第六十話

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「確かに僕は人が嫌いでした」

フユが比槻さんに向かって言う。
「お父さんとお母さんが生きてる頃はみんな優しかったのに……

彼は哀しげな顔で言う。
「みんな違う人みたいになって」

比槻さんは腕を組んで黙って話を聞く。

「弱い立場の人に対して人間は信じられないくらい残酷になれるんですね」

フユは続ける。

「みんなが敵に見えた。だから壁も作った」
フユは苦しそうな様子で話す。
「ひきこもりになったら社会と関われない自分に生きてる価値無いようにも思えて」


「要するにお前は人間が嫌いなんだよ。俺と一緒だ」
我慢できなくなったのか比槻さんが口を挟む。

「そうですね。今もほとんどの人が好きになれないです。嫌な思い出が多すぎて人がまだ怖いんです」

比槻さんが嫌な笑顔を浮かべる。
「良いんだよ。それで。成長してる、大人になってるよフユト。自分以外の人間なんて踏み台にする対象にしかすぎないんだ。愛着なんかいらない。友達? 利用する価値があるから一緒にいるだけ。愛する女? 一時の性欲のはけぐちさ。人生? 自分の利益を最大化していくゲームだよ」


「堕ちすぎだろ比槻」
部長が呟く。
「違うね。気付いたんだ。傷つけられるより傷つける方が上手く生きられることに。優しさなんてさっさとアンインストールした方が良い。そうしないと誰かのゲームの犠牲になっちまうからな」


彼は笑った。
「もっと言えば心なんか無くした方がいいんだよ。俺は一年前に無くしたよ。自分の利益になることしかやらなくなったんだ。そうしたら人の気持ちも読めなくなった。良い本を読んでも良い曲を聴いても何も感じられなくなった。昔みたいに嬉しいことも面白いことも無くなった。代わりに人生は上手くいったよ。世界が灰色に見える代わりに成功を手にしたんだ。作品だって簡単に良いモノを描けるようになった。技術だって割り切れるようになったんだ。……なのになんでだよ。なんで自分は楽しくないんだよ」

比槻さんは髪を掻きむしる。

なんでだろう。比槻さんの話がメチャクチャになってきた。
最初はフユを説得してたのに最後は後悔してる自分の話?
周りもちょっとざわめいてきた。

変わり者の比槻さんだということを差しい引いても、
おかしなことみたいだ。

私は横目でフユを見る。
彼の影響だろうか。
自分に似た人間を見て比槻さんの中で何か思うことがあったのかもしれない。

第五十九話

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「作家になれる人間となれない人間の違いを教えてやるよ」
比槻さんは言う。
「孤独かどうかさ」

彼はフユの頭をクシャクシャにして撫でる。
「こいつは俺に似てるよ」
少し笑って比槻さんは呟いた。

「絶望を知ってる目だ」
「厨二病もいいかげんにしろ。そんなことわかるわけねえだろ」
部長がふてくされた感じで言う。

「いいか。フユトはな北陵高漫画部の部員だ」
部長が比槻さんを指さしながら言う。
「勝手に俺の部員を連れてくな」

「決めるのは本人だろ。どうだ?」
そう彼はフユの方を見る。
フユは言葉が見つからないみたいだった。

「こいつらと一緒にいてもお前はいつか独りになるぞ」
フユはハッとした顔をした。
「今は小さなズレかもしれないが長くいればいる程、仲間になれない自分に気付いてくるはずだ」

比槻さんは続ける。
「俺とお前は同じだ。人間が嫌いで嫌いでしょうがないんだろ?」
フユの瞳が震える。

「図星か。ははっ。良いねー。幸福になれない! 作家の最高の素質だよ」
比槻さんは手を叩いて喜ぶ。
「こんなクソくだらねえ社会に生きてて退屈だから芸術なんてやるんだよな? じゃなきゃとっくに自殺してるっつー話だよ。精神のオナニーみてえなもんだ。あはは、あー良かった話のわかるヤツがいて」

彼はフユの肩を叩く。
「違います」
「ん?」
「僕は比槻さんとは違います」

そうフユははっきりとした声で言った。

第五十八話

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望んだ通りには生きられないのかもしれない。
だけど望んだ未来には近づける気がした。
ゆっくりかもしれないけど。

伊勢崎君は後ろで手を組みパソコンを見ている。
「御疲れ様」
私がそう言うと彼は笑って画面を指さした。
「一歩届かず」
「うん」
「カッコ悪いなあ、もう」
そう猫毛の髪を掻く。
「ううん。カッコ良かったよ。諦めなかったんだから」
「サボってた時間を取り返したいよ」

冗談気に微笑んでるけど彼の悔しい気持ちが痛い程わかってしまう。

部室の扉が開いた。
比槻さんだ。
「残念だったな伊勢崎。俺に勝てなくて」
「わざわざ言いに来ます? 普通」
「もう少し早く参加してたら結果は違ってたかもな」
伊勢崎君は無言のままだ。
「ま、勝負は勝負か」

彼は部長の方へ向き直った。
「俺の勝ちだな。木村」
「まだ佐藤がいるだろ」
「そーそー。その件で来たんだった」

そのままフユが原稿を書いてる机の前に座った。
「なあフユ君って言ったっけ?」
フユは緊張した顔で首を縦に振る。

「君、才能あるよ」
比槻さんは真剣な顔で言う。
「実力的には劣ってるが誰にも似てない個性がある」

意外な言葉にみんなが驚く。
「こんな場所にはもったいない」
彼の唇が動く。
「俺と一緒に来ないか? アシスタントとして。編集にだって紹介する」

部室がざわめいた。
「てめえ何、目の前でNTRやってんだ」
部長が声を上げる。

「良いだろ、別に。俺がこいつの才能を一番伸ばせるんだ」
彼はフユの肩に手を置く。
「それに作家になる道を選んだのならどうせ仲間なんて必要なくなる」

フユは戸惑った顔をしている。どうしたらいいんだろ。
きっとフユの幸せを考えたら良い話なんだ。
だけどこんな形でお別れなんてしたくない。

好きな人の幸福よりも自分のわがままを優先したくなる。
静かに腐っていってるな私の心。
だけど仕方がないんだ。ホントにそう思ってしまうんだから。

フユはどっちを選ぶのかな。
いつかのように悩ましげな彼の顔を見た。

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