2010年06月

2010年06月29日

学校でのキャンプ

週末は、池尻小88(はちはち)会主催で、毎年恒例の「学校に泊まろうキャンプ」を開催した。

校庭にテントをたくさん並べ、子どもたちが泊まるのである。
ティピつくりちゅう
今年は、メンバーの一人がなぜか持っていたティピといわれるインディアンのテントを1張り、校庭の真ん中に立てたのだが、普通のテントと違い、設営方法も独特である。

いまのキャンプ用テントは少人数で(1人でも)つくれてしまうが、ティピには、相当な人数が必要である。


ティピ完成
長い竹竿を10本ぐらい円錐状に並べ、上の部分をロープでくくり、布をかけて完成。

中は、小学生なら20人ぐらい座れる広さである。

このティピは、夜の肝試しのスタート場所として使われることになった。


カレーライスフランクフルトを食べ、キャンプファイアーひげダンスの出し物(懐かし〜!)、仕掛け花火をみんなで楽しんだ。

いずれも88会と、近所の児童館スタッフによる手作りなのだが、年々レベルが上がっていくのが実感できる。

88会メンバーでもあるトロント出身のお父さんは「カナダでは校庭で火を焚くなんてありえないヨ」と言っていた。
森林資源の多いカナダでは、国民性として(?)山火事への警戒感が常にあるようだ。
管理主義的なイメージの日本の公立学校が、実は外国と比べて寛容な面もあると知ったのは新鮮だった。


さてここから先は、4年生以上の子どもたち限定の肝試しテントでの宿泊である。

昨年までは隣のものづくり学校で行っていたが、今年からは学校の校舎での実施を認められ、まさに“夜、いつもの校舎の廊下を歩く”企画となり、恐怖感たっぷりだ。

肝試しにかけるお父さんたちの意気込みは並々ならぬものがある。

舞台演出の仕事をするお父さんが、本格的な衣装を用意してくれた。
白いドーランに黒のメイクをしたり、お面をかぶったり、お母さんたちも加わってメイド系の妖怪コスプレ(でも可愛かったです)をしたり・・・。

私は、濡れぞうきんが目の前に飛んでくるという仕掛けを担当した。

はじめのうちは、自分の姿(仮面をかぶり、それなりに怖いつもりだったのだが)を現した後に、宙づりのぞうきんを揺らしていたのだが、思ったほど怖がってくれない。
そこで、途中から作戦変更し、柱の陰に隠れて、子どもたちが通りかかるときに突然ぞうきんが目の前に飛んでくるようにした。
このほうが圧倒的に効果的!
やはり何事も試行錯誤だな〜。

翌朝の解散式では、女の子たちから「肝試しが、怖すぎた」という声があがった。お父さんたちは男の子心理をくすぐられ、思わず自画自賛の拍手。


88会は、これまで“おやじの会”として活動してきたが、今年からはお母さんたちも加わり、パワーアップしている。

「父親も学校に参加しなきゃ」というレベルを越え、父親が参加するのは当たり前。それより、いくつになっても男女仲良く楽しもうというノリになってきた(?)。

でもやっぱり何より、子どもたちが学校楽しい!と思ってくれるように親も頑張ろう!という気持ちが、ほんとにみんな共通していると思う。

shigetoku2 at 08:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地域活性化・地域の話題 

2010年06月18日

企業CSRと“リテラシー”

武田薬品工業(株)のコーポレート・コミュニケーション部シニア・マネジャーの金田晃一さんにお会いした。

これまでソニー、在日米国大使館、大和証券などの勤務を通じて、一貫して途上国支援の人材開発に取り組んでこられ、政府の「新しい公共円卓会議」のメンバーでもある。

いろんな話題に花が咲いたが、まず、近年進みつつある、社会貢献的な目的と関連づけた商品販売を行うコーズ・リレーテッド・マーケティングについてお話を伺った。

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中身で差別化しにくい商品(ガソリンや飲料水など)を取り扱っている企業は、商品の質で勝負しづらいこともあり、コーズ・リレーテッド・マーケティングになじみやすい。

これを本格化させるには、NPOが、企業の社会貢献度を市場にさらし、消費者の動向に影響を与える力を持たなければならない。

この点、海外のNGOは相当な影響力を持っているため、国際競争の激しい大企業を中心に、社会貢献的な企業イメージをかなり意識せざるを得ない状況になってきている。

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コーズ・リレーテッド・マーケティングは、第7回地域力おっはー!クラブ鵜尾さんも語っておられたように、消費者の温度感の変化が背景にあり、これからの日本のファンドレイジングの大きな方向性であろう。


次に、企業によるNPO支援の課題についてもお話を聞いた。

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企業は、NPOへの支援資金をすべて事業費に回すことを求め、その事業を運営するためのマンパワー、すなわち人件費コストが考慮されない、あるいはきわめて少額となる傾向がある。
現に、企業から事業費ばかりもらって人繰りがつかず、事業実施がきつくなっているNPOも少なくない。
(同様の問題は、行政からNPOに対する委託費についても、いわゆる「安い下請け」として指摘されることでもあるが。)

企業の場合、社会貢献部門は、ただでさえ(仮につながったとしても)企業収益に間接的にしかつながらない部門である。
その上、その多くが“NPOの人件費に回っている”ということでは、社内や株主に対して説明がつかないことも多い。

これでは、NPOが持続的に活動することが不可能になる。

この問題を解決するには、企業関係者に理解してもらうしかない。

いわば“リテラシー”の問題だ。

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この企業の“リテラシー”を高めるための重要な取り組みの1つは、NPOの会計情報の統一化、透明化である。

NPO法人シーズ(市民活動を支える制度をつくる会)が中心に取り組んでおられるNPO会計の整備などを通じて、NPOの活動内容が企業からも理解され、納得される仕組みを作るべきであろう。

NPOの運営の質を高めるためには、十分な人件費が当然に必要となることを明らかにする必要がある。

また、NPOの特長であるボランタリーな労働力(市民巻き込み力)の価値を客観的に見て明らかにし、ボランティアの力を単なる安上がりの労働力(=したがってNPOは安く上がる)と見る風潮を変更していく必要がある。


当然ながら、そうした“リテラシー”は、学校教育や生涯学習を含め、公的な場での啓発活動を通じて、時間と労力をかけて醸成する努力が必要である。

世の中が本質的に変化するには、相当な期間がかかると思ったほうがいいと思う。
もしかしたら、10年20年かけてジワジワと変化していくものかもしれない。

しかし、仮に瞬間的に成果が出るものではないとしても、現代の成熟社会においては、もはやこうした流れは不可逆である。

これはもう、信じて進むしかないと思う。


私たちの子どもや孫たちの世代に日本社会をどう残していくのか。

政治や行政を批判するだけで自分たちは何もしないという、単調でステレオタイプで退屈な風潮を脱し、主体性と当事者意識を持った1億人が、営利事業であれ、私的生活であれ、自分だけでなく、もっと広い地域社会に想いをいたす、エキサイティングで心豊かなニッポンになっていくことを願いたい。

ほんの少しずつでいいから、一人ひとりがそういう社会づくりに向けて一歩踏み出していくのである。

いまの社会の閉塞感を突破するには、一部の“責任者”や“担当者”や“権力者”の力だけでは到底足りない。

1億人の力が必要なのである。

shigetoku2 at 08:04|PermalinkComments(2)TrackBack(0) NPO 

2010年06月13日

ツイッター開始

ツイッターを始めることにした。

実は数か月前に、試しにいったん登録し、小ネタを1ツイートしてみたのだが、それっきり1度もつぶやいていなかった。

友人から「ツイッターやってる?」と聞かれると、「うーん・・・まあやってると言えばやってるかな?」みたいな変な返事をしていたのである。

使い方も良く知らなかったし、また新しいことを始めると忙しくなってしまうかな〜などと躊躇していたのだが、数日前、ケータイから投稿できるように設定し、電車の中とかでやってみようと思い立った。

ちょっとしたことでも、やっぱり新しいことに目を向けるのは楽しいことである。

(このブログにもリンクをはってみましたので、皆さんフォローよろしくお願いします。)

shigetoku2 at 18:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年06月12日

夢の国の楽しみ方?

先日、久しぶりに東京ディズニーランドに遊びに行った。

私はもともとディズニーランドはあまり好きではなく(幼少のころは好きだったはずなのだが・・・)、これまで何度か妻や子どもといやいや付き合って行ったことしかない。

うまく言えないのだが、ディズニーランドは、無理にウキウキ気分にならなきゃいけないような強迫観念みたいなものがあるようだ。

そこで今回は、いやそんな風に無理する必要はない、大人の乗りこなし(?)を心がければいいんだ、と割り切ってみた。
子どものころ読んだ本を大人になって読み返すとき、別の楽しみ方ができるような感覚だろうか。(ちょっと違うか。)


しかし実際には“大人の乗りこなし”もなかなか大変。

最初に乗ったスペースマウンテンでは、真っ暗闇でのアップダウンで、いきなり酔いそうになった。こんなに過激な乗り物だっけ??

ジャングルクルーズの船頭さんのナレーションのテンションが高く、トークを楽しむより、「これを一日中続けるのは並大抵の努力ではないだろうな〜」と他人事ながら心配になり、勝手に“疲れ”を共有してしまった。

初めて乗ったバズ・ライトイヤーのアストロブラスターは、宇宙空間を移動しながらのシューティングゲームである。ルールが最初よく分からず、途中から一生懸命撃ち始めたが、なかなか的に当たらない。点数は長男に完敗。

例外的にスターツアーズだけは昔から好きなのだが、他のアトラクションが60分、90分待ちだったのに、なぜかスターツアーズは5分で入れてしまった。
なぜ人気がないんだ?なぜ空いていたんだ〜!?

その他、カリブの海賊、ピーター・パン、スプラッシュマウンテン、ビッグサンダーマウンテン、ホーンテッドマンション、小さな世界(It's a Small World)、白雪姫・・・。
さらには普通の遊園地にもあるメリーゴーランド、ティーカップ・・・朝から閉園時刻の22時まで、ほぼ休憩なしで14種類のアトラクションに乗った。

・・・これが“大人の乗りこなし”である。(汗)
(もちろん子どもたちは大喜びである。)


ところで今回は、ファスト・パスをうまく使いこなせたことがポイントの1つといえよう。

ファスト・パスは、優れた仕組みである。

あらかじめアトラクション入場口付近にある発券機にパスポート(入場券)を挿入しファストパス券を取得、券に記載された時間に再度そのアトラクションを訪れることによって、専用入場口から入場でき、通常混雑時より並ぶことなくアトラクションを体験できるというもの。
無料で利用できる。
ただし、一度発券すると、記載された指定時間を過ぎるか2時間経過しないと、他のアトラクションで発券することはできない。
」(wikipediaより)

ファスト・パスが発券されるのは、スプラッシュマウンテンなどいくつかの人気アトラクションに限られ、また枚数にも限りがあるので、すべての人気アトラクションをファストパスで、というわけにはいかない構造になっている。

そこで、ファスト・パスで予約を入れながら、それまでの時間は予約の取れない別のアトラクションに、待ち時間を考えながら並ぶのである。

つまり、どういう順番と組み合わせで乗るのか、自分の頭で考えて決めることができる。

その意味は非常に大きいと思う。
人間は、少し主体性を持てると、より楽しく過ごせるのである。

ディズニーランドは、この仕組みによって、待ち時間の表示を見てウンザリしながらも、ひたすら待ち続けるだけのディズニーランドから脱却したのだ。

すごい仕組みだ。誰が考えたのだろう?


今回改めて気がついたのだが、ディズニーランドのレストランにはアルコールが置かれていない。

また、子ども連れへの対応についても、従業員はよく教育されて、レストランでは食物アレルギーへの対応もしっかりしている。

ジュースのお代わり(無料)も、頼みもしないのに店員さんが「お代わりいかがですか?」と聞いてくれる。


夢の国は、やはり究極のサービス業である。

shigetoku2 at 08:08|PermalinkComments(2)TrackBack(0) ちょっとした気づき 

2010年06月07日

次世代の公共の担い手

慶応大学の1〜2年生でつくるフロントランナーという勉強会グループ代表の松下英樹くんの依頼を受け、講演をする機会があった。

当日、日吉キャンパスの教室には、法学部から理工学部、医学部まで文理を問わず、幅広いメンバーが20人ぐらい集まった。

私からは、“1億総当事者”の精神で、社会にイノベーションを起こそう!という話をさせてもらった。

若者と年輩者、男性と女性、官と民、教員と親、政治家と有権者、組織の中枢と現場・・・これらは本来理解し合い、補い合う関係であるべきだが、昨今では排他的だったり対立したりして、社会に大きな壁やスキマが生まれてしまっている。

ほっといても今日より明日が豊かになる時代はとっくに終わり、日本の先行きが見えにくくなっている中、他者を批判したり、社会を他人任せにしていても仕方がない。

すべての人が社会を良くする当事者として、社会活動に参画すること。
現場や人の心といった基本を大切にすること。
日常的な小さな不満や疑問に気づき、それを他者への批判に終わらせず、自らの力で物事を改善する気構えで、日本の公共にイノベーションを起こしていこう、というような話をした。


しかし、そんなことを言うまでもなく、いまの学生は、NPOやボランティア活動に取り組む人が増えてきている。

当日聞いた中でも、イギリス発祥のクリケットを日本に広めるNPOに参画したり、ネパールの子どもたちに本を送ったり、児童養護施設でボランティアをしたり・・・。

私たちの世代がただの理想や想像で終えていたものを、実際に活動に身を投じ、肌で体得しようとしている。
彼らは、バブルに踊らされず、確かなものを求める世代といわれているのである。


ところで、渋谷から日吉に向かう東横線で、女性専用列車に乗り込んでしまった。
降りるまで気づかなかったのだが、あとになってみれば、なんとなく周囲からの視線が厳しかったような・・・。

毎朝使っている東急田園都市線では、最後尾が女性専用なので、間違えて乗ることはないが、正直言ってこの仕組みは、男であること自体が犯罪予備軍と言われているような気がして、あまり気分の良いものではない。
これも社会のスキマなのだろうか・・・。

shigetoku2 at 07:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ちょっとした気づき 

2010年06月02日

“官民融合”(3)〜愛と信頼を行政に〜

人間社会の“愛と信頼”

霞ヶ関では日常的にあまり語られることがなく、会議の場なんかで真顔で語れば失笑を買いそうだ。

しかし、愛や信頼は、人間社会の土台である。
愛や信頼こそが生きる糧であり、生きる意味ではないか。
私たち人間は、愛なくして、信頼なくして、どうして生きていけるであろうか。

愛や信頼が欠けているために、空虚な人間関係とか“無縁社会”などと呼ばれる状況が発生し、信じられないような陰惨な事件が起こり、多くの人たちが幸せや安心感を感じられない閉塞感ある社会の状態が生まれるのではないか。


NPOの「官民融合事務局」は、現場の人間臭さをしっかり受け止め、現場に即したソリューションを考案しながら、“上位”にある権力機関の制度立案機能を常時刺激していくという、ダイナミズム発生装置のイメージである。

これを「愛と信頼モデル」と名付けたい。


愛と信頼は、法令や制度の手のひらのうえで転がされるものではなく、法令や制度を突き動かす原動力たるべきである。

「行政=法令や制度に基づく組織」と「NPO=現場での愛と信頼に基づく組織」と見立てれば、行政の枠組みのもとで、業務委託を下請け的に受けるのがNPOであって良いはずがない。

そろそろ、NPOがもっとエンパワメントされ、現場の実情に即し、タテ割りを超えて行政リソースを使いこなす、という力強いNPOが世の中にたくさん登場しなければならない。

その意味で、今回のヨコハマ特区は、官が民を使うんじゃなくて、民が官を使いこなす“官民ひっくり返し”みたいなイメージである。
ひっくり返すと言っても、民にお仕えする官っていうのは本来の姿のはずなのだが・・・。


昨今、政治や行政に対する批判や不満が強まる一方、他人任せにしても日本社会の将来は何も良くならないという切実さも、国民的に共有されつつあると思う。

20世紀に経済成長のミラクルを遂げた成熟ニッポンが、ここで立ち往生してはならない。
官主導、官任せを脱し、すべての国民(公務員を含む)が、社会の当事者として公共社会を担い、それを官が支えるスタイルへと進化を遂げれば、世界の一歩先を行く心豊かな先進国へと変貌を遂げるのではないだろうか。

「新しい公共」論も、本来、このような意味で日本社会の性格をジワジワと本質的に変えていくものだと考えている。

追いつけ追い越せが終わった(と言われてすでに久しいが)後の日本社会は、こんな姿になるべきだと思い描いているところである。

shigetoku2 at 08:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0) NPO | 行政・地方自治