2011年04月

2011年04月28日

岐阜県・東濃の発展を考える

異業種交流会の倶楽部スピリッツ代表・岩本眞一さんと岐阜県恵那市を訪れました。

恵那といえば、子どもの頃から恵那峡ランドのCMで慣れ親しんできました。
とはいえ、わたし自身は恵那へ行ったのは初めてでした。

東海環状自動車道が整備され、私が住む豊田市から1時間ぐらいで辿り着きます。
実は、豊田市も恵那市も、どちらも大規模合併をしたため、県境を挟んで隣接しているのです。

恵那峡グランドホテルや、紅岩山荘(べにいわさんそう)から眺めた湖や桜の景色は、絶景でした。
施設更新の投資や、夜景のライトアップへの規制(恵那峡は県立公園)など、課題はありますが、観光資源としての価値は極めて高いと思います。


恵那市を含む岐阜県の東濃地区には、地場産業もいろいろあり、各企業が努力を続けています。
田口石材が作っている足岩盤浴は、足を置くことで、足裏から体を温める優れた商品です。
岩盤浴

椅子に座ってふくらはぎまで温める、こんな新商品も。
岩盤浴


また、今回は訪ねることができませんでしたが、川上屋の栗きんとんも有名です。

今後、倶楽部スピリッツとして、この東濃5市(恵那・瑞浪・土岐・多治見・中津川)と、在名古屋の各国領事館とのタイアップを進める計画があります。
国内外問わず、この地域の魅力を最大限生かしていく方策を探っていきたいと思います。

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2011年04月27日

「災後」の日本

4月19日(火)の中日新聞1面に、東日本大震災復興構想会議の議長代理で東大教授の御厨貴さんの「『戦後』から『災後』へ」が掲載されました。

【以下引用】
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日本では「戦後」が長く続きました。
戦争が終わり65年以上たったけれど、その間に国民が共有する大きな出来事がなく、時代を区切ることができなかったからです。
東日本大震災は、同時代体験として本当に大きい。
政治も社会、文明も「災後」の時代に入ったと思います。
明治維新、敗戦に次ぐ転換点です。

関東大震災(1929年9月1日)が起きた後も、社会、文化の変化について多くの人が語りました。
菊池寛は「社会革命」と表現しました。
皆、長い間信じてきたものが変わり、刹那主義になった。
そして昭和が始まり、軍部が台頭していった。

・・・
従来のように海外と伍していくか。
それとも、身の丈にあった生活に切り替えるか。
そういう議論は、震災前からありました。
だけど『今日は大丈夫だった。明日も大丈夫だろう』と逃げてきた。
今回、強制的、暴力的に打ち切る要素が出たことで、目を背けてきた問題に取り組まざるを得なくなりました。

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「強制的、暴力的に打ち切る要素」・・・悲しいことに、人間はよっぽどショッキングなことが起きないと、なかなか慣れ親しんだ日常を変えることができません。

日本では大きな災害が起きるたびに法律が作られ、災害対策が強化されてきました。
逆にいえば、実際に何かが起きるまでは問題意識が高まらないのです。

唯一、実際に災害が起こる前に作られたといわれるのは、東海地震を想定した「大規模地震対策特別措置法」(昭和53年施行)です。
「いつ起こってもおかしくない」と言われ続けて、法施行後30年以上経過しました。

災害は忘れた頃にやってくる」とは寺田寅彦の言葉です。
いま生きている人間にとって初めての災害も、過去数百年を顧みれば、何度も繰り返し起こってきたのです。

しかしながら、人間は良いことも悪いことも忘れる存在です。
一事が万事ととらえ、物事の本質をしっかり見極め、対応を怠らないことが必要だと思います。

今回の震災は本当に多くの教訓を残しましたが、とりわけ電力やエネルギーの問題は重大です。

新エネルギーの導入を加速させるとともに、エネルギー需要をコントロールする必要があるでしょう。
そのためには、産業活動や私たちのライフスタイルの変革も迫られる可能性が高いです。

国民の叡智を総動員しなければなりません。


【再び引用】
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ある程度小さくなることからは、もう逃げられないと思う。
災後の社会では、例えば今までは掛け声だけだった(ゆったりと暮らす)スローライフに根ざした価値観が定着するのではないでしょうか。

新しい価値観では、若者を中心とした多くの人が「公共に貢献する」意識を持ち始めたように思います。
政府は「新しい公共」と言っているけれど、そんな掛け声がなくても、震災を契機に公共に献身するチャンスができたのです。

若者たちには、以前からそういう素地はありました。
最近の学生は公務員志向が強い。
理由は「安定しているから」と受け止められてきましたが、それだけではなく公共的な仕事をしたいという思いもあると感じています。

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被災地から離れた愛知県でも、ボランティアに行きたい、被災者支援に貢献したい、という若者は大勢います。

私自身も、GWにそういう仲間と一緒に被災地へボランティアに出かける予定です。
みんなやる気満々です。


これからの日本は、中央省庁が主導する国ではいけないというのは、すでに国民の総意だと思います。
かといって、中央でなく地方が強くなるとしても、それは、強大な中央省庁に代わり、強大な市役所(行政)が社会を支配するという意味ではないはずです。

公共を担うのは、本来、行政ではなく、私たち自身なのです。

私は現政権が「新しい公共」を打ち出したことを高く評価しています。
ボランティア団体やNPO、社会的企業の存在意義は、成熟ニッポンの社会の中でどんどん高まっていくことでしょう。

そのための税制を拡充し、民間非営利組織の財政基盤と人的基盤を充実させる必要があります。

社会貢献的な仕事をするなら、公務員もいいが、NPOもいい。
NPOと役所が同じくらい魅力的で有力な就職先の選択肢になってほしい。
役所からNPOに転職する人、NPOから役所に中途採用される人・・・人材がもっと流動化するといいと思います。
そうすれば役所も、もっと市民の心の分かる組織に生まれ変わるでしょう。

【三たび引用】
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震災後、社会が変化しつつあるのに、政治は変わりませんね。
当面は与野党の問題は脇に置いて、挙国一致で当たるべきでした。
条件を細かく詰めないで突き進むことが政治家には必要なのに、できない。
もどかしい。

・・・
今後、政府の復興構想会議の議論が本格化します。
会議では、東日本、西日本を含めて再創造する話に持っていく必要があります。
地方から出た意見をオーソライズ(権威づけ)しながら、年末までには日本の全体像を示せればと思います。
国が大きなテーマを示し、国民は新しい国のモデルを開発するぐらいの自覚を持つことが大切です。

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政治の構想力、そして推進力がこんなに試されている時期はないと思います。
しかしそれは、「政治家にすべて任せる」ことでもなければ、「政治家に任せても何も期待できない」と失望することでもないと思います。

この成熟ニッポンを前に進めていくことができるかどうかは、国民である私たち一人ひとりの努力にかかっているのですから。

これからの政治家は、そんな国民と手を携え、ともにしっかりと歩んでいく姿勢が必要だと考えています。

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2011年04月20日

今こそ“静脈産業”を育てよう

携帯電話やゲーム機を解体し、再資源化するリサイクルテック・ジャパン株式会社を訪問しました。

高取美樹社長は、元銀行員で、ジャパン・ベンチャー・アワード2008のシニア賞を受賞された方です。

資源少国の日本でも、輸入した資源を使ったさまざまな製品をリサイクルすることによって、いくらでも国内の資源があることに、気付かされます。

海外から、たくさんの鉱物資源を輸入している国なのだから、それを加工した物が、国内の廃棄物の中にたくさん眠っていることは、考えてみれば当然でしょう。
自然の鉱山ならぬ、都市鉱山なんて言われるわけです。
ゲーム機の解体携帯の解体







工場には回収されたパチンコ台から、釘を一気に抜き取る機械が置かれていました。
たくさんの女性従業員が中心となって、手早くパチンコ台を解体していく姿は、壮観でした。パチンコ台解体中パチンコ台フレーム








金メッキの部材1kgは、1650円の価値があるそうです。
解体分別かご金メッキ







真鍮製のクギ1kgは、510円。銅線も価値があります。
真鍮クギ銅線








これまでの日本では、大量の資源を使って製品を作り続ける“動脈産業”が中心でした。
つまり、大量生産したものを大量消費し、そして大量廃棄するという繰り返しです。

こうした地球環境に大きな負荷を与える経済によって、世界は発展を遂げてきました。

東日本大震災により電力エネルギーのあり方が問われる中、私たちは、使い捨て型の産業構造を思い切って転換する必要があると思います。

つまり、廃棄された製品を単純に焼却したり埋め立てるのでなく、最大限再利用する“静脈産業”を展開しやすい社会をつくっていかなければなりません。

100%再利用し、一切廃棄しない、いわゆるゼロエミッションの実現に取り組む企業を支援する必要があります。
また、生ごみや糞尿、間伐材などを使ったバイオマス産業の育成にももっと力を入れなければなりません。

今こそ、いわばゴミの山を宝の山に変えるような発想の転換が求められていると思います。

shigetoku2 at 19:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年04月19日

いい国号

セカンドカーとしてダイハツ・アトレーの安い中古を購入しました。
IMGP0993
レモン色に近い黄色に塗り、ナンバーは1192(いい国)です。(画像クリックして拡大してみてください。)

黄色は、夢と希望を表す光の色、昇っていく太陽の色をイメージしています。

町のどこかで見かけたら、お声掛け下さい。

この車に乗って、これから各地を駆け巡りたいと思っています。

shigetoku2 at 17:54|PermalinkComments(6)TrackBack(0)

2011年04月18日

田んぼにて

豊田市内の田んぼで稲を作ることにしました。

田んぼを1反借り、5月に田植え、秋には刈入れ予定。

順調にいけば、8俵は収穫できるのではないかと言われてますので、60kg×8俵=240kg。
家族5人分、優に1年は養える分量です。皮算用ですが。。。


のどかに広がる、水を入れる前の田んぼに立ち、米を作ることを想像してみる。
田んぼ
すると、地域のつながりなくしてできるものではないということを実感します。

両どなりの田んぼの水の流れを常に配慮しなければならないのですから。
1人だけ和を乱して、勝手な振る舞いをするわけにはいきません。

これがニッポンが誇る“絆”や“和の精神”につながってるんだと実感します。


稲作の指導をしてくださる松沢二三夫さんは、竹細工の名人。

竹まるまる
ナタ一本で、ただの竹から、あっという間に竹べらや孫の手など、いろんなものを製作してしまいます。

こういう伝統工芸人の存在が、地域のパワーを圧倒的に強くします。
地域の力は、やはり人材です。
竹わり
竹へら完成
高齢化が進み、後継者がいないといわれる日本の農業。

若い人たちがいろいろなところから、農業に参入したくなるような環境を作っていきたいと思います。

TPP参加の是非に象徴されるように、今後の農業は常に国際競争を意識せざるを得ません。
しかし、農業の存在価値は、食料供給力の観点だけではありません。
愛知はモノづくり文化が発達した県と言われますが、“食べモノづくり文化”も育み、真に豊かさを実感できる、世界に誇れる地域社会をつくっていきたいものです。

最近では、1次、2次、3次産業を組み合わせ、6次産業なんていわれる考え方が出てきています。
これまでの枠組みにとらわれない、将来性を感じられる農業へ転換していくべきだと思います。

shigetoku2 at 00:52|PermalinkComments(6)TrackBack(0)

2011年04月14日

震災とこれからの政治

知事選挙が終わって、2ヶ月少々が経過しました。

この間、3月11日に東日本大震災が発生しました。
亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げますとともに、被害に遭われた皆様、そのご家族の方々に心からお見舞い申し上げます。


愛知県では先週末、県議選が行われ、自民党が第一党を維持し、民主党が議席を減らし、地域政党が一定の議席を新たに獲得したという結果になりました。

私も、今回の県議選は、愛知県の危機管理や景気・雇用を担っていただける気概を持った、しっかりした政治家を選ぶための重要な選挙だと訴えてきました。

震災の影響により重苦しい雰囲気の中で選挙が行われ、有権者の判断が2ヶ月前とはまた違う形で表れたと思います。


今後、日本は力強く復興をしていかなければなりません。

いま日本は、被災地での暮らしや将来に対して1億人の国民が思いを致し、「私たち一人ひとりにできること」は何かを考える状況になっています。

一人ひとりが、想いを持って、それぞれの立場から役割を果たしていくことが必要です。

行政や社会福祉協議会、医療関係者など現場で直接支援にかかわる方々には、心身の疲労がたまる中、体調に留意しつつ、全力を挙げて取り組んでいただきたいと思います。

被災地内外のNPOやボランティア組織も、いよいよ現場での活躍が期待される時期に入ってきました。企業の社会貢献にも期待がかかります。

時間や労力は十分割けないけれど、資金・物資を提供できる方も全国にたくさんいます。

さらには、現地での活動に直接かかわらない人たちも、被災地の分まで経済活動をしっかりと回して、みんなで大災害に負けない、不屈の日本を体現していきたいと思います。


1億人すべての人が社会への当事者意識を持って、被災地を支え、日本を再興しなければなりません。

以前から唱えていた「1億総当事者」の精神がいまこそ問われていると思うのです。


ここで、あらためて政治とは何かを考えたとき。。。

有権者が投票するとき以外何の関わりも持たないような政治、ひとたび選んでしまうとあとはお任せの政治、テレビや新聞で批判記事を見るだけのお茶の間政治、、、。

これでは、多くの方々が政治に期待できず、若い人が関心を持てないのも致し方がありません。

わが国の政治は、政治家が職を得るための活動みたいなレベルを超え、成熟国家にふさわしい、政治家と有権者と同じ目線で、ともに歩んでいく姿勢が必要だと思います。

すべての人が社会の構成員として、社会に参画し、それぞれの役割をしっかり果たすことが大前提です。

そのうえで、社会全体の舵取りを責任もって任せられる代表者を選び、社会の針路を方向づけていくプロセスが政治だと思います。


有権者から見て「自分には関係ない」「遠いところにある」と思えるような政治は、存在そのものに疑問符が付いてしまいます。

今こそ、本質的な政治のあり方、民主主義の根幹について、改めて認識し直すべき時がきていると思っています。

shigetoku2 at 08:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)