2010年02月

2010年02月27日

横浜市・寿地区にて

次に、寿支援者交流会の事務局長・高沢幸男さんらの話を聞いた。

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野宿に至る主な原因は、失業をはじめとする労働関係のものであるが、その裏には、アルコール依存症、ギャンブル依存症、多重債務、人間関係の貧困など、様々な問題がある(貧困の連鎖)。

このため、野宿を脱し、屋根を得ても、本人の抱えている問題は変わらない。

最近は、30〜40代の野宿層が増大している。
若年層は、児童養護施設出身者、一人親家庭など、家庭の事情があることが多い。
また、派遣などの就労履歴のみで、正社員経験がない。

家庭の事情(人間関係の貧困)を抱えている野宿層は成功体験の蓄積がないので、自分に自信がない。
仕事に就いてもすぐ辞め、「なんでか知らないけど仕事が続くような気がしなかった」と言う若者もいる。

仮に生活保護などで屋根を得たとしても、その次にいきなり一般的な就労に進むのでなく、
|覺屬竜鐓貊蠅鼎り
▲錙璽ーズ・コレクティブ(働く人による協同組合)や公的な就労を通じた、簡単な就労、出勤する習慣づくり、支える仲間・人間関係づくり
その後、一般的な就労
といった段階的なステップが必要である。

また、一般就労後も、人間関係をはじめとする色々な問題を抱える可能性があるため、いつでも相談に行ける相談窓口、一貫した“伴走的支援”が必要である。

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人間には、それぞれが歩んできた人生がある。
若いころからの家庭環境や人生経験によって、社会との関わり方には人によって相当な幅が出てくるはずだ。

高沢さんによると、家族のいない貧困者は、親の支援もないため、就職活動するにも、スーツもなく、交通費もないという状況だったりする。
仕事を見つける前に、仕事を探すための環境がない。
身近に生活をケアしてくれる人がないので、アルコール依存症などに再落してしまう。
生活保護ばかりでなく、ケアのための予算や、ケア付き就労などの仕組みも必要だという。

もちろん、寿地区の住民も、例えば枝切りの経験のある人が、便利屋として庭の手入れの仕事をすることもある。
自主努力により、アルコール依存症から脱した人もいるそうだ。


簡単に想像できないが、仮に自分が仕事を失い、家族もいなかったら、すぐに頽廃的な生活におちいるような気がする。酒やたばこも進むのではないか。

日々背筋を伸ばしていられるのは、職場の仲間や家族の支えがあるからだ。

強く生きている(つもりの)人だって、一人で生きているわけではない。
その意味では、どんな人間も根源では共通していると思う。

仕事や家庭を持って生活している人と、生活保護を受けたり路上生活をしている人との間で、本質的にどれほどの差があるというのだろう?


同席した地域の方々からも、様々な声があがった。

病院に通院しても、コミュニケーション能力が低く、次の予約さえ取ることができない人もいる。

実際には様々な理由があるだろうけれども、最近よく聞かれるのは、幼少期からのいわゆる発達障害が改善されることなく、こうした基本的な生活上のコミュニケーションをとることができないケースが生じているという指摘だ。
その意味で、教育のあり方も課題であろう。

求職活動をしても、景気が悪く、就労に結び付かないので、だんだん仕事を探す意欲がなくなってしまい、結局、生活保護の暮らしに落ち着いてしまう。
炊き出しを行っている。これは、孤立した人たちにとっての居場所をつくり、入居できる施設の情報や、ホームレス襲撃の情報などを交換し合い、元気づけをする場となっている。
でも本当は、炊き出しなどない社会をつくりたい。他人から差別されている状況を変えたい。

ここのところ、求人が激しく落ち込み、若い人も含め多くの人たちが仕事を失い、就職できない状況になってしまっている。
生活保護は、社会のセーフティネットであり、こういう情勢で大幅に増加するのもやむを得ない。

しかし、この時期に、人々が就労意欲を削がれ、外に出ていく気持ちを失い、社会の連帯が損なわれてしまっては、日本社会は将来にわたってひどい打撃を受けることになる。
人々が地域でお互いに結び付き合い、支え合うための“居場所と出番”が必要とされている。
そのための仕組みづくりが急務である。

行政が用意した公の施設は、敷居が高く、入りづらい。名前を名乗らなければならないことが敷居の高さと感じられることもある。建物には集まりにくいが、青空なら人は集まる。
ドヤ(宿泊所)の提供だけでなく、住人の安全・生活を守る拠点が必要。例えば、ドヤの部屋を2つぶち抜きで、行政や地域が共有できるスペースがあるといい。

地域でみんなが安心して暮らすための場をつくることができるのは、基本的に住民自身であって、行政ではない。
行政は適度なバックアップをする立場であって、前面に出ると居心地が悪くなる。

そんなことを改めて強く感じさせられた。

shigetoku2 at 11:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 行政・地方自治 | NPO

2010年02月25日

横浜市・寿地区にて

大阪市西成区の釜ヶ崎(あいりん地区)、東京都台東・荒川区の山谷と並び、俗に日本三大ドヤ街、三大寄せ場などと呼ばれる横浜市中区の寿地区を訪問した。

ドヤ街昔は、貨物運搬等の港湾労働にたくさんの日雇い労働者が全国から集まっていたそうで、「労働者の街」とも呼ばれていた。

2〜3百メートル四方程度の地区に集まる簡易宿泊所(実質はアパート)に低所得者層の人々が大勢住んでいる。

現在のこの地区は、次のような特徴を持つ。(横浜市資料より)
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中高年男性の極端な集中と、年少人口を中心とした若年層の欠如。
これは、日雇い労働者の街として団塊の世代を中心にした男性の地区外からの絶え間ない流入といった社会的な増加が長期にわたって続いたことが原因と考えられる。

生活保護受給者が約80%を占め、2人に1人は60歳を超えている。
アルコール・薬物依存症、結核、糖尿病、肝機能障害などの生活習慣病の罹患が多い。

平成20年11月現在、簡易宿泊所121軒(8615室)に6338人が暮らしている。
簡易宿泊所は、3畳一間、トイレ・炊事場・シャワー共用、1泊1000円〜3000円。

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視察をした簡易宿泊所は、1泊2000円だった。
一見安いようにも見えるが、1か月6万円の計算だから、生活保護給付のかなりの部分が住居費に充てられていることになる。

また、課題は次のとおり整理されている。
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_搬欧おらず、生活上で困ったときに、身近に支えてくれる存在がない。
・認知症などの要介護状態になっても、重態化するまで発見が遅れがち。
・金銭管理など、本人の権利擁護も含めて社会的な支援が必要。
・簡易宿泊所で終末期を過ごす人の増加が予想され、見守り的な対応が必要。

∧〇礇機璽咼垢覆標的制度の利用が苦手な人が多く、制度につなげる支援が必要。
・公的制度に関する情報が不足。
・ホームレスなど身元証明を所持しない人や多重債務からの逃避など、身元確認に警戒を示す人も多い。
・複雑な生活課題を抱え、その整理に時間がかかる。訴えの中に隠れたニーズをすくい上げる支援が必要。

「入りやすく、出にくい」寿地区
・他地区で多重債務、環境不適応などの問題を抱え、転入してきた人が多い。
・簡易宿泊所のバリアフリー化の進展に伴い、住居に困窮する高齢者等の転入が増加。
・保証人等の問題で、アパートなど他地区への転出がきわめて困難。

そ惨超として不適切な環境が放置されている。
・不法投棄、放置車両の横行、賭博やヤミ金融などの不法行為の存在。
・「こわい」「酔っ払いが多い」などの地区に対する負のイメージの定着。

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実に重い課題だが、どうやって解決するか以前に、何をどこまで解決することが現実的に可能なのか、見定めが必要であるように感じた。


この地域で活動するNPO法人さなぎ達事務局長の櫻井武麿さん、理事の岡部友彦さんらにお会いした。

このNPOは、地域住民が集う拠点であるさなぎの家と、廉価な食事を提供するさなぎの食堂を運営している。
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昭和59年、山下公園のホームレス襲撃事件をきっかけに、木曜パトロールを開始した。

ホームレスの人たちの「昼間の居場所がほしい」という声に対応し、NPOの事務所を開放することにした。
酒・たばこ・暴力禁止という自主ルールで運営されている。
住民自身が、自分たちの居場所を守るため、外部から入ってくる人たちにもルールを順守させるようになっている。

平成13年にはNPO法人化。

慶応大の学生さんの提案に基づき、平成14年から「さなぎ食堂」をスタート。

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こうした活動は、ボランティアのみでは、なかなか継続的な事業運営は難しい。

この地域の住民には、毎月10億円の生活保護費が投じられている。
このうち1%(1000万円)でも地域の課題解決に充てる仕組みを考案すれば、かなり違ってくるのではないか、といった議論が行われた。

NPO活動にはコストがかかる。
多くの場合、施設整備・改修などの事業コストよりも、人的コストすなわち人件費である。

現行制度では、NPOに直接回るお金はきわめて少ないが、社会全体への資源配分がより適切になるよう、現場の実情もよく見極めながら、新しい仕組みを考えていきたい。

shigetoku2 at 08:03|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 行政・地方自治 | NPO

2010年02月17日

日本のファンドレイジング機運

日本ファンドレイジング協会主催の「ファンドレイジング・日本2010」に参加した。

NPOの寄付獲得に向けたNPOによる運動の一環である。

私は初日しか参加できなかったが、2日間にわたる大会では、たくさんのテーマや講師によるセッションの中でどれに参加しようか迷ってしまったほどだった。

北海道から九州まで、驚くほどたくさんの人たちが全国各地から集まっていた。
私の広島県時代からの友人である福山市の若手市議・岡崎正淳さんも参加されていた。
やはり何といっても議員さん方にこうした時代の潮流をどんどん加速していただきたい。


話の中で印象に残ったのは、日本国内に逃れてきた難民を支援している特定非営利活動法人「難民支援協会」広報部の鹿島美穂子さんのお話だ。

広く知られていない話だが、アジアやアフリカの国々の圧政や戦火を逃れて、日本に入国し、難民申請をする方々の人数が年々増えてきている。

90年代には年間数十人から200人余りだったが、00年代に入って急増し、08年には1599人が申請しているという。

だが認定されるのは数十人にとどまっており、法的要件を満たさない人が大勢日本での生活を始めようと苦労しており、そういう人々を支援しているのがNGO難民支援協会なのである。

【以下、鹿島さんの話より(意訳)】
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難民支援協会は99年に設立された。

当初の相談件数は300件程度だったが、最近では2000件を超える。
財政規模は、1000万円規模から8000万円規模へ。
常勤スタッフも1名体制から10人体制へ。

現在は、収入の半分以上を寄付が占めている。

01年からUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)から支援を得るようになるなど、収入が増えるに従い、段階的に身の丈に合った事業・体制の拡充を心掛けてきた。

各種助成金は、箱モノなど形に残るものを対象としたものが多いため、難民生活支援のような人的コストを主とした活動を支援してくれる助成金、宗教団体の寄付を見つけては、全力で取りに行った。

03年にはJAL、味の素など、企業からの支援も広がってきた。
同じ業界に支援者がいるかどうかは重要。企業が企業を呼ぶ。

時期的に、アフガン難民収容事件や瀋陽事件が起こったり、法律が改正されるなど、難民支援協会が新聞に載る機会が増えたことも信頼向上につながった。

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どんなNPOでも同じだが、やはり組織や活動への理解、知名度の浸透には、時間と労力がかかるものだ。
また、社会的事件や政策変更などのタイミングもきっかけの一つとなることが分かる。


ところで、難民支援には、見える壁、見えざる壁、様々な難しさがあるようだ。
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日本での難民支援は、次の点で難しさがある。
○難民保護制度の未整備
・難民として入国してきた者への生活保障がなく、難民申請しても認定手続に時間がかかり、なかなか先が見通せない。

○社会的リソースの不足、壁
・オーバーステイ(不法滞在)の移民との区別がつきにくく、例えば病院窓口での交渉に相当な労力がかかる。
・日本の生活になじめなくても、人道上、母国に帰すわけにいかない。

○国内の難民支援についての認知度の低さ
・個人情報の関係で、現に困っている人の顔写真入りの広報ができない。在留資格を得た人の生活ぶりしか出せない。
・このため、寄付者に対する情報提供にも制約がある。
・難民は怖いという国民感覚がある。
・そんな中で、NGOとして政府に政策提言を持ち込んだりすると、アンチ(反社会的)なイメージを持たれてしまう。

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本当に多大な困難を伴う仕事だ。心から敬服する。
また、災厄を逃れてきた方々にとっては、第二の地獄のような状況に直面しているわけで本当に心が痛む。


しかし、鹿島さんが強調されていたのは、こうした活動を支える資金を得るには、やはり何といっても継続的で地道な努力こそが実を結ぶということである。

これは、どんな団体にとっても、社会的信頼を獲得するのに共通するステップだと思う。
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○まじめに活動やること。
・報告書作成、勉強会開催、各種ネットワークの事務局を務めること。
・難民アシスタント養成講座を継続的に開催(丸2日間で1万2000円の参加費にもかかわらず、これまで1200人以上参加した)。

○組織内部への浸透
・ファンドレイジングは全員でやろう!

○ファンドレイジングの戦略・工夫
・ターゲット分析。(どういう人が寄付してくれてるか。他団体はどうしているか。)
・定期寄付の仕組み導入。(難民スペシャルサポーター制度)
・寄付の方法の多様化(オンラインやクレジット)
・WEBの改訂

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今後は、NPOや寄付に対する社会的基盤を強化することが必要であり、他の団体との連携も重視したいと述べられていた。

日本ファンドレイジング協会のような場がいよいよ重要になってくると思う。


今回のイベントの最後に、寄付者の権利宣言」が採択された。

これは、「寄付者の権利を寄付の受け手側が尊重することにより、より寄付が進むような相互の信頼関係の構築」を目指す趣旨だ。
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私たちは、すべての人が社会をより良くしていくために、自由な意思に基づく寄付やボランティア活動により、社会に参加する権利を有していると考えています。

私たちは、寄付の促進のためには、寄付に託された寄付者の志や想いがきちんと受け止められ、寄付者が寄付による満足感や達成感を得られることが大切だと考えています。

よって、私たちは、寄付という行為を通じて、寄付者と寄付の受け手が相互に理解を深め、信頼関係を構築していくために、ここに寄付者の権利を宣言します。

1 寄付者は、寄付に際して、寄付先、寄付目的、寄付金額、寄付物品を自身の意思で決めることができます。
2 寄付者は、寄付金や寄付物品の使途目的をあらかじめ知ることができます。
3 寄付者は、寄付先の組織、事業内容、財務情報について知ることができます。
4 寄付者は、寄付金や寄付物品が実際にどのように活用されたかを知ることができます。
5 寄付者は、寄付先に、自身の個人情報の保護を求めることができます。

私たちは、寄付者の権利は時代とともに進化するものと考えています。
本宣言を起点として、日本ならではの寄付のあり方について議論を広げていきたいと考えています。

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政府への納税のみによって公共社会をすべて行政に委ねてしまうのでなく、NPOなど民間非営利組織に対する寄付を通じて、多様な価値観、多元的な社会ニーズにマッチした公共サービスがいい具合に提供される世の中を私たち国民自身で築いていきたい。

そのためにも、ファンドレイジングは最大の課題の一つと言えよう。


shigetoku2 at 08:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0) NPO 

2010年02月12日

サッカーで地域を元気に

朝日新聞主催、ファミリーマート協賛の親子サッカー教室(@駒沢オリンピック公園)に子どもたちと一緒に参加した。

澤登サッカー教室元清水エスパルス・日本代表の澤登正朗さんがコーチであった。

プロ選手が指導してくれるだけでなく、子どもたちの目の前でフリーキックやボレーシュート、オーバーヘッドなど一流のプレーを実演してくれたのは、子どもたちの脳裏に強く焼きついたと思う。

長男は数日前に足首を骨折してしまったため車イスで見学だったが・・・。

朝日新聞社は、「Jリーグ百年年構想」のパートナーとして、年間100ヶ所でサッカー教室を開催するなど、広報・啓発事業を行っているようである。

澤登号外当日のグラウンドスタッフの人数も相当なものだったし、後日「参加記念修了証」を記念写真とともに郵送してくれることになっているなど、かなりの力の入れようである。

当日の練習模様を載せた“号外”新聞も発行された。(さすが新聞社!)。

Jリーグ百年構想のHPには、
○あなたの町に、緑の芝生におおわれた広場やスポーツ施設をつくること。
○サッカーに限らず、あなたがやりたい競技を楽しめるスポーツクラブをつくること。
○「観る」「する」「参加する」。スポーツを通して世代を超えた触れ合いの輪を広げること。

が掲げられている。

スポーツを通じて地域を元気にするというコンセプトだ。

2019年にはラグビーW杯も日本で開催されることになっているし、サッカーに限らず、様々なスポーツで地域社会が元気になっていくことが期待される。

そのためにも、サッカー教室のような継続的な活動は、中長期的・教育的視点から見てもきわめて重要だと思う。

また、こうした活動を支援してくれる企業も貴重なリソースである。

かく言う我が家は、当日、サッカーボールの景品に釣られ、ついでに新聞購読の申し込みまでしてしまったのであるが・・・。(朝日新聞様、本業への貢献もさせていただきました。)

shigetoku2 at 07:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域活性化・地域の話題 

2010年02月10日

「新しい公共」と寄付税制

2月5日(金)日経新聞の経済教室に山内直人・大阪大教授が「『新しい公共』税制で支えよ」という寄稿をされていた。

まず定義から。
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「古い公共」の担い手は政府・行政であり、主に税収によって公共サービスを提供するため、多様な公共ニーズに機動的に対応するのが難しい。
一方「新しい公共」の担い手は非営利組織(NPO)や非政府組織(NGO)などの市民活動団体であり、その活動を支える資源として、寄付やボランティアが重要な役割を演じる。

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ここで言う「NPO」とは、特定非営利活動法人だけのことではなく、公益法人、社会福祉法人など、すべての民間非営利組織を指すはずだ。

組織が新しいか古いかはともかく、これまでの行政主導、行政依存を脱し、社会全体で公共を担うことを総理が宣言したこと自体“新しい”。

続いて、本題の寄付について論じられている。
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ただ現状では寄付もボランティアも市民活動団体の運営を支えるのに十分とはいえない。
国際的にみても、例えば個人所得に対する寄付の割合は、米国や英国と比べけた違いに小さい。

現行制度でも、公益目的の寄付は、課税所得から控除することができる。
だが適用対象となる寄付先は極めて限られている。
個人の寄付が控除対象となる寄付先は、約4万の特定非営利活動法人(NPO法人)のうちのわずか100強にすぎない。
一方公益法人については、旧制度からの移行期にある約2万5千の特例民法法人のうち千法人程度にとどまる。

寄附税制のインセンティブも全体的に弱い。

還付額は、寄付額そのものではなく、寄付額に所得税の限界税率を乗じたものであり、例えば年間10万円の寄付をした場合、還付されるのは、限界税率が最高の40%の場合でも4万円弱、限界税率が20%だと2万円弱、10%だと1万円弱にとどまる。

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寄付税制が唯一絶対の寄付の要因とは思わないが、日本のボランティアや寄付が小さいのは、行政中心の“古い公共”の社会と表裏一体の事象であり、これを制度面で裏付けるのが、寄付税制のインセンティブの弱さではないかと思う。(かといって、“古い公共”を支える税の負担水準が他国と比べ大きいという話もあまり聞かないが・・・。)

さて山内教授は、「寄付税制を『政策税制』と位置付け、新しい公共、あるいは市民公益活動を育て、強化するための有力な政策手段の一つとして再構築することが不可欠」として、次の2点を提言されている。
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第一に、寄付控除対象となるNPOの範囲の拡大、とりわけ認定NPO法人の大幅な増加が必要である。
・・・
NPO法人の少なくとも2割以上が寄付控除対象となるよう、認定の仕組みそのものを抜本的に見直すべきである。

第二に、寄付控除を、所得控除を基本とした現行制度から、税額控除を基本とした制度に変更し、控除額が税率に依存しない強力な寄付税制を構築する必要がある。

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また、具体的制度の例として次のようなものを挙げている。
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・全額税額控除のほか、寄付の一部を税額控除する部分税額控除も考えられる(たとえば50%税額控除など)。
・個人の寄付に行政が上乗せする「マッチングギフト」も税額控除の一種とみることができる。
・ハンガリーなど一部の東欧諸国には、所得税の1〜2%を納税者が指定するNPOに寄付することができる制度があり、日本でも千葉県市川市などいくつかの自治体が類似の制度を導入している。
・ふるさと納税制度にも税額控除が組み込まれている

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税額控除となれば、納税者側から見れば、税金を払うのと寄付を払うのとが完全に対等な選択肢になる。
言い換えれば「公共を行政に委ねるのか、NPOに委ねるのか」という選択肢が成り立つわけである。

山内教授は、「財源面からみて古い公共ルートが縮小し、新しい公共ルートが拡大することになるなら、まさに税制が新しい公共の実現に貢献していることを意味する」と述べられている。


NPOは、政府や企業と様々な面で異なる性格をもつが、一つ重要な違いを挙げるとすれば、それは、市民参加の場を創造する機能である。

田中弥生さん(独立行政法人大学評価・学位授与機構准教授)は、これを「市民性創造」と述べられている。

「市民性創造」とは、市民が行政任せにせず、様々な形で主体的に社会に参画・貢献することが、社会変革をもたらし、より豊かな公共を生み出すことと理解される。
もともと、地域社会に生きる人間は、他者に対して無関心ではいられないし、社会貢献意識は誰にもあるはず。
その受け皿となる舞台を作りだすのが、NPOである。

市民参画の方法としては、活動そのものに参画するボランティアと、これに代わり(あるいは併行して)資金面で活動を支える寄付があるわけだが、これらいずれもわが国には不十分と言われている。

ただ、寄付が足りないという問題と、ボランティアが少ないという問題は、本質的には同じ理由によると思う。

すなわち、NPO自身の取組みの必要性である。

この点、山内教授は、寄付に関して、次のように指摘している。
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寄付税制の充実だけで寄付が増えるわけではなく、寄付の受け手であるNPOやNGO自身も、寄付獲得の努力を行うことが不可欠であるということを強調したい。

寄付控除制度を拡充・強化するなら、その程度に応じて脱税などの不正を防止すべく一層徹底したディスクロージャーを義務付ける必要がある。

納税者として重要なのは、納税で古い公共を支援するか、寄付で新しい公共を支援するか、十分な情報のもとに自由に選択できることだ。

わが国も超高齢社会を迎え、団塊世代の保有する巨額の金融資産や不動産が今後、間断なく次世代に移転されることが予想されるが、その一部でも寄付の形で市民社会セクターに還流させることができれば、新しい公共の有力な財源として期待できる。

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寄付を増やすためのこうしたNPOの努力は、必ずボランティア参加する人たちの数の増加にもつながると思う。(ここでも団塊世代の方々の参加が期待される。)

市民性創造、そして「1億総当事者」の社会実現のため、たくさんのNPO関係者の継続的な努力に期待したい。

shigetoku2 at 07:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0) NPO 

2010年02月05日

プレーパークと「新しい公共」

先週末、世田谷公園で、NPO法人プレーパークせたがやと、池尻小学校88会(おやじの会)の共同企画で「逃走者」という大鬼ごっこイベントが行われた。
逃走者イラスト逃走者横断幕
お父さんたちがサングラスと黒ネクタイ姿でハンター(鬼)役をやり、捕まった子どもたちは檻に収容される。

3つのカギがそろうと檻から解放され、また逃走を続けることができる。

逃走者人いっぱい子どもたちが2〜3百人集まる大イベントである。

しかし、広い敷地を縦横無尽に駆け回る子どもたちを捕まえるのは、予想以上に難しい。
上級生ともなると、1対1ではほとんど逃げられる。
でも、大人が数人で1人の子どもを追い込んで捕まえてしまうなんて、大の大人のやることか?
かといって、低学年の子どもたちばかり捕まえるのも大人げない。

・・・とかあれこれ考えていたが、ガキどももこざかしくて、捕まりそうになると「いまトイレに行くところ」とか「お腹が痛くて休憩中!」とか何とか言って(ほんとか??)、かわそうとする。
ひどい場合、タッチしたのに、素直に檻に向かわず、そのまま逃げ続ける子までいたりする。そりゃ完全にルール違反だろう!

こりゃまぁ手加減してたこちらが甘かったかと、今更ながら気づき、本気で追いかけ始める。
世田谷公園風景
もっとも、のどかな世田谷公園で、怪しいサングラス姿の男たちが小学生を追いかけ回す姿は、誤解を招きかねない光景だっただろうけども・・・。



さてプレーパークは、次のような考え方で運営されている。
【NPO法人プレーパークせたがやHPより】
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自分の責任で自由に遊ぶ

プレーパークは公園での自由な遊びをめざして、区と地域の人たちとプレーリーダーとの協力で運営されています。

ここの遊具は、区で作ったものではありません。
子どもの欲求に応じて、プレーリーダーやボランティアの人たちの手で作られていますので、安全点検にはみんなの協力が必要です。
気がついた事はプレーリーダーに知らせてください。

子どもが公園で自由に遊ぶためには、「事故は自分の責任」という考え方が根本です。
そうしないと禁止事項ばかりが多くなり楽しい遊びができません。

このプレーパークのモットーは、「自分の責任で自由に遊ぶ」です。
みんなの協力で楽しい遊び場をつくりましょう!
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安全点検にはみんなの協力が必要です」というくだりは、昨今あまり見かけないフレーズである。

安全性の確保は、役所の責任だ!というのが“常識”になっているからだ。

もし何か事故が起こったら?など、いざというときの責任を中心に考えるのが、役所の普通の発想だ。
いや、これは役所の本来的な性質というよりは、住民、親の求めに対する役所の対応の結果として出来上がった姿と言ったほうが適切かもしれない。

しかしプレーパークの本質は、そうした責任論よりも、「禁止事項ばかりが多くなり楽しい遊びができません」、すなわち、子どもたちの遊びにおける想像力や発想力を最大限伸ばすことにこそあると思う。

規制でがんじがらめの閉塞感ある社会から脱し、真に豊かな社会をつくっていくためには、役所の出過ぎた対応を控えると同時に、住民自身が責任を持って地域社会を担っていく必要がある。

そう考えていくと、プレーパークには まさに「新しい公共」の考え方が映し出されているように思う。

逃走者の檻ちなみに、子どもたちを収容するための檻は、1週間前に88会メンバーが集合し、杭を打ち、ロープや網をゆわえたりして準備したものである。

大勢の地域の子どもたちが楽しんでくれた、手作り感たっぷりのイベントであった。

shigetoku2 at 07:55|PermalinkComments(5)TrackBack(0) 地域活性化・地域の話題 | NPO

2010年02月01日

総理演説と官民人材流動

「いのちを、守りたい。」から始まった先日の鳩山総理の施政方針演説では、「新しい公共」の言葉が7回登場した。

【以下抜粋】
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人の幸福や地域の豊かさは、企業による社会的な貢献や政治の力だけで実現できるものではありません。

今、市民やNPOが、教育や子育て、街づくり、介護や福祉など身近な課題を解決するために活躍しています。
昨年の所信表明演説でご紹介したチョーク工場の事例が多くの方々の共感を呼んだように、人を支えること、人の役に立つことは、それ自体が歓びとなり、生きがいともなります。
こうした人々の力を、私たちは「新しい公共」と呼び、この力を支援することによって、自立と共生を基本とする人間らしい社会を築き、地域の絆を再生するとともに、肥大化した「官」をスリムにすることにつなげていきたいと考えます。

一昨日、「新しい公共」円卓会議の初会合を開催しました。
この会合を通じて、「新しい公共」の考え方をより多くの方と共有するための対話を深めます。
こうした活動を担う組織のあり方や活動を支援するための寄付税制の拡充を含め、これまで「官」が独占してきた領域を「公(おおやけ)」に開き、「新しい公共」の担い手を拡大する社会制度のあり方について、五月を目途に具体的な提案をまとめてまいります。


「新しい公共」によって、いかなる国をつくろうとしているのか。

私は、日本を世界に誇る文化の国にしていきたいと考えます。
ここで言う文化とは、狭く芸術その他の文化活動だけを指すのではなく、国民の生活・行動様式や経済のあり方、さらには価値観を含む概念です。
・・・

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今回の演説について、報道では、理念先行とか言われているが、しかし少なくとも「新しい公共」は、理念が国民的に共有されなければ、政策を打ってもなかなか響かない分野であろう。

NPO界の意見を聞く場に顔を出していると、この演説に言う「これまで『官』が独占してきた領域を『公』に開き、『新しい公共』の担い手を拡大する」ことの意味の深さが本当によく分かる。

長らく公務員は、「自分たちこそが日本社会を支えている」という自負心があった。
国民も、役所に任せておけば大丈夫という信頼感や安心感があった。
これは、否定すべきものではないし、これでみんなが幸せになるのであれば、それでよい。

だが、成熟ニッポンでは、価値観の多元化、ニーズの多様化により、行政任せでは済まなくなった。
NPOなど民間非営利組織の活動や、行政との協働が必要とされていること自体は、公務員の間でもかなり共有されてきている。

ところが、NPOと行政との日常的な関係はどうか。

「役所が上から目線で指導してくる」「したり顔でつまらない書類の不備を指摘される」・・・。
NPOが漏らす不平不満は尽きない。

これまで行政が中心に形成してきた公共秩序を、中途半端なNPOに乱されては困る、という感覚が随所ににじみ出てくるのだろう。
NPOに対して必要な助言もあろうけれども、なにも上から目線である必要はない。


「官のもとで民が働く」構図ではなく、「民に仕え、民を支え、民とともに歩む官」という本来の姿を取り戻すべきである。(だから公務員は“公僕”と呼ばれるのである。)

この姿を本気で実現するためには、官と民の人材の流動化が進む環境をつくることが必要だと思う。

日本でも、民間企業では、高度な知識やスキルを持つ人材が組織を超えて活躍するケースが増えているのに比べ、公共領域での人材の流動化はまったくと言っていいほど進んでいない。
役所の高度なスキルを持つ人間がNPOに転出したり、現場経験豊富なNPOの人材を役所が受け入れる流れをつくるべきだと思う。

「そんなことをしなくても、公務員がNPOのことをもっとよく理解すればいいはず」という意見もあろうけれども、しかし今の状況では、官民の相互理解は、そう簡単には進まないと思う。

それは、現在のNPOの置かれている境遇が要因となっている。

公務員の人件費は平均800万円を当然の前提として積算するが、役所の仕事をNPOに委託する場合の人件費は半額以下に積算しているのが実情ではないかと思う。

役所の仕事をNPOに安く下請けに出す感覚が強いのである。

公務員の中にも、NPOの意義や役割を理解する人がいることはいるが、ではNPOに移籍して仕事をしたいと思う人はどのぐらいいるだろうか?

役所の下請けの仕事をするために役所を辞めたいと思う者など通常はいないだろう。

その上、公務員の仕事がいわばノーリスク・ミドルリターンだとすれば、多くのNPOは、ハイリスク・ロー(ノー)リターンなのだ。

これでは、官民の人材流動など起こるはずがない。

NPO活動にまわる資金として、行政からの委託だけでなく、寄付、収益事業、出融資といった多様性を高めなければならない。
そのために必要な制度改正を検討すべきである。

もちろん、NPOの脆弱な組織体制、マネジメントの力量不足、人材不足など、NPO側が努力して解決すべきさまざまな課題はある。
そうした指摘は、私が役所内でNPO論を論じると、必ず上がる声である。

が、少なくとも人材確保という課題を解決するには、NPOの処遇を相当程度改善し、仕事の質など総合的に考えれば公務員と競合するぐらい魅力のある職業にする必要があるのではないかと思う。

そして、より変わるべきは上記のような行政側のマインドだろう。

公務員のマインドを変えていくことは、公務員である私自身の人生をかけたミッションだと考えており、今後も各所で“布教活動”を続けていきたい。


ところで、「新しい公共」という言葉については、おそらく明確な言葉の定義や範囲は定まっていないと思う。

私は、言葉の定義にこだわるより、多くの国民が自分の社会に対する想いを具現化しようとする意識と行動全体を指す概念、ぐらいの広いイメージで語るのが良いのではないかと思っている。

特に、役所が言葉の定義を定めるようでは、旧来の“公共”の捉え方と何ら変わりなくなってしまう。

どんなことでもいいから、一人ひとりが少しずつ、他者を理解し、社会に貢献する日々のちょっとした行動を含め、「これも新しい公共、あれも新しい公共」というノリで、みんなが気軽に、でも本気で、公共領域に参画していく国民運動と捉えてはどうだろうか。

国民的に「これからはこういう時代なんだ!」と覚悟する不可逆の流れをつくることが必要である。

これからの一時代が、日本中のみんなが「新しい公共」に参画する“1億総当事者”運動の時代と後世から評されることを期待したい。

shigetoku2 at 00:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 行政・地方自治 | NPO