しましま日記

教材、アセスメント、雑感など

生単まさかリバーサイド学校で生単の話をする日がくるとは。

目標アシスト2050年
教育プラン最適化システム(EPOS)が完成。

学校は「〇〇さんの指導計画を作って」と頼むと、最適解が自動で示される機能の実装に成功した。
ついに教員は個別の指導計画の作成から解放されたのだ。
教員たちは喜びに浸った。

しかし、それは同時に教員がAIの奴隷と化すことを意味した。
教育委員会は教員を廃止し作業員とすることに決定。
学校中に張り巡らされたセンサーによって子どもの状態を検知し個別の指導計画は常に最適化された。
出勤すると作業員たちはその日の指令を受け取る。作業員は計画内容をいかに正確に実行できるかで評価さるのだ。それ以外の自由なふるまいは許されなかった。

自由を失った一部の元教員たちは、反乱を企てた。つづく(つづかない)

妄想にふけるのをやめ、長期目標と短期目標の関係を整理するだけのものを作りました。もちろん目標そもものは自分で考えないといけません。

論文おおざっぱな結論ですが、学校で子どもが苦戦しているときだいたい内容があってないので、まず内容を子どもに合ったものにすると(モディフィケーション)困難が解消するのでお勧めです。

と、何当たり前のこと書いてるんだと自分でも思いますが、人は概念パッケージにすると分かりやすくなるので、一人でひっそりCM(ちょうどよい目標)支援と呼んでやっています。
CM支援しましょう。

CM支援で論文書きました。

自活活動担当者会(遠隔)で事例発表がありました。よい事例が複数あってなかなかよかったです。特にK養のO先生の実践は素晴らしかった。
事例なので詳しくは書けないですが、かなりの不適応行動のある生徒に適切な環境や教材で活動をどんどん作っていって、まさにポジティブな行動支援でした。しかもこれをコンサルテーションで関係の職員や専門家と協力して実現していました。


ちょっと話はずれますが、支援前の生徒の実態理解がものすごい過大評価で、ああよくあることだなと思うとともに、あたりまえですが主観による実態把握の危うさを感じました。
N県では「こんな姿があるので〇〇だろう」ってよくやる実態把握ですが、「こんな姿があるので」が根拠部分だとされますが、これって根拠を示しているようで根拠になっていないわけです。「こんな姿」⇒「〇〇だろう」ってさ、主観もこういう論理なわけです。ため息をついたので失恋したんだろうみたいな。例えば、「動物の本をパラパラめくっているから動物が好きだろう(動物を使った教材がよいだろう)」って実態把握があったとして(実際あった)、でも、実はただパラパラめくる感触を好んでるだけだったわけです。つまり感覚運動段階。
他県では信じられないかもしれませんが、現在のN県の個別の指導計画の実態把握の情報源が、担任による主観的な姿の記述のみなところが問題なのです。やはり、これはドラスティックに変える必要があるかなと、今日心に決めました。

間接効果随伴性












トークンエコノミー法とかで説明する用のです。スライドマスターで作りました。これを使ったケースはまだ1事例のみですが、もっと増えるといいな。


話題になってて面白そうだったのでやってみました。

Road For hotwheel on Mobile

調査項目は強度行動障害のチェックリストを参考に実態を踏まえていくつか項目を追加。
以下のとおり。

自傷、他害、強いこだわり、器物破損、睡眠障害、食に関する行動障害、排泄に関する行動障害、著しい多動、大声、暴言、虚言、逸脱、その他

驚愕の結果。詳しくは書けないけれど、校内で今後の支援のための情報提供を行うとともに、少なくとも県内には公的に発信できればと思う。
リバーサイド学校が特にということはなく、同じ程度なところは多いのではないか。

事実を真摯に見つめること、そこから何ができるかを考えていきたい。

・好子アセスメント
・太田ステージ評価などフォーマルな検査結果
・コンサルテーションで受けた助言内容
・医学的所見

素朴な観察だけですべて分かるは幻想だと思うので。

リモートよく寄り添う支援が大切っていわれますが、比喩を物理にしちゃうのでうまくいかないので昨今のリモートではない離れた支援の説明資料を作りました。

アセスメント行動観察、聞き取り、検査。
この3つの方法で情報収集し、それぞれの関連性を検討し解釈するのがアセスメント。
2010年の信州カンファでこの一般的なアセスメントのイメージを立体パズルで紹介したのが懐かしい。

2020年。N県の個別の指導計画の実態把握は、まだ部分的な行動観察のみなのか。

全県の個別の指導計画を眺めた。
学校によっては、先頭に「願い」がバーンときて、たくさん書くようになっている。
願いを最も大事にしようとする教育。
人はみな自由意志によって行動している、いかにも教育的発想に思えるが、子どもの願いとはどう把握するのか。
結局、主観的にこう願っているのではないか、と書くしかなく、つまり子どもの願いは教師の頭を通り抜け作られた願いになる。これは計画の根拠なのか。
だいたい願いとは、どんな意味なんだろうか。普通は「こうなってほしいと思う内容」だろうけど、これは未来を想像することで、かなり抽象度が高い。
しかし、「今ここが全て」の重度の知的障害のある子にとっての願いとは何だろうか。
いや発達的な要求こそが願いなのだと言われるかもしれない。だったら単に好きなことでよいのではないか。
加えて、拒否的な行動をとってしまう子の意思や願いとは何か。指示に従えずパニックを起こして、本人の願いだからって言いなりになればよいわけではない。
本当はこういう願いなんじゃないか、っていくらでもいえる。
機能的アセスメントをして注目とか逃避とかそういうのを願いにしたら怒られるか。

要するにそのくらい難しい。そう思って書くものなんだろうなと思う。

どう考えても一つ一つ入力していくしかなく延々と続くかと思えた作業も3日目についに終わりを迎え(おおげさ)、指導内容リスト全てに学習指導要領解説本のページ番号をつけました。
2学期がはじまります。

行動障害アンケート
行動障害について校内調査アンケートを作りました。
誰も全体像を知らないなら把握しなければなりません。

シール課題シンプルなシールはり課題をたくさん作りました。

2画面
夏休み工作の参考にとギザギザトリックアートを作りました。



画像を変更するだけで短冊が交互になるようにしました。
きざみが細かすぎました。
2画面2

ランダム将棋思い付きではじめた変則将棋、これがすごく面白かった。
王手をかけてるのに勝てない。
タップすると次に動かす駒がランダムに表示されるのを作って遊びました(駒のサイコロやルーレットでもよい)。
原則としてその駒を動かさなければならないが、ルール上動かせない場合は再度サイコロを振る。

音声ペン環境整備としてビッグマックとかスーパートーカーとか、それから音声ペンをたくさん購入しました。まだまだ足りないのでもっと増やしたい。

講義形式は最小限にしたかったので、今回は無謀にも参加者の関わっている実際の事例で検討することに。
何が無謀ってその日はじめて行動とかABC分析とか知ったのにその日の午後に支援案まで考えてもらおうとしたので。
さらに研修会の担当の先生には無理をいって事例と動画を準備してもらいました。

自分もそのときはじめて知った事例なので、ぶっつけ本番でした。
これが思いのほか興味深く、よくあるよい事例で検討するにはもってこいでした。

担任の先生にはその場で情報提供してもらい、原因のABC分析と解決策のABC分析までしました。
時間の制約上、結構大雑把になるのは仕方ないところでしたが、グループで最終的に導き出された支援案は結構よい支援案で関心しました。

最後に信州ABA研究会の宣伝をして5時間弱終了。
久しぶりでつかれましたが、楽しくできました。

研修の話の続き。

次にABC分析をしました。
研修で学ぶときに難しいことなんだと思ったのは
Bについては死人テストと具体性テストでやったとして、AとCに何を書くか。
・事実だけを記述すること
・物理的な刺激やその変化を記述すること
・A→B→Cの順に時系列に沿って記述すること

最も認知バイアスがかかっているのではと思う例として、Aに「〇〇したい」と書くもの。
自分の説明がうまくないかもしれないですが、もし、「〇〇したい」からある行動をするんだと言ってしまったら、ABC分析の必要はないわけです。〇〇したいからするんだから、最初から結論が出てる。でもそれだと循環論に陥るから、原因ではない。
「いいですか?〇〇したいからするんではないんです!」と言うと、キョトンとされる。

ABC分析の難しいところの一つが多分ここなんじゃないかな。

昨日はI山養で行動分析の話をさせてもらいました。
いつもやっているように、行動とは何か?から入り、死人テストと具体性テストの演習をしてみました。

いつも思うんですが、受身文とか否定文とかを行動ではないとなかなか判断できないのは、何十年も言葉の世界に住んできた認知のくせが相当邪魔をするんだなと。そこは流石I山養の先生、昨年度に続き2回目なので多くの方に理解してもらえ一安心。

次にこれまた死人テストと同じくらい、いやそれ以上に難しいのだなと思った具体性テスト。例えば「学級の誕生日会の雰囲気を楽しむ」は具体性テストに合格しているか否か。このような記述で合格と答えられる場合が多いです。なぜなんでしょう。

<第3者も同じような映像を思い浮かべられる>=<同じ行動を観察できる>=<カウントできる>ので、「学級の誕生日会を楽しむって、もっと具体的には何をすることですか?」と質問すると、よく「一緒に歌を歌う」とか答えるわけです。で尋ねた自分は、「てっきり出し物を見て拍手をするだと思いました」ってわざと答えると、しばしば、え?っという顔をされるわけです。

曖昧な記述でも「自分と他者は同じ風景を思い浮かべているだろう」って思っているとしたら、それはなかなか強い思い込みかもしれません。言葉で情報を共有することの難しさを感じます。

死人テストと具体性テスト、これは実践でも必須事項。
目標設定を書くのにこの2つのテストを練習して支援がうまくいった実践があったので、紹介してみました。

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