2017年08月16日

新税導入、1か月

【しきち】
7月1日にインド全土で物品サービス税(GST)が導入されて、1か月半が経った。分かりにくく不透明な税制が一転して、産業全体の振興になるというメリットが強調されつつも、政府が導入を決定した後も3年以上見送られてきたのだった。よく実現に踏み切ったと思う。

スーパーマーケットで買い物した時のレシートがこれまでよりも長くなり、物品サービス税の適用税率と税額がアイテムごとに記載されるようになった。

・きゅうり、玉ねぎ:0% 野菜・米・魚など、生活に不可欠な食材は無税。
・袋入りのペンネ、牛乳ロングライフ:5% きゅうりに続いて低税率。
・スイートコーン2本入り1パック:12% こちらも生鮮食品だが、ぜいたく品なのだろうか。
・パニール(カテージチーズ)、ビスケット:12% 加工食品や嗜好品は課税。
・一口カステラ、食器洗いスポンジ:18% ビスケットよりも贅沢品とみなされるのかな。
・キットカット(チョコ):28% 外国ブランドの菓子が最高税率。ミニサイズ1個50円。

というわけで、区分が実に細かい。スーパーの担当者は徹夜で区分けしたのだろうか・・。しかも、しきちが見た限りではスーパーマーケットの陳列棚や商品の値札には税率区分が書いてあるわけではなく、レジで清算しないと分からない。この日は400ルピーの買い物に29ルピーの税金を払っていた。

庶民の台所を直撃だ!と日本なら怒りが大きなうねりになるだろうが、インドの消費者は落ち着いているように見える。スーパーマーケットは大都市以外では一般的ではなく、写真のような路上きゅうり売りや八百屋や魚屋からの買い物では税率が目に見えないからかもしれない。とはいえ、乗用車の買い控えが起こったり、産業への影響も取りざたされている。  
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2017年07月30日

お酒の提供 その2

駅にて【しきち】
バンガロールのMGロード沿いと至近距離の飲食店での酒類提供は、本日時点でまだ始まっていない。MGロードではないから、と油断していると、若者に人気のクラブや、老舗ゴルフ場近くの5つ星ホテルでも提供ストップをしているところがあったりして、気が抜けない。必ず電話して提供をしているか否かを確かめるひと手間が必須となった。

酒ライセンスがない店でも、実はお酒を飲めたりする。持ち込みを黙認してもらったり、こっそり買っておいてもらったりという特別扱いをお願いするのだ。「土曜日のディナーに伺いたいのですが、お酒は提供してますか?」「いや、今はストップしているんです」「それは残念です。こちら外国人6人のグループなのですが、お酒を持参するわけにはいかないでしょうか」などと言うと、きっぱりと断られることも多いものの、「ちょっと待ってください」と偉い人が出て来たりして、ワイン2本ならいいよ、でも内密にね・・・などという展開になったりするのだ。

持込をOKしてもらって当日リュックに忍ばせていったのに、「とんでもない」とその場で断られたり、「申し訳ない、実は手入れがあるっていう噂で今日は勘弁してくれ」と言われたりもする。「呑めたらラッキー」という気で行くしかない。勢い、誰かの自宅で飲む機会が増えていく。街中に酒屋の多いバンガロールで良かったと思う。

5つ星ホテル以外での酒提供を禁止して準禁酒州となっていた隣州ケララ。先月の政権交代を機に、多くの飲食店での酒提供が再度、承認されたらしい。何とも目まぐるしい。

それにしてもインド人同僚らの冷静さを見ていると、不測の事態への免疫の高さに感嘆させられる。「XXレストランも酒だめなのか?仕方ないな」といった感じなのだ。毎週金曜に飲み歩いているようなタイプでも、冷静である。頭から湯気を出して「困る!なんてことだ!」と叫んでいる自分はまだまだ修行が足りない、と思う。

(写真は前回と同じ、チェンナイ近郊のシーフードレストランでの鯛に似た魚の塩グリル。美味)  
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2017年07月13日

お酒の提供

【しきち】
いろんなことがあるもんだ。学校の門から50m以内ではタバコの販売禁止、というのは確か日本でも似たような法令があったと思う。しかし、幹線道路から500m以内では酒類の提供・販売を禁止、という法令が数か月前に最高裁判所で可決されたと聞いた時は耳を疑った。

インドの首都周辺や他都市では「日本人100名の集まる会合を予定していたが、ホテルが酒禁止になり慌てて会場を変更した」とか「軒並み、レストランが酒中止になって困っている」とかいう声が聞こえていたのだが、バンガロールでは特に異変がなかった・・・。2週間前までは。

聞くに、6月末がバンガロール市の種類取扱免許の満了日となっていたらしい。7月1日を迎え、慌ただしく日本人の知人らから「XXレストランが酒をやめた」「XXXホテルもダメだ」と情報が入って来始めた。

いまや、目抜き通りMGロード沿いは全滅だという。5つ星ホテルが並ぶ通りなのだが、そろって部屋の冷蔵庫(ミニバー)までもが酒抜きになってしまったという。酒屋も販売ができず、閉店しているという。産業に与える影響は計り知れないと思う。人が暴れたり大規模デモに発展してもよさそうなものだが、特に混乱は起きていない。映画スターが亡くなった時の方がよっぽどカオスであった。不思議だ。

写真はチェンナイの南、マハバリプラムの手前にあるタージホテルの中の魚介レストラン。好きな調理方法を指定してグリルしてもらったシーフードは、とても美味しかった。ビーチに面して建てられたロケーションが幸いして、アルコールも継続されており冷えたビールをグビグビと飲んだ。

カルナタカ州はこの最高裁判断に不服を申し立てたそうである。何らかの救済措置が取られるのではないかと言われるが、今のところ局地的禁酒令は依然、有効だ。ホテルやレストランの倉庫には仕入れたまま日の出を見なくなったワインやビールが所せましと押し込められているのだろうか。酒屋の店主は仕入れた酒をどうするのだろうか、そして売り上げが急にゼロになった店主の家族の生活はどうなるのだろうか・・・。気になって仕方がない。
  
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2017年05月14日

セイシェルへ

https://www.1stdibs.com/【しきち】
セイシェルには驚いた。こんな形のヤシの実が特産品。首都Victoriaの国際空港滑走路から、エメラルドグリーンの海とサンゴ礁の途切れる沖に白い縁取りレースのような波が見える。種子島程度の国土には、海際まで高い岩山がそびえたっている。タタの車体を使った路線バスが低速ギアのエンジン音を唸らせつつブンブン走って山越えしている。日向ぼっこの茶肌縮れ毛の老人に道を問えば、流暢な英語で親切に教えてくれる。有り得ないほど白砂のビーチには人影がない。115もの島、9万人しかいない人口。

しきち一行は貸別荘を一棟借りて過ごした。朝の砂浜を散歩したり、岩山の間のトレイルを歩いたり、路線バスで島を半周したり、キッチンで調理したりした。

別荘地のスーパーマーケットでしきちを和ませたのは、レジに立っていたインド系アラフォー男性店員だ。ケララ州出身の友人ハリッシュに似ているどんぐりまなこに濃い口髭。「タマゴを2つだけいただけますか」と尋ねると、「もちろん、1個だってOKさ!えーっと、ちょっと待ちな、大きいのを選んであげるよ」と。

インドから行く海外ビーチリゾートとしては、近くて行きやすいモルジブがあまりにもポピュラーだが、セイシェルも自信を持ってお勧めしたい。昨年よりスリランカ航空が週4便就航しておりコロンボからわずか4時間程度の道のりである。

次回よりインドの日常に戻ります。

photo is originated from https://www.1stdibs.com/
  
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2017年05月08日

マダガスカルへ

IMG_20170508_125320【しきち】モーリシャスの次の訪問国は、マダガスカル。モザンビーク海峡を隔てた400キロ西側はアフリカ大陸。インドとスリランカの位置関係を彷彿とする魅惑の島は、国土が日本の1.5倍のビッグアイランドだが、これまたインド洋に浮かぶインドの隣国なのだ。しきち一行は最北端の町まで国内線で飛び、四輪駆動車をチャーターした。

町には見慣れた黄色いオートリクシャがぶんぶん走っている。「2013年頃に登場した新しいタクシーだよ。首都では見かけないだろうけど、地方では急速に広がったんだ」という。料金は交渉制で、初乗り1,000アリアリ(約35円)くらいから。トゥクトゥクと呼ばれたり、バジャージと呼ばれたりするらしい。バジャージとはインドの二輪メーカーの名前であり、オートリクシャも多くはバジャージ社製だ。マダガスカルの地方都市にたどり着いたオートリクシャが、普通名詞として製造会社名で呼ばれているとは面白い。しきちはニヤニヤしながら懸命に写真撮影を試みたが、手ブレしたりタイミングが悪かったりしてオートが写っていた画像はわずか数件。視界に常に黄色い車体が3つは入っているくらいに、本当にたくさん走っていたんだけどなあ。  
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2017年05月06日

モーリシャスへ

IMG_20170506_123841【しきち】
父姉と、一週間の旅行に出たしきち。インド洋を挟んだ隣国、モーリシャスへは、モーリシャス航空でひとっとびである。チェンナイから直行6時間程度。大型旅客機は裕福なインド人の家族連れなどで満席。後ろの席からは「今チェンナイでトランジット中なんだけど、今日から家族旅行でモーリシャスなんだよ」と電話で話す声がきこえてきた。小中学生の息子三人と、アラフォー夫婦。豊かだなあ。

モーリシャスはアフリカ大陸の東に浮かぶ島国で、人口126万人のうち7割がインド系である。長距離バスターミナルではサモサやパニプリといったインドスナックが売られている。しかし一人当たりGDPはアフリカで高い方から数えて第三位の豊かな国であり、サモサはインドで買う数倍の値段だ。

パキスタンもお隣りさんだが、こっちもお隣りさん。顔はインド人だがバスの乗客の様子は日本並み。席には詰めて座るし、バスが止まってから席を立っているのには驚いた。  
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2017年04月24日

こわいもの

【しきち】
小学校4年生の時から住み始めた実家は、マンションの11階だ。当初、しきちはエレベーターが怖かった。特に夕暮れ以降、帰宅してエレベータに乗る際、「ゆうかいされたりおどされたらどうしよう」と毎回ドキドキした。エレベータのドアが開くまでの間、見つからないように非常階段の陰に隠れたりもした。

高校生のころ、ファストフード店でバイトをした。ある夜、暇だったので店内のテーブルを一つ一つ拭いていたら、客席にいた制服姿の高校生がものすごい目つきでにらんでくる。全く知らない人物なので、自分の後ろに何かあるのかなと思ったが、しきちが動くと彼女の目も執拗に追ってくる。しきちはゾッと恐怖を覚え、ベテランの主婦パートのマキコさんに助けを求めた。マキコさんは「なに?あたしが見て来るよ」と言って客席に消え、しばらくすると戻ってきて「あの子タバコ吸ってるんだよ、注意されたくないからガンつけてたのかもね」と教えてくれた。恨みを買ったわけではないと分かり大変助かったが、動悸はなかなか収まらなかった。

社会人1年生のころ、しきちは最年少で経験もなく、身の置き所がなかった。職場は静かで紙をめくる音と電話の鳴る音しかしない。そんな中、ファイリングをしている時にベテランの派遣社員女性に話しかけられ、仲良くなった。やっと話せる人がいた!母親くらいの年齢だがお洒落で話の上手な彼女、Fさんと話すのがしきちの唯一の息抜きになった。一か月ほどが経ち、ある日廊下にいたFさんに話しかけようとしたところスーッと歩き去ってしまった。目も合わせてくれない。何か失礼なことをしただろうか、怒らせただろうか・・と気になって仕方がない。頭を抱えたい気持ちで一日が終わった。失意の日々を過ごすしきちに、ある日キムラさんという別のベテラン女性が話しかけてくれ、少しずつお喋りするようになった。後日、キムラさんいわく「Fさんは昨日で派遣終了だったそうよ。急に誰とも話さなくなって、変わった人だったわ」。それで初めて、Fさんはしきちに腹を立てていたのではなかったのだと分かった。

自分が当時のマキコさんやキムラさんの年代になった今、あの時あれほどまでに動揺した自分に失笑したくなる。怖くて泣きたくなることがめっきり減り、面白いことばかりが増えたことを思えば、年齢を重ねるのは素晴らしい。

先週食事の帰りに路線バスで帰宅したところ、自分の家の近くには止まらないバスであった。2キロ弱の道のり、歩けないことはない。軽快な小走りで家路を急いでいたら、野犬の縄張りに差し掛かったらしく5匹ほどにものすごい勢いで吠えたてられた。目を合わせず足を止めず・・と思うが明らかについて来られ、かかとに息がかかると思うくらいに近い距離まで迫って吠えられ、血の気が引いた頭で「狂犬病の血清を注射してもらうにはどこの病院がいいか」と考えた。結局かまれずに済んで事なきを得たが、久しぶりに心からの恐怖を味わったのであった。
  
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2017年03月04日

蟻退治

【しきち】
ここ一年ほど、アパートで蟻と同居していた。

台所の調理台にこぼれただしの素や、野菜くず、食卓の下に落としたパンくずなどをめがけていつのまにか行列が発生する。どこから来ているかたどってみると、戸外に伸びていく。インドの住居は気密性を追求しておらず、ぴったりと閉まらない作りの窓が多いのだ。殺虫スプレーを使えばその時は収束するが、またすぐに別ルートが開拓されている。

まぁ仕方ないか・・と思いつつ過ごしてきたのだが、戸棚の隅に「アース スーパーアリの巣コロリ」を見つけて使ってみた。

アースのアリ退治薬品には「アリの巣コロリ」と「スーパーアリの巣コロリ」がある。プラスチック容器の内部に毒餌が入っており、蟻が巣まで持っていき分け合って食べることによって巣の全体を退治する仕組みはどちらも同じだが、前者が顆粒状の毒餌であるのに対し、後者は顆粒とゼリー状の2種類が低いパティションに分けられて両方入っている。甘いものを好むタイプと雑食タイプのいずれにも効果が発揮されるそうである。ゼリー状も直径0.5个曚匹涼鳥劼砲覆辰討い董蟻が運べるように工夫されている。

台所とダイニングに1つずつ置いてみると・・・これは凄い。1時間も経たないうちに蟻たちがせっせと毒餌を運びはじめ、翌朝は行列が消滅していた。床には蟻の死骸とおぼしき芥子粒のようなものが。

ウヒヒ・・・と手を叩く自分の姿は、殺生を良しとしないインド人には見せられない。かつて、同居人アルンはゴキでさえ、ちり取りで追いやるように部屋の外に出していた。「また戻ってくるからちゃんと殺してほしいなあ」とリクエストしたが、殺すと始末も気が重いし・・・と言われ、次からはしきちがゴキ担当になった。

インドの蟻対策薬品も、チョーク状のものや液体など薬品は各種あるらしい。が、素手で触る必要がなく、餌も2種類と工夫されているスーパーアリの巣コロリは非常に日本的。効果も抜群だった。
  
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2017年02月25日

カンナダ語もヒンディ語も出来ず

【しきち】
「日本でインドの話をすると『インド語はペラペラなんですか』と聞かれることがあり、返答に困る」とは、インドに長く住む知人の弁。インドにはそれぞれの州の言葉があり、バンガロールの言語はカンナダ語だ。ヒンディ語は州の言葉ではなく、北のデリーやハリヤナ州、UP州などで使用されており話者が多い。前述の知人はテルグ語を操り、カンナダ語での日常会話が出来るのだが、インド語というものは存在しないので返答に困るのだ。

バンガロールはカルナタカ州の州都なのでカンナダ語が主な言葉ではあるが、ヒンディ語もよく通じる。10年間で人口が倍増したバンガロールにおいては、生粋のカルナタカっ子は多くはないのだ。

インド人に「バンガロールに通算8年ほど住んでいる」と話すと「じゃあカンナダ語もマスターしたんでしょ」と言われて、言葉に詰まる。パキスタン旅行の現地ガイド・アズマット氏も「インドにお住まいなのにローカルの言語を習得されていないんですか。残念ですね。話せれば、土地の人たちの心の開き方が全く違います」と冷静にしきちに言った。アズマット氏はよどみない日本語を操り、日本にも何度も行っている人物だ。パキスタンの複数の州の言葉も話す。しきちは「ハハーッ」と頭を垂れるしかなかった。

ある夜、居間の電灯をつけるとバチッと破裂音がして家じゅうの電気が消えた。停電は慣れているとはいえ、明らかにアパートの中のしきち部屋だけが停電しているようなので、慌ててアパートの管理人室に行き、窮状を訴えた。電気技師に「カンナダ語が無理ならヒンディ語で話してくれ」と言われるが、「ごめんなさい英語しかできません」と言うしかない。技師はヒンディ、しきちは英語で会話をして「電気代の未払いも無いようだね。10分後に技術者を派遣して点検する」と言ってもらえた際は心からホッとした。

職場で同僚らが話す言葉は英語が7割、ヒンディやカンナダが3割と言ったところで、非英語の際も英単語をまぜて話しているのでしきちにも見当がつく。内緒話の際は小声の現地語で話しているのが面白い。バスの行先表示のカンナダ語は5種類くらいしかないので、見当がつく。バスの車掌の言う「あと5ルピー」とか「そこは行かない」といった簡単なカンナダ語も分かるようにはなった。困ったら乗客が英語で通訳してくれるし、スマホで地図も見られるので通行人に道を尋ねることも減って、言葉に不自由する事態に直面しなくなってしまっていた。

技術者が点検に来て状況を確認し「ヒューズが飛んで管理室の電源スイッチがオフになったようだ。オンにしてくるから待っていなさい」というようなことを言い置いて退散し、ほどなく電気がついた時には心からホッとした。結局停電は30分間くらいで解消したものの、その間の心細さともどかしさで、おそらく30回目くらいの語学習得熱がむくむくと沸いたのであった。

(写真はシンハラ語・タミル語併記のスリランカの鉄道時刻表。)
  
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2017年01月15日

パキスタン旅行 その2

【しきち】
現在、外国人が陸路でインド・パキスタン国境を超えられる唯一の場所が、ラホールとアムリトサルを結ぶ場所だ。ボーダーには鉄の門と国旗掲揚台があり、日没前にはフラグセレモニーと呼ばれる応援合戦のような国旗降納式が行われる。両国の警備兵が足を高々と上げて行進し、スタンドに陣取った見物客は旗を振ってはやし立てる。インド側のスタンドには二階席の建設が進んでいた。しきち一行も、パキスタン側で見学を行った。

国境を実際に超える場合のイミグレーションは、パキスタン時間の16時まで(2017年1月)。セレモニーの開始時刻は季節で変わるようだが、しきち達の際はパキスタン16時半(インド17時)からであった。

旅行最終日の朝、しきちは午前9時にパキスタン・ワガの国境から500mの地点で車を降りた。セレモニー見学を含め、国境へ到達するには3回の身体検査・検問があり、時間がかかる。9時半すぎに出勤してきたイミグレ担当官をしばし待つ。

パキスタンのイミグレ担当官は20代前半とおぼしき2名の黒衣女性たちだった。ぽつりぽつりと出国者が来る合間は、猫のように二人じゃれあって辺りを行ったり来たりし、お喋りしたりスマホで遊んだりしている。しきちの書類はすぐに先輩らしきおじさん係官の手にゆだねられ、しきちは待つように言われた。おじさん係官とて陽だまりでほかのおじさん同僚達とおしゃべりしており、様子を聞きにいっても「もうちょっと待て、調べてるから」と言う。猫係官は「あのね、あなたインドのe-Visa(雇用ビザ)でしょ、これって空路でしか国境超えちゃだめなのよー!」と言い、フフフと笑っている。しきちは頭痛を覚え「彼が調べてるらしいから待ちます」とボソボソと言って冷たい金属の椅子に座り込んでふて寝。

1時間後、おじさん係官がしきちの旅券を持ってきた。「進みなさい」。やった、その言葉が聞きたかった!猫係官はアッサリとスタンプを押し、しきちは足取り軽く校庭くらいの敷地を超えて、隣のインド側の敷地へ。工事中のスタンド席を通り、インド側イミグレへ。ここでも前の人が終わるのに30分、自分の番で40分ほど待った。おやつと読み物は持参すべし、と心の中にメモ。しかし特に不快な尋問も賄賂要求と思われる場面もなく、時間がかかる点以外はスムーズ。パキスタンもインドも観光ビザという外国人は数人通って行ったし、インド人もパキスタン人も居たが、インドが雇用ビザという第三国パターンは近年まれだったに違いない。後続がどんどん国境を通って、彼らの記憶が風化しないといいなぁ。以下、備忘メモ。

・どちら側から国境を超える場合でも、インド・パキスタン両国のビザはあらかじめ取得が必須。
・両国の時差は30分。パキスタン正午=インド12時半。
・パキスタンのイミグレカウンター脇に立派な免税店があるが、営業していない。インド側にも大した店は無し。
・少なくともパキスタン側には両替施設もない。おじさんが「インドルピーあるよ」と英語で声をかけてくる。
・パキスタンからの外貨の持ち出し及びインドルピーの持ち込みには厳格な制限があるが、現金を見せるようにという要求は無かった。
・パキスタン側の正規の係官は税関(CUSTOM)及び出国審査(IMMIGRATION)。ほか、各関所での警備担当者が何度もパスポートや荷物をチェック。
・インド側の正規係官は入国審査、探知犬、税関。税関までは無料バスで行く。
・インド側の入国審査官は、手続きの最後に短冊のような白い紙(税関用紙)をくれる。ここに自分の名前や国籍、旅券番号を書き、無くさずに保持。
・入国審査が終わった地点にポーターが客引きしている(有料)。そのまま進むと建物の外に大型バスが止まるので、荷物を後部の荷物室に入れて乗りこむ(無料)。小型ハンドバッグは車内持ち込みが可能。ポーターもバスに乗る。
・1劼曚描ると税関のビルに着き、ポーターがいち早く降りて荷物を下ろしてくれる(無料)。探知犬のチェックが済むまで荷物は放置するよう言われる。税関の係官に短冊を渡し、荷物を示して、ビルの外に出るとタクシー乗り場になっている。
・しきちのタイミングではオートリクシャは無く、タクシーでアターリー(国境町)バス停まで行き100ルピー払った。
・アターリーからアムリトサル市街まではバスで20ルピー。

パキスタン情報に関心のある方、お気軽にコメント下さい!次回からまたバンガロール編に戻ります。
  
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