2009年08月

2009年08月17日

よしもとばなな、居酒屋でゴネ厨事件。
 『よしもとばななさんの「ある居酒屋での不快なできごと」』(はてブコメント)
 はてブコメントに、「人間を過度に機械的にコントロールしようとするチェーンの発想に物申してるのではないか」というコメントがあって、俺もそういう視点もあるとは思うんだけど、ならば、ばななは「融通の利かない店長」を非難するよりも、「店長に裁量権を与えないチェーン店問題」を書けばよかった。
 たしかにばななは文中で、チェーン店問題には触れているけど、

そして多分あの店はもうないだろう、と思う。店長がすげかえられるか、別の居酒屋になっているだろう。 これが、ようするに、都会のチェーン店で起こっていることの縮図である。

 と、斜め向こうの発想。
 チェーン店は、ばななが行かないぐらいで潰れないし、店長もすげ替えられない。
 むしろ「○○店が他の客に持ち込みをさせていた」というばなな達以外の客から本部に苦情が行ったほうが、店長にとっては致命的。「特定の客のみに便宜を図る」ということをチェーン店はもっとも嫌うので。均一化をサービスの前提としているチェーン店では「あの店ではやってくれた」というタイプの苦情が、チェーン店舗全体の不利益になりかねない。
 俺はチェーン店とはいえども、店長レベルの裁量権はあるべきだと思っているし、「餃子の王将」のように、それを認めている店もある。けれども、これまでのチェーン店のスタンダードな姿から「チェーン店は均一で当たり前」というのが、一般の理解になってしまっている。逆にいえば均一であることが前提条件として認知されているからこそ、私たちは遠出したときなども安心してチェーン店に入ることができるわけだ。「均一であることの癒し」というのは、現代社会にとって重要な要素である。
 そして、このような「均一性」という、いわば「人為的な環境」とでもいうべき前提を乱すようなばななの論旨に、「環境破壊阻止」としての反発が上がるというのは、当然の話。
 そこまで考えてはじめて、この問題が「社会批評」になるわけで、社会批評の種がまっとうな社会批評にならずに、他人に同情を求めるだけのグチで終わってしまうのが、文芸家の悪い癖だよな。いつぞやの「渡辺淳一の新幹線問題」なんかと一緒で。

コミケ行ってきた。評論系に挨拶回りと、何人か知人の所を回っただけ。5000円ぐらいしか使ってない。
 ところで、国際展示場駅前で「幸福実現党」が演説してた。なんか「幸福実現党がコミケ中断させて会場で演説をすることを要求していた」って噂がありますけど、どうなんですかね。
 まぁ「児ポ法改悪阻止」「表現の自由を守れ」とか言ってたけど、ぜんぜん信じられないよな。その場限りのデマカセで、オタに媚び売ってるだけ。どう考えても極ウカルト(「極ウ」の「ウ」は、「ウヨ」の「ウ」。右と書くと、ちゃんとした右派に申し訳ないので)の幸福実現党が、表現の自由を守るわけがありません。エル・カンターレ批判したら、全力で潰しにくるに決まってるだろ、おまえら。

 まぁ、それはいいんだけど、疲れて帰ったら、地元駅の前でまで演説してるよ。
 幸福実現党うぜー。
 すごいウザかったので、腹立ちついでに書くよ。
 俺が、幸福実現党の政策で、なにがもっとも気にくわないかというと、「相続税廃止」です。これだけでたとえ他に何を言おうとも、支持するつもりはありません。
 幸福実現党はマニフェストに、こう記しています。

 相続税と遺留分制度の廃止によって、親の老後の面倒を見る子供に対し、親が住宅や土地などの財産を譲りやすくし、メリットを与えます。親孝行や家族間の助け合い、家族のきずなが直視されることとなり、公的な年金や介護の役割も小さくなります。

 「家族の絆」などというものを誇大に考える、実に馬鹿げた妄想です。
 親が自分の財産を自由に子供に譲ることができるようになった結果、世間ではなにが起こるか。それは「爺による家族内独裁」です。まさにかつての年寄りが威張り腐るだけのクソ男尊女卑社会の復活ですね。爺の資産が多ければ、自らの妻や娘に爺のチンコをしゃぶらせるような「立派な孝行息子」も発生するでしょうね。
 そこまで行かなくても、親孝行の手間は家族内の女性に全部押し付けられます。つまり、公的な福祉や介護で担っていた介護が、全て女性に押し付けられることになります。一部のバックラッシャー達が、男女共同参画の予算に対して文句を言ってますが、その多くは「老人介護にまつわる予算」です。それだけ老人介護が女性に押し付けられる結果、女性の社会進出が阻害されているという現状があるのです。
 逆に言えば、公的な福祉や介護で介護を担わなくなるならば、家庭内独裁は爺の資産があってこそですから、今独裁している爺は、その根拠となる金銭をつかうことなく、また、爺予備軍の正社員たちも、将来の安全安心のためにお金を貯め続けることになります。
 また、親の資産によって子供に介護をさせようという政策は、親に資産がなければ介護をする意味がないという政策ですから、資産のない爺や、そもそも資産を持たない婆は、姨捨山に捨てられることになります。
 すなわち、爺の資産を前提にした介護の論理は、「金持ち爺はチンシャブされて、貧乏爺や婆は姨捨山」という結論しか産みませんし、チンシャブ側に回りたい爺は、将来のためにお金をためるようになりますから、幸福実現党が言うような「相続税廃止によって、お金を使うようになって景気が良くなる」というお花畑論理は成り立ちません。
 残念ながら、世間の俗物どもは、幸福の科学の信者さま方のような清廉潔白な心など、持ち合わせていないのです。

 社会というものは、常に世代交代を繰り返しながら移り行くものであり、老人から若者への権限譲渡を阻むような政策は、社会の血流そのものを止めるのと同じことです。老人化する社会には衰退しかありえません。
 ま、個人的にはうちの選挙区でがんばってもらって、あの与党の票を食ってくれることを期待してますよ。うちの選挙区は自民党の候補は出ませんから(笑)
(上のリンク参考:マスコミ世論調査とニコニコ世論調査の比較



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