企業もよき市民として社会的責任を果たす必要がある」とした。
「Enlightened Self-Interest(見識ある自己利益)」。
つまり企業活動をするには、公共財・公共サービスが必要なので、その供給にも一定の役割を果たして当然という考え方である。


一方、公共財については、
“麈喀性(供給があれば、誰でもコストを負担せずに利用でき、排除できない。)
非競合性(利用者が増えても、他人の利益が減らない。)
の2つの性格がある。

受益者にコストを負担させることができないため、いわゆるフリーライダー(負担なき受益者)問題が生じる「市場の失敗」をカバーするため、政府が税負担により担うとするのが伝統的理論である。

しかし、近年においては、公共財の提供にあたっても、いわば「政府の失敗」が発生している。
それは、
・財政難
・価値観や嗜好の多元化による公共財ニーズの多様化
・予算獲得をめぐる政治家や官僚の行動(官の不効率性)
といった背景によるものであり、これを解決するため、企業のCSRが再び評価されるようになってきている。

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それにしても、私企業の担当者が集まって、こうした講演を聴き、どうしたら公共的な活動が進むのかを学び、実践しているのである。

世の中は変化し続けていると感じる。

成熟国家ニッポンにおいては、企業は私益、行政は公益、という伝統的な二元論を超えた「新しい公共」の充実に向けて具体的な展開を志す必要がある。
公益的分野の中には、本来的に税金を使って行政が担うべき仕事のほかに、市民や企業による自発的な活動が担うべき仕事もある。

この流れは、今後加速していくことであろう。

ただしこの際、行政マンは、役所のイスに座ったまま「民間人も公共のために貢献すべき」と唱えるばかりでなく、組織としての仕事を超え、一住民として行動を起こすべきなのである。
さもなければ、財政難などを理由とした行政のサボタージュととられかねない。

今回の会議の参加者の一人が「行政が『民間人の公益活動を支援します』というのは、どうも“上から目線”に見える」と語っておられた。
今後、民間人がCSRやNPO活動に乗り出せば乗り出すほど、こうした行政への批判的な声が強まるだろう。
(特に関西人はその傾向が強いように感じたのは、気のせいかもしれないが(?)・・・。)

このため、現在、全国で200人規模となっている「地域に飛び出す公務員ネットワーク」に、さらに行動力ある公務員にどんどん加わっていただき、公務員と民間人が一体となって「新しい公共」をつくっていく流れを作り出したい。

公務員バッシングの中であるからこそ、公務員が変われば、日本が変わる!という気概を持ち、公務員が先頭に立って、次世代に自信を持って引き継いでいける世の中をつくっていきたい。
そんな思いでいっぱいである。


それにしても、なぜか大阪にはこれまであまりご縁がなかったが、今回訪れてみて、人なつっこく温かい方々が町中にあふれていると感じた。

地理に不案内でも、安心して尋ねることができる。
東京では「そんなことも知らんのか?」という顔をされそうなことでも、大阪人なら身を乗り出して教えてくれる。

大阪人にそういう話をすると「おせっかいな人間が多いんですわ」という答えが返ってくるが、そこは裏表の関係であろう。

1億人の大国ニッポン。

全国津々浦々、北から南、田舎から都会まで、いろいろな人たちがいることに気づかされ、刺激をいただく日々に感謝。

shigetoku2 at 17:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0) NPO 

2009年02月14日

茨城県北のまちづくり

食総合プロデューサーの金丸弘美さん、総務省の椎川地域力創造審議官らとともに、茨城県の常陸太田市大子町(だいごまち)を訪問した。

金丸さんは、総務省の地域力創造アドバイザーとして、常陸太田市の地域づくり、とりわけ「食」を中心とした地域のブランドづくりにご尽力いただいている方だ。

常陸太田市の中心部では、「鯨ヶ丘」と呼ばれる小高い丘の上の、南北に長い商店街を中心に、住民の地域おこし活動が行われている。
商店会の名称は、以前は「東通り商店会」だったが、平成6年に「鯨ヶ丘商店会」に改称され、平成8年には一般市民も加わって商店会を応援する「鯨ヶ丘倶楽部」が設立されたとのこと。

“鯨ヶ丘のほほえみ”という、くじらをかたどった可愛らしい和菓子。
たい焼き屋ならぬ“くじら焼き”屋さん。
絵馬ならぬ“絵くじら”で合格祈願。
・・・と、徹底的に「くじら」イメージにこだわる商店街づくりには舌を巻いた。

ちなみにこの地名は、東征中の日本武尊が「まるで海上を浮遊しているクジラのようだ」と言ったことから名づけられたそうである。
戦国時代までは、佐竹家(江戸時代は秋田へ転封)の城下町であり、江戸時代には水戸光圀公が隠居した西山荘があった場所である。

鯨ヶ丘商店会の会長である渡辺彰さんは、この地域の住民の一体感を“共属意識”と呼び、『農業は土、工業は物とすれば、商業は交流。商店会は、人々の交流を取り戻すために活動している』と語っていた。

たとえば、商店街にある『結+1』(ゆいぷらすワン)というカフェは、市外から嫁いで来た女性が、子ども連れで交流できる居場所づくりを目指してオープンしたという。
こうした新しいタイプのお店が地元に受け入れられるためには、それ相応の努力も必要である。
このカフェの店員さんは、毎朝、近所の店の前まで掃除しているとのこと。
まさに“向こう三軒両隣”。
“共属意識”は、昔なら自然に行われていたこうした習慣に支えられるものなのだろう。

ただ、渡辺会長がしみじみ語っていたのは、行政からの補助金の使い勝手についてである。
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地域住民の自発的な取り組みは、人々の気持ちが盛り上がるには時間も労力もかかる。
よくある話だが、行政職員が「こんな補助金があるから、(地元の状況にかかわらず)ぜひ活用するように」と、無理に予算の消化に走ることがある。
しかし、受け入れ側のタイミングと噛み合わなければ、補助金は死んでしまう。
カネが先行するのではなく、地域の盛り上がりをうまくサポートする補助制度にしてほしい。

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この点は、地域が自立したまちづくりを行うに当たって、きわめて本質的な話である。
行政マンとして常に心がけておかなければならない。
そのためにも、地方分権を徹底し、地域にもっとも身近な市町村の持つ裁量を拡大する必要がある。


ところで、現在の常陸太田市は、4市町村が合併した市である。
「合併による影響は何かありますか?」と尋ねてみると、
・旧町で生産されている有機農産物を鯨ヶ丘商店街のお店に仕入れるようになった。
・市の会議に出席すると、これまでと異なり、他の旧町の委員との人的ネットワークが広がる。
といった意見が出てきた。

合併して役場が遠くなって人間関係も希薄になったなどのネガティブな話もたくさんある中で、今後の展開に期待したい話である。
市町村合併は、周辺町村が統合吸収されたり消滅するのでなく、それぞれの地域が自立し、これを新しい役場が中心となってネットワーク化することで、シナジー効果を期待すべきだと思う。


さて、常陸太田市は、地場でとれる「常陸秋そば」で地域おこしに取り組んでいる。

実際にそば栽培農家の海老根武志さん宅を訪れ、そばをけんちん汁につけて食べる「つけけんちん」を賞味させてもらった。
「こんな食べ方もあったのか〜!」と、感激する味だ。

アドバイザーの金丸さんの指導のもと、常陸秋そばの由来から栽培法、味わい方に至るまでのストーリーを冊子にまとめていた。
戦略的なのは、このテキストをもとに、地元の方々によるワークショップを開催していることだ。
ワークショップに参加した住民は、常陸秋そばについて、自分の言葉で語れるようになる。
町を訪れた人たちが知りたい情報を、地元の人たちが誰でも提供できるのは、強力なツールだ。

観光していて何よりがっかりするのは、地元民自身がその土地の観光資源に無関心だったり、「こんな場所の何がいいのかねえ」なんてネガティブな言葉を聞いた時である。
逆に、地元事情にやたら詳しい人や「この食材は日本一だ!」と胸を張っている人に出会うと、こちらまで「あぁ来て良かった!」と思えるものである。
いずれにしても、こうした地域の持ち味を首都圏住民をはじめ多くの人々に伝えることは、地域のためのみならず、多くの国民の幸せ度アップにもつながることだと思う。


美味しいそばの地を後にして、次に訪ねたのが大子町。

この町の地域おこしの中心は、何といっても袋田の滝。
華厳の滝、那智の滝と並んで、日本3名瀑(めいばく)の1つに数えられ、最近エレベーター付きの新しい観瀑台が設置されたこともあって、観光客数はうなぎのぼりだそうだ。
今回もオフシーズンにもかかわらず、かなりの人出だった。

ただ気になったのは、お土産屋さんには、ご当地と関係ないキーホルダーや木刀などの商品がたくさん置かれていたことだ。
「ここにもう少し『大子町らしい』品が多いといいのだけれど・・・」と誰もが思うのだが、何を置いても売れているのだから、品揃えを変える必要性を感じないというのがお店側の率直な感覚なのだろうか。


それにしても、道中での金丸さんのお話は面白かった。

・兵庫県豊岡市では、JAが「コウノトリの町」の環境イメージでコメを売り込み、高く売れている。コウノトリのまちづくりの効用が、いろいろなところに波及しているのである。
・イタリアのNPOスローフード協会では、書籍販売やイベント収入で120人もの雇用を生み出している。日本の食を活かした活動も、こうした経済・雇用効果を生み出せるといいのだけれど。
・街道沿いの民家がひな飾りを一斉に出すような地域活動はいくつか事例があるが、その通りの終わりの休憩所で「お茶でもいかがですか?」と500円徴収するような商売魂が重要だ。
・住民自身がその地域の物語を語れるようにしておくことは極めて大切。東京で「○○県物産展」をやっても、この食材はどのようにして栽培され、どのような農地で、どういう歴史背景で、誰がどう料理しているのか、物語がわからなければ、ライターが取材しても書きようがない。「おいしい」ことしか分からないようでは、メディアも伝えようがない。


地域の誇りやアイデンティティを守るためにも、地元の特色や特産品を具体的な収益に結びつけるマインドを持ち、とことんビジネスチャンスを追求することによって、初めて地域に資金が循環し、地域活動そのものを維持・発展させることができるのである。

金丸さんからは、そうした感覚を持ち続けることの大切さを学んだ。
これから他の地域を訪問するときにも、そういう観点も忘れずに見てみようと思う。

shigetoku2 at 15:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域活性化・地域の話題 

2009年02月07日

日本の横綱・朝青竜

相撲界がいろいろなことで揺れている。

大麻や暴力などは論外であり、語る気にもならない。

しかし、“横綱としての自覚・品格に欠ける”として頻繁に問題を起こしている朝青竜は、批判されるべき点、謝罪すべき点があるにしても、私はどうしても好きなのである。

確かに、初場所でカムバック後の優勝を決め、土俵上でガッツポーズをした際には「あちゃー、それをやっちゃうか??やばいじゃろ〜!」と思ったけれど(そして案の定あとで大問題に)。
また、言葉少なく謙虚な力士の方が(面白くはないけれども)一般には好感が持てるとも思う。

しかしそれでも、朝青竜の闘争心あふれる仕切りや、勝ったときの「どうだ!」と言わんばかりの勝ち誇った表情には、鳥肌が立つ。

これは理屈でなく、強い横綱を見たい、という本能的なものと言わざるを得ない。
麻生総理がにこやかに語った「やっぱり横綱は強くなくっちゃ!」という言葉にはとても共感できる。


そしてもう1つ。
優勝後のインタビューで「朝青竜、帰ってきました!」「日本大好きなんで。日本の横綱なんで。」とのコメントは、何度も涙を拭いながら聞いた。

何でこんなに泣けてしまったか。

強烈なパワーと個性を持つこの外国人力士の奔放なパフォーマンスには、苦々しい思いを持つ人も多いかもしれない。
それはそれで良くわかる。

でも、そんなじゃじゃ馬のような横綱が、われらが日本のことを思い、日本のことを自分のアイデンティティと感じてくれている。

いつもクラスメイトを困らせているケンカ番長が実は母校のことを誰よりも愛していると知ったような気分だ。

いずれにしても、これは日本人として最高に嬉しいこと、喜ぶべきことである。
日本人として、涙を流して聞くに値するインタビューだったと思う。

shigetoku2 at 14:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日本論・人生論 

2009年02月04日

料理のススメ

次男坊の誕生日にケーキを作る約束をしていたので、妻の友人が書いてくれたレシピを見ながらガトーショコラを作ってみた。

板チョコとバターを溶かしてから卵黄と合わせ、卵白でメレンゲを作って混ぜ入れて、薄力粉をふるいながら入れる。
これを型に流し込み、オーブンで30分あまり焼く。

ガトーショコラ

これで出来上がり!

卵白がメレンゲになるまで、泡立て器で20分ほどひたすらかき混ぜるのが作業のピークであったが、頑張ってかき混ぜ続けた甲斐あって、ふっくらとした焼き上がりになった。
一日置くとしっとりと固まるであろう。

正月に弟と一緒に料理して以来、週末に海老チリや一口餃子など何度か“男の料理”に挑戦してきたが、ついにスイーツの領域に踏み出したことになる。
それも、ガトーショコラなんて、柄でもないのだが・・・。

でも、料理は、食に対する感受性を否応なしに高めてくれる。
ケーキにどのぐらいのチョコレートや砂糖が入っているのか、自分でつくってみると実感できる。
春になったらよもぎを摘んで草もちを作ってみようかな、などと季節感が加わってくる。

食べる人からの評価がものすごく気になる。
家族が率直に「おいしい!!」と言ってくれるのが何より励みになる。
ついでに、妻が作ってくれる料理に対しても「おいしい!」の一言を添えて感謝の気持ちを素直に表現できるようになる。

料理番組や農業番組がとても気になる。うまそうな料理や食材があると、チェックしておきたくなる。

このような料理の直接・間接の効果は、ちょっと料理を作ってみると、すぐに得られるものである。
これまで38年間ほとんどやってこなかった料理だが、やってみると大したハードルもなく、すんなり入れるんだなーと気がついた。

家族の絆も深まる料理づくり。
世の多くの料理をまったくしない男性にも、ぜひ気軽に一歩踏み出すことをお薦めしたい。(かく言う自分自身がいつまで持続するか定かではないが・・・。)

shigetoku2 at 00:33|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 家族と教育、子育て 

2009年02月02日

バス中にて

休日に、三男坊(2歳)を連れて外出したら、帰りに眠ってしまったので、抱っこしてバスに乗ったのだが、これが満席。

こういう時、座っている人との間合いが難しい。

「席譲った方がいいかな?」と思ってくれている人の“気”を感じるのだが、こちらもこちらで男子のプライド(?)として2歳児を抱える程度のことが肉体的につらいという姿を見せたくない。
あえて余裕をかますのである。
救いを求めるような目で誰かと目が合うといけないので、平然と遠くに視線を向ける。(でも実はうちの三男坊は結構重たいのである。)

そうすると、譲ろうかと思ってくださる方も、“断られるリスク”を感じ、黙ってしまう。

自身の強がりにもかかわらず、私は「それでも誰か譲ってくれないかな〜?」と心の中で思う。
他の皆は「誰か譲ってやれよ」と心の中でつぶやく。
誰も目を合わせようとしない。

・・・とっても気まずい空気が醸成されるのである。

もっとも、申し出が断られるケースでは、もっと気まずい空気になることがある。
ひどいときには、譲りかけた席に誰も座らず、車内は混んでいるにもかかわらず席が1つだけ、ポッカリと空いたままの状態になったりする。

しかし間違いなく言えるのは、席を譲ることに“成功”した場合には、譲った側も譲られた側も、さらに周囲の人たちも、とってもハッピーな気持になることである。
譲ってもらった人が降車時に、譲ってくれた人に挨拶を交わすシーンなどに遭遇すると、「日本社会もまだまだイケるじゃないか〜!」と思ってしまう。

・・・きわめて典型的なテーマであるが、たまに譲られる(可能性のある)立場に立つ経験を他山の石としながら、気持ちの良い社会のコミュニケーションを心がけていきたい。

shigetoku2 at 00:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ちょっとした気づき