2009年05月

2009年05月25日

育て、フクユタカ!

以前書いた「D−misoプロジェクト」がいよいよ始まった。

「みんなで大豆を育てて赤味噌をつくろう!」という、このプロジェクトは、“同窓会の新しい形”を模索するものである。

プロジェクト参加者(現在70人程度)は、それぞれ自宅のプランターや畑で大豆を栽培し、秋に収穫したら、同窓会の総会に持ち寄る。
集まった大豆で岡崎名産の赤味噌をつくるプロジェクトである。

社長さんが高校の先輩でもある合資会社八丁味噌(カクキュー)のご協力で、種子用の大豆をちょうだいした。
“フクユタカ”という大豆で、実際に八丁味噌の原料に使われているものだ。


先日、事務局メンバーで集まって、仕分け・発送作業を行った。
一人あたり30粒(プランターの場合)。

同封した栽培マニュアルは、NPO法人大豆100粒運動を支える会のご協力で作成していただいた。

ネット上でフクユタカの生育状況を発信したり相談したりするためのサイトも立ち上げる予定である。


懐かしい地元の味噌をつくるという共通目標のもと、一体感を持ちながら、日々大豆を育て、その成果を年に1回の総会で披露する。(八丁味噌の場合、醸造に2冬・2夏かかるので、味噌を味わえるのはしばらく先のことになるかもしれないが・・・。)

参加者は、最近国民的な関心が高まりつつある農業や食料の問題を身近な事柄として考えることができるし、簡単な“地産地消”体験でもあるから、大豆という農作物や味噌という地場産品への理解を深める機会にもなる。

来年名古屋で開催される生物多様性条約締結国会議(COP10)においても、取り組みを発信してみたい。

この取り組みをきっかけに、社会のいろいろな問題について、多くの人たちが考えることにつながったらいいなと思っている。

まず何よりも、できることから何か始めてみること。
楽しみながら、体を動かすことで、参加者が心豊かになる。
“小さく生んで大きく育てる参加型プロジェクト”がこれからどう展開していくか、乞うご期待!

shigetoku2 at 07:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域活性化・地域の話題 

2009年05月18日

体育会系のハート

子どものサッカー少年団の入団式があった。

小2の長男は昨年夏ごろからやっていたのだが、入団式は年に1度なので、小1の次男と一緒に、今回入団式を迎えた。

世田谷区や近隣地域では、学校の部活動ではなく、複数の学区からなる地域単位でこうした少年スポーツチームが作られているようである。
特に、わが三宿サッカー少年団は、通常のクラブチームとは異なり、すべて保護者のボランティアで運営され、監督・コーチはすべて卒団生(OB)が担っている。


入団式の中で、新入団員が一人ずつ目標を述べる場面があった。

男の子たちが「ボールリフティングを50回できるようになりたいです」とかいう目標が多い中で、唯一の女子である小2の子が「キャプテンになりたいです」と言っていたのが大変印象的であった。

この子は、試合でもキーパーを立派に務めるタフな子である。
女子サッカーのなでしこジャパンの選手たちも、子どもの頃はこうして男の子たちの中でひときわ強い闘志を持って育ったのかなー?と連想した。

また、6年生のキャプテンからは「いま一人々々が言った目標に向けて頑張ること。達成できたら、次の目標を立ててそれに向けて頑張ることで、必ず強くなる」という歓迎の言葉があった。

1年生から6年生まで、小学生はずいぶん成長するものだ。
先輩に敬意を払い、後輩を思いやり、他人との関係に思い悩んだり、励まし合えるのが、集団スポーツの良いところである。

また、レギュラーになりたかったり、試合に勝ちたかったり、それでもやりたくもないポジションにつかされたり、練習がつまらなかったり。
色んな思いを抱き、でもそういう思いをうまく表現できず自分の中で溜め込んだり・・・自分の少年時代と重ね合わせ、気恥ずかしい気持ちが甦ったりもする。

私自身、小学校から大学まで野球やラグビーを続けてきたので、自分の子どもたち、できれば地域の多くの子どもたちにも、やはりスポーツを通じて、緊張感や挫折、チャレンジ精神、そして人間関係を学んでいってほしいと期待しているように思う。

そうして身につけた“体育会系のハート”は、自分のアイデンティティとして、一生持ち続けることになるのである。

shigetoku2 at 07:47|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 家族と教育、子育て 

2009年05月07日

中越地震と子犬の物語

GW最後の日は雨だったので、家で映画「マリと子犬の物語」のDVDを観た。
新潟県中越地震の被害に遭った山古志村で起こった実話をもとにしたストーリーである。

冒頭、棚田やため池(養鯉場)の美しい風景や、村の伝統芸能である闘牛などが映し出され、「あー、日本の田舎って、本当に素晴らしい!」と鳥肌が立つ思いであった。

しかし、大地震により、山古志村は、村の内外につながるすべての道路交通が寸断され、当時の長島忠美村長(現衆院議員)の決断により、全村避難を決行した。
すなわち、厳しい冬を迎える前に、村内での生活を断念し、ヘリで全村民が隣の長岡市の避難所に移動したのである。

この際、ある父子家庭で飼っていた母犬マリと3匹の子犬たちを村内に置き去りにせざるを得ず、4匹の生きるための壮絶な闘いが始まった、というのが、映画のあらすじである。

見ているうちの子どもたちから「なんで置いてくの?」「ヘリコプターで一緒に連れて行けばいいじゃん!」などと問い詰められるほど、切ない別れの場面であった。

愛らしい子犬たちが必死に生きる姿はもちろんだが、犬を想い続ける子役を演じた佐々木麻緒ちゃんのセリフの一つ一つに、何度も涙を誘われてしまった。

ストーリーは単純だが、人と犬、人と人との温かいつながりをかみしめることのできる作品なので、新潟県中越地震の関係者はもちろん、そうでない方にもぜひご覧いただきたいな、と思う。


それにしても、今でも新潟県中越地震の当時の情景が目に浮かび、現場や避難所でお会いした方々が今頃どうしているのかが気になるところである。

中越地方に住む方々の結束は固く、都市部とは異なり、外から来たボランティアは極力受け入れないで、自分たちの地域のことは自分たちでやるという自主・自立の精神に富んでいたように思う。
それは、見方によれば“排他的”なのかもしれないが、もともと信頼関係というのは、多かれ少なかれ特定少数の者との関で結ばれるものであり、理屈でなく「昔から知っているから」という関係こそが、人間にとって確固たる信頼の基盤なのだと思う。

そんな人間関係が、都市化やコミュニティの崩壊により、希薄になってきていると言われて久しい。

しかし、数百年に一度の大地震という非日常と遭遇した際、家族や近所との絆こそがモノを言う。

災害に備えて、というだけではないが、仕事や家事に明け暮れる日々を少し省みて、地域の“他人”の役に立つ心がけを持つことは、安心して豊かな気持ちで暮らせる社会の基本として、大切なことである。

日本の底力は、やはり地域の底力なのだから。

shigetoku2 at 07:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域活性化・地域の話題 

2009年05月02日

1兆円の交付金と地方自治

ここ2週間ほど、追加経済対策の目玉の1つ「地域活性化・経済危機対策臨時交付金」の仕事に携わっていて、慌ただしくしていた。

この交付金は、国からの縛りなく、地方公共団体が地域の実情に応じて自由に経済対策に使える総額1兆円の交付金で、4月27日に国会に提出された平成21年度補正予算案に盛り込まれている。

昨年からの一連の経済対策の議論の中で、与党から一貫して言われ続けていたのが、
 峭颪経済対策を打ち出しても、自治体が財政難のため、実施できない」ことと、
◆崔楼茲亮他陲砲△錣擦特亙がやりたいことをやれるような自由な財源が必要」
という2点である。

その結果生まれたのが、今回の1兆円の交付金である。


1点目は今般の経済対策以前に、ここ数年間、地方がずっと悩まされ続けてきた問題でもある。
とにかく自治体にカネがない。
広島県で財政担当をしていた頃に、財政再建に向けた計画を策定した。
「財源不足はいつ解消されるのか?」「給与カットはいつ終わるのか?」
・・・知事や議員さん方との間で、なかなか出口の見えない議論が続いた。

その状況は、基本的に今も変わっていない。
いや、それどころか昨年来の経済危機で、法人関係税が大幅に落ち込み、さらに厳しい状況に追い込まれている。
このような状況で、90年代のバブル崩壊後の経済対策のように、国の補助金を出すから、地方は借金してでも仕事をしろ、という要求には無理がある。

2点目の議論は、分権の流れを体現していると思う。
使い方は国でなく、地方が決めるのが一番良い、と言っているわけで、見方によれば、国レベルでの政策立案の責任放棄と見る人もいるかもしれない。
しかし、もともと地方への税財源の大幅移譲が求められている昨今の地方分権論からすれば、これは必然だと思う。

一方、各々の“自治”に委ねられた自治体の責任は重くなる。
「やりたいことをやれるように」と、カネの使いみちを任された以上、地方がどれほど創意工夫を発揮し、成果を出せるかが問われていると思う。
補正予算の国会論戦は、GW明けに本格化する予定だが、「バラマキ批判」に耐えうる活用が期待される。


率直に言って、ここ数年間は予算削減、組織スリム化といった行財政改革一色で来ただけに、公務員の頭の構造が“行革モード”になって久しいため、どんどん使おう!というマインドに急に切り替えるのはなかなか大変ではないかと感じる。
私自身も、行政が多額の税金を注ぎ込んで整備した施設なんかを見ると、たとえ文化的に価値の高いものであっても、二言目には「無駄遣いではないか?」と言いたくなる自分に気がつくことがある。

世論も同様で、ここ数年間、TV・新聞ではひたすら「行政による税金の無駄遣い」叩きのオンパレード。

そんな中での急転換であるだけに、有効性や効率性について慎重な議論も必要だと思う。
しかし、ここ数年間にわたって、やりたくても、やる必要があっても、やれなかった事業は、どの団体にも必ずあるはず。

短期的視点だけでなく、中長期的な展望も見据えて、景気や雇用、経済構造改革に有効な活用を期待したい。

shigetoku2 at 22:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 行政・地方自治