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まずは、無事に出産できたこと、おめでとうございます。
だけどなんとなく「女の意地」と政治臭を感じてしまうのは、あたしだけでしょうか……?

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彼女の出産までのプロセスは、一般人が真似するのがとても難しいことです。
理由は、莫大な費用がかかるから。

「不妊治療へ希望の光」的に取り上げているメディアもあるようですが、実際、日本で通常行われる範囲の不妊治療ですら、費用の面で難しい人だって少なくありません。
そこへ卵子提供という最新医学(アメリカではポピュラーになりつつあるようですが、まだ日本では特例的な措置です)を駆使するなんて、まず普通のサラリーマン家庭では厳しすぎる選択でしょう。

最近流行り?の「夢を叶える」的な観点からいえば、彼女は見事「夢を叶えた」のかもしれません。
目的のためには手段を選ばないのも、ある意味立派なアイデンティティーです。

でも……そこに「命」というものが関わるとしたら。
生まれた側の「命」は、どのように感じるのでしょうか。

もちろん、何が何でも子供が欲しい彼女からすれば、待望の赤ちゃん。
高齢出産のリスクを考えれば、まさに「命にも代えがたい」存在です。
ただ、彼女の一例をすべての「高齢出産をためらう女性」や「不妊治療をしているけどなかなか妊娠しない/したいけどためらっている女性」などに対し「希望の光」などと示唆するのは違うと思うのです。

もし、彼女自身がそういう考えだとしたら、ちょっと怖いです。実際どのような考えなのかは存じませんが。
発言力・影響力を持った立場ゆえ、発言は慎重にして欲しいと望みます。


今回の選択について、すごく疑問に思ったことがあります。

巷には、身体的な事情により通常の出産が難しい場合「代理出産」という方法があります。
精子提供者(父)と卵子提供者(母)から受精した命を、別の子宮(代理母)で育てて産む。
DNA的に命を繋ぐという意味では、少々強引ですが、ひとつの選択肢といえるでしょう。

しかし今回の場合は、卵子は別の方から提供されたもの。
見方を変えれば、野田さんの子宮は「代理母」の振る舞いと、何が違うのでしょう。
もはや何を持って親子と定義するか。血縁とは何なのか、わからなくなってしまいそう。

とはいえ、何歳で産もうと、どんな手段で子どもを持とうと、本人の自由です。
大事なのは「産むこと」でも「DNAを残すこと」でもなく、生まれたひとつの命を「愛しいわが子」として愛し育むことですもんね


高齢出産にはいろんなリスクがあります。
産むまでのプロセスもさることながら、生まれてからの子育てへの体力的な問題やダウン症リスクなど、若いうちよりさまざまな面で覚悟が要ります。

今回のニュースを、安易に解釈するのは危険だと思います。
どこかで見かけた「少子化に一矢報いる」みたいな発言は、正直ちょっと不快に感じました。

「産みたくても産めない」にはさまざまな事情があります。
「産まない」人にも、それなりの理由はあります。

巷の「産まない」「産めない」女性たちを無用に傷つけることのないよう、「産まない」女性のひとりとして祈ります。