2009年04月

2009年04月13日

授業の腕をあげる法則

TOSS(Teachers Organization of Skill Sharing)代表の向山洋一さんらとお会いした。

HPによると、TOSSとは、教師が持つ授業における得意な教育技術、教育指導のスキルを互いに情報交換しようという『教育技術の法則化』に向けた自主的な運動を展開してきた日本最大の教育研究団体である。

向山さんは元々学校の教員で、NHK「クイズ面白ゼミナール」の設問の作成を担当されるなどユニークな活動をされており、著書の数は800冊を超えるそうだ。

その中の1冊「授業の腕をあげる法則」(明治図書)を読んでみた。
この本は、1985年初版で、現在100版を超えているとのこと。

授業技術向上のための本ではあるが、いろんな分野で共通することがあるように思う。

まえがきでは、よくある本には「愛情と熱意が大切です」「自分の授業から学びましょう」「教師の技術は苦労して盗むものです」とあるが、あまりに漠然としており、いったい何をしたらいいのか分からないとし、「自動車の運転技術を教える人は『愛情と熱意が大切です』とか『技術は盗むものです』とか言いはしません。」と痛烈な皮肉に始まる。

まず「授業の原則10カ条」として、次のようなものを挙げる。
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第1条 趣意説明の原則(指示の意味を説明せよ)

,笋襪海箸世姥世Α淵▲泙力咫
 例:ゴミを拾いなさい
⊆餔佞箸笋襪海箸鮓世Α聞帯の腕)
 例:教室をきれいにします。ゴミを拾いなさい。
趣意を言って、やることをまかせる(プロの腕)
 例:教室をきれいにしよう。自分でやりたいことをやってごらん。

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この辺りは、スポーツの指導者、会社組織の管理職などのリーダーシップ論にも通じるものがあろう。


こんなのもある。
具体的な技術論として、とても面白いなと思った。
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第9条 個別評定の原則(誰が良くて誰が悪いのかを評定せよ)

100名余の子供たちを指導するというのは、怒鳴り散らすことではない。
一人ひとりに、何をしたらいいのかという方向を明示してやれることなのである。

卒業式の「よびかけ」を例にとろう。

たとえば、次のように始まる。
 Ы奸∋扱
◆Щ笋燭舛蓮∩穃ちます。
全員:巣立ちます。
:はるかに過ぎ去った
ぁГ覆弔しい日々が
ァЪ 垢班發びます。
・・・・・・・・

私は次のように指導する。

「これから番号を言います。自分のセリフの番号を言われた人は起立しなさい。
1番、3番、5番、6番・・・。
あなた方の声は聞き取れません。もっと大きく言いなさい。わかったらすわりなさい。
また番号を言います。言われたら立ちなさい。
2番、3番、7番、9番・・・。
あなた方のセリフの出方は早すぎるので、前の人の声とダブッています。もっとおそく出なさい。わかったらすわりなさい。
次に番号を言います。言われたら立ちなさい。4番、8番、10番・・・。(間をおく)
第1回目は合格です。大変上手でした。」

最後に立ったグループは、とびあがって喜ぶ。
何を注意されるのかと思っていたのに、断定的にほめられたからである。

このように、誰がよくて誰が悪いのかを、はっきりさせてやることが教育で大切なのである。
しかも、どこが悪くて、どのようにすればいいのかをはっきりさせてやることが大切なのである。

3分程度で、全員に注意を与え、そして次のように言う。

「では、もう一度やります。スタート」

1回目とは、全くといっていいほど変化している。大げさに言えば、もう卒業式になっても大丈夫である。
「自分一人のことを先生は聞いている」「注意された所を直さなくては」と思っているからである。

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向山さんは、「向山式跳び箱指導」で全国数千人(当時)のなかなか跳べない子どもたちを跳ばせることに成功したそうである。
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ところで、読者諸賢は「跳び箱を全員跳ばせる」ことができるだろうか。
私は、全員を跳ばせることができる。

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と自信満々である(笑)。
しかし、ここにも、詳細かつ確固とした教育技術の裏づけがあるというのである。


そして、後半は、「教育技術の法則化運動」の議論である。
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将棋や囲碁が強くなるためには定跡(定石)を学ばなくてはならない。

昔から、けいこごとの上達の段階に「守・破・離」という、三段階が言われてきた。
まずはじめは、「師の教えるところを守れ」それをしないで我流でやると、必ず伸び悩む。
続いて、「師の教えに改良を加え、部分的に改革していけ」そして「師から離れ、自分自身のものを築きあげよ」というようなことである。

定跡(定石)を学ぶことは、この「守・破・離」の守にあたるのである。

では、教師にとっての定跡(定石)はどこで学ぶのか?
これがないに等しいのである。

全国にはすぐれた教育技術がある。
が残念なことに、多くの教師の財産になっていない。

どうすればいいのか。

第一に、「すばらしい実践」を支えているいくつかの方法・技術を明らかにすることである。
第二に、方法・技術を他人が真似できるように文章化することである。

これを全国的にくりひろがえているのが、「教育技術の法則化運動」である。

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いわば「本人の才覚次第」であった教育人材のあり方を脱し、「定跡」を確立し、その上に積み上げていくように教育人材を育てていこうという考え方といえよう。


ところでこの発想は、地域活性化にも応用できるように思う。

地域が本当に元気になるためには、地域人材の育成や活用が決め手だというのは、今や誰も否定しないコンセンサスである。

10年前までの地域活性化策といえば、箱モノ造成を誘導する制度を全国一斉に展開し、温泉施設やテーマパークを建設するような手法だったが、これからは何より「人」である。

しかし、元気なまちには必ずキーパーソン、よきリーダーが存在するが、そのリーダーシップのあり方は「地域によって、人によって千差万別」というのが実情だ。
それこそ、“本人の才覚次第”なのである。

でも、色んな現場で話を聞いてみると、必ず共通した課題への対処方策があったり、他の地域でも使えるようなノウハウがある。

そうしたノウハウを明文化していけば、“まちづくり技術の法則”が確立していくのではないかと思う。

shigetoku2 at 07:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 家族と教育、子育て 

2009年04月05日

フリーアドレスの効用

4月1日付けで、地域力創造グループ・地域政策課に異動したので、前の職場(大臣官房企画課)の話になってしまうが・・・。

官房企画課では、“フリーアドレス”を導入している。

これは日本語で一言でいえば“自由席”のことである。
最低限の書類や備品は移動式の引き出しに入れて転がし、自分のパソコンを持って、どこの座席に着席してもいいようになっている。

その日の仕事内容に応じて、関係の深い担当者と席を並べることが可能となる。

もっとも、「どこに座ってもいい」と言っているだけでは、惰性でいつも同じ席に着いてしまいがちなので、以下に述べる効果を出すためにも、当面、週1回くじ引きで座席を変更することにしているのだが。


さて、このフリーアドレスのメリットは、次のとおり。

(1)情報の共有範囲の拡大

まず、固定席では普段のコミュニケーションは特定の職員との間に偏りがちなのに対し、配席の流動化により、情報が多くの職員との間で広く共有でき、視野も広がり、業務に関する情報・知識の補完や総合化が図りやすい。

特に、今回のフリーアドレス導入に伴い、従来2つの係(いわゆる「島」)に分かれて座っていた職員を1つの島に統合したため、その効果はさらに大きい。
「隣の係で実はこんな仕事をしていたのか」と知ることも多いし、そうすると「うちの係にこんな情報があるが、そちらの係にも関係あるのでは?」と提供する場面も出てくる。

この点で、フリーアドレスは、幅広い知識や視野の広さが求められる横断的・企画的な部門に特に適していると思われる。

官房企画課では、経済財政諮問会議や経済対策のとりまとめを行っており、部局や省庁を超えた情報を扱うことも多いので、フリーアドレスがうまく効用発揮していると思う。


(2)ムダを減らした“エコな職場”

いつでも席を替わることになると、机の上が書類の山にならないよう、書類を減らし、資料ファイルや備品も複数人で共有するようになる。

今回のフリーアドレス導入の際、ついでに周囲のキャビネットに入れてあった資料ファイルも使わないものをかなり処分したため、職場環境はずいぶんすっきりした。

また、必要以上にプリントアウトしない意識が働くことから、多くの情報をパソコン画面上だけで読んで処理する習慣が身につく。
(考えてみれば、プリントアウトした紙にマーカーで線を引きながら読んでも、そこらに放置したまま二度と読まないことが多い。紙じゃないと読みづらいというのも、習慣の問題ではないか。現に、メールなんかはいちいちプリントアウトせず、画面で読むだけだし。)

紙のムダ遣いをしない“エコな職場”実現のための仕掛けになるのである。

そもそも身の回りの整理整頓は、業務効率化のための第一歩であるはずだが、個人の自覚に委ねられているため、私のような不精な人間の机の上は、いつも書類が山積みであった。
フリーアドレスは、日々の整理整頓の習慣を、個人の自覚だけでなく、体制にビルトインした仕掛けといえよう。(現に、私のような人間でも整理整頓を心がけるようになったのが何よりの証である。)


(3)テレワーク、電子政府へ

次のステージも期待される。

「紙媒体がなくても仕事ができる」ということは、職場に出勤しなくても、自宅のパソコンで仕事をするテレワークという業務形態も容易になるということだ。
テレワークは、育児・介護や障がいのため通勤の困難な人のため、IT革命の成果ともいえる労働形態の一つである。
通勤ラッシュを軽減する効果もある。

また、電子政府・電子自治体といった積年の(唱えても唱えてもなかなか実現しない)課題を本気で実現するためには、その前提として、役所がこうした職場体制に生まれ変わり、職員意識が変わることが不可欠ではないかと思う。



もちろん、課題もある。

まず何より、固定席に比べれば、当然、移動する際の手間がかかる。
が、近い将来、パソコンが無線LAN化すれば、少なくともパソコン接続の手間は省けることになろう。
さらに言えば、無線LANになれば、日々の仕事でも、パソコンを持ち歩いて打ち合わせテーブルや会議室に移ることも可能となり、会議でも紙を配ることなく画面表示するスタイルに変わる可能性もある。もちろん、議事録や復命書もその場で作成できるようになる。

また、フリーアドレス制がとられているとは知らずに訪問する外部の方にとっては、頻繁な配席変更に戸惑うことがあるのも事実である。
・・・が、これは、こういう職場もあるんだ、と慣れていただくしかないだろう。


思うに、テレワークがICT(情報通信技術)を活用した「究極の個人型労働」だとすると、フリーアドレスはICTを活用し、職場内での自由移動を可能にすることによって、マン・ツー・マンのやりとりの密度を高め、仕事上の協力・補完体制を強化する、いわば「究極の大部屋主義」と考えることができるのではないか。

つまり、ICTの成果は、個々の労働・生活スタイルを刷新して効率性を高めるのみでなく、伝統的な日本の職場の強み(ここでいえば大部屋主義)をさらに強めることにもつながる、ということではないかと思うのである。

shigetoku2 at 13:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 行政・地方自治