司法試験の受験資格が無くなった。

ロースクール(法科大学院)を卒業して既に「5年」は経過。
(新)司法試験に合格できず受験資格を喪失した、いわゆる三振不合格者の「私」の独白とその後の人生。




シャーペン ノート




前回「山田ルイ53世さんの言葉から」という記事を書いた。
毎日新聞の山田ルイ53世氏のインタビューを読んでふと思ったことを書いた。自分の中に引っかかっていることも書いた。
このブログ記事に対してなのかは分からないが、メッセージが届いた。

無理矢理にでも、自分の人生を肯定しないといけないってのは結構キツいですよね。
どうしても、自分の心の声を抑えつけるこたとになってしまうので。
自分の本当の感情に嘘をつきつづける人生というのは、苦しいですよね。
このようなメッセージだった。
このメッセージが、「(あなたのように)無理矢理にでも、自分の人生を肯定しないといけないってのは結構キツいですよね。どうしても、自分の心の声を抑えつけるこたとになってしまうので。自分の本当の感情に嘘をつきつづける人生というのは、苦しいですよね。」と伝えているのかどうかは分からないが、そうであるとして、話を進めてみる。
(それとも、メッセージを書いた人自身がそのような状態で、私に共感を求めているのか…。全く違うのか…。)

私のブログには無理やり自分の人生を肯定しようとしている態度が現れているのだろうか。もしそうだとすれば、それは誤解であると伝えたい。私は自分の人生を肯定も否定もしない。
私を否定する人はいるが、私を見て「自分はこんな風になりたくない」「そんな人生絶対嫌だ」と言う人がいてもいいと思う。ただ、事実と違うところは反論したい。

前回の記事について言えば、「善か悪かと言えば、悪ではない」と判断しただけだと自分では思っている。

私は本当の感情に嘘をついていない。今はキツくない。「三振」する前よりも気が楽になっている。ただ、親に対して「悪いことをした」という感情が僅かながらあったが、前回のブログ記事を書いている時に「悪いことではない」と自分で決めた。でもこれはまた覆るかもしれない。

人生については肯定する・否定するという考え方はなじまないような気がする。私にそのような感覚が無いのかもしれないし、肯定するということを理解していないのかもしれない。
ある時点で振り返ったときに自分で「幸せと感じるか、不幸せと感じるか」「楽しいか、楽しくないか」「苦しいか、苦しくないか」という評価は有ると思う。時点が変われば、それもまた変わるものだと思う。私の現時点で言えば、「概ね幸せと感じる、楽しい、辛いこともあった人生」と思っている。司法試験とは関係のないところで辛い思いをしたことはある。



山田ルイ53世氏は
『意味がないとだめ』という意識があります。そんな意識が、実は問題だと思います。
と語っているが、私も似たような考えを持っている。

私は、人生に意味など無いと思っているし、意味付けしようとするから苦しくなる人がいるのだと思っている。
人間は、生物としてただ生きているだけで、それでいいと思う。
ただ、肉体や脳を持っているために苦痛や快感が生じる。できれば苦痛は回避したいし、せっかくなので、生きている間は楽しく過ごしたい。

「楽しく過ごす」とは?
みんなそれぞれだ。それぞれの人生をそれぞれの方法で楽しんだらいいと思う。

司法試験に合格した人は、そのまま自分の意志を貫いて充実した生活を送るようにしていく。不合格の人で受験資格が無くなった人は、司法試験が楽しければまた挑戦すればいいし、楽しくなければ他の楽しいことをすればいいと思う。


以上







シャーペン ノート




髭男爵の山田ルイ53世氏は、10代の頃に6年間、ひきこもっていたらしい。

ネットで山田ルイ53世のインタビュー記事を見かけた。
このような理解や説明の仕方もあるのだと思った。

以下にインタビュー記事のリンクを貼るが、有効期間は1か月らしいから、9月末頃までしか見られないかもしれない。



上(その1)夏休み明け、優等生は学校に行けなくなった お笑いタレント・山田ルイ53世さん
毎日小学生新聞

上(その2止) 不登校--平らではないが道はある 山田ルイ53世さん
毎日小学生新聞




特に印象に残った言葉を引用する。


「無駄でも失敗でも、決して悪ではない」

「僕の6年間を、『でも、その6年があるから今がある』と美しい話に落とし込みたい人がいるかもしれません。だけど裏を返せば、そこには『意味がないとだめ』という意識があります。そんな意識が、実は問題だと思います。みんなが素晴らしい人生ではない。無駄や失敗にまみれた人が、ただ生きていてもいい。そこに善悪はない。僕はそう思います」

山田ルイ53世氏は、10代の6年間をひきこもって過ごしたことは無駄であったとしている。その上で、その無駄は悪ではないとしている。

無駄なことでも、悪ではないと。



私はロースクールに進学したのに司法試験に合格出来なかったから、親の金を無駄にしてしまったと思っている(親はそう思っているだろうと思っている)部分が僅かながらある。そして、「親にとって、大金を無駄にしたこと=悪なのではないか」と思っている部分がある。私は親に対して悪いことをしてしまったのだと。


しかし、私が今後「生きていく」ということは、合格していてもしていなくても変わらない。
自分できちんと生きていくことができれば、それは悪ではないのではないか。

しかし、「ロースクールに行かせたんだから司法試験に合格しなければならない。合格しなければ大金を無駄遣いしたことになって、それは悪いことだ」と親に言われれば、確かにそうだと思ってしまうだろう(父はそんなことは絶対に言わないが)。


しかし。
悪なのか。

ロースクールに進学して司法試験に合格しなかったことは悪なのか。

資金援助を行うという判断をしたのは親自身だ。その判断ミスは親が責任を持てばいい。私は今後、自分でただ生きていくということをするだけだ。
そう思って開き直ることは悪なのか。

私は、司法試験はすっぱりやめて楽しく生きていくと開き直ってから、とてもすっきりした気持ちになった。未練はない。
これは悪なのか。





これは、自分で決めるしかない。

私は、悪ではないと今決めた。

私以外の人が悪であると評価しても、私は笑顔で生きていく。

この先、自分で生きていかなければならない。今までの自分の歴史の評価は自分でする。歴史の評価は常に変わるかもしれない。それでいいのではないか。




今年の司法試験の合格発表は明日。先週だと思っていた。
そういう時期だということに気付いたら、こんなことを考えていた。



以上








ノートパッドとえんぴつ




司法試験の出願者数・受験者数・短答合格者数・論文合格者数の推移をまとめてみた。

今年の受験者数が6,000人を切っているのを見て、驚き、自分が受験していた頃の数字を改めて見てみようと思ったのがきっかけだ。


 
司法試験合格者数等推移
出願者数 受験者数 短答合格者数 合格者数
H18 2137 2091 1684 1009
H19 5401 4607 3479 1851
H20 7842 6261 4654 2065
H21 9734 7392 5055 2043
H22 11127 8163 5773 2074
H23 11891 8765 5654 2063
H24 11265 8387 5339 2102
H25 10315 7653 5259 2049
H26 9255 8015 5080 1810
H27 9072 8016 5308 1850
H28 7730 6899 4621 1583
H29 6716 5967 3937
※平成23年まで、旧司法試験と並行して行われていた。


表が見難いかもしれないが、HTMLを扱うのが不慣れということでお許しいただきたい。




私が受験をしていた頃は、受験者数が最も多い時期だったのだと再確認した。


ピーク時(平成23年)は、出願者数が11,891人、受験者数が8,765人。
平成29年は、出願者数6,716人、受験者数5,967人。

私がロースクールに在学していた頃には、こんなにも衰退スピードが速いとは思っていなかった。
ただ、「いずれ、この勢いは無くなるだろう」と思っていた。それは、私だけではなかったと思う。

私が在学していたロースクールは、入学者数も多く、賑やかだった。
その頃の賑わいが戻るということは、もう無いのだろう。


ロースクールが賑わっていた当時の様子を、もう少しこのブログに書いてみようと思う。



以前、このブログに、
「法科大学院出身の受験生の多くは、最終の司法試験受験以後の就職活動をどうするかが、最大の問題のはず。公務員試験や他の資格試験に失敗した経験を自分でどのように評価しておられるのか、教えていただきたいものです。他の受験生にとっても、それが最も有意義な情報ですけどね。他山の石として 」
というコメントを書いた人がいた。

この人は、メッセージで
「司法試験の体験よりも、公務員試験等の他の就職試験、活動をどうやってたのか、何で全部落ちたのか知りたい。本気でやってなかったから?」
と書いていた。

この人は、公務員試験について情報収集をしていたのだろうと思う。
「今、自分が知りたいから書け」という態度のように見えたから、時期的に、焦っているのかと思った。


同じ名前で書かれたコメントの最後は、
「地方公務員試験、30歳以上でも受けられるのが結構ありますけど
(参考)http://ask-koumuin.com/koumuin-over30/
探そうとする気がなければ、それまで。
やる気のなさというか、情弱ぶりは他の受験生にとって「他山の石」あるいは反面教師となるね。」
というものだった。


この人は、追い詰められていたのだろうか。
それとも、公務員試験に対してやる気が見られない私の態度が気に食わなかったのだろうか。



元々、公務員試験の受験についても書く予定ではあったので、この時は、このコメントとメッセージに合わせて記事を書いたが、このブログは私が勝手に立ち上げて書いているブログだから、自分が思い付いたことを書いていこうと思う。


「有益な情報を書け」と言われても、私は有益な情報を持っていない。
思いつきで自分の考えを書いている。

誰かのためになれば、大変嬉しいが、「誰かのためになることを書かなければ」と思うと、書けない。だから、自由に書いて、その結果誰かのためになればいいと思って書こうと思う。



司法試験とは関係のない生活をして何年にもなる。
しかし、この衰退スピードには少しショックを受ける。なぜだろうか。



以上







万年筆



去年このブログに書いた記事のなかで、司法試験受験の体験談のようなものをまとめた。


持ち物について書いた記事や、試験当日に実際に起こったこと、試験監督や他の受験生のことを書いている。
まだ受験したことがない人にとっては、心の準備を整える材料になるかもしれない。



今年は5月17日から21日までの日程で行われる。

今となっては、司法試験を受けていたのが嘘みたいだ。
試験会場や泊ったホテルのこともよく覚えている。しかし、夢幻のようだ。


受かっても落ちても、通過点。


以上








kamome



少し前、浅田真央さんがフィギュアスケート選手として終えると発表した。


引退会見をニュースで見た。各局、長い時間を使っていた。

会見での浅田さんは晴れ晴れとしていた。

全部出し切ったという言葉が出ていた。復帰してもう一度チャレンジしてよかったと。晴れやかな気持ちだと。やり残したことについて考えなかった、すべてやり尽くしたと思うと。

これらの言葉を聞いて、実際にやってみて自分が納得するということは重要だと思った。全て出し切ってやり切ったという実感があれば、結果を素直に受け入れることができる。事実をきちんと認識できる。

もし生まれ変わるとしたら、もう一度フィギュアスケーターになりたいかという質問に対して、「全てやり切って、もう何も悔いはないので、もし、もう一度人生があるならスケートの道には行かないと思います」と答えていた。
浅田さんは、フィギュアスケートで他にやることはないと言えるほどの生活(人生)を送ってきたからこそ、「スケートの道には行かない」という判断をしたのだろう。二度目の人生ではやることがないという程に、一度目の人生でやれることは全てやったということなのだろう。



結果はどうあれ、試験を終えて、浅田さんのような心境になれれば良いのではないか。
私は、受験生に力を出し切ってほしいと思っている。周囲に惑わされたりせずに、自分で自分を必要以上に追い詰めたりせずに、のびのびと勉強をして、試験本番では力を出せる状況であってほしい。「力を出し切った」、「やることはやった」、「これ以上はできなかった」と思える心境になれれば、たとえ結果が悪くても、納得できると思う。
(ただ、司法試験に関しては、勉強の方向性を間違わなければ必ず受かる試験だと合格者や予備校講師は言っていて、私もそう思うので、来年以降受験する受験生は予備校利用も選択肢に入れてみてほしい。予備校については、他の記事で書いている。


「これは、自分にとって大きな決断でしたが、人生の中の1つの通過点だと思っています。この先も新たな夢や目標を見つけて、笑顔を忘れずに、前進していきたいと思っています。」

『真央ブログ』 「ご報告致します。」 より

司法試験(の不合格)も人生の中の1つの通過点だ。ただ、前にある道を進んでいくだけ。笑顔で。



以上










yozakura



今は全国公開模試実施期間中だろうか。
私が受験していた頃は、3月の終わりから始まるか、または4月の初めに始まる辰巳の全国公開模試を受ける人が多かった。
本試験会場を利用して行われるので、会場の下見のついでに利用した。

桜の開花時期が早い年は、模試の初日から日に日に花が開き、最終日には満開になっていた。歩いて帰る道すがら、ほんの少し花見をした。
打ちひしがれながら帰ったこともあったし、開き直っていたこともあった。



これから本番までの時期は、普段通りにいられない人も多いと思う。

本番の前後、思い詰めていたのか、人相が変わっていた知人がいた。
出来が良くなかったのだろう、模試後イライラした様子の友人もいた。受験後、司法試験とは縁がない大学時代の友人を交えて会ったときに、ちょっとしたことで声を荒げていた友人もいた。普段は穏やかで、そんな様子を見たのは初めてだったので驚いた(プライドはちょっと高かったかもしれない)。

そういう精神状態になって当たり前だと思う。私も、「落ちたらどうしよう」と思ったことは数知れない。
でも、いつも通りに淡々とすべきことをこなしている人が一番強いと思う。
合格した友人達も、皆、「不安だった」と言っていた。
一発合格した友人は、淡々とそれまでと同じように勉強していたように私には見えた。



受験生は、自分で自分を追い詰めないようにしてほしい。

私は落ちたらから、「大丈夫、合格できるよ」とは言えない。「大丈夫、落ちても生きていけるよ」と言えるようにしている途中だ。
もし落ちたとしても、落ちたなりに楽しく過ごせる。落ちた後のことは落ちた後の自分次第だと思う。

ただ、全力を出したと言える状況であってほしいと思う。見るからにイライラしていた友人は、あまり勉強に集中できていなかったように見えた。自分を追い詰めてしまって、勉強に集中できなくなるような精神状態にはなってほしくない。

不安になるようなことは考えない。落ちたときのことはイメージしない。
ただ、淡々と勉強してください。


頑張ってください。










ロースクール生とツイッター




ロースクール時代、ツイッターをしていると、たまたま同じロースクールの人のアカウントを見つけることがあった。


例えば、「サイ太」さんという人気アカウントがきっかけで見つかったことがあった。

「サイ太」さんが「大嘘判例八百選」という同人誌についてツイートしていたときだった。
「大嘘判例八百選を買った」というツイートをしていたアカウントがいくつかあった。その中で、「昨日手に入れた」というような内容のツイートがあった。
それらのツイートを見たあと、自習室を出入りしているときに、自習室の机の上に「大嘘判例八百選」が置いてある席があるのを見つけた。
私は「もしかすると」と思った。

「大嘘判例八百選」を買ったというアカウントのツイートを見直した。同じロースクールの学生のようだった。
「リア友」達をフォローしているようなアカウントではなさそうで、趣味全開のアカウントだった。
顔は知っているが話をしたことはない人だったので、特に何の感想も持たなかったし、友人に教えることもなかった。
しかし、もし共通の知人のアカウントだったら、友人に話していたかもしれない。本人にはアカウントを見つけたことを言わずに、陰でおもしろがっていたかもしれない。


他にも、同じ学校の人のアカウントを見つけることがあった。
同じ学校だと確定できるようなアカウントは、だいたいリアルの友人と繋がっていて、ツイッターでやりとりしているタイプのアカウントだった。

あとは、鍵をかけている人もいた。アカウント名やプロフィールから同じ学校だと推測した。


いわゆる「法クラ」の人は、「法クラ」の人に見つかる可能性はかなり高いと思っていた方がいいのかもしれない。

自分の趣味全開の「別アカ」がバレたくないという人は、鍵をかけるのが最も良い方法だ。



知人の「別アカ」に気付いてしまったエピソードを一つ(この人はロースクール生ではない)。

ツイッターで検索をしたら(多くの人がツイートするような言葉ではなかった)、検索結果で、ほぼ同じ内容のツイートが続いているのを見つけた。
フォローしていないアカウントだった。
ツイートの内容が気になったので、どちらのアカウントも見てみると、片方のアカウントは知り合いのアカウントだった。もう片方のアカウントは、そう、趣味に特化したアカウントだった。
このアカウントに関しては、別アカにする必要はないのではないかと思ったが、本人にとれば、万人に知られても構わないとは思えない趣味なのだろう。
ただの知り合いという程度の間柄なので、他言していないし(本人にも言っていない)、そのアカウントがどんなアカウント名だったかももう覚えていない。



私も趣味に関連するアカウントをフォーローしていたから、趣味が知られることは覚悟していたし、知られても構わないと思っていた。
ツイートはあまりしなかった。
「サイ太」さんや「大西洋一」さんや「岡口基一」さんのツイートを見るのが好きだった。


以上











岡口砲炸裂



ブログにログインすると、アクセス数が急増していた。

ブログのアクセス解析を見ると、ある記事のPV(ページビュー)の数が飛び抜けていた。

まさかと思い調べてみると、アクセスが急増した時間帯に岡口基一裁判官がツイッターでこのブログの記事をツイートしていたことが分かった。


岡口砲炸裂。


岡口さんは、「このブログは見逃してたかも」とツイートしていた。


ツイートされた記事は半年以上前に書いたものだ。

名前で検索して発見したのだろうか?と思い、調べてみた。
Googleで「岡口基一」で検索すると、1ページ目に表示された。Yahoo!でも同じだった。
いつの間にか、検索で上位に表示されるようになっていたらしい。



誰かに読まれるためにブログを書いているはずなのだが、不思議なもので、アクセスが急増すると、戸惑ってしまう。多くの人に見られることに慣れていないからだろう。



岡口さんご本人に読んでいただけるとは…。
私が岡口さんのツイートを楽しみにしていたことが伝わっていれば大変嬉しい。


岡口さん。
お仕事もツイッターも頑張ってください。楽しみにしています。


以上








罷免




 ・ 司法修習生が下半身露出で罷免 同僚の女性の前で   
 <NHK NEWS WEB> 

 ・ 下半身を露出、司法修習生を罷免 最高裁 「品位辱める行為」4例目  
 <産経ニュース> 

 ・ 司法修習生を罷免=寮で下半身露出-最高裁  
 <JIJI.COM>  
 


女性に対して卑猥な言動をし、下半身露出…。


こういう人間がいても不思議は無いと思う。
修習生だからという訳ではなく、どこにでも、こういう人間はいると思う。


飲酒していた際のことらしい。
罷免された修習生は、いわゆる「酒癖が悪い」人間だったのだろうか?

酒癖が悪い人はいて、普段からは想像ができないような発言をして周囲に絡む。酒の影響で、状況判断ができなくなっている。

この修習生もそうだったのだろうか。
女性が非常に困惑しているとか嫌がっているということが分からなくなっていたのだろうか。
それとも、ただのノリだったのか。普段からそうなのか。


ツイッターで、70期からの伝聞であるとして、写真がグループラインに投稿されたために事が大きくなってしまったという内容が書かれたツイートを見かけた。
これが証拠になってしまったんだろう。


罷免の理由は「司法修習生の品位を辱める行為」に当たるというもの。

酔った席でのことだから…ということにはならなかったらしい。



その場のノリ等があったのかもしれないが、脱ごうとしたときに女性をその場から離すとか、脱ぐのを止める男はいなかったのか。
写真は自撮りなのか?ラインに投稿したのは誰なんだ。





世の中には様々な人がいるから、司法修習生にも様々な人がいるだろう。

裁判官だって、弁護士だって、検察官だって、不祥事を起こす。

どこにでも、悪い奴、良い人、真面目な人、だらしない人、酒癖の悪い人はいる。



以上








イルミネーション



ロースクール時代のクリスマスはどうだっただろうかと思い出そうとしたが、特に何も思い出せなかった。
その頃の手帳を見てみたが、何も書かれていなかった。

おそらく、学校には行っていたと思う。自習室で勉強していたと思う。


夜は「明石家サンタ」を見た。
今年はどんな番組になるのかというワクワク感を感じるのが好きだ。
今年はリアルタイムで見るのは無理だった。

合格した友人も「明石家サンタ」を好きで毎年見ていると言っていたから、「明石家サンタ」を見ていても合格できる。
「明石家サンタ」を見てしまって罪悪感を感じている人は、また今日から頑張って下さい。今日から頑張れば大丈夫のはずです。


以上