2005年05月26日

ブリコラージュ・アート・ナウ 日常の冒険者たち /きのうよりワクワクしてきた。

ae616810.gif 大阪万博の跡地にある、国立民族学博物館(民博)がこのほど「ブリコラージュ・アート・ナウ 日常の冒険者たち」という企画展示をしているので見てきた。


 この企画、構造主義人類学者であるレヴィ・ストロースの発案した考え方「ブリコラージュ」を手がかりに、現代美術家たちに民博の収蔵品をほぼ自由に使わせ、アーティストや障害者のブリコラージュ性あふれる作品群とを同時に見せてみようという、博物館側には思い切ったもの。


 「ブリコラージュ」というのは、ありあわせの物を使ってなにかを成し遂げようとする、未開社会に特徴的な思考法なのだという。 つまり「我々西欧文明社会では、何かを作る目的を持った時、設計図を用意して道具をそろえ、材料を吟味してから挑むのが当然の事なのだが、未開人はそんな事が経済的に出来ないので近くにあった物を、本来その物の持つ目的とは違う方法で代用することで事を成そうとする。」ということか。えっ?妾の住む庶民社会においては、テレビ番組「伊藤家の食卓」に見るように後者の方が当たり前で、日常的に行われていることではないか?。


では間違いなく我々多くの一般的日本人は、未開人側にいると自覚すべきで、なんだか西欧ブルジョワに馬鹿にされているような気分になる。もしくは西欧人はそれほどまでに観念的だったのかと、今さらながらに驚いてしまう。

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Posted by shikuri at 17:26Comments(2)TrackBack(1)美術感想

2005年05月05日

恐ろしい夢

bc416bbe.gif恐ろしい夢を見た。

 妾は以前にいつ夢を見たのかも思い出せぬほど、夢らしい夢を見た記憶が無かった見ていなかったのではなく、実際は忘れてしまっているのじゃという。たしかにそうに違いない。睡眠をとっている以上、妾の頭の中が停止してしまっているのでは無いので、夢は見ているのじゃろう。

 しかし、この何年もまともに夢が思い出せぬのはいささか寂しいし、独自のイメージを具体化する事を生業にすべく精進せんとする者にとって、自分の無意識の領域とつながる夢の与えてくれるヒントは魅力的で、無理をしてでも見たいと思う。

 今まで頓着せずにおったが、ネット検索で「明晰夢を見る方法」という文章を発見し、少し意識的に起床時に夢を確認すると、けっこう覚えていられるのだと知った。

 夢日記というのも結構効果的だと言うのはよく言われる。たしか遠藤周作だったか、一時間おきに目覚ましをかけ、日記をつけていた達人もいる。


 昨日は早速、睡眠に入る前に起きてすぐ、夢をチェックする事を覚えている様に、自らに言い聞かせて目をつぶった。  案の定、その意思は起床後もちゃんと額に張り付いており、久々の夢の記憶が残っておったのだが、

その内容に愕然とした。

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2005年04月16日

バンビ

バンビ このほど、リニューアルされて発売が始まった、ディズニーアニメ「バンビ」のDVDを買うた。  この映画、手塚治虫大先生が若かりし頃、映画館に通って50回連続で見たという伝説が有る。

妾もたしか幼少のみぎり、筆箱か弁当箱にバンビグッズを愛用していた記憶がぼんやりあるし、「こじ〜かの〜ばんび〜は〜、かわ〜い〜いな〜〜という、今考えると映画とは無関係な曲を口ずさんでおったので、馴染みはあるのだが、実際に通して見たのは自分でレンタルビデオを借りるようになってからなので、成人後のこと。  

しかし、当時は血気盛んであったのか、この映画をちゃんと観賞できる目を持っていなかったせいなのか、記憶が鮮明に残ってはいなかった。もしくはディズニー映画にキラキラと光る粉を散らす魔法ばかりを期待する、妾の幼稚な部分がそうさせていたのやもしれぬ。

 今回発売されたのは、この映像をフィルムの一枚づつ、デジタル技術でゴミ取りや色調整を入念に行い、老化した映像をほぼ完璧に復元したスペシャル・エディション版

ディズニー社には当時の背景原画も最良のコンディションで保存されており、その原画の色を元に色彩調整されておるので、当時のフィルムのクオリティーを超えていると言っても過言では無い。

 また、今回のパックは二枚組になっており、本編意外に当時の貴重な資料やメイキング、現在生きておられる、当時のスタッフの貴重なインタビューなども付いており、2千円代で、しかも今ならコンビニで手に入るとは思えぬほど、重厚なものじゃ。

  このバンビ、アメリカでの封切りが1942年と、なんと大平洋戦争まっただ中の作品。鬼畜米英が戦争中にこんなものすごい技術で余裕かましておったと知ったら、当時の日本もバンビの可愛さに腰砕けになり、きっともう少し早めに白旗を振っていたやもしれぬ。

それ程、この映画の完成度と徹底振に、その63年後あらためて目にした妾でさえ開いた口がふさがらなかった。

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Posted by shikuri at 20:28Comments(0)TrackBack(0)映画感想

2005年04月11日

クロッキー

80009065.jpg 友人の紹介で、ヌードモデルのクロッキー会に行った。その友人も所属している、デッサンモデルの事務所が自主運営でおこなっているクロッキー会なのだそうじゃ。
この事務所には妾の旧友も数人、モデルとして以前お世話になっていて、なじみ深さも手伝い、参加させていただくことにした。

 普通はなかなかモデルさんに立ってもらってデッサンする機会は無く、妾が以前ヌードデッサンをしたのはかれこれ20年程前の学生時代にさかのぼる。
20年のブランクが埋められるのか、少し不安だったが目の前にモデルさんに立ってもらうと独特の緊張感で、かつての感覚がすぐに戻った。

 クロッキーの場合、分刻みのスケジュール内にどれだけの観察ができるか、という時間勝負。嫌が応にも集中感が増して行く。

 妾はこの作業中、忘れていたひとつの事を思い出した。多くの人もそうだと思うが、妾はこれらのクロッキーを直接作品に活かすために描くつもりは無く、故に出来上がった自分の絵にはあまり興味が無かったという事。
それはこの作業が、対象を観察し、同時に描き取って行く事に対する集中力自体を楽しんでいるのに他ならないという事じゃ。もっと言うと、描く事に集中する事で無心の感覚を楽しむわけで、に近い気もする。だから結果的に人体の解剖学的デッサン力やバランス感覚も鍛えられる事になるが、それは二の次、三の次の付属効果に他ならぬ。

  生物画や風景や、コスチュームデッサンや、油彩や木炭デッサン用の固定ポ−ズにも、勿論集中力は重要だが、10分から4分のポーズ中に数枚描いていくクロッキーは他よりもその事に特化していると言っていい。

 すべてのポーズが終了したあと、何て気持ちがいいんだろうと感じた。逆に言うとこの20年間、この集中力でものを見る事も、描く事も無かったということで(別の意味での集中力を求められる事はあったにせよ)、すっかりその感覚を忘れていた自分を恥じ入った。

 ここでは毎週二回、クロッキー会をしているという事だったので、これからもたまには時間を作って「絵描きなりの禅」をさせてもらおう。  
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2005年02月05日

一竹辻が花

f80009d9.gif ここの所、いろいろ小用があってすこし書き込みができずにおった。妾の父は教会の牧師で、その関係の作業がけっこう大変だったのじゃが、この内容はいずれ書く時があると思うのでその時に譲る。そんなこんなで京都の両親の家に2日ほど泊まっておった。


 京都に行っていたもう一つの理由は、母の古希(70歳)の祝いに、兄弟からプレゼントを上げる事になり、妾が兄弟の代表として母を連れて京都の呉服問屋さんに着物を買いに行くため。


  母はちょっとした場所に着られるような、一つ紋の色無地の着物がご所望じゃった。問屋さんで担当してくれたおじさまは愛想良くご親切で、色々な着物地や、帯地を拝見させてもらい、私自身にとっても参考になった。 そしてまず、見せてもらったのは、普通の色無地地。母が長く着られるものがいいというので、派手さの無い、少しくすんだ色のものを出してもらった。これもなかなか味わいがあって良かったのじゃが、その後に出してくれた反物を見ると、その「なかなか」という思い自体が吹き飛んだ。


 一竹辻が花の色無地の反物。辻が花というのは、絞り染めの一種で、おもに花などの墨書きの柄の周りに細かい絞りを無数に入れる手法。本来、室町時代に流行したが、手間がかかる事もあり、他の染め物に押され廃れてしまった。


  しかしその手法を現代風にアレンジして復刻、着るものという範囲を超え、衣紋掛けに掛けられた着物をキャンバスに見立てたような、芸術作品に昇華させてしまったのが、久保田一竹氏という方。残念ながら昨年85歳で永眠されたが、その作品の凄まじさは妾も以前「徹子の部屋」などで、氏がゲスト出演された際、作品を紹介されていて、その時にすっかり虜になっておった。


 したがって、妾にとっては辻が花というと、この国宝級の絵が浮かんでしまう。

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2005年01月26日

レトロ

妾の絵は古くさい。
別に誰かに指摘されたわけでは無いが、昔から自覚しておる。
一時はポップに、今風に合わせた絵柄を描いた時もあったが、その時にもあくまで「風」であって、演じて描いた感があり、自分らしさとの融合は図れなかった。
年増が若作りのメイクでシワを隠そうとして、かえって老けてみえるような、逆にまだまだ経験不足の若者が、大人の前で説教を説くような、背伸びの気恥ずかしさを感じ、どうしても自分で許せぬからじゃ。

現代美術にしても、イラストレーションにしても、善きにせよ悪しきにせよ、世の風潮はますます軽く薄っぺらな方向へむかっておる。
当初は力みの抜けたCOOLさが現代的な感じで、心地よい軽さにも感じられたが、今はそこに内容の薄さや底の浅さが加わった。ポップでキュートなかわいらしさの表層と、程よく内容が深み無く、しかしながらコンセプトはいくらでも付け足す事の出来る事が新しさになっていった。
ちょうどその頃から、妾は流行を追うのをあきらめた。
そのまま、妾が影響を受けて、自らの持ち味とするにはあまりにも物足りぬ。
最新のものにまったく触れぬというよりも、知るだけで遠巻きに文脈だけを見ておる事にしたのじゃ。
そして自然に咀嚼できたものだけを吸収はしたが、使用することは減って行った。

遠巻きに見るかぎり、流行の変動の速度はどんどん早まり、細分化され、刹那的にさえ見える。
とうとう、今流行しているのがどういうものなのかさえ、誰もわからない状態になっておる。
おしゃれなモノとして世に受け入れられた絵柄は、飽きられてあっという間に格好悪く見える定め。文化自体が消費されておる。
妾が流行に近寄りたく無いと思うのは、こんな流れに飲み込まれたくは無いからに他ならぬ。

「レトロ調」というレッテルがある。
一見おしゃれだが、現代語訳された過去。
かつては明治以降大正、戦前の文化を再現しているものを言ったが、平成に入り「昭和レトロ」という言い方で、昭和三十年代や大阪万博ごろの物もレトロと言われる様になった。
そのうち1980年代のバブルな風潮さえレトロと呼ばれる事になろう。
しかし、妾は古いものが安心出来るからと言って、自らレトロ流行に同調するつもりは無い。
レトロ調と言われる物は、あくまでも現代から見た前時代的な流行の再現。
死んだ文化のパロディーなので、一見郷愁を誘う皮一枚を残された中身は無意味で、剥製のごときじゃ。


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2005年01月18日

玉梓が怨霊〜!!

7cda46c1.jpg友人の誕生日パーティーで京都に帰ったついでに、ちょうど京都高島屋でやっていた、「辻村寿三郎 人形展」に行って来た。


 何度か、寿三郎先生の大きな展覧会には足を運んでおるし、人形劇「海神別荘」も観に行った。今回も久しぶりに実物の寿三郎人形に会える事が楽しみじゃった。


  数種類、以前会うた人形もあったが、今回も新作がズラッと置かれておる。寿三郎先生は相変わらず、いったいどこからこんなパワーが出てくるのかと思わせるペースで人形を作っておられる。

「阿蘭陀異聞」のシリーズも、「西鶴五人女」も、一人ずつに個性のある工夫が施され、斬新さも増し、ため息が出る。

  そして何より今回妾を興奮させた一角が、今回この会場にあった。それは1973年からNHKで放送されておった、新八犬伝の人形たち!!。


 着物の色は少々くすんでおるものの、主要なキャラクターたちが舞台芝居の挨拶のような格好良さで、並んでおる。妾はジャニーズタレントを目前にしたミーハー女子高生のごとき悲鳴を上げておった。毎日憧れの眼差しで見ていたファンタジーの登場人物達が、当時のまま現実に目の前に立っておるのじゃ。

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2005年01月13日

寒い映画館

「Mr.インクレディブル」を見て来た。「ファインディング・ニモ」を映画館で見逃し、DVDで鑑賞して映画館で見ておけばよかった、と後悔したので今回は必ず映画館に見に行こうと決めておった。

  ところが、この梅田の大都会にあるシネマコンプレックス式の映画館、空調が壊れているのか寒い!

初めは鈍感なせいか、あまり気づかず上着を脱いで見ていたが、じっと座っていると上映が始まって30分ぐらいで震えがきはじめた。この時点でかなり身体の芯まで冷えてしまったのか、着ていった分厚いダウンのジャケットを逆にして布団のように、上半身にかけたが震えは止まらぬ。息が白くなって来たと思う頃、今度は尿意が。妾は今まで映画上映中にトイレに立つことはまず無い。人の迷惑もあるが、何より自分が映画の世界から現実世界に戻る事は許せないので必ず前もってすませておくからだ。今回もそうしたのに、我慢ができぬ。

  しかたなく震える足でトイレに立ち、通路から客席を見渡すと客のほとんどが上着を身体に掛けて肩をすぼめている。私が神経質なのではなく、みんな寒いのだ

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Posted by shikuri at 18:59Comments(2)TrackBack(0)映画感想

2005年01月09日

人間学習のバー

 深夜のテレビでドキュメンタリー番組を見た。 まだ戦後青線地帯のなごりの残るボロボロの街、新宿ゴールデン街。そこの小さなバー、唯尼庵(ユイニアン)に27歳の女性ディレクターが居座って、入ってくる客やママの行動を追ったり、話を聞いたりするもの。

  この店はとても狭く、壁には演劇のチラシやら、ママの若かりし日のヌード写真やら、落書きなんかがぎっしり貼ってあり、元の壁面が見えぬ状態。ママはキヨさんといって、クレオパトラカットと戸川昌子メークで元女優のだみ声おばさん。ちょっと浅川マキ緑魔子を思わせる。

  客層は幅広く、団鬼六に始まり黒田征太郎、原田芳雄、若松孝二、浅葉克己、高橋伴明、根岸季衣、元赤軍派議長の塩見孝也、などの濃過ぎる有名人から、軍歌を替え歌で歌う流しのおっちゃん、新宿ゴールデン街暦35年の「バイヤ・コンディオス」に涙を流すおじさんなどが好き勝手にしゃべって帰る。 この光景を見て、思わずため息まじりにつぶやいてしまった。「懐かしい・・・」

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2005年01月04日

大鳥居

290e2e5d.gif 二日にnao氏と、京都の我が両親の家に夕食をよばれにいった。京都のアジトで一泊して明くる日、せっかく平安神宮のすぐ横にすんでいるのだから初詣してみることにした。

 そのまま行くと家から一分とかからぬのだが、今回は詣でるつもりなので、大鳥居をくぐろうと遠回りして参道正面から入った。この大鳥居は去年色を塗り替え、金箔をはりかえてリニューアルされたので新品同様になっているらしい。ところが鳥居まできてびっくり。

 この巨大オブジェ、広い参道の歩道の内側から、もう一方の歩道の内側、つまり車道だけにまたがっている。歩行者は大鳥居をくぐれぬ構造じゃ。今までは、ここを通っても鳥居をくぐるという意思がなかったので気付かなんだ。この道をくぐる車の大半は参拝者ではない。なんの為の鳥居なのかわからぬわ。

 そも、平安神宮は明治に建設された若い神社で、御神体は桓武天皇。もともとだだっ広く大きいだけで、神聖で厳粛なムードなど微塵も無い。葵祭りに比較しての時代祭(これも平安神宮が主催)同様、安っぽいこと極まりない。鳥居の無意味さもうなづける。

 まあ桓武め、おみくじに大吉を出してきおったので許すが、これでは本当に観光客に記念写真を撮らせるだけの巨大オブジェでしかない神社に成り下がっておるわ。 今後平安神宮が時代を経て、有り難みのある神宮になられる事を祈る。このままでは京都の町を作った桓武天皇の赤っ恥じゃ。桓武さん、絵馬に書いた件、頼むぞよ。

  
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2005年01月01日

元旦

<tori 今年は一人で新年を迎えた。
いつもクリスマスや、お正月に思うのじゃが、テレビをつけっぱなしにしていると、
なんだか空気や世界まで他の日とは違うような錯覚に陥る。
よく考えてみたら、その前の日やその次の日となんら変わらぬ、ただの冬の日なのに。
人の観念とはそういうものなのだな〜、と毎年思う。

 さて、こうやって時を刻むのはよいことなのじゃろうか。
節目をエンジョイするのはよいが、世の中の時間に迎合して年をとってしまっているような、引っ掛かりをいつも感じる。
テレビをつけず人と会わねば、きっと他の日と同じ日常でいられるのだろう。

 でも妾は、節目や暦というのは人の記憶のためにあるのだと認識している。ましてや妾のような記憶力の弱い者には、節目が無ければその時その時代、何があったかなど、まったく覚えられずに生きることになる。
やはり、できるだけ印象に残る節目を演出しておいたほうが、記憶にはよいのじゃろう。
  
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2004年12月30日

ベルヴィル・ランデブー

 今日、かねてより楽しみにしていたフランスのアニメーション映画、「ベルヴィル・ランデブー」を見てきた。


  予想通り、ブラボー!!


成熟したヨーロッパ文化の底力を目の当たりにし、色々と考えさせられた。 驚いたのは徹底したストイックさ。ストーリーの辻褄云々や、キャラクターのバックボーンなどは、おせっかいとばかりに説明が省略されておる。


 ところが、そのバックボーンの臭いの素は、そこかしこに滲み出してきたかのように細やかに描写されていて、おとぎ話に説得力を与える。見る側が推理や想像のできる小道具はしっかり丁寧に描き込まれているのだ。


これぞ「言わずもがな」という大人の知性なのだと勉強になった。遊びであるのに無駄は無い。そぎおとされたシンプルな出来映えなのに厚みが凝縮されておった。上質とはこういうことか。


  絵も、正確なデッサンに裏打ちされた大胆なデフォルメでお見事なのだが、今更絵の巧さ、モーションの巧さ、CG合成の自然さなんてあたりまえで、もはやその次の面白さにしか興味ないとでも言いたげだ。ヘタウマにはならずに、巧いままで、すばらしく面白い。

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2004年12月29日

津波

 スマトラ沖地震原因による津波が、タイなどの沿岸部を飲み込み、今ニュースでは死者10万人越えとの目算が出た。恐ろしい光景じゃ。本当に痛ましく、お気の毒に思う。明日は我が身か。

  妾は現在、京都大阪の二カ所に部屋を借りておる。京都の家は木造築40年もの一戸建て、大阪は築35年のボロマンション

  最近よく、テレビの特別番組などでは地震災害のシュミレーションをやって見せてくれる。 CG画像で、京都の航空映像の町並みに、活断層がオーバーラップしながら走る。

ボーッとそのラインの先を追って見ておると、「ふむふむ、祇園から円山公園を抜けて、白川通りから岩倉・・・って、おいおい!そこは家の真下じゃないか!!思わず身を乗り出した。これではどうあがいても家はひとたまりも無いわ。

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2004年12月27日

年賀状

709b256e.gif 妹の年賀状をもう十五年以上連続のシリーズで描かされておる。

女には珍しく、成長に合わせて顔の変わらないタイプの妹なので、衣装や背景がちょっとずつ変わるだけなのだが、こう長く続くとその微妙な変化が好評なのだそうじゃ。 それと今年は、二十年来の悪友の年賀状と、これまた古い友人の銀座のママの年賀状。

 その上に今日描いたのが、あるテレビ番組スタッフ一同の年賀状。スタッフの上半身を似顔絵で描いて、記念写真のように並んでるだけなので、毎年スタッフが入れ替わる数人分を描く。今年は五人分。

 この年賀状もいつのまにかシリーズ化しているのはよいが、問題なのはこれが当初、妾がこの番組のイラストコーナーの仕事を、レギュラーで数年させてもろうておった頃、そのよしみでサービスとして無料で描きはじめた事。これがいかなんだ。

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2004年12月25日

日記開始。

6b97a74f.gif 最近ホームページがなかなか更新できずにおる。イラストレーターの吉井宏さんを真似て「まいにちらくがき」を始めたのはよいが、これがやっぱり続かぬ

どうも妾は「らくがき」が苦手になってしまっておるようじゃ。せっかく「らくがき」と名うっておるのに、仕上げねば気がすまぬ性分が災いした。

せっかく妾のHPに訪ねて来て下さるご仁に、これでは申し訳たたぬ故、ブログなるもので、日記を公開してみることにした。 しかしながら、ブログの使い方がわからず、同居人のnao氏に、初期設定をほとんど任せてしもうた。すまぬ。

 尚、この絵日記風ブログで気に入った絵が出来たら、 HP内のらくがきページに昇格してやろうと思う。今度こそ続けばよいが・・・。 と、らしくも何とも無い日記の1ページ目であった。

  
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