最近、更新頻度を上げにアゲる当ブログ

決勝進出効果か!?



という訳で、堅守の系譜シリーズ

第4弾は歴代屈指のハードマーカー西澤淳二選手


入団は1997年

ナビスコカップを制し、2年目を迎えたアルディレス・ペリマン体制

アトランタ戦士・白井とトレードと言う形でヴェルディより加入

この年のエスパルスはチーム存続の危機も謳われていただけに

最少人数の23人でシーズンをスタートさせた


西澤は当時のレギュラー、斉藤・堀池を脅かす存在に

なることを期待され入団した


入団1年目からアルディレスの信頼を勝ち取り

特に2ndステージ終盤、W杯最終予選に召集された斉藤に代わり

最終ラインの一角を担った


チーム消滅の危機を乗り越えた1998年

チームは1stステージジュビロ磐田と最終節まで覇権を争い

その中で西澤は

クレバーディフェンスの斉藤

心境著しい戸田

高校生Jリーガー市川

熟練のポリバレント大榎とともに

鉄壁の5バックを形成


1stステージのリーグ最小失点に大きく貢献した


明けて、1999年

清水は斉藤・森岡・戸田の鉄壁3バックを形成

西澤の出番は激減した


ステージ優勝も視野に入り始めた矢先

森岡が足を骨折


残り試合、最終ラインの一角として出番が回ってきた


残り試合は優勝まで全て1点差勝利と僅差に告ぐ僅差だった

その中で西澤の果たした役割は少なくない


ところが、ジュビロとのチャンピオンシップ

第1戦で西澤は痛恨のハンド、PKを与えてしまい

大事な第1戦を落としてしまう


続く第2戦、西澤は中山の執拗なチェイスに屈しボールロスト

先取点のきっかけを作ってしまった


チャンピオンシップでの失態がそうさせたのか

翌年、川崎フロンターレに移籍

その後名古屋、札幌と籍を転々とし

静かに現役生活にピリオドを打った



ここまで書いてこんなことを言うのは忍びないが

覚えているサポはいるのだろうか



覚えていれば・・・あ、もちろん覚えてなくても

ポチっとプリーズ!!
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