2009年10月

2009年10月23日

当日なので告知。
 今日深夜の朝生出るよ。

 何を話すのかはさっぱり分からん。まぁ普段から言っていることをいえばいいだけか。
 「ちゃんとお金を再配分できれば、人生の8割は解決できるよ」
 「再配分を阻むものは、高度経済成長の中で醸成された「仕事で稼ぐことが社会人としての前提」という考え方だよ」
 (sub. 本当は男女平等運動は「仕事で稼がない人間も社会人だ」という尊厳を獲得ための運動だったのが、「女にも男並みに稼がせろ」という形での社会参加になってしまい、ダメになってしまったよ)
 「努力という言葉は、成功した人間の道程を示す言葉に過ぎないよ。だから「努力しろ」という言葉は意味をなしてないよ」
 こんな話を適当に入れていく。特に「お金」という言葉は意識的に使う予定。どうせ「夢」とか「希望」なんてことを言い出す連中がいるだろうから。

 まぁ、基本的にしゃべり下手だし、必要がなければ黙ってしまうタイプなので、あまり期待しないように。

 話すこと結論:「ラブとか夢とか言っている場合ではありませんっ!」



(11:13)

2009年10月21日

私が毎日巡回しているサイトの1つに「二次元至上主義!」というサイトがある。
 こちらのサイトは、児ポ法の情報に強いので、関連情報のハブとして使わせていただいている。
 ところが、最近の更新に、

■嘘をついて相手を貶めてお金を集めようとする中国人タレント(止めろ!規制社会・監視国家ブログ版)■

例によって例の如くなアグネス・チャン氏。
もちろん、児童虐待など数々の問題について、自国の方が日本など比較にならないほど酷い件についても、いつも通りに完全スルー。

 このようなことが書いてあって、ガッカリしてしまった。

 私たちが何のために児ポ法改訂に反対するかと言えば、単純所持や、二次元規制が、子供を含むすべての人の人権を守ることにならないばかりか、問題が単純化されることによって、多くの複雑な問題を見過ごしてしまい、その結果、子供の人権がよりいっそう侵害されることに繋がりかねないという問題があるからだ。
 現実問題として、安全安全のためにと称し、子供を集団登下校させて自由を奪い、塾へ行くのも車で送り迎えする結果、ただでさえ失われている地域コミュニティーがさらに加速度的に失われているわけで、そうした中で家庭内や学校内での虐待などの人権侵害が、これまでよりも見えにくくなっている現状がすでにある。
 児ポ法問題についても、私たちは、私たち自身が二次元の性的表現を楽しむ権利を守ると同時に、実在児童の人権を守るために児ポ法の安直な改訂を批判しているはずである。

 しかし、このところ「アグネス・チャン」という、「中国人」で「女」という、ある種の人々には叩きやすい「敵」が出現してしまった。
 その結果、「アグネスさえ批判すればいいんだ」と考えて、アグネスに対する安直なバッシングをもって児ポ法改悪反対という標語を叫ぶ人たちが増えてしまった。
 こうした現状を、児ポ法に関心のない人たちがみれば「児ポ法反対を唱えている連中は、中国人バッシングをするだけの気持ちの悪い集団」と考えてもしかたがないだろう。
 以前に前田雅英が「児ポ法改正反対派が反対メールや脅迫状を送ってきた」と論じていたが、児ポ法に乗じて中国人バッシングがまかり通る状況を知っている人たちは「やっぱり反対派が人格否定をするようなメールを送ったのだろう」と理解してしまう。

 また、アグネス批判の文脈で「中国の方が日本より酷いじゃないか」ということを主張する連中も出てきてしまった。
 「中国の方が悪い」という形で、子供の人権問題を理解することは、子供の人権というものを相対化することである。つまり、中国の問題をあげつらって日本の問題を論じることは、「中国の方が悪いのだから、日本はいいのだ」→「中国の方が虐待が多いのだから、日本の虐待は問題ではない」という結論に必ず至る言論なのである。結局、子供の人権を守るどころか、他国をダシにして子供の人権を守らないことを肯定してしまう。

 アグネス・チャンの主張を批判するのはいい。しかし、彼女が中国人だからと言って、中国国内の人権侵害問題やチベットの問題を持ち出して「中国人の戯れ言」と見下し、一笑に付し、それで二次元規制に反対しているような態度をとることは、まさに故事成語本来の意味での「助長」である。
 私たちのすべきことは、他人の人権を守ることであり、他人の人格を批判することではない。微妙な問題だからこそ、こうした区別はしっかり行う必要がある。

 けれども、「悪貨は良貨を駆逐する」という言葉の通り、こうして長く二次元規制に反対してきた人ですら、こうした安直な「ヘイト」を主とする主張に流されてしまう。
 ネトウヨ的な定型文を組み合わせた言論は、サイトの更新などにすごく楽ちんで、「まさに他人を批判している!」という快楽を安直に得ることができる。
 こうした状況に対して俺から言えるのは「二次元規制反対というのは、人権を守るための主張である。ならば当然アグネス・チャンの人権も守られなければならない」んだと。それだけですよ。
 これはシンプルだけど、もっとも重要な点。大人の人権を守れない人が、子供の人権を守れるはずがないでしょ。

*追記* 今回、例に出した「二次元至上主義!」さんは、有用な情報を提供してくれるサイトであり、決してヘイトを主にした言論ばかりをしているサイトではありません。もし、そうしたサイトならば、最初から巡回対象なんかにしませんから。



(10:41)

2009年10月11日

そうか、Twitterで書き込んだことをこっちに転載すれば、更新できるな。
 ということで、救急車有料化の話。
 Twitterの自分のホームから、がっつり転載。

救急車一台当たりの出動にかかる費用って、救急システム維持のための費用を出動回数で割るんだから、出動回数が増えれば増えるほど、一回当たりの費用は減るんじゃねーの? 一回当たりのお値段が問題なら、出動回数を増やすべきじゃね?:http://breakl.blog7.fc2.com/?no=674

まぁ、そもそも一部の例外を持ち出して「救急車を有料にしろ!」なんて叫ぶ方がバカなんだけどね。救急車を呼ぶ基準は「呼ぶ人が緊急性があると思っているか否か」だから、10分ぐらいすさまじい腹痛があって、救急車を待っている間に治ったとしても、それは非難されるべきではない。

問題は「救急車をタクシー代わりに使う」という一部のマナー違反と、「結果として救急車を使わなくても良かった=重体ではなかった」ということを、混同するヤツが多いこと。この手のヤツは平気で「俺は自分で重体か否かを判断できる(キリッ)」とか言い出す。

昔コンビニでバイトしてたときに、近くの交差点で車が横転した。当然救急車を呼んだけど、乗員は見る限り怪我をしているようには見えなかった。もしこれで乗員から「私たちは救急車に乗る必要は無かったのに読んだから、おまえが金を払え」といわれたら、俺は金を払わなきゃ行けないのか?

救急車を有料化したら、少なくとも「他人が事故ったから、救急車を呼ぼう」とする人は減るだろうね。不審者通報が増えたおかげで、子供が何をしてても無視するべきだと思う人が増えたのと同じで。

 救急車の出動の費用が一時期話題になったけど、上記の通り、一回の出動費用だけを問題にするなら、むしろ「出動回数を増やせ」という話になってしまう。このことに気づかずに「一回45,000円もする!」なんてヒステリックに叫んでも意味がない。
 それと、「マナー違反」と「本人は大変だったけど、実は軽傷だった」という問題の混同については、

「HIGEさんの救急救命関連情報」PART13 より

その一方で、救急隊員が現場で戸惑う事例も増えている。東京消防庁によると、「具合が悪い」「腹が痛い」といった要請で駆けつけたものの、症状を確認すると「独り暮らしで寂しかった」「1人で病院に行くのが不安だった」などと打ち明けられ、そのまま引き揚げるケースもあるという。

さらに、救急車をタクシー代わりに使おうとする例もしばしばあり、50代の男性は「9時から入院することになっている」と病院名を指定して出動を要請、衣類を入れた紙袋を手に持って待っていたという。
「歯が痛い」と夜間に要請してきた20代の女性は「診察してくれる歯科医院が分からないから」と説明した。忘年会のシーズンには、酒を飲み過ぎた人からの救急コールも多い。

こうした現状に対し、同庁は「要請を受けた段階では緊急性の有無を判断できず、まずは駆けつけるしかない」と頭を抱える。
実際、搬送者の症状を分析すると、昨年は生命に危険がない軽症者と中等症者が全体の9割以上を占めた。

 本当は前2段と、後1段は、全く別の話であるはずです。しかし、混同する人がかなりいるみたいですね。
 もちろん、後段の「全体の9割」は、「検査した結果、生命に危険がなかった」に過ぎません。その人自身は苦しかったでしょうし、救急車を呼んだ家族や周囲の人たちは、とても不安だったはずです。
 国民がみんな体のことに通じているわけはないですし、自己判断の結果手遅れになるかもしれません。命に関わるかどうかは、最終的に医者が判断することでしか明らかにならないのですから、耐えられないほど、どこかが痛かったり、意識がなくなって倒れている人がいれば、できるだけ、救急車を呼ぶべきですし、そのことが非難されるべきではありません。

 あと、有料化したとすると、他人の事故などを見て、慌てて救急車を呼んだ人が、搬送された人から「俺は自分が軽傷だと分かっていた、救急車を呼んだのはお前だから、お前が救急車代を払え」と訴えられるリスクを負うことになります。
 安全安心の問題で、「見知らぬ子供が危険な目に遭っていたとしても、声などをかければ不審者扱いされるのだから、子供がどうなろうと無視するべきである」という話が出ることがありますが、それと同じように救急車を呼ぶことにリスクが産まれるのならば「他人が倒れていても、救急車を呼ぶべきではない」という極論も生まれるでしょう。

 それにしても「救急車を有料化するべし」などという、頭の悪いことを言い出したのは誰なのでしょうか?
 十中八九、自分のところの予算をちゃんと割り振れない馬鹿な自治体が、その責任を都道府県民に押しつけているだけでしょう。そして、他人を非難したい類の連中がそれに乗っかっている。まぁ、いつもの構図でしょうね。



(02:02)